07/11/17 01:12:14 8PNgOyTK
>>239
ググればそりゃでてきますけどね。ほとんどwikiかそれの孫引きばかりで。
しかし3月に顕如から白天目の茶碗を送られる。7月に家中に禁教令を出して信玄の
仲介で和議というのも奇妙なタイムスケジュールだな。
ほんとに史料を教えてくださいよ。家中に出したというのなら残っているでしょう?
現物が残っていなくて家臣の家にはそういった記録は残りますしね。
251:人間七七四年
07/11/24 07:12:43 JIZb+HU1
家紋が複数あることを考慮しないって多いね
252:たられば君
07/11/24 09:59:42 LnBBC+6C
武士と農民の区別を戦国以前に求めるのは不毛なんだけどなあ
253:人間七七四年
07/11/25 15:14:40 7Ed9RBxT
全国の佐藤さん、加藤さん、工藤さん、斉藤さん、その他の●藤さん。
あなた方のご先祖様はエライ人だ。
藤原鎌足だ!
254:人間七七四年
07/11/26 09:08:39 O88q9Ir/
>>252
昔は武装農民だよな。で、争いに敗けた奴らは農民に固定。
なのに「武士だったけど帰農した」って言う奴ばかりw
255:人間七七四年
07/11/26 11:22:00 6qSLUhxH
>>252
地侍層と有力農民層の区別は確かにはっきりしてなかったけど、
国人層から上の領主層と農民層は中世でも明確な区別はあったよ。
なんか中世は農民も武士も大して変わらんみたいな論調があるが、
そんなことはない。
身分概念としての侍と百姓は明確に区別されてた。
256:人間七七四年
07/11/26 17:02:38 gE3FaWsZ
禄を貰っている者が士分でしょう
百姓は富豪だろうと武装してようと禄は貰っていない
257:人間七七四年
07/11/26 17:24:27 i0v9l9fr
>>253
残念ながら○藤と名乗って自称藤原一族な人たちは沢山居ます
○藤=藤原一族と言うのは平安時代から有名だし
258:人間七七四年
07/11/26 18:30:12 bfmrL6Lc
>>255
地侍は今風に言うと地主なんだよな。
自分の土地を小作農に耕作させて小作料を取る。
国人は領主だから取るのは年貢。この違いが大きい。
地侍層は戦国時代に国人領主や大名の家来になって
そのまま江戸時代には侍身分になったのも居るし、
村に残って江戸時代は庄屋なんかの村役人になったのも居る。
そういう意味で地侍は百姓と武士を繫ぐ存在と言えるのでは。
259:人間七七四年
07/11/27 20:17:56 9fzsmSis
三人で暴走族やってた近所の柴田君は、特攻服に家紋付けて戦国気分で走っていましたw
260:人間七七四年
07/11/28 08:55:41 DXlbJLyZ
それは傾いてたんじゃないのか?
261:人間七七四年
07/11/28 12:59:31 jWVeAAax
>>259
柴田君はやっぱり雁金なんだろうね。
でも、あれも旗印疑惑があるんだよね。
262:人間七七四年
07/11/29 06:45:43 HwLOHROb
雁金は家紋でしょ。他に柴田勝家の家紋はないぞ。
263:人間七七四年
07/11/29 19:03:48 0l8KMCT/
まぁ徳川家だって流浪の坊主から始まったんだ
区別はそれほどはっきりはしてないだろ
264:人間七七四年
07/11/30 02:10:27 EXwRokEm
勝家の菩提寺に柴田家の家紋が残ってるよ。
下がり藤の中に一が入ってる柴田藤。
265:人間七七四年
07/12/02 08:52:17 adQ1dYG4
へぇー、柴田も家紋複数あったのか。
266:人間七七四年
07/12/05 00:17:22 Wyu0Prhi
家紋て複数有るものじゃないのか?
267:人間七七四年
07/12/05 10:21:15 M2Xcu3vi
複数あるものだけど、柴田勝家は雁金しか一般的には知られてないんだよ。
勝家関連は福井の神社や墓が有名で、滋賀にある菩提寺がなぜかマイナー扱い。
菩提寺に柴田家の家紋として柴田藤が残ってるけど、情報として出回ってない。
268:人間七七四年
07/12/09 00:36:05 1LyxzXM3
明治維新後に帰農した武士は腐るほどいるけどな
269:人間七七四年
07/12/09 10:41:24 T9et8xZc
幕府がないんだから武士は必要ないわな
働くか娘を売るかしか食う術もないし
270:人間七七四年
07/12/12 21:02:50 zr+jFEod
URLリンク(www.01-station.com)
271:人間七七四年
07/12/21 18:04:33 50cM6RpY
武田と上杉と伊達 どれが一番由緒正しい家柄なの?
272:人間七七四年
07/12/21 18:16:04 +inXMomF
戦国時代までなら断然武田だろ。
273:たられば君
07/12/21 20:29:27 ToqviJfc
そりゃまあ守護だし
274:人間七七四年
07/12/30 06:02:19 Ttn/zDqo
URLリンク(search.yahoo.co.jp)
1番最初にある細木数子どう思う??のアンケートにご協力下さい。宜しくお願い致します。
275:人間七七四年
08/01/01 23:11:46 S5LCfBYS
戦国時代なら最上もかなり家格が高くないか?
なんせ原点が足利氏と名越北条氏だろ
吉良や一色より二段ぐらい斯波の方が上だろ
276:人間七七四年
08/01/02 12:34:30 5tLE1FJw
>>275
斯波氏は呼ばれ方も違うしな。吉良氏は霜月騒動で討たれてから
しばらく消息がハッキリしないし、その後もそんな特別高い地位に
いた気配は無さそう
277:人間七七四年
08/01/02 20:16:58 TPbt00d3
観応の擾乱で敗者になった辺りか?斯波が足利名乗りを辞めたのは
江戸幕府成立時点の大身の大名のなかじゃ、源氏系で一番毛並みのよい大名か>最上
278:人間七七四年
08/01/19 19:59:13 XE14OHxi
源氏は最高だよ。
279:人間七七四年
08/01/19 21:20:01 dsEHg94x
毛並みの良さなら京極。傍流だけど肥後細川や佐竹。
最上を認めるなら南部や島津、伊東、相良、黒田、池田、浅野、伊達、上杉、小山などを
認めなければならない。
280:人間七七四年
08/01/19 22:03:35 CUjhifuE
そこまで認めるなら、尼子も認めろ。
宗家は毛利家に残ってる
281:仙台藩百姓
08/01/19 23:58:02 an610WsL
大名じゃないのまで言うなら高家に足利一族うじゃうじゃいるお( ^ω^)
282:人間七七四年
08/01/20 00:32:00 HOSfYsVA
南朝系だけど、北畠は?
村上源氏としては結構毛並みよくないか?
あと結城。御落胤なんていうアヤシイ伝承もともかく、藤原秀郷の系列じゃなかったっけ。
283:奇矯屋onぷらっと
08/01/20 00:36:24 dR+N0JwU
江戸時代を生き抜くくらいの条件は付けようや
284:人間七七四年
08/01/21 00:13:43 QWxMp2WI
>>279
黒田、池田、浅野ってそいつらに並べられるほどの名家?
小山は知らんけど。
>>280
「宗家」で思い出したけど、そういや対馬の宗氏も結構古い家柄だな。
285:人間七七四年
08/01/21 00:58:13 Ky0TnfXg
清和源氏の嫡流は
新羅三郎義光から甲斐武田と常陸佐竹に分かれたんじゃなかったっけ?
九州じゃ小弐と島津とあと何処かは頼朝の隠し子が始祖って本当?
286:人間七七四年
08/01/21 03:33:17 G6WZR3FL
北畠は親房からの成り上がり貴族じゃね?
287:人間七七四年
08/01/21 08:35:21 lyawqKpY
>頼朝の隠し子が始祖
そういう伝承が有るだけだな。
大友、島津共ポッと出なのに複数の国の守護に任命されるなど
かなり優遇されてるんで頼朝と血縁でもない限りおかしいって気もするが。
全く関係無いが旧大名家で今最も格が高いのは島津と徳川あたりか?
288:人間七七四年
08/01/21 10:03:45 eREhnTjI
黒田、池田、浅野なんて下級武士からの成り上がり
289:仙台藩百姓
08/01/21 10:28:19 kUFCYbi2
明治以降だと
徳川宗家、毛利家、島津家、水戸徳川家
290:昼寝営業マン
08/01/21 13:25:59 8q74MzM+
水戸徳川じゃなくて徳川慶喜家な。
291:人間七七四年
08/01/21 19:09:16 G6WZR3FL
今格が高いってのは無いんじゃないか?
格っていうのは相対的な評価だろう
鎌倉幕府当初ならまだ義光から別れた甲斐武田や常陸佐竹は格が高いと言えるだろうが
室町幕府の頃になれば、当然足利家で特異な地位の斯波氏、足利氏に血が近い上杉氏などが格が高い
江戸幕府になれば徳川家に近いモンが格が高いんだよ
292:人間七七四年
08/01/22 01:06:32 a6yKiVn6
そういうことだな
293:仙台藩百姓
08/01/22 12:02:59 eqpZmG2z
>>290
いや、水戸徳川家も公爵家だお( ^ω^)
大名家で公爵になったのはこの四家
他に徳川慶喜家と島津久光家があるが明治になってから出来た家だから除外したお
294:人間七七四年
08/01/22 15:09:15 BLUQufmz
除外した理由が違う。
水戸家は公爵家でありながら現代に男系で繋げなかった。
295:人間七七四年
08/01/22 15:13:37 RbCXyuTK
現当主斉正さんは、義篤の男系子孫ですよ
296:人間七七四年
08/01/22 15:14:34 RbCXyuTK
慶篤でした。。。
297:人間七七四年
08/01/22 17:30:25 rhHOTwRv
水戸家の家宝は尾張家の家宝に比べると
弱い感じがする
集客数も尾張には及ばないみたい
298:人間七七四年
08/01/22 18:31:05 a6yKiVn6
尾張さんの、いつも同じものばっかなんだよね
299:人間七七四年
08/01/23 19:26:12 LlHVI1je
>>287
> かなり優遇されてるんで頼朝と血縁でもない限りおかしいって気もするが。
それはないと思うなあ。
頼朝の置かれた状況を鑑みるにそんなことできそうも無い。
完全な後付だろう。
300:人間七七四年
08/01/27 03:36:50 vNJ/Nt8r
島津と大友は、関東では弱小で無名に近い武家。
たまたま島津、大友の初代の母親が頼朝の妾だったので、頼朝は彼らを重用し、自分の代官として九州の守護にした。
九州の武家は、元平家方だったので、御家人にしたものの頼朝は彼らを信用しておらず、
監視と抑圧を兼ねて、島津や大友という代官を送った。
だから九州の大名は、鎌倉時代以前からの在地のものと、鎌倉時代の頼朝の代官的な下り衆に大別される。
301:人間七七四年
08/01/27 09:48:43 EDk9EM0B
神奈川県民の俺から言わせてもらえば大友も島津も毛利もただのチンピラ
都落ちして田舎者相手に粋がってるようだがチャンチャラ可笑しいね
302:人間七七四年
08/01/27 10:26:31 JlLkqyLb
当時の関東もまけず劣らず田舎なんだが
神奈川県民(笑)
303:人間七七四年
08/01/27 11:03:36 VrQuwyqG
大友や島津は妾うんぬんじゃなく乳母つながりの縁故と見るべき。
304:人間七七四年
08/01/28 02:40:07 CO0Wa2q+
>>303
そんなことよりも、島津も大友も関東では無名弱小の武家だがら、
頼朝の代官的任務で九州の守護となったということが大事なんだよ。
九州の大名や武家は、だから「九州在地」系と、「関東からの赴任」系の二つに大別される。
305:人間七七四年
08/01/28 03:27:55 bo+0wY/o
中央気取った側から見たら、何も大事でない件。
306:人間七七四年
08/01/28 09:05:41 /qrLbliG
っていうか在地系と赴任系なんてドコも一緒だ
307:人間七七四年
08/01/28 20:39:29 CO0Wa2q+
>>306
それは一般論にすぎない。
一般論はどこでも通用するが、何事も解明しない。
九州の在地系とは、鎌倉時代に守護として赴任してきた「下り衆」以外の武家。
松浦氏や菊池氏、大蔵党の諸氏、嵯峨源氏の諸氏がそう。
彼らもまた平安時代に都やその近辺から地方官として赴任してきたが、
九州で勢威を張った島津や大友など鎌倉時代の下り衆に対して、九州在地として区別される。
鎌倉幕府に反対した承久の乱に参加したのも、下り衆の下に置かれた、在地の武士たち。
彼らはまた、後には南朝方になり鎌倉幕府を倒すことになる。
308:人間七七四年
08/01/29 04:16:53 GModUGgC
大伴の役割はけっこう深い深い意味があっていたような気がする。
継体天皇以前からの天皇家の隠密諜報役割。
表に出た時は大友氏などなり
近衛の中の近衛。
継体天皇自体あきらかに諜報員達の情報の上に在るような気がする。
よって応神天皇を祀る鶴岡八幡は大伴宮司。〈ツルガ〉は敦賀となる。
古代から表舞台に立った時に数々の責任を負うが有事の際には何故か勢力がある大伴族。
その流れから伊賀甲賀だろうか。
戦国時代には播磨や豊後で快挙を見せる大名側近吉岡氏は、なぜか出目がハッキリしないのは隠密中枢からの派遣かも。
309:人間七七四年
08/01/29 11:17:17 E13lnJgB
根拠ない妄想の開陳はここでやるべきことではないと思うが
310:人間七七四年
08/01/31 03:34:18 rhVw/Y9+
よく気づいたな
311:奇矯屋onぷらっと ◆JUU/.JUU/.
08/01/31 23:44:49 OgM+7f5c
そらそうよ。
312:人間七七四年
08/02/17 15:56:46 Ril/YUEn
脱
313:人間七七四年
08/03/20 23:26:03 Ii26HGM6
家系図を見たら加藤上計頭清正って人がご先祖さんで家臣だった飯田覚兵衛(?)さんの孫さんとも交遊があります
314:キング
08/06/03 12:17:50 Exc1PcNJ
使用禁止の言葉「門地」
URLリンク(japansconspiracy.hp.infoseek.co.jp)
315:人間七七四年@全板トナメ開催中
08/06/04 00:17:02 /WA86LZK
近江源氏マンセー。
上洛未遂の尼子氏、飛騨国司偽装の三木氏、大名返り咲きの京極氏、風見鶏の朽木氏、報われないレジスタンス六角氏、目薬屋黒田氏。
みんなキャラ濃い。最高。
316:人間七七四年
08/08/07 16:16:55 jyNeAIVr
伊達家
伊達成宗:奥州探題就任
伊達尚宗:上杉氏から正室を迎える
伊達稙宗:再び奥州探題就任
伊達実元:上杉氏の養子となるが長尾家の妨害により失敗
長尾家
長尾景春:関東を争乱状態にして、管領上杉家の勢力を衰退させる
長尾邦景:上杉家をないがしろにし、専横を振舞う
長尾実景:越後守護家に謀反を起こす
長尾為景:上杉房能、八条定宗、上杉顕定らを殺害して上杉家を傀儡化
長尾晴景:上杉実元の家督継承を妨害
長尾顕景:上杉憲政、上杉憲重らを殺害して上杉を僭称
さらに上条上杉政繁を追放
どちらが上杉を継ぐに相応しいかは、バカでもわかるわな
317:たられば君
08/08/07 22:47:39 L0WpYiHg
>>316
そのコピペ、出自とはなんら関係ないね
318:人間七七四年
08/08/16 14:50:22 sW3qJP4w
山本は神の子
319:人間七七四年
08/09/29 15:44:23 Wtac7/YB
>>315
さすが自称源氏だけあるわwwwww
320:人間七七四年
08/10/06 10:27:58 F2bKuIe+
武将の先祖家柄とかを語るスレなのに
なんで「うちは○○の子孫」とか「僭称乙」とかの
どうでもいいお家自慢と化けの皮はがしであふれてるんだ?
子孫を語るんじゃなくて先祖をかたるスレじゃないのか?
321:人間七七四年
08/10/09 18:13:01 ZrJKyjBL
武将でも自称源氏乙がいっぱいいるから変わらない
322:人間七七四年
08/10/09 19:22:55 ohHnlta5
しかし俺の先祖は源氏だ、藤原だ、みたいな事を大した根拠もなく自慢するよりは、
ただの武士だけど、勘定方を務めて各資料に名前がきちんと出てくる俺の先祖の方が自慢できるわ。
323:人間七七四年
08/10/09 23:09:03 llXE0kcP
家系図幕府に提出する時に
一ページめによくわからないけど藤原らしいですよ?という歌を詠んでおいた
脇坂安冶の息子みたいなのがかっこいいよね
324:人間七七四年
08/10/10 00:17:50 JmTGVob+
脇坂安元
『北南 それとも知らず この糸の ゆかりばかりの すえの藤原』
325:人間七七四年
08/10/10 01:01:50 PhtgbFis
>>322
僭称でも源氏や藤原と言える家なら先祖にその程度の人物はいるさ。
今で言ったら市の収入役程度の人物でそこまで自慢出来る君はある意味凄いけど。
326:人間七七四年
08/10/10 02:01:59 7Dnle5wf
脇坂の場合は実際、自分の曾祖父以前のことはわかっていなかったらしいから。
池田家の場合は他の戦国武将同様に、当時からそれなりの家系伝承は有していたっぽい。
ただ光政一流のセンスや気骨が幕府に家系図を提出する時にああいう物言いにさせた、
という感じがする。
327:人間七七四年
08/10/10 08:51:33 +Lr8Wa0Z
うちなんて「戦国時代からうよ曲折の末元八王子同心になり(社会的に雑魚)で株をうっぱらい商売を始めたが没落した」という
自慢にもなんにもならないしなんでこんな流れの語り継いでるのか理解不能な家系を
後生大事にしてる家の生まれだぞ
まったくどうせうそっぱちなんだろうか僭称するならもっとスケールでかいのにしろっつーの
そうでないならこんな中途半端な家系ねつ造すんな
先祖わけわからん
その点戦国武将の連中は脇坂安元みたいな奴もいれば
どう考えても嘘だがスケールのでかいやつがいる
大名までなった人とずっと百姓だかなんだかしらんあ
社会的に雑魚だった俺の先祖と俺との血統の時点での器の違いを見せつけられるね
328:人間七七四年
08/10/10 09:35:30 zB0W+l/F
>>325
そういうやつの子孫ってことにしてるんだから、いなかったら困るだろw
329:人間七七四年
08/10/10 20:23:54 AkxHGV/t
>>325
>>322は、自分の先祖かどうかも分からない偉人を誇るよりは、
きちんと自分の先祖だと分かってる人物を誇る方がいいと言ってるんだろ。普通の考えだろ。
それに、勘定方ってのを現在の市の収入役程度に置き換えるのもどうかと思うが。
現代はなろうと思えば何にでもなれる時代なんだから。
330:人間七七四年
08/10/10 23:54:39 PhtgbFis
>>328
実際の先祖にってこと。
ってか足軽の称源氏すらいるんだから>>325は無視して。
>>329
うん、なんかイライラしてたんだ。
>>322ごめん。
あんな書き方したけど、勘定役は様々な役職の中でも特に能力が問われる立派な役職だと思うよ。
331:人間七七四年
08/10/18 00:07:39 +Ly0npMV
>>330
お前のその素直なところ、俺は嫌いじゃないぜ
332:人間七七四年
08/10/19 19:17:39 gT4odjGH
にしても、たかだか江戸時代のことですらはっきりしないってのはどういう事だろうね
たった4,5代前の爺さん婆さんの時代のことだ
文字のない文化ならまだしも、文化レベルは相当高かったというのにね
士農工商の身分序列は明治に学者が作ったものってのが濃厚なんだろ?
333:人間七七四年
08/10/20 00:43:43 i+/7/4mT
残ってる家は残ってる、そういうのに興味のない家は残らない
若いうちは興味わかない事は多いが、年を取って興味が湧いていざ調べようとすると
当時を知る人がすでに残っていなく、寺の記録などの最低限な物しか手の入らない
334:人間七七四年
08/10/20 23:20:32 /dNg4WJ8
>>332
文化レベルが高かったと言うのも疑問があるけどな
8割が農民だし
335:人間七七四年
08/10/21 00:27:54 +lJpfX5h
同時代の地域別の相対評価なら高い
現代の基準での絶対評価なら低い
336:人間七七四年
08/10/21 15:30:49 ujTzs3ny
まさか寺子屋が日本中にあったとか思ってるんじゃないだろうな?
337:人間七七四年
08/10/21 15:46:45 Ec9LxOGq
文字読めるのが大勢いるだけでレベルは高いだろ
338:人間七七四年
08/10/21 17:57:49 vlVmFiCg
識字率も実際は微妙じゃないか。
参考資料の大半が江戸や城下、宿場のものだろうし。
曾祖母(母の母の母、91歳)から聞いた話だが、父やその友達、近所の年輩の人は文字の読み書きが出来ないか苦手な人が多く、
義務教育を受けてる曾祖母やその兄弟が本の朗読をよく頼まれたんだと。
父の友達が来てる時はみんなからお小遣いが貰える上に褒められて嬉しかったそうな。
曾祖母の祖父の頃の話だが、、、
城下から近いが水害が非常に多くて稲作がろくに出来ず、予定されてる治水事業の反対派の演説に討ち入り、
家まで追いかけてフルボッコした挙げ句家を家財ごと火薬で吹っ飛ばし、
村民のうち六十人がまとめて逮捕されたくらいの貧しい地域だが、
曾祖母とその兄弟はみんな中等学校を卒業してるから、他の地域でも似たようなもんだと思う。
中等学校の進学率はたしか昭和頃で50%程度。
339:人間七七四年
08/10/21 18:13:43 ujTzs3ny
>>337
文字読めるのなんて一部の地域の一部の人間だけ
340:人間七七四年
08/10/21 23:00:40 zNNUSQMv
奈良=ブラク
341:人間七七四年
08/10/21 23:02:12 zNNUSQMv
奈良出身と聞いただけでブラク民におもえてしまう
342:人間七七四年
08/10/22 01:48:38 SKmtGFVc
>>338
概ね同意だが、昭和頃(昭和の具体的にどの時期かは上のレスからは不明だが)に旧制中学への進学率は50%なんかないだろう。
戦後ですら昭和30年代初頭までは新制高校への進学率は3割台だったはずだ。
戦前は旧制中学以上を出ていれば、社会的には少なくともエリートの末端くらいの位置付けだった(例えば軍隊に入っても旧制中学卒業以上ならば将校になる資格を有する等)。
343:人間七七四年
08/10/22 09:15:04 uv51fFlY
>>342
いやソースは忘れたが確かに50%となっていた。
俺も嘘くさいなと思ったから覚えていたんだ。
おそらく小学校高等科、青年学校、中等実業学校の専門課程を含んでいるんだろう。
そうなれば青年学校に行けば軍役を回避出来る時期があったからありえない話じゃないね。
俺の曾祖母も工業学校の女工専門課程修了で正規の卒業じゃないし。
で、二年で修了だから14歳から働きに出たんだが、初任給が小学校の校長より高くて、
3ヶ月に一度、田んぼを実家に買い与えてたんだと。
おそらくこういう短期で終えて技術が身に付く専門課程は相当人気があったんじゃないかな。
時代が下り過ぎてスレ違いだな。
344:人間七七四年
08/10/22 18:28:38 H8PwfDuu
>>343
おそらく小学校高等科、青年学校、中等実業学校の専門課程を含んでいるんだろう
↑だったら最初からそう書けよ。中等学校の進学が50%とか書くからややこしくなる。
しかも一つの資料から答えを導き出すとか頭がおかしいとしか思えん。
どう考えてもその資料が間違えてるとしか思えないし。
しかも、14歳のただの労働者の給料がエリート中のエリートの校長より高いわけないだろ。
曾祖母と仲がいいのは結構だが、年寄りの話を鵜呑みにする事ほど馬鹿な事はないぞ。
345:人間七七四年
08/10/22 19:23:35 fXy8KAEz
>>336
寺子屋に行着く君の思考回路が難解すぎて理解出来ない
誰もトップクラスだとは言っていない
世界中の農民を比較して、日本の農民は下から数えた方が早いと本気で思ってるのか?
346:人間七七四年
08/10/22 22:38:49 GBxlWots
文字で書かれた高札その辺の下層階級の連中が集まって読んでるもんな
時代劇でなwwwwwwwwwwwww
347:人間七七四年
08/10/23 00:27:25 QbV9YD46
>>345
それじゃ聞くけど、何をもって日本の農民の文化力を計ってるわけ?
348:人間七七四年
08/10/23 09:25:24 Wgy5fY8s
>>344
だから総称の「中等学校」って初めに書いたじゃん。
給料に関しては、曾祖母の実家に行った際にその兄二人からも聞いたよ。
家族で一番稼いでて小学校の校長より給料が多かった、うちにある田んぼや土地の大半は曾祖母が買ったもの。と
当時最新の紡績機械の扱いを習得していて他の女工に指導する役目だったから高給取りだとも言ってた。
親の世代は文字の読み書きが怪しい人がゴロゴロいる時代なんだから、
技能者とそうでない人に現代以上の所得格差があっても当然でしょう。
スレ違いだからもうレスしないよ。
349:人間七七四年
08/10/23 09:31:53 Wgy5fY8s
>>344
つかややこしくもなっていないし答えを導き出してもいないなぁ。
何をそんなに興奮してるんだろう。
350:たられば君
08/10/23 13:21:03 tHP0YvOL
>>346
昔の時代劇だと字を読んでくれる
「ご隠居さん」「坊さん」「通りがかりのご浪人さん」が
いたんだけど、最近は省略されがちみたいだね。
351:人間七七四年
08/10/24 01:09:32 JaVtnBbI
>>348
自分は>>344ではないが、いくら何でも女工の給料が校長以上ってことはないでしょ。
女工の給料は年収で10~20円。一番優秀な女工で年収100円。
一方の教師の給料はよく知らないけど、恐らく月給50円ぐらい。
小泉八雲が教師をしてた時の月給が100円で校長の2倍だったらしいから。
初任給が校長より高かったってのはひょっとして契約の事じゃないか?
5年で100円みたいな。当時は先にまとめてお金を払う会社もあったらしいし。
それと言い方悪いが、紡績業に勤めてる女性はただの駒で、技能云々ってのは関係ないよ。残念ながら。
土地にしても、どこの土地かは知らないが一部の都市部を除いて昔の日本の土地は安かったからね。
352:人間七七四年
08/10/24 01:16:05 JaVtnBbI
↑
どこの土地かは知らないがってのは>>348の土地の事ね。
353:人間七七四年
08/10/24 01:28:31 M59ajvCd
>>351
戦前はちょっとした技能者の賃金は物凄い高騰してたぞ
戦争で労働力が失われるから、人手不足になる
人手不足なので、売り手市場になって、賃金を高くしても労働力を確保する
確保できなかったところはヘッドハンティングで確保しようとする
それを回避するために賃金を高くする
とまあこんな素敵なながれで、最終的に政府が賃金に上限を設定したか、なんだか、取りあえず賃金高騰抑制に乗り出すほどに
354:人間七七四年
08/10/24 02:24:34 RpLUrAiA
迷走してるな。
中卒はエリート
所詮女工
どっちだよwww
>>351
三ヶ月に一度とあるから最低でも三ヶ月ごとに給料貰ってたんだろうな。
つか三ヶ月分の給料が校長より多かったところで自慢にならないししないだろ。
一口に女工と言っても小卒、女学校卒、工業学校卒がいるし、女子は中卒も理系も少なく、
より上位の大卒なんて極稀だから会社次第で高給取りは十分ありえると思うぞ。
小卒就職でまともな給料貰ってたとは思えないからそのぶんが現場主任的なその曾祖母に回ってきても不思議じゃない。
代わりの人材も今と違ってかなり少ないし。
あと公務員の給料は経済が反映されにくくて、その曾祖母が働きに出た頃だと業種によっては満州事変の特需があったんじゃないか?
よく知らんが。
355:人間七七四年
08/10/24 02:45:08 RpLUrAiA
と思ったら>>353が書いてくれてた。
で女にも高給職が回ってくると。
紡績専門で二年ってことはそれなりに習う内容があったんだろうな。
暗記バリバリやらされてて今みたいなゆとり教育とは違うだろうし。
356:人間七七四年
08/10/24 11:38:21 PCxE21rO
戦前に電話の交換手をやっていた祖母は男より稼いでいたと言ってたな
357:鉄道
08/10/25 03:51:42 qd1BFIUi
日本の与野党の党首は家父長制度の典型
URLリンク(mofa9.hp.infoseek.co.jp)
「太郎」と「一郎」の対決。これは、よく考えれば長男同士の対決だ。
二代目、三代目だけではない、家督相続の時代になった。
358:人間七七四年
08/11/12 16:04:48 BwosdyoG
江戸時代の識字率は世界でもトップクラスじゃなかったっけかな
359:人間七七四年
08/11/12 16:12:26 BwosdyoG
>>334
レベルが低かったら何百年も鎖国してた国が、開国してすぐ
西洋の列強と肩並べることなんか出来ないよ
360:人間七七四年
08/11/12 18:09:18 CG31avHD
つーか清が滅亡して約100年経って
ようやく近代化しつつある中国は
いつの間にそんなレベルが下がってたんだろな
361:人間七七四年
08/11/14 00:50:40 r/7cPiDr
そりゃ毛沢東がやらかしたから
362:人間七七四年
09/02/12 04:50:46 M9pPdrzP
戸籍等を調べたら、俺の母方の先祖は三河武士であり江戸時代には
代官を勤めた「旗本」だったことが判明した。
曾祖母(97歳)によれば曾祖母が若い娘さんだったときに
破産したそうだが。一方、父方は「百姓(しかも水呑)」の家柄だ。
この場合、俺はどちらの家柄の家の末裔を名乗ればいいか教えて欲しい。
363:人間七七四年
09/02/12 08:32:35 wr17EK05
>>362
あなたが名乗ってる名字の方。
364:人間七七四年
09/02/12 09:57:04 L6zvXZW0
万石取り以外はスレ違い
365:人間七七四年
09/02/13 00:30:59 /cKMpP0s
家柄だけなら宇都宮家も名門
366:ご先祖様ごめんなさい
09/05/09 00:26:51 01Y6553I
まぁ、やっかみと妬み疑いの交錯する話だわな。
ただ、2ちゃんの住人として、ひねくれた視点で自分の先祖を調べる奴も結構いるだろう。
ただ、俺みたいに名家に繋がって凹む人間も居そうだ。
名乗らないょ恥ずかしいもん。
367:人間七七四年
09/05/30 08:55:23 ArlnywbX
良スレだな
368:人間七七四年
09/06/07 20:56:29 flmzUdg0
>>364
戦国時代に幕府領、朝廷領、寺社領合わせて五千貫文の代官で更に独自の領土もいくらかあったようだがあり?
江戸時代の代官と違って自立的で取り分も多いから幕藩小大名級の収入はあったし戦国大名の子孫を名乗っていいものだろうか。
時期が守護大名、奉公人から戦国大名への移行期なのと
後に滅びて現存する資料がほとんど無いからか小和田は国人として扱ってるが…
のぶやぼにも出てこないし…
369:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM
09/06/10 07:07:53 IsnGr2O4
朝廷領ってなんだね?
370:仙台藩百姓
09/06/10 13:51:14 8Acfk12B
完全にネタでしょお( ^ω^)
「自立的で取り分も多いから幕藩小大名級の収入はあったし」
↑これがハッキリ分かるような家なら十分に資料が残っていると言えるお( ^ω^)
371:人間七七四年
09/08/18 21:21:55 CynDWLsA
上杉は山内家、長尾氏、吉良氏どれをとってもなんか微妙に残念な気がする。
憲政定景義央
吉良のみは風評被害だけど
372:人間七七四年
09/08/19 05:39:01 tM3iO+bq
ちょっと質問。
自分とこも先祖が武家で祖父母祖母が墓守をしてたんだけど二人共亡くなって、
火事で巻物や家系図やらがダメになったのもあって詳しい系図が分からないんだ。
祖父母の代で自分とこが宗家になったのは間違いないのだけど、
先祖墓近くの寺やその地域の市役所に電話で聞いて調べてもらうことってできるのかな?
個人情報やプライバシー云々言われるから直接行って聞いたほうがいいんだろうか?
因みに本家とは祖父母と祖母が亡くなった今、一切交流がなく居場所も生きているかも分からない………
父も一人っ子だから親戚という親戚もいない。
生きてたら祖父母の本家だけ。
373:人間七七四年
09/08/20 06:38:28 MDJUCWHd
なあ、親が悪名だかき学会員だったせいでそれ以前の宗派も菩提寺もわからんのだが、調べる方法あるか?
374:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM
09/08/20 21:06:16 NTBbSlYp
それを聞く祖父やおじおばはいないのか>>373
375:人間七七四年
09/08/21 01:40:29 sGNBOkfz
>>372
先祖探しのテクニック、エピソードを語るスレ 14
スレリンク(history板)
ここいってみ。最近過疎ってけど
376:人間七七四年
09/08/21 03:21:56 Zo6wRQOc
>>372です
>>375
おぉっ!そういうスレがあったとは!
ありがとうございます!
早速見てきます。
377:五百石
09/08/25 15:29:17 olnJm63z
市役所に行けば簡単に分かるんじゃないの。戸籍ってもんがあるんだから。
ルーツがはやったときに、親父が松山まで言って先祖を捜してきたよ。
江戸時代はじめに木曽から移り住んでたこともわかったけど。
それから家紋は変わらないと思ってる奴がいるけど主家が変われば手柄さえあれば家紋の一部を
拝領することがあるので変更は十分にありえます。
378:人間七七四年
09/08/27 20:52:37 dT1cubJX
重要なのは血筋だけではありません。
血筋と共に気高い精神を継承し続けて行くことに意味がある。
真の名族は分家にまで品格を求めるものです。
本物の武家の血筋だとわかったなら、誇る前に学びなさい。
途切れてしまった品格を取り戻す努力なしに血筋を語るのは
上流の人間のすることではないのです。
379:人間七七四年
09/08/27 23:39:54 w3PCbBAq
大江広元!
380:人間七七四年
09/12/04 10:55:51 Ihf4AVf3
大江広元といえば、毛利氏。
でも大友氏とも縁がある。
大江広元の義兄弟の中原親能の猷子。
中原親能が、頼朝の娘三幡姫の乳母父となっていた関係で、大友能直と大江広元も
中原親能と一緒に京都鎌倉を行き来していた。
381:人間七七四年
10/01/15 23:31:01 NeCJ83sg
俺ん家は別に大名とか武将の後裔みたいなカッコいいもんじゃないけど
株みんなずーーっと同じ土地に住み続けて400年になる。
天正年間ごろから大槻姓を名乗りはじめたようで、国は丹波国天田郡。
これはこれでグッと来るものがあるよねw
382:人間七七四年
10/01/27 19:31:11 b+C/H/oS
ほー、たいしたものだ。
383:人間七七四年
10/02/11 00:07:57 IS8+WRf1
なるほどね
384:人間七七四年
10/03/10 14:29:26 NwATeZw0
>>381
昔の墓とか残ってる?
385:月孔雀
10/03/10 18:20:19 uPrrOHar
前田利政の墓、嵯峨にある?
386:人間七七四年
10/03/17 00:14:00 Q2v4V9N9
日本では「家柄」差別はないという。
URLリンク(akiba.geocities.jp)
そもそも日本の行政では、「家柄」という言葉自体が存在しない。
387:仙台藩百姓
10/03/17 00:29:34 52NiAfie
芋がらの方が重要だお( ^ω^)
388:人間七七四年
10/05/19 17:57:22 k/FUaT68
織田信成が織田信長の子孫って本当?【2代目】
スレリンク(skate板)
~ 織田信長の子孫に関する小ネタ ~
●金スマ出演時に用意した家系図は某家系図業者共通の装丁で、
安住アナの指摘どおり「昨日作ったばかりのよう」な代物。
代々受け継いだものでないことは明らかで、歴史学的な検証には耐え得ない。
歴史ヲタにはおなじみの業者で、日本史板では落胆と失笑の声が上がった。
●織田母がTV番組出演時に語ったエピソード
「嫁に来て間もない頃に桔梗の花を飾ったところ姑に叱られた。」
「桔梗は明智の家紋だから、織田家では桔梗をいけるのはご法度ご法度なのです」
⇒旧丹波柏原藩織田家(元大名家)の当主である
織田孝一氏(本名は織田信孝、フリージャーナリスト)によるコメント抜粋。
「家には(桔梗ご法度の)習慣はないです」 「彼は誰なのでしょうね」
389:人間七七四年
10/05/19 19:09:19 xkJX/nyY
マルチ乙
390:人間七七四年
10/05/22 01:15:21 cOFl8/j+
>>285
武田厨ではないしそういう見方はなくして欲しいが、甲斐源氏は名門じゃないの?
源氏嫡流の源頼朝の家が断絶して、足利や新田が出たが新田よりも名門だと思う
足利は征夷大将軍を輩出してることを鑑みれば甲斐源氏よりも上だと思うけど。
常陸佐竹は血筋が大給松平氏みたいだからそういう議論にはならないけど。
391:仙台藩百姓
10/05/22 08:46:22 KSbOBbq+
名門なのは間違いないけど源氏嫡流からは遠いお( ^ω^)
斯波、吉良、畠山、細川辺りの方が家格は高いお( ^ω^)
392:石狩藩百姓
10/05/22 21:22:15 jOmv+Z0J
いやいや、お百姓君、この人はそういうことを聞いてるんではないでしょwwwww
百姓君がいってるのは全部足利支流で足利の五光で名門になったやつらwww
そこと比べるのはおかしい。この人がいってるのは新田も嫡流なんだからwww
甲斐源氏も嫡流でいいのではないか?ときいているのではないのwwwww
「足利氏流」と「新田氏」での違うジャンルでの名門の比較もおかしいwwwww
あと、甲斐源氏の南部や武田は細川と比べると同列かそれ以下だけど、
吉良や今川と比べたら甲斐源氏嫡統の方が家格は上なんじゃないの?
約束しましたか?
393:人間七七四年
10/05/24 08:38:34 s0VJOb2f
足利>吉良>今川>斯波>>>>>新田、武田>細川>南部
こんな感じだろ、だいたい。
でも実際はたいして差はないかもな。
形式上の話で。
お互い同列の大名として接してたかもね。将軍以外は。
394:仙台藩百姓
10/05/24 10:48:21 4vTQ7iq8
新田とかかなり格下じゃんお( ^ω^)
南部もただの地頭程度だお( ^ω^)
395:人間七七四年
10/05/24 20:21:47 mF3bp1BO
新田は武田の格下なんじゃないの?んで最下層あたりに佐竹
396:人間七七四年
10/05/24 21:00:51 mF3bp1BO
足利>吉良=今川>斯波>香宗我部=武田>新田>細川>佐竹>南部ぐらいなんじゃないの。
足利が絶えれば吉良が継ぎ吉良が絶えれば今川なんてのがあるけど、
正直、吉良と今川は大差ないんでね?って感じ。
香宗我部は甲斐源氏嫡流の武田信義の嫡男の忠頼の長男の子孫で地頭、
それでもって四国でも土佐を二分三分するくらいは活躍してるから
守護で庶流の武田と同列ぐらいには入れときたいな。
上はしゃあなしに足利争い、下は主に河内源氏内での争いか。
397:人間七七四年
10/05/24 21:11:18 mF3bp1BO
香宗我部氏は所領に守護使が立ち入ることを禁じる特権を幕府から与えられてるな
大忍庄の代官職も与えられてるが、上のは正直別格扱いである。
土佐は長宗我部(秦氏)とか安芸氏(素性不明)みたいなのがいるぐらいだし、
香宗我部氏はひょっとしたら中央では名門扱いだったのかもしれない。
398:人間七七四年
10/05/25 01:36:59 z7xQDxhB
日本人よ元気を出せ
仲間は増え続けている
URLリンク(www.nicovideo.jp)
399:人間七七四年
10/06/19 06:16:25 of6F3OT6
憲法に「門地」などという変な言葉を使う
URLリンク(akiba.geocities.jp)
不可解な事が数多くあったが、全て「徳川一族」の支配する日本を考えるとき、
全てが解決した。
日本の問題は、徳川一族を権力から排除すれば、全て解決する。
だが、彼らは、全て偽善者であり、人を騙すことで400年生き延びている。
どうすれば、善良な日本人と、邪悪な徳川一族を区別出来るのか???
400:人間七七四年
10/06/22 00:38:52 Qv59xdrp
私の家のの家紋は、カタバミに剣が3本。戦国時代にお百姓さんだったが、
戦になって雑兵として戦に行った。そしたらボロクソに負けて、先祖と
気を失った殿様とその殿様をおんぶしていた侍の3人だけとなって戦場から逃げた。
殿様をおんぶしていた侍が力尽きて倒れた拍子に殿様の意識が戻って、殿様
が私の先祖に「お前が私を助けたのか?」と言ったので、私の先祖は「そうですよん♪」
と、答えた。ほいで私の先祖は侍に取り立てて貰えた。拝領で貰えた家紋は、逃走中に腰に
いっぱいカタバミの葉っぱが付いてたからカタバミ。最後までその場に居た人が
3人だったから、剣が3本だそうな。
401:人間七七四年
10/06/22 02:03:35 y3qrFihF
>>191
> 自称戦国武将の子孫に出会ったらこれを聞け!
井伊家の子孫です。
> 1、「家紋は?」(家紋は、つじつま合わせに同じものにしていることが多いが、たまに旗印を使っているアホがいる。家紋が違えばその時点でウソ。)
丸に橘。
> 2、「屋敷はあるの?」(戦後に取られたとかいうのはほぼウソ。名の成る武将の子孫は、みんな今でも地元の名士です。平戸出身者なら、95パーセントの確率でウソ。)
800坪の宅地をもてあましています。田舎だから大して金にならない。
現時点での保有不動産は、約43000坪。
> 3、「あなたの家は何宗?」(浄土真宗やキリスト教であったら、よほどのことがない限り武将ではない 単なる武士ならば可能性はある)
曹洞宗
> 4、「ご近所に様付で呼ばれたことある?」(武将の子孫であれば、近所からは●●様、と必ず呼ばれます。)
実家は開業医だったので、
祖父:大先生(おおせんせい)
父:若先生
俺:ぼん
漏れはお手伝いさん二人に育てられました。
おかげで実母苦手。
> 5、「あなたの出身地はどこ?」(よくあるのは中国地方の武将を、東北地方の人間が自称したりするパターン。毛利家とか。)
岐阜県美濃加茂市。井伊家庶流越前井伊家から分かれました。
> 6、「あなた、その武将から数えて何代目?」(「~代くらいかな?」とか言うのは、完全に嘘。名だたる武将の子孫が、何代目かはっきりしないなんてことは絶対にない。)
親父が18代目。
402:人間七七四年
10/06/22 04:50:03 qcG4jAth
うちは小笠原家だが武田より下級扱いなのかな?
403:人間七七四年
10/06/22 06:56:14 Qv59xdrp
>>401
わ~ぉ。
>>402
小笠原さんは「弓の先生」です。どちらもが家の格式を高める為の努力をしていたので、甲乙とかは付けられないですよ。
404:人間七七四年
10/06/22 09:46:30 qcG4jAth
>>403
ありがとう
御先祖がいつも脳筋や雑魚扱いされていたんでこういう観点の評価はうれしい
405:人間七七四年
10/06/22 14:36:38 y3qrFihF
>>404
小笠原家は、室町・江戸期の「弓馬の術」&「礼法」の師です。
406:人間七七四年
10/06/22 14:37:56 y3qrFihF
>>400
宇喜多さんちですか?
407:人間七七四年
10/06/22 16:09:49 Qv59xdrp
>>404 >>405
はい。私は、小笠原さんを尊敬しています。♪
>>406
いいえ、戦国時代の上総国大名の里見義弘さんの家臣の酒井胤治さんの領地内の、名も無い百姓でした。私の先祖。
↓が、レス400番の話のご褒美に貰えた家紋です。
URLリンク(www.digistats.net)
408:人間七七四年
10/06/22 19:47:40 y3qrFihF
>>401
補足:菩提寺は瑞林寺。天井、灯篭に一族数百人の名前が書き連ねてある。漏れが死んだらここに名前が書かれ、当家所有の山の上に墓石が立てられ、埋められる。
江戸時代の俗称:「御柿庄屋様」(尾張徳川家の代官が常駐しており、年貢・諸役免除、堂上蜂屋柿の進上のみが義務。干し柿は尾張家、将軍家、朝廷に収められた。)
名字帯刀御免。(脇差だけでなく、大刀も。)
通称の通字は「鉄(旧字)」。曽祖父までは鉄之助(井伊家と共通。)
直系先祖は井伊直勝と聞いています。
で、その子供が結城松平家家臣。
409:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM
10/06/22 22:12:01 VN6VQvEQ
美濃加茂と聞いちゃ黙っちゃいないが、曹洞宗なんて他に子安観音くらいしかなかったような。
蜂屋なら蜂屋氏以外には岸・佐藤くらいしか旧家知らんかった。
410:人間七七四年
10/06/22 22:29:23 y3qrFihF
>>409
瑞林寺の天井をよーっくご覧くださいw
411:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM
10/06/22 22:58:06 VN6VQvEQ
いや、行ったことないけどさ。
412:人間七七四年
10/06/23 02:19:08 KSfATtQN
>>411
一度行ってみてください^^
413:人間七七四年
10/06/23 03:40:46 Afd7Rqdn
盛り上がってまいりました
414:人間七七四年
10/06/23 04:02:03 KSfATtQN
wwww
415:人間七七四年
10/06/24 05:48:49 llI7WBUn
「門地」の使用頻度
URLリンク(akiba.geocities.jp)
「家柄」の2000分の一であり、行政文書そのものが死文となる。
416:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM
10/06/24 22:04:20 1/LKdtec
あちこちに日本の陰謀貼るなよ鬱陶しい。
417:人間七七四年
10/06/27 02:21:19 SpdvgBkx
鹿児島出身の親父から我が家の先祖は薩摩藩の上級藩士だったと聞かされてきたが、薩摩藩士家普みたいのを調べたが出てこず、ネタだったみたい(´・ω・`)
418:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM
10/06/27 02:52:29 shFCBlZV
それはそれでいいじゃない。
419:人間七七四年
10/07/24 12:50:58 Bc030MKi
死んだ婆ちゃんがその晩年に突然に「祖先は安東水軍」などと言いだしてた
その証拠は何一つすらも無いがかなり気になる
420:人間七七四年
10/07/24 15:59:33 ZY6ctZHK
>>402
明治新姓でしょ?