06/11/07 02:36:52 ZWVgeYyN
なんで幕府が治めて平和になって、文化的な発展やら都市の発展やらが起こるんだ?
幕府って、所詮基本は戦時体制だろうに
戦国時代の気風が残ったままってのも危険だし、なしくずしで家康が天下を簒奪したんじゃ
収まりがつかんだろう
日本中が富国強兵の嵐になりそうだが
つか文化的に豊かになったって、武士がまがりなりにも文化的な発展に
貢献したと言える時代なんて安土桃山ぐらいだぞ
幕府をおいたって言う江戸で文化が発展するなんて不可能だと思うが
305:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 18:01:03 e3TuKHKi
西軍が勝ったとか妄想はやめろよw
畿内人のコンプレックスもそこまで行くと恥ずかしいよw
石田は斬首、宇喜多は島流し、上杉毛利は30万石に減封、豊臣は60万石に格下げ。
これが真実。どう足掻いても歴史は変わらんだろ。
まあ、あの後、どこでどうなったかは忘れたけど南部様が征夷大将軍に任命されて日本は一揆文化が花開いたよね。
さ、俺も週末は接待一揆だ!
306:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 18:10:04 QnEBFxdJ
>>305
脳内一揆、乙
307:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 19:11:00 7Z0kdClq
>>305
>石田は斬首、宇喜多は島流し、上杉毛利は30万石に減封、豊臣は60万石に格下げ。
初めの3者はともかく、なんで豊臣が60万石になるんだ。
家康だって豊臣のために戦っていたのは間違いないだろ。
せめて理由ぐらい何か考えてみ。
ちなみに、徳川幕府ってのは、本当にあり得るかもしれない。
関ヶ原から十余年。大阪城にて。
秀頼「今度こそ朝鮮や明を攻めようぜ。」
秀忠(もし生きていたら家康)「無理っす、勘弁してください。」
秀頼「じゃあ、琉球やアイヌで我慢してやる。お前、大将になれ。」
主命により、徳川家が文字通りの征夷大将軍に就任。
外征後もそのまま警察機構を担当するとか。
だったら、武力が不要となった豊臣関白家を中心に、公家文化が復興。
……でも江戸が東の京なんてことはないな。
当然遷都もない、せいぜいが行幸するぐらいだろ。
308:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 20:40:54 e3TuKHKi
>>307
はぁ?徳川幕府?いつ俺が徳川の狸が幕府を開くと言った?南部様が幕府を開いたんだよ。
舐めてんのか?土一揆起こすぞゴラァ!
豊臣が60万石に格下げは南部様が分捕ったからだお。
豊臣の大老として自分の家臣に豊臣の領土を分け与えたんだよ。
だから畿内はほとんど南部領。三日月の兎も呆れる一揆熱。これだよ。
309:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 21:02:23 7Z0kdClq
>>308
確かにあんたは言って無いな。
「徳川の狸が幕府を開くと言った」のは>>292。
まあ、タイミング遅れのレスで引用もせずに書き込んだから、勘違いされても仕方ない。すまねぇ。
で南部は、やっぱり津軽を滅ぼすの?
310:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 21:31:26 KvXiTPMg
仙台の一つ目小僧に悪戦苦闘していた南部がどうやって幕府を・・?
それと>>305>>308
このスレの主旨は「もしも関が原で東軍が勝っていたら?」だ。
>>西軍が勝ったとか妄想はやめろよw
この言動が、おもいっきり横道にそれている件について・・
311:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 22:14:30 7Z0kdClq
東軍が勝った場合を想像しているうちに、自分で本気にしてしまったんだな…。
312:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/07 23:16:48 e3TuKHKi
>>311
そうなんだよ…。>>310さんスマソ。
だってよぉ、うちの岩手県いいことねぇからさ。もし関ヶ原で家康が勝ったらうちもその恩恵を賜ることが出来るかもしれないだろ?
関東が田舎だって言ってるけどよぉ、その関東にまで東北は馬鹿にされてるんだよぉ。
石田が何してくれたってんだよ!豊臣が何してくれたんだ?何もしてくれないだろ?
もし家康が勝ったら関東が日本の中心になって東北は関東の直近の地域になってただろうからさぁ・・・。
南部さまは伊達に馬鹿にされるは津軽にゃ裏切られるわ、いいとこねぇんだよぉ。
東北の主な産業は出稼ぎだからなぁ。これじゃあ植民地だよぉ。
313:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 00:36:29 poB3tUoo
同じ東北でも、山形と福島以外は酷い有様だからな…。
上手く立ち回った仙台と津軽はそこそこ発展してるが。
314:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 01:27:02 XWApI9RH
上手く立ち回ったのは秋田だろ
関ヶ原前の行動は灰色なのに、事後は見事に白と言い切ったからな
伊達と津軽は取りつぶしになるのを回避しただけで、発展なんてレベルじゃないぞ
315:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 16:16:25 xXytZ913
もっと遊ぼうよ。せっかくのスレガ台無し。
豊臣が勝ったのは事実だから、徳川が
幕府を開いたら、どうなったか、なんて
妄想はやめようよ。
316:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 17:04:15 5KklyhGt
いや、スレタイは関ヶ原で東軍が勝っていたら、なんだが
徳川が幕府を開いたらって妄想も、あながちスレタイからは外れてないような
317:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 17:41:59 AfIGr5hW
話は代わるけど
>>210-214の会津加藤家を継いだ保科正之って伝承だと秀忠の隠し子なんだよね
みなもと太郎の漫画で知ったんだけど
318:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 17:59:31 3rJGJRRZ
>>317
会津加藤家を継いだんじゃなくて家老かなんかだろ保科正之。
清正にはちゃんと子供がいたよ。
319:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 18:05:26 Xu1IbQkE
不肖の息子がね…。
320:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 20:52:16 f0ere92D
>>316
仮に徳川が勝ったとして、将軍になんかなるか?
鎌倉・室町幕府の将軍家を見ろよ。
321:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 21:28:50 NS+71aab
徳川がもし勝っていたら、おそらく三河が首都になってたかもしれんで。
関東からは出て行くやろ
322:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 21:37:49 h1aU1Rc0
東軍が勝ったなら、家康は将軍になったかもしれない。
でも、秀頼が成人した時に政権を返したと思う。
律義だし、秀吉との約束を破るわけがないからな。
323:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/08 21:38:19 3rJGJRRZ
>>320
江戸に幕府を開いて江戸幕府(ちょっと笑えるネーミングだ)というのが
東軍厨の定番ですが?
東軍が勝ってたら豊臣家は関白にして、自分は室町での鎌倉公方とかのように
東国を預かる征夷大将軍になってだなー幕府ってーのもありかと思う。
>>321
それはないと思うよ。駿河のような気がする。
結構すごしやすく、東海の要衝であり、
家康が育ったのあそこだし、三河は逆に古い連中が多くて
やりにくいだろ?
324:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/09 15:59:01 Ai3lfZIF
>>323
ナンバー2が実権をもつというのが、日本史の常だしね。
家康なら、それを選ぶだろう。
律儀という名声も、権力も、両方手に入れることができる。
325:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/09 19:25:50 uVJirHuz
江戸に律儀に居を構える必要はないでしょ。
普通に考えたら守りが堅い小田原に移すんじゃないの?
326:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/09 20:01:13 Ai3lfZIF
仮想敵国がどこか、にもよるね。
もし敵が北にいるなら小田原、西にいるなら箱根以東と思う。
327:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/09 22:45:51 pajD3B1Q
仮想敵国といっても、東軍が勝ったら家康と正面切って争えるのは居なくなるぞ
西軍大名の領地召し上げて徳川とその譜代の石高がかなり増加するだろうし
東軍についた伊達とかが百万石超えたりするかもしれんが
徳川と対等以上に争えるのは豊臣家だけになるんじゃないのか?
あとは不満を持つ大名の連合かな
328:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/09 23:31:17 GcAvnp34
秀頼は、さすが、真田幸村が「りりしきお姿」
と言うだけあって大将の器成り。
約束を渋り、豊臣をつぶそうとした家康に
大阪の陣にて、伊達政宗の寝返りにて、
逆転勝利。江戸の陣にて、ついに徳川滅亡。
329:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 00:31:43 AcoMidCA
大坂の陣?
何を言ってるんだ?
330:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 03:12:11 +iWrorh+
関ヶ原で東軍が勝利した場合、家康は次に豊臣家を滅ぼすんじゃないかというifでしょ
まあ生涯律儀者で通してきて、太閤殿下に信頼された家康が
主君殺しをするなんてのはちょっと想像つかないが
そうなったら福島両加藤黒田みたいな豊臣恩顧の大名が黙っちゃ居ないよ
331:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 03:37:32 NbKM3KXe
律儀だけで乱世を生き延びられたと思っている平和ボケが来た。
ソ連の傀儡だった社会主義体制が崩れて17年も経つのにまだ奴らの洗脳が残っているとは。
332:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 04:39:17 td0tkI5N
>>331
そんなIFを言っても仕方ない歴史を見て
生涯果てる迄に律儀にも忠臣であり続けた家康が
主家を滅ぼすとする方が難しいという事だ
歴史的裏付けもなく破天荒なifを認めるなら
例えば本能寺の秀吉黒幕説や
秀秋公内通説なども認めなければならなくなる
どうせ東軍勝利のスレにしてもせめて前後の史実には
合わせて考察したい。
333:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 15:50:15 YUyqmB5u
本当に律儀ならば、秀頼が兵を挙げた時点で江戸に蟄居謹慎するだろ。
のこのこ関ヶ原まで上ってきて戦ってる時点で政権簒奪の意思有りと見るべきだよ。
まあ、石田も毛利も宇喜多も少し後ろめたい気持ちはあっただろうな。
家康も豊臣の大老として出陣したんだからさ。
家康の立場からすれば豊臣の大老として出征したのに何で自分が討たれなきゃならんのだ?って感じだろうし。
それに、賊だろうと朝敵だろうとやっぱり自力救済の観点から自分の身は自分で守らなきゃならんだろうし
家康が豊臣方と戦ったのも止むを得ないと見るべきかな?こんなこと言うと徳川厨と言われるのがオチだけど。
それにしても赤備えの井伊が真っ先に裏切ったのはうけたな。やっぱりアイツは外様だって話だよ。
334:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 16:02:39 2OTVaJlx
あれは旧武田家臣団が造反したんじゃなかったっけ?
部下にあたりがきつくて人切り兵部とか呼ばれたほどだから
うべなるかなという気はするが。
335:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 16:03:01 Zaj40cUL
仮に東軍が勝ったとしたら、当然正則や清正などは大加増だな。
まぁ、遠国だろうが。
その場合、こいつら危険だと思うんだよ。
難癖つけられて改易されるか、最悪の場合暗殺なども考えられる。
そうやって徐々に豊家の力を削いでいきそうだな。
律儀な家康と愚鈍な秀忠がそこまでやれるか分からんが。
336:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 16:25:39 CDfjLC2t
>>335
それはないw
豊臣恩顧として政治的に太いパイプを持つ両名は加増・懐柔されて
重く扱われるんじゃないのか?それに稚拙な推測だけど
新生豊臣政権の五大老として同格にあがることも考えられる。
まあその場合は筆頭大老は家康だろうから同格ではないが。
337:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 20:01:11 Zaj40cUL
>>336
うん。それが一番ありえそうな感じだね。
338:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 20:14:28 7bUpYe+/
>>334
そうそう。
家康は親心で歴戦の猛者の赤備えを直政の配下につけたんだろうけど、
直政はそれに驕っちゃったんだよな。
本来なら敬うべき人生の先達たちをゴミのように扱うという愚挙に出た。
配下に不満が溜るのも当然だな。
井伊直政は家康の籠臣だから、下手に反抗できないし。
で、その不満が家康にとっては最悪なタイミングで爆発した訳だ。
家康もつくづく運がないな。
部下を大切に扱ったといわれる大久保忠世に赤備えを預けてれば
面白かったんじゃないかなと自分は思う。
339:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 21:14:08 ifq1LsSQ
でも忠隣だぞ。関ケ原時は。
340:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 22:09:32 RIo6h0NT
神君である家康公が関ヶ原で負けるわけないだろw
お前ら妄想は程々にしておけよwWwWWWwwWWWww
341:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 22:23:16 4HN5f7/I
無双のやりすぎ
342:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 22:47:46 QtI1g01P
>>340>>341
スレの空気読め。
343:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 22:51:57 TDbX4YlQ
>>340
可哀想に…
ほかの東軍ファンほど史料を知らないから
こんなことしか言えないんだな。
全く可哀想に…
344:341
06/11/10 22:54:11 4HN5f7/I
>>342
読んでるレスのつもりだったが…。
345:342
06/11/10 22:57:44 QtI1g01P
ごめん>>341
>>340の浮いた発言の後だったので・・ごっちゃになってしまったよ。
346:341
06/11/10 23:00:20 4HN5f7/I
いえいえ。案外340も、突っ込み期待な気もする。
347:342
06/11/10 23:04:01 QtI1g01P
それはともかく>>340のいってる神君とはなんぞや?
家康のこといってるのかな?
あの律儀だけが売りの田舎大名が神として祭られるなど
ありえなさすぎなのだが。
348:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:05:32 4HN5f7/I
>>339
たしか、忠憐が部下をてなづけているのは、謀反をたくらむ意思があったから、という小説をみたことがある。
例の東軍勝利話の派生ものだけどね。
349:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:08:29 SKH5icEL
>>347
無双ってゲームだと家康でプレーして関が原で勝つこともできる。
そうするとエンディングで家康が神君として300年の太平の世が・・・
となる。だから>>341が無双のやりすぎと突っ込んだ。
350:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:13:49 4HN5f7/I
そういうことです。
351:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:17:11 X63f+rE1
>342
無双の最新作やってないのか?
なんだか知らないが、東軍武将のシナリオがえらく強化されてる
最近東軍厨の社員増えたのかな
東軍武将キャラの何人かは、クリアすると家康が天下取るし
家康モードだとなんちゃら大権現とかって駿府のあたりに奉られる
厨全開のシナリオでかなりぶっ飛んでるんだが、>>340はその辺りの突っ込み期待レスかと
352:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:25:08 RIo6h0NT
お前ら家康公が東照大権現として祭られてることも知らないのかよw
小学校から歴史の勉強やりなおせよwwWWwwWw
ゲームの中の話じゃなくて、本当のことだよ。
家康公は関八州の守り神となってる。
やっぱり家康はすげー。
353:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:30:04 8N5iwFPq
これが東軍厨か
354:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:54:58 HNST1VCg
下は、某ページからのコピペだけど、東軍厨って、この「勝ち組」と似たようなものかもな。
[1:ハワイの勝ち組]
昭和30年(1955年)の秋に私は海上保安大学の練習船でハワイに遠洋航海に行きましたが、
その当時ハワイに住む日系人の間には日本の敗戦を未だに信じない勝ち組と、
敗戦の事実を率直に認める負け組のグループがありました。
[2:ブラジルの勝ち組、負け組]
ハワイは日本に近いせいか勝ち組、負け組による大規模な抗争事件は起きませんでしたが、
日本から遠く離れ地球の裏側にあるブラジルの日本人社会では、
太平洋戦争に敗れ無条件降伏をしたのは、日本ではなくアメリカでした。
そしてこれを認めない者は、非国民とされました。
355:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/10 23:55:59 UbrhHrzD
東照大権現って、ネーミングセンス無さ杉w
大体、関東には鶴ヶ丘八幡宮があるだろ?
356:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 00:07:45 sDh6EVE3
待て待て、関東を守護する武将といったら板違いだが忘れちゃいけない方が居るだろう。
家康よりよほど霊験あらたかそうだぞ?
357:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 00:27:44 L6i69AAF
ああ、将門公。
関ヶ原で負けたのは、そのたたりかな。
358:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 01:20:02 Bgnjpoup
平の将門は関が原では、徳川家康に勝たせたかったであろう。
なぜなら、源氏,兵士問わず、東国を首都にしようとしていた
徳川家康、平将門も、宮廷を裏切ってでも『東国」を首府にして
統治しようとしていた。平将門は、『逆賊」ではない。
いつも、相手にいくさを挑まれ、また、館を襲われ、また、
不意撃ちをされ、焼き討ちをされ、やむなく,立ち上がり、
正義の勝利を重ねる途中で、東国の、各郡司を攻略するしか
生きていく方法がなかったのだ。平将門ほど、民衆に慕われた
貴族はなかった。其の点、{田原淘汰」は一瞬のすき、将門が
兵を引いた瞬間を捉えて、宮廷より、{将門討伐}の命を受け、
挙兵した。最後まで、将門の勝利は動かなかったのだが、
平将門勝利今、一歩、田原の淘汰まで、あと50Mというとこで、
風向きが突然変わり、将門の馬が立ち往生、その瞬間に逆に
淘汰の矢で、将門は頭を射抜かれてしまった。
家康は、将門のうらみを「豊臣の公戦」として
西軍に勝利した。つまり、天皇にかったわけだ。
将門の恨みはなんと、500年近くの年月を得て
晴らされたのだ。そういう意味で、家康と将門は
源氏,平氏の違いはあるが、友達ということがいえる。
359:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 01:20:57 Bgnjpoup
平の将門は関が原では、徳川家康に勝たせたかったであろう。
なぜなら、源氏,兵士問わず、東国を首都にしようとしていた
徳川家康、平将門も、宮廷を裏切ってでも『東国」を首府にして
統治しようとしていた。平将門は、『逆賊」ではない。
いつも、相手にいくさを挑まれ、また、館を襲われ、また、
不意撃ちをされ、焼き討ちをされ、やむなく,立ち上がり、
正義の勝利を重ねる途中で、東国の、各郡司を攻略するしか
生きていく方法がなかったのだ。平将門ほど、民衆に慕われた
貴族はなかった。其の点、{田原淘汰」は一瞬のすき、将門が
兵を引いた瞬間を捉えて、宮廷より、{将門討伐}の命を受け、
挙兵した。最後まで、将門の勝利は動かなかったのだが、
平将門勝利今、一歩、田原の淘汰まで、あと50Mというとこで、
風向きが突然変わり、将門の馬が立ち往生、その瞬間に逆に
淘汰の矢で、将門は頭を射抜かれてしまった。
家康は、将門のうらみを「豊臣の公戦」として
西軍に勝利した。つまり、天皇にかったわけだ。
将門の恨みはなんと、500年近くの年月を得て
晴らされたのだ。そういう意味で、家康と将門は
源氏,平氏の違いはあるが、友達ということがいえる。
360:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 01:50:41 L6i69AAF
そっか、どっちも関東勢で、無理難題をふっかける京都勢力と戦うという点では一致しているか。
将門公には、きっちり三成を呪って欲しかったな。
361:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 04:29:33 rzMdhQU+
テレビで「暴れん坊関白」観る度、正直複雑な心境になる。
キノケン演じる豊田新之助(シンさん)のキャラクターがまたとても魅力的なだけに
・・余計に滅びた徳川の悲哀が引き立つというか・・単純に勧善懲悪を楽しめばいいんだけど
つい戦国ヲタの悲しい性でいろんな妄想をしちゃうよね。
マジレスすまん。
362:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 05:53:17 W0PiFzCN
キノケンって最初なんの事かわからなかった。
木下健かw
363:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 07:29:18 EQhuXRgv
>>362
常識だろ。
あまりテレビとか見ないの?
364:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 07:53:15 W0PiFzCN
>>363
うんあまり見ない。
そういえば何年か前に流行ってた「キノケンタンゴ2」、役柄とかと全然違うんで思いもよらなかったが歌ってたのって木下健なの?
365:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 08:30:16 EQhuXRgv
そう。
てか、役柄と違わなくね?
366:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 14:35:10 popZVpWA
でも関ヶ原後に江戸に本拠を家康が置いていたら、
江戸も今は大きな町なんだろうな。
小田原ジャイアンツとか川越ライオンズじゃなくて、
江戸ジャイアンツだったりね。
平成の大合併で、豊島市と江戸市が合併で、
むさし市なんて間抜けな名前になったけど(笑)。
367:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 15:17:25 n2JGAdCt
上記で、何が理由で維新が起きたのかの発言があったな。
あの時点の事情は難しく、又スレ違いなので詳細は避けるが
要約すると
鉄道敷設に関しての闘争だ。
欧州は英国で敷設されつつあった蒸気機関車の鉄道を
ノウハウのある英国が日本に敷設しようとしたのがきっかけ。
石田大老が強引に鉄道敷設を近江を中継地とすることで
利権を一手にしようとしたのも問題あったな。
安政の大欲とか弾圧事件もあって、結局維新となった。
清水 義範氏の著書「鎖国ニッポン」は関が原で東軍が勝っていたら
という設定で、こっちは家康が江戸幕府を開き豊臣を結局滅ぼし
300年近く太平を築くが交易を禁止し鎖国した為
時代の流れに取り残され蒸気船の黒船来航で一気に維新にいたる
という流れであった。
368:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/11 22:57:01 N+WO/t86
この前の大河見て気になったんだけど、何で東軍が勝ったんだ?
しかも、明日は石田大老の切腹だし・・・。
369:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/12 00:27:56 zMPD50QJ
このスレすげぇよ、秀逸だ。
370:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/12 00:43:51 W1nN3dOe
>>368
NHKが視聴率に走った結果。
大河ドラマ板でも叩かれていたよ。
>>367
「鎖国ニッポン」というか、東軍勝利→徳川将軍家 って流れの話は、
豊毛時代後期には成立していたらしいよ。
関ヶ原で東軍だった(元)大名家のいくつかに1820年ぐらいの写本があるから。
現在有名な明治期の小説・講談の下敷きはそれ。
371:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/12 21:43:49 T4cxFpOo
いや、おまいら我らが政宗公のお陰で西軍が勝てたんだぞ。
直江が取り繕って豊臣家でいい位置とって、
江戸の陣で勝てたのも政宗のお陰。
てか、東軍勝ったら直江と伊達が黙ってなくね?
だって関ヶ原は直江の挙兵があってこそでしょ?
石田との共謀だったんだから。
そしたら直江は伊達と一緒に挙兵すると思う。
372:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/12 23:41:48 uvHcCXqi
政宗厨ktkr
政宗は東軍の南部の一気扇動してたんですぅ、だから西軍何ですぅとか弁解状おくった奴だろ。
上杉の白石城を攻め落として、最上に援軍派遣しておいて良くいうぜw
373:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 00:31:35 jelVhzYG
もし東軍が勝っていたら・・・俺たち歴史好きをくすぐらずにはおかない、
もはや普遍のテーマと言っていいね。まあ一般人からは奇人扱いだけど(笑)。
自分が思うに、もし東軍勝利であったなら・・仮にも三国一の忠義者と謳われ
六条河原であの「家康死すとも豊家は死せず!」の名言を残した家康の事だ、
又違った形で豊臣政権の基盤を磐石なモノにしてくれた・・と敢えて信じたい。
家康は後世でこそ自分の器を勘違いした田舎大名という評価になっているが、
戦犯として監禁された折に薬草と擦りこぎ道具を所望し、悠然と薬を煎じて
いたという。爆笑しながらその姿を眺める門番に「人の一生とは重き荷物を
背負うて道を行くが如し。じゃが体が弱ってはその荷物も持てんじゃろうが!」
と言い放ち、さらなる爆笑を誘った下りなどはまさに尋常でない胆力というか
家康再評価の必要があるんじゃないのかな。
後年、西洋の軍人が関が原の布陣を見て「何故東軍が負けたのか?」と驚いた
というが、確かに紙一重の差で東軍にとって不運な出来事が多すぎたよね。
家康にしてもまさか松尾山に放った大砲を秀秋本人が喰らい爆死するなんて
想像もしてなかっただろうし、細川・藤堂の裏切りも同様だったはず。
(もっとも二人の変節はキャラからいって想像の範疇だったかもしれないけど)
いずれにせよ東軍が勝っていた可能性は充分あったわけだし
一度空想戦記みたいな形でそれを映画化してほしい(願)!
余談になるが再来年の大河がまた「忠臣蔵」に決まったらしい。
・・・がいい加減飽きたよ(同じ思いの人もいるんじゃないかな?)
関が原後に秀秋の兄を立て復興を図った小早川家が、三成の「実は家康と
通じていた寝転武士である!」という讒言のもと御家断絶を余儀なくされる。
がその百年後、密かに主君の名誉回復を伺っていた陪臣の子孫達が
大老石田六成を討ち果たす時を越えた仇討ち劇・・・確かにこういう
ストーリーが日本人好みなのはわかるんだが手垢が付きすぎ。
これやる位だったらもうそろそろ「大河ドラマ 義に生きた男徳川家康!」
・・・解禁してもいいんじゃないか?
374:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 00:37:04 WptgGBGW
2chで関ヶ原で東軍が勝つにはってスレがたったことある?
探したけど意外にも見つけられなかった
やっぱりあの布陣じゃ無理なのか・・・
375:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 00:43:28 WptgGBGW
>>373
おおお???
東軍の布陣、勝てる要素あったのか?
と思ったら、後の関白秀秋公が死んでいる・・・ネタかorz
376:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 00:45:40 8dqUM7KV
秀忠の本隊を待って決戦に持ち込めば、野戦の得意な家康のことだし勝ちを拾える可能性はあるが
もたもたしてるうちに関東に上杉がなだれ込んできたりしたら目も当てられんし、
秀頼公ご出陣でもあろうもんなら戦う前から東軍総崩れみたいなもんだし
やっぱり負けるべくして負けたんだろ
上杉に釣られて上方をお留守にした時点でもうアウト
377:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 01:12:52 WptgGBGW
>>376
やっぱねぇ
本隊無しでの最終決戦ってのがまず頭オカシイしな
だから秀忠は親父殺しと陰口を叩かれる
しかしこのスレでも最初のほうで少し議論されてたし、東軍厨あれだけいるのに専スレ無いんだな
378:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 11:55:17 Se2jPwje
東軍厨の妄言はIFとかそんな次元じゃないからなあ
秀秋と広家が内通してたなんて真顔で言う連中だぞ?
負けたのは奴らのせいとか言い出してるからまともな議論ができるわけもない
379:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 14:01:18 YfCdcC6L
>>378
え、ここってそういう困った君たちの隔離スレじゃなかったっけ?
380:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 19:23:46 QBoyal18
>379
後ろ、後ろ~
381:6
06/11/13 22:01:15 2J8Csm3m
こんばんわ>>6です
つかなんじゃこりゃwww√ ̄\∧√Уγ¬√Wwwwwwww
おまいらおもしろすぎなんじゃああああああwwwwwwwwwwwww
ということで戦国初心者の俺様に関ヶ原後の歴史の流れを教えてくださいw
382:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 22:29:27 d1wV2dL+
>>381
貴殿と漏れとの掛け合いが、きっかけで、こういう展開になったんだよ。
まさかみんなが、ここまで乗ってくるとは思いもよらずってとこですね。
とマジレスしている漏れは、このスレの>>7だったりする。
このスレの>>1にも意見を聞いてみたいところだな。
>>関ヶ原後の歴史の流れを
はっきり、申して、いまだ未知の部分が多いんですわ。これが・・・
(というか、全部いっぺんに決めてしまっては逆に面白くないんでというのが本音)
383:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/13 22:37:04 d1wV2dL+
>>378
まあ、仮にでも秀秋と広家が内通してたとしよう。
でも関が原の布陣を見たら、いっぺんで気持ちは変わるな。
恩賞も魅力的だし。
多少世話になったとはいえ田舎モノの家康の下につくより
自分が関白として豊臣の頂点に立てるチャンスを棒に振る
バカはいませんよ。
関が原で勝利の後
秀秋公は関白として天下を・・
広家公ははれて毛利の陪臣から直参大名に格上げ石高も倍増
だしね。
384:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/14 01:34:40 GhD2Z0Wc
>>382
>>関ヶ原後の歴史の流れを
>はっきり、申して、いまだ未知の部分が多いんですわ。これが・・・
そろそろ地域別、または大名家別に判明している部分を整理したいね
関ヶ原後の資料はとても少ない
385:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/14 06:14:04 LAJaglgU
西軍
総大将 毛利輝元
首謀者の石田三成
輝元の従兄弟の吉川
秀吉の甥の小早川
三成の親友の大谷吉継
豊臣政権で優遇された上杉
義勇兵で集った島津義弘
その他、豊臣恩顧大名
東軍
総大将 徳川家康
馬鹿息子秀忠
好き勝手暴れて信用できない伊達・黒田父
変節漢藤堂
頭が足りない福島・加藤
甥に見捨てられた最上
なんかやる前から結果見えてたような面子だな
当時の人間はそんなこと思ってなかっただろうけど
386:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/14 22:08:39 b8gvC4p+
とりあえず東北地方の纏め。但し記憶が曖昧なので補足よろ。
【青森】
津軽地方:津軽
下北地方:南部
(互いを牽制させる)
【秋田】
海沿い:秋田
横手:最上(後に改易)→小野寺
湯沢:片倉(加増移封と言う名の分断策)
【岩手】
全域:天領及び小藩多数
【山形】
内陸:上杉(直江)
庄内南部:大宝寺
庄内北部:小野寺(横手に移封後は大宝寺)
【宮城】
全域:伊達(但し白石一帯は分家が治める別藩とされる)
【福島】
会津:上杉
その他:東軍武将や日和見武将達による小藩多数
新潟は言わずもがな上杉。茨城も佐竹が安堵だったはず。
387:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/15 01:16:02 OZY7Ox6u
佐竹については>>112-114あたりに詳しい
他に>>221に記述有り
388:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/16 19:12:00 eyRby4qZ
>>375
家康の陣をもう少し後方にしておけば、毛利に背後を付かれることは無かった。
この点さえ抑えておけば、
西軍大将格の石田や宇喜多の軍勢は最前線に露出していたんだから、
加藤や福島がもう少し気合入れていれば、勝てたと思うんだけどな。
389:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/16 19:34:24 Fr3cI2dK
>>388
あの布陣では多少の変更では勝ち目は薄いだろうね。
伊達に関が原の合戦は「勝つべくして勝った戦」などといわれていない。
>>384>>386
あの時分は
盆栽政策と称される大名鉢植えの時期だからちょっと総括が難しい。
徳川打倒の功労者といえる上杉にしてから直江は関東鎮撫に借り出され
景勝は奥羽平定に借り出され、
西軍総大将の毛利輝元は大阪詰、輝元代理の秀元は関東鎮撫に借り出され
吉川は秀秋とともに九州鎮撫に借り出され
といってみんな本土を留守にして全国支配体制の再構築と安定に尽力
していた。
又江戸の陣で大規模な転封と論功行賞が行なわれてるし・・
390:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/16 19:41:30 t5kOagm8
不勉強で申し訳ないんだが、関が原で敗北した家康は斬首されたんだっけ?
江戸の陣の大将は確か秀忠だったよな。
391:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/16 19:53:29 Fr3cI2dK
>>390
上のほうに出てるが家康は斬首(というか切腹という説もある)。
ただ生存伝説で家康は豊臣家で暗躍した南光坊天海だともいわれている。
人質として忠輝が大阪に行くことで徳川は存続した。
忠輝は秀頼と同年代で気があったらしく奉行ともなり岡崎10万石で大名として
徳川を再興している。家康の息子で大名として残ったのは忠輝だけ。
ゆえに東軍厨の妄想徳川勝利絵巻では忠輝は家康の息子でただひとり
改易される運命に描かれてる。
ただ秀康はあらぬ濡れ衣で八丈島行きになっている。
彼の息子が結城と松平として尾家存続している事を見るに
秀康を遠島にしたのは、江戸の陣で秀康が江戸城に入ることを
恐れた隔離であったという説が正しいだろう。
392:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/16 19:59:24 huXzFDLw
秀康は秀頼、三成とも懇意だったから、納得尽くで取引したって説もあるな。
本人父親とは折り合い悪かったみたいだし、秀忠じゃ不甲斐ないと思ってた
徳川の武闘派連中に担ぎ出されるのを嫌がったって話もあるし。
393:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/16 20:10:19 Fr3cI2dK
政権構成は
【豊臣氏長者】豊臣秀頼
【関白太政大臣】豊臣秀秋
【五大老】
石田三成
毛利輝元
上杉景勝
宇喜多秀家
小西行長
【五奉行】
増田長盛
長束正家
前田玄以
安国寺恵瓊
三成が抜けた穴には三成の推挙で親しい田中吉政がはいってる。
これまた東軍厨の妄想徳川勝利絵巻では敗走した三成を捕縛する
役回りになってる。
あと
【大目付】真田昌幸
【秦者番】
いわゆる豊家直轄軍として旗本八万騎を編成したが、その指揮官としての
秦者番に1万石として直参昇格した島左近をあてた。
とおもう。違っていたら訂正よろしく。
394:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/18 09:58:26 yBU7oW/+
保守
395:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/19 21:00:48 SHm8SHwp
家康が政権を握ったら農本主義的政治になるという人いるね。
俺もそう思う。
近世のころからある産業を考えると、有田焼、萩焼といった焼き物があるけれど、
家康が政治を握ったら、実用性より華麗さを追求した焼き物産業は、成立しなかったかもね。
>>393
五奉行までは合っていると思う。その下は知らん。
396:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 02:24:52 FdazG3IR
皆五大老の面子やら豊臣政権の基盤みたいな細かいことは学校で習っても忘れてるぞw
ここは「もし関ヶ原で東軍が勝ったら」という東軍厨隔離スレなんだからあまりマジになられても困る
397:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 08:47:25 FyIIPxHW
>>395
家康なら伴天連どころか南蛮貿易自体を制限するだろうって人もいるよね
398:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 10:14:15 8g7fBWNY
まあそうだな。家康は、海外とか交易には興味薄そうだ品。
周囲を固めるのも視野の狭い田舎侍の家族主義経営
これでは南蛮貿易自体を制限するのもありかもな。
でもそれだとなおさら交易ヤ商業に精通した
西国諸侯や上方商人に出遅れて国力に差がついてくるだろう。
豊臣の代理に過ぎない家康が西国諸侯の交易を抑えるほどの権限をもてるとも
思えないし・・
関が原の状況からして、圧倒的勝利は難しいから和睦で勝利するのが関の山
であろうから
おそかれはやかれ関東徳川は時流に取り残されていってしまう結末に大差は
ないかと・・
399:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 12:05:30 OEgQQKF/
スペイン・ポルトガルといった南蛮諸国が没落し始めてたから、別の地域に貿易のターゲットを移すんじゃないか?
イギリスとかオランダとか…
400:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 14:29:25 HLZ7Glfn
漂着オランダ船の航海士を江戸に抑留した家康が?
401:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 14:58:18 FdazG3IR
ヨーステンいう南蛮人が関ヶ原後に漂着したらしいけど、
輝元の命令で積荷を奪って処刑したらしい
当時結構な問題になったそうだ
402:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 18:52:48 ICqumv1I
南蛮とは特別仲良くもなかったみたいね、家康。
アダムスを抑留したのは、大砲やその打ち手が欲しかったから、というのが第一の理由なんだろうけれど、
紅毛との通商の駒として使うつもりもあったのかな?
殺すよりマシとはいえ、抑留したら恨み買うだけなのにな。
……てことは、紅毛貿易に取り組むとしても、結局失敗。
いずれにせよ、西洋文明とは疎遠になるのは必至か。
403:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 18:55:18 8g7fBWNY
>>401
処刑したっけ?捕虜として確保した後のことはよく知らんけど
存命してたという記憶がある。
揉めてたのは揉めてたよな、何が理由でヨーステンやアダムスいう色目人
で問題になったかは分からないけど。
>>399 そこまで積極的に貿易に手を出したかどうか・・
何せ、東海一の弓取りといえども保守的な風土で育った三河の百姓侍
家康の天下の場合だと、
土地や富が人口の数パーセントの富豪地主に集まり、人口の大半は
水飲み百姓として子供すら人減らしとして間引きされたり売られたりと、
結構貧しい暮らしを強いられてというパターンになりそうだな。
交易も積極的でない以上、そういった貧しい農業国に陥ってたはず。
さすがの東軍厨も家康が買って天下を取ったら、そんな具合になるという点では
ある程度一致してると思う。
どこぞの学者だかが、家康が天下を取った場合として
交易の制限と海外渡航の禁止、農業にしか視野のいかない政策
でシュミレートしたところ
300年経過しても人口3千万ほどのまま。秀吉の時分と大差ない状況になったそうな。
404:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 18:57:15 8g7fBWNY
豊臣の場合農業以外の商業交易が盛んだったし、海外への移住もあったし
都市部や様々な産業が発達していったから
土地が地主に集中しても、余剰人口の働き口や生活場所はありあまってたしな。
405:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/20 20:38:51 ICqumv1I
たしか維新時の人口って、東南アジア居留邦人もいれると5千数百万人だったよね。
海外人口も考慮すると、徳川統治下での人口は、現実の二分の一強か…。
406:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/21 23:56:34 PCwgSEFx
>>405
新大陸にも大勢渡っているから、その辺の統計を入れると
現実の5分の1弱くらいになる。
さらに日本語を商業用とか公用語として使用する連中を含めれば
10分の1くらい
407:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/22 12:57:58 LRnWK8SN
しかし、豊臣政権下での徳川家の貶められ方は酷いな…
家康タネ無し説なんてのもあったし
408:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/23 22:17:47 7zYgw4Ui
伊達厨の漏れが来ましたよ。
だから、江戸の陣で騎馬鉄砲隊を率いた伊達軍勢。
これがあったから、豊臣の天下はあるんだろ?
409:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/23 22:41:52 5jkkobdi
ああ、二万の兵で大損害を負いながら三千にも満たない井伊隊を壊滅させたんだっけw
江戸の陣を終結させたのは関ヶ原でも活躍した石田の砲兵隊だろう。
410:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/24 19:15:03 v0nTXhnh
>>407
秀頼公は豊国明神(秀吉)の御胤ジャないという説のほうが・・・
江戸の陣で活躍したので名の知られているのといえば
毛利勝永関が原でほとんど働き無かったので挽回の為)
長宗我部盛親(関が原でほとんど働き無かったので挽回の為)
後藤又兵衛基次(旧主黒田長政の放免を願って)
塙団右衛門直之(江戸川に入城した加藤嘉明と因縁ある主従)
木村長門守重成(豊臣旗本代表として)
細川五郎興秋(細川忠興の次男で勘当された父に変わり細川家を相続した)
小笠原権之丞(家康の七男で豊臣譜代)
明石掃部頭全登(宇喜多秀家に代わり宇喜多軍を率いた)
といった名のある武将連中が思い浮かぶ。
江戸城では名のある武将はいても
女(お江与の方や竹千代乳母の斎藤氏)が口出しするは
戦争の内容を知らない文官(本多正純とか)が跋扈してるは
裏切り者(豊臣方に内通する細川幽斎や藤堂高虎)がいるわ
で、どうにもらならかったようだし
真田信幸が「日本一の兵」といわれているものの・・
めぼしい兵はいないな。
411:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/24 22:01:59 CbQpxtwo
>410
確かに信幸は凄かったね。死して名を残すとはまさにこの事だよ。
最強の団結力と謳われた豊臣家臣団が若大御所放り出して逃げたって
言うくらいだからね。
東軍厨じゃないけどなんだか真田戦場跡に行ってみたくなったよ。
でもあそこ駐車場無かったよね。やっぱり佐助線で行った方が楽かな?
412:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/26 05:21:32 mveutQs9
>>411
あと一押し。
あの瞬間に結城秀康が現れたら、秀頼の首は取れた!
413:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/27 18:30:23 MjwKNH9J
惜しかったね。
それはさて置き、伊達厨の漏れだが、
伊達家って実際は徳川と仲良くしてたよね?
なんで、豊臣政権で偉くなっちゃったの?
414:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/27 18:33:52 B0/kdvlu
土下座と胡麻擂りが得意だから
415:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/27 18:48:31 nmFdjXJt
>>413
偉くなったといっても改易のあと許されて高家としてじゃん
官位だけww
416:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/27 22:08:34 nsxvIrT3
そういえば、伊達邸に討ち入りしたのは何藩の浪士だっけ?
417:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/28 00:19:55 vqRqbDme
>>416
確か神保相茂の家臣
418:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/28 12:29:41 B+wOVRgh
>417
トン
もう忠臣蔵の季節だな
419:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/28 12:52:45 ahlfWz+7
東軍が勝つわけないんだから。IFスレツマンネ。
豊臣300年の平和を作った豊国大明神様こそが最強。
420:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/28 13:29:21 Dyo4+1bg
で、倒幕の中心になった会津藩と奥羽列藩を残してしまったことについてはどーよ?
421:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/28 14:05:40 8q0DVxc6
一応、結城朝勝も参陣してたんだけど
422:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/28 17:54:28 ab2OiV8I
>>420
はっきりいえば潰して不穏な浪人を激増させるよりかは
減封して生き残らせてカツカツの暮らしをさせた方が
治安的にいい。
でも結果的には
どこぞの藩のように正月挨拶は「大阪征伐の儀はいかがいたしましょう」
と言わせてるような長ーい怨念も残したんだよね。
423:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/28 21:11:12 pBKGHps7
>>422
伊達の怨念も凄まじかったらしいぞ
生き残りのためとはいえ、あの正直者の政宗が家臣の元領地にすがって、秀頼にゴマをする屈辱を味わったからな
三成の奥羽コントロールは評価されてるが、あれでは恨みを買うのも当然
悪いけど、東軍が勝ってれば家康はもっと調和を大事にしたよ。家康の人格からしてね
424:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/29 00:06:03 87Y9tfxU
というかそもそも「数百年後の政治状況を見越せなかった事」を遡って
数百年前の施政を批判するのはちょっと無理があると思うぞ。
425:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/29 18:15:42 H5Fl5UrL
大名に対する政策とその弊害の因果関係がはっきりしているから、つい批判しているけれど、たしかにそうだね。
あの時点では、あの方法が「最良」といわずとも、かなりの良策だったんだろう。
「豊臣百年の計」という表現もあるけれど、(小規模の地域紛争があるとはいえ)実際のところ政権は300年続いたわけだし。
426:425
06/11/29 18:44:32 H5Fl5UrL
「計」をつかうなら「国家百年の計」という慣用表現か。
「豊臣の天下を百年とならしめるために云々」と言っていた。テレビで。
427:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/29 22:37:47 Tjr5bxb/
豊臣の天下っていっても東国の上杉、西国の毛利を抜きにしては
語れない安定だがな。
西の毛利は関が原の後、輝元が「六分の一殿」とか「安芸の山名殿」
という風評がたって、禍を恐れて大老筆頭を三成に譲ったが
毛利一族の力は、その後も豊臣や国政を動かし続けたし
奥羽の件についても上杉の存在がでかい。
景勝が「慶長元和の藤原秀衛」といわれるくらいに奥羽は上杉の
支配下におかれちゃった。
428:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/29 23:20:37 k/XbS1g5
>>427
なあ立花宗茂はどうしたんだっけ?
429:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/29 23:59:52 Tjr5bxb/
立花宗茂・・・
久留米の毛利秀包が秀秋が大阪に出て行った後、筑後博多52万石
を預かって・・その後小早川の家督とともに継承した。
ゆえに秀包の久留米領をどかして筑後一国24万石になっている。
豊臣政権で新たに鎮西探題を設けた際に
これに就任している。
ようは人材不足だった豊臣(ちゅうか三成)が外様でも信用できて
腕も立つ人材として白羽の矢が当たり九州の押さえになった。
なんせ肥前の鍋島も警戒必要だし
中国筋から豊後、伊予、筑前とくる毛利一門の背後を突く役割を担ってる。
奉行格というからご奉行と同列に政務を論じることも出来たという
重要な役割だ。
430:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/30 00:05:06 e5wFun/d
奉行格と言ったら、
織田信包も確か豊臣政権の最高顧問的立場で列席してるよな
「織田の老犬様」の異名で親しまれて、
淀殿・秀頼親子はもちろん三成からの信頼も厚かったとか?
詳しい事おせーて下さい
431:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/30 00:20:46 DqjITGnN
>>筑後博多52万石
ごめん筑前だったわww
中仙道の真田昌幸・信繁(幸村の異名があるな)も
大目付という役回りで同じく
毛利に対しても立花と同様の役回りを
上杉に対して担っている。
真田はなぜだか忍者の管轄を手広くやってる。
東軍にいた柳生を助けて召抱えたりだとか伊賀を飛び地で獲得したりとか
徳川のとこにいた服部半蔵とかを召抱えたりとかしてるしな。
裏真田とかいって剣術の得意な忍者を真田が扱ってるお話が
けっこうあるぞー
マンガだとカムイ外伝だとかあるし・・
映画だと深作欣二監督で中村錦之助とか松方弘樹とかでてた
「真田一族の陰謀」ってのがあった。
マンガで「子連れ狼」ってのがあるが、
もと公儀の高官だった拝なにがしとその幼い息子が
真田一族と争うというお話。
なお、現代版として週間マ●ガジンに“お●み松五郎”
てのがでている。
これは現代に続く拝一●の息子●五郎の末裔が
ヤンキーとして全国暴走族制覇とか学園支配を狙う真田十勇士と
激闘を繰り広げている。
バトルの後倒した相手を拝んでやるのが特徴。
432:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/30 00:35:30 DqjITGnN
>>430
伊勢の津に15万石で復帰(だったよな確か)してる。
が・・
長男の信重とは折り合いが悪くWW、信重は関が原で東軍に属するという
言い訳無用の親子喧嘩をやらかしてあと・・・
家督は3男信則そして彼に息子がいなかったので織田の名跡は
4男信当の子孫に・・・
長男の助命嘆願と人材不足の豊臣家で大阪城の勤めを
請われて信包は家督も譲り剃髪して老犬斎と号しながらも
丹波柏原3万6千石を与えられ奉行格という破格の待遇で
迎えられてる。
433:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/30 00:46:00 u/PwOkkg
おがみ松五郎すごい好きだったけどそんな設定だったのか。
すっかり忘れてた。
434:名無しさん@お腹いっぱい。
06/11/30 03:17:36 HGiGV+wv
何故秀頼は江戸の陣まで10年以上も徳川家を放置したのかって論議が
されてるようだけど、やっぱり淀君、千姫といった女衆の意向に
さしもの若関白も逆らえなかったというのがホントのトコらしいね。
実際江戸攻めの際、秀頼自身は秀忠・お江を城から救出し竹千代は
仏門に・・って前線の石田砲兵隊には指示を出してたらしいし。
・・・これはどうみても三成と左近の確信犯だな(笑)。
世間一般には秀頼って「非道関白」とか、ひどいのになると
「十五代関白将軍とならぶ凡庸人」みたいな言われ方をされてるけど
この事を考えると意外に秀頼って器量人だった気がする。
大体比較されてる十五代の豊臣秀喜にしたって大坂城を無血開場するなんて
「凡庸」どころか真の勇気が無いと出来ない英断だったろうし・・
とかく後世の評価というのは気まぐれなもんだと思うよ・・もっとも
秀喜の場合、長宗我部の所を脱藩した何とかっていう志士(名前忘れた・・
誰だっけ?)が実質的な立役者だったんだが・・それを差し引いてもね。
改めて秀頼や秀喜は再評価されてしかるべき武将だと思う。
ただし二人の評価と言っても「我亡き後、必ずイスパニア艦隊を持ってして
豊臣討伐を果たせ!」と遺言した伊達政宗と、300年後ホントにそれを実行
しちゃった伊達藩のスケールには到底及ばないが・・・
さすが「奥州(欧州)飛脚」の国だけの事はある(笑)。
435:名無しさん@お腹いっぱい。
06/12/01 19:55:20 loCs6w7E
>>434
維新の時に活躍した伊達と最上の実力は豊臣に隠しての
密貿易によるところが大きい。
伊達家正室愛姫の子でありながら家督を継げなかった頼宗が
江戸の陣の恩賞と(は名ばかりの)蝦夷地のうち10万石
に飛ばされ、そこからアラスカ領有して金山発掘に成功したあたりで
最上も北方入植によるシベリア開拓とロシアとの毛皮取引で
豊臣倒すくらいの力はできたろうね。
436:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/02 21:20:36 h1nZ5ek6
>>407
それはいくらなんでも電波。
関ヶ原以前に6人も息子がいたのに。
437:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/02 23:26:31 OlkAmiOG
そうだな。
種無しは秀吉だよ。
秀頼は、秀吉の子ではないというのが通説だし。
438:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/03 00:58:36 3gDlMxoD
いや、腹の中にもう一人子供がいて男子だったらしいぞ。
どっちにしてもそんな子作りしか能が無い男だよ家康は。
439:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/03 13:54:32 ttTytib+
それで関ヶ原で張り合ったんだから、立派といえば立派?
あの段階で豊臣に対抗できるのは徳川しかいないし。
440:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/04 14:51:29 wf8Tk0Kj
最上はずっと豊臣家をうらんでいたからね。
豊臣を倒したとき、千姫と義光の墓所に報告しに言った人も多いらしい。
北条家は1万石しかもってなかったくせに、ずっとうらんでいたのか市民まで動員して豊臣を襲撃する始末。
三成も頭はいいんだけど恨みを残さないことは考えなかったのかな?
441:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/04 22:06:39 bfOnubyB
日本史における三大忠臣として名高いのは
楠木正成
豊臣秀吉
石田三成
というのはまあ妥当ではあるし
日本史の三大美女として
淀殿がはいっているのはまいいとしても・・
日本史における三大逆賊として
源頼朝
明智光秀
徳川家康
なのは豊臣史観に偏った人選な気がする。
442:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/04 22:28:33 MX9b6EZW
辛い幼少時代を送りながら天下人秀吉に見初められ幸せを手にした淀殿は今でも女性の憧れの的だしな
443:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/04 23:41:57 6RzcDRF+
>>441
楠正成と石田三成はともかく、
豊臣秀吉は間違っても入らないだろ。
入れるなら(世間的に)大石内蔵助。
444:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/05 01:10:40 LEGqSoXq
>>443
誰すかそれ・・・・・?
445:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/05 01:34:16 /zYyHW8g
忠臣内蔵助ってくらいだからな。
446:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/05 08:28:03 Uj6CIk9A
三成公は神様だしな。
447:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/05 09:00:21 o1RzSeU4
神さまは家康公だお
448:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/05 11:45:12 cawzqQBT
>>443
戦前に出来た呼称だから今の概念とはあわないよな。
当時は天下人となっても頼朝なんかと違って将軍にならず
関白や太閤で通した秀吉は一応忠臣だったろうけど。
449:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/05 15:01:29 VkGEmQrA
それにしても役の後に出た大量の浪人達を日本人町の増強に充てた政策は巧いと思う。おかげで山田長政が南蛮に一大王国を樹立した。政策実行者は誰だっけ?
450:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/05 22:33:19 NTAO+/5U
アジアの各地に租界を創って有楽町の名前を残した織田信長の弟だっけ?
451:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 00:51:00 CnSB0UuL
何この西軍厨の妄想スレ。
家康が三成ごときに負ける訳ないじゃん。
家康の方が圧倒的に統率の数値が上だし。
452:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 06:12:27 sou4NRya
>>451
はいはい、東軍厨東軍厨
いい加減に現実を認めろよw
453:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 12:28:11 ObAgrqqq
>>451
典型的東軍厨キター!
三成が家康ごときに負けるわけないじゃんw
454:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 18:10:45 CnSB0UuL
>>452-453
お前ら、信長の野望とかやったことない戦国素人だろw
一度でもやったことのある奴なら、家康の方が圧倒的に統率の数値が高いことを理解してるはず。
統率の高い家康が負ける訳ない。
455:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 19:30:59 pGQqS3Mi
>>454
統率だけで戦に勝てるなら誰も苦労せん。大石田公の人望あればこそ、東西で挟み撃ちの戦略が活きたんじゃないか。
456:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 19:45:55 1BnMxGjl
>>454信長の野望?あー、家康マンセーのPが作ってるやつだろ。
457:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 22:29:26 YDcj1iaG
>>442
某ファッション誌でやっとエビちゃん特集が一段落・・と思いきや、
今度は「めざせ、淀ちゃん生活!」だってさ。
影響力有り過ぎるのも大概にしとけって感じだよ、ホント。
「京都に別荘建てて!」とかウチの嫁言い出すし・・
東軍厨になる気持ちわかるよ。
458:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/06 23:10:18 Q0CmPf4L
>>454
ノブヤボ厨乙。
459:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 03:29:16 6az/DO1T
今更だけど東軍厨の妄想というか発想の豊かさには兜を脱ぐよw
もし東軍が勝ってたら後は家康のやりたい放題・・残った豊臣恩顧を暗殺・改易
しまくる(暗殺って・・漫画?)だとか、そのくせ負けても毛利・上杉は生き残り島津に至っては
所領安堵だとか(そんなわけねえだろ!)、挙句の果てには豊臣が建立した鐘の
文字が不吉だって因縁つけて全国の大名従えた家康が秀頼・淀惨殺・・って
(おいおい鐘に因縁って家康幼稚園児かよ・・しかも都合良く千姫は助かるらしい)・・ある意味凄いわw
まあ、こういうゲーム脳史観はさておき、東軍が勝っていたらどうなっていたか
を冷静に考えるとやはり要衝の地を恩賞で確保したであろう福島正則と加藤清正が
秀頼公を守り立てていった事は疑いの無いところだろうね。
正直内府だったら「こいつらは僻地に・・」って画策する可能性もあるが、
当時の力関係からしてそんなバカな申し出を2人が受けるわけがない。
バランス的には徳川(加増で300万石位か?)と福島・加藤・浅野(福島120万石・
加藤80万石・浅野80万石位か?)らの戦力均衡も保たれたと思われるので
豊臣家を揺るがす突出勢力も現れず、緩やかに豊臣世襲が進んだと考えるのが
自然。
しかし当時徳川内部に「結城秀康」という火種があった事を考慮すると
もしかしたら福島幕府成立という可能性も無かったとは言い切れない。
(まあ、正則の代ではあり得ないし息子の能力考えても可能性は低いが・・)
あと小早川だが東軍勝利の場合でもやはりこの男がキーになったと思われるので
毛利取り潰し後のフォロー的な意味合いで西国に大所領を戴いていた
可能性が高い。福島・加藤と並び重要な職責を担ったであろう事は
まず固いところだろうね。
ありきたりの予測で申し訳ないが。
460:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:06:17 L6R3G75Y
>>459
漏れ的には東軍が勝っても、大阪城の毛利輝元との間で
和睦って線だと思う。
東軍厨いわく関が原で勝った東軍は輝元の領地安堵を保証して
開城させたというご都合設定をもちだしているが・・
ありえねーっ
どこの世界に敵軍の総大将の領地を保証するから城明渡せで
信用する馬鹿がいるというんだよ。
仮にも輝元は五大老の一人で西軍の総大将だよ・・
何考えてんのかねーっ東軍厨
まあ普通に東軍が勝っても、やすやすと開城するはずがない
のはあたりまえなので・・普通に毛利や上杉は生き残ると思う。
だから加藤福島とかの恩賞もすずめの涙くらいだろうね。
よくても所領も50万石は超えないとおもう。
461:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:17:38 vqMf+heq
輝元は神君家康公の武威を恐れ城を明け渡した。
まあ、ヘタレってことだよ。
本来改易となるところ、吉川広家が関ヶ原で内応していたお陰で、
周防・長門2カ国の減封ですんだ。
462:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:20:49 cnmjNBXW
どこのパラレルワールドだよww
463:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:24:10 L6R3G75Y
>>461
むしろヘタレならばなおさらにやすやすと大阪城を明渡すはずが無いだろ
命の保証も無いのにさ。
それに中途半端に敵軍の総大将を周防・長門で生き残らせるか?普通
464:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:24:30 vqMf+heq
>>462
いい加減西軍厨は現実を直視した方がいい。
465:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:28:05 cnmjNBXW
>>646お前wwだからお前はどこの平行世界の住人ですか?ww
466:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:28:57 cnmjNBXW
安価ミスった。>>464な。
467:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:29:54 vqMf+heq
>>463
そこら辺が神君家康公の慈悲深いところだお。
468:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:32:55 cnmjNBXW
だ~か~ら~、どこのパラレルワールドだよって聞いてるじゃないか。
469:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:34:39 L6R3G75Y
>>468
まあまあ家康を神君と呼んでいる段階で
ノブヤボやりすぎなのは明らかだろう。
ノブヤボのセオリーだしな神君家康ってのは。
470:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:35:42 vqMf+heq
気違い乙
471:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 22:37:47 cnmjNBXW
お前の方が気違いだろww
472:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/07 23:33:46 MQSdS5KD
どっちも落ち着け。所詮IFスレだ。
俺の考えでは、東軍が勝っても、毛利は生き残る!
なぜなら、家康を暗殺され、替え玉を立てた徳川家には、もはやそんな力は無い!
と俺の読んだ小説に書いてあった気がする。
473:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/08 07:37:34 XOQNg19r
お前が落ち着いて目欄見ろw
474:472
06/12/08 12:59:07 f6KTxSsY
ちなみにその、替え玉「家康」は、自分の都合で豊臣家をつぶす気は無いらしいよん。
475:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/08 13:02:58 5FU2bftX
東軍厨が妄想するイフなんだが、徳川が東海道と中山道に分進しないで
東海道一本だったらどうなっていたかな?これならもしかしたら東軍勝ててたんじゃ?
或いは逆に家康も一緒に中仙道一本だったらどうなったんだろうね?
476:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/08 13:12:03 YZeVZf7m
行軍速度が・・・
477:472
06/12/08 14:03:25 f6KTxSsY
石田家というか豊臣家内部での権力闘争に敗れた島左近が、小説では格好良かったよ。
徳川政権下、豊臣家存続のため、奮闘努力。
宮廷政治力が低いってことから、清廉な武将という色付けがされたんだろうね。
478:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/08 16:04:43 XOQNg19r
>>474の時点で気付けよw
479:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/08 16:46:01 NOpB/x7F
>>478
www
480:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/08 17:57:01 tVMTh3qQ
しかし狸マンセーの架空小説によくあそこまで本気になれるよな
リア厨だと信じたいんだがいい年こいたおっさんが
あれを書いてるとなると情けない
狸が軍を二分して進軍して主力3万は足止めを
食らいながら関ケ原に望み
重囲に陥りながら本陣を前進させ
豊臣恩顧の外様大名等も誰一人寝返らず
逆に関白の座を約束された秀秋が寝返り
西軍総大将の毛利家が動かないで
東軍の一方的な勝利で数時間で決した
ハリウッド映画かよw
481:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/08 20:04:22 f6KTxSsY
すこし話を変えて、もし関ヶ原で家康が逃げ遂せたら…。
関東にこもり、秀忠の率いていた部隊を駒に、一合戦に及ぶ気概をしめし、毛利は関東に入らず。
減封をうけるとはいえ、二~三国ぐらいは支配できるだろう。
敗戦の要因をつくった秀忠は廃嫡、高野山に入り、かわって秀康ないし忠吉が徳川家を継ぐ。
家康死後、やはり豊臣は徳川を攻めるだろうが、徳川にも国力が有る分、現実よりもうすこし抵抗できたと思う。
482:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/09 01:04:11 8Ts0O2vA
>>480
東軍が結束していたのは神君家康公の人望のお陰。
神君は当時既に伝説だった武田信玄とも戦ったこともあるし、
その時に海道一の弓取りという称号も得た。
三成ごときとは格が違う。
その家康から威嚇射撃を受ければ秀秋は寝返るだろ。ヘタレだからな。
毛利が動かなかったのは吉川広家が内応してたから。
要するに神君家康公はすげーてことだよ。
483:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/09 12:28:31 6MhWmlQd
>>482
ほう、海道一の弓取りってのは馬上で焼き味噌を作ったらもらえる称号なんかね?
484:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/09 17:25:52 FTTu6txK
>>482
だから仮にも一軍が威嚇射撃を受けただけで寝返る訳ねーだろ。
秀秋にはちゃんと取り巻きの武将もいたんだぞ。
みんな豊臣恩顧なのだからしてまかりまちがっても
秀頼公に弓引くことになる東軍加勢なんぞ100%ありえん。
それに吉川広家は毛利を支える重鎮だぞおい。
自分の家の当主が総大将なのに内応して毛利が無事にすむと
考えるほどのアホがかの小早川隆景公や秀吉公に一目置かれる
わけねーだろ。
485:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 13:14:35 N6gfab0X
あれ?
秀秋の西軍としての参戦は狸が銃撃して怒らせた事が原因じゃなかったっけ?
486:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 13:30:50 SJmwa3EK
いや、あれは秀秋公が東軍の全面攻勢の限界点を見極めている時に
家康が威嚇射撃を松尾山に向けたんだが
さすが用兵者家康とは思うがやぶへびだな
苦し紛れと読まれ秀秋公を始めとする西軍の全面攻勢を誘ってしまったんだな
487:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 13:43:54 /g6+zR4d
西軍があそこまで雑魚だとは思わなかった
たった数時間で完全敗北して三成らも捕縛されてしまうんとはね
家康もあまりに退屈だから小早川に鉄砲でも打ち込んで戦おうとしたら
逆に小早川の方が寝返っちまうんだからよほど家康が怖かったんだろう
でもそのおかげで江戸幕府ができて日本が安定したんだから
西軍連中も噛ませ犬としてはちょうど良かったな
488:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 13:44:57 YnPQayHr
>>487
仮想戦記乙!
489:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 14:50:06 SJmwa3EK
東軍が勝利したら、と言う趣旨のスレだから東軍厨でも構わないが
兵力差に包囲下におかれ数時間で圧勝はまず無理だな
490:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 15:13:16 /5FdE3w6
まぁ事実は小説より奇なり、というからありえなくはないと思うよ。
本能寺の変→中国大返しコンボ並の確率だと思うけどなw
491:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 15:42:46 O8voMQvl
西軍の圧勝だったというのが一般的な見解だが、
実際には勝敗は紙一重だったと思う。
もし、島津とかが積極的に戦わず、
家康との約束どおり吉川広家が毛利勢を戦わせず、
かつ小早川が寝返り、つられて脇坂・小川・赤座・朽木あたりまで寝返ってたら
東軍が勝ってたかもしれない。
492:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 15:44:04 M8tjylkP
なんかで処刑された家康は影武者で、
本物は中国に渡ってヌルハチになったって
聞いたけど本当か?
まあ家康厨の妄想って言われてるけどな
493:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 16:19:09 qDKaNOEw
水戸黄門の印籠の紋所の扇に月丸を
日の丸と勘違いしてる奴って結構多いのな
494:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 16:24:32 qDKaNOEw
おっと時代劇板のつもりが誤爆
495:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 18:14:45 CqHVxXhW
>>491
だから
>>島津とかが積極的に戦わず、
>>家康との約束どおり吉川広家が毛利勢を戦わせず、
>>かつ小早川が寝返り、つられて脇坂・小川・赤座・朽木あたりまで寝返ってたら
この段階で宝くじ1等当選する以上の確率を必要とする
相当なご都合主義なんだがな・・
496:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/10 19:52:00 ZBjjid2O
>>493
毎シリーズ、御側用人・木村長門守長成が悪役のアレか
江戸冬ノ陣での確執で、筆頭家老あぼーんの恨みが原因だよな
497:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/11 16:12:46 4YNunU3C
でも石田家って平安藤原氏みたいになったよね。東北にも奥州石田家あったし。
498:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/12 00:23:30 L8eCsDti
塙団右衛門と加藤嘉明の確執が好きだな。
関ヶ原で命令違反してまで突出した団右衛門を「大将の器に非ず」と嘉明が叱責するも、
結局東軍は負けて嘉明は没落、
戦場で最後まで踏みとどまった団右衛門は関白秀詮公の目に留まって取り立てられた。
秀詮公死後は遺領の一部を分けられて、小さいながらも独立大名に。
江戸の陣では江戸城に入場した浪々の嘉明に対し、一騎討ちを申し入れて
「やはり汝は大将たりえぬ」と断られたとか、「あやつが大名で儂が浪々の身とは」と慨嘆したとか。
嘉明父子は江戸城とともに運命を共にしたが、塙家も息子の代に家老と大喧嘩して取り潰されてしまうんだよな。
晩年の団右衛門は出家して、漢詩を詠んだり悪代官を懲らしめたりして風流と遊侠の日を過ごしたというのは、
講談の「鉄牛和尚漫遊録」のモデルとして有名だ。
499:名無しさん@お腹いっぱい。
06/12/12 17:22:40 jkLROLQw
大河の話になるが、今硫黄島の映画に出てる渡辺謙がやってた
大河ってなんだったっけ?すごい高視聴率だったそうだし、
今度借りようと思うんだけど。滝田栄のは「石田三成」、
津川雅彦のは「大一大万大吉」だよね。それはDVDで観た。
500:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/12 18:47:05 uCDSDjj0
あぁ、独眼龍重家
501:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/13 05:37:10 91mQNrpm
豊臣家の治世としては、重商主義なんだけど。
農業資本を、国力としていた徳川が負けたのも、
この時代の穀物の量はほとんど少ないからで
経済力が軍事力となっていた時代だったからだ。
なんつーか徳川だけが農業に主体を置いていたというのが面白いところなんだけど
秀吉が作り出した商業的なシステムには対抗なんて出来るわけが無い・
502:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/13 10:25:17 dmmJicCD
>>501
農業資本中心の世の中だったらさ、こんな感じになると思うよ。
収入少ない
↓
異常なまでの新田開発
↓
稲の品種改良も行う
↓
逆に田んぼが多くなり過ぎる
↓
せっかく開墾した新田あぼーん
そんなこんなで結局金の無駄使いになんのさ。
503:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/14 21:36:36 wRjiwIZK
>>495
一応、吉川の傍観って言うのは、無くはないよ。
勝気に逸る毛利本隊を、まだ早いとか、戦いの前には飯食っとけ、とか言って諌めただろ。
それが内応の約束の結果とは言いがたいけれど、兵力温存のために決戦に遅れ気味だったのは事実。
吉川の慎重さがもう少し過剰だったら、あのまま戦いに参加しなかったかもしれない。
504:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/15 04:36:31 Qkk8ARO7
あそこでしっかり弁当食って力つけたおかげで毛利軍は関ヶ原で大活躍したんだよな
世人は「宰相殿の力弁当」と呼んで持て囃したとか
505:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/17 22:38:53 qGfie4gT
安国寺の予言って2500年くらいまで予言してあるんだっけ。
あの死の間際に残した遺訓のような予言書。維新後に発見されたから偽者
だといわれてたけど、鑑定結果は桃山時代のもの。あれで豊臣が未来を予想しつつ政権を
運営していたらしいし。でも一巻に全五巻とあるのに、四巻と五巻が無いのが怪しい。
政府が恐れて封印したんだろうね。
506:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 08:38:00 i9ysGYfU
五島勉の飯の種
507:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 11:48:53 EGEjxf9A
維新の時に活躍した最上義照って北海道横断してロシア傭兵隊通称正兵隊を率いて活躍し
更に維新後の豊臣家の残党が蜂起した東北戦争においても活躍してるけど最後には暗殺されてるんだよね。なんで?
これが第二次世界大戦まで続くしこりになって残ったんだけど。
508:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 18:09:06 bSyPTcYt
>>507
すまん、維新以後の話は、詳しくないから、別の人のレスを待ってくれ。
で、関ヶ原での疑問。
東軍勝利に必要な吉川と小早川の離反。
総大将の親族らが離反するってのは、ただ事ではない。
事実上毛利一族ではなくなってしまった小早川ともかくとして、
吉川が毛利本家と不和だった、なんて事実はあるのか?
でもなきゃこんな仮定はあまりにも無意味。
509:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 18:35:42 sZDh0q2n
>>508
吉川広家が傍観したままの場合、
西軍が勝てば当然毛利軍にとっても勝利、
万が一東軍が勝っても毛利軍が東軍へ肩入れしたことになり
悪くても取り潰しになることは無い、と目論んでいたという説もある。
510:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 19:26:13 nx8h7a58
広家公が東軍についたら毛利宗家は減封無し。って話が内府から
あったらしいね。
そうなったとしても、絶対に2国くらいに減封されたと思うがw
間違いなく安芸からは追い出されてたと思う。
511:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 19:54:39 1hbEOUUm
そうだろうねぇ。「は?本領安堵?敵の総大将にそんな寛大な処置するわけねえよm9(^Д^)プギャーーー」ってやりそうだな。
もしくはせこさで有名な家康の事だ、「俺のサインなんかねえだろm9(^Д^)プギャーーー」で、ってこんな仮想戦記あったよな?んで雪辱を期した毛利がってやつ。
512:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 20:06:06 Xs0vXBkh
律義で通っていた家康公が約束を破るわけないじゃんw
513:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 20:08:33 d4BhIJ22
>>511
せこさって、お前、講談に毒されすぎ
514:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 20:15:57 1hbEOUUm
東軍厨キタ━(゚∀゚)━!!
515:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 20:20:15 bSyPTcYt
>>509
事実だとしたら、なんという自信の無さ。
分かりにくい例えで恐縮だが、手ほんびきで、4点張りするようなもんだな。
516:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 20:23:23 z/T5sVEk
家康は律義者とかいうけどさ、太平の世に戦乱を起こして結果豊臣政権の弱体化を招いた事は事実じゃん。
関が原後は毛利・上杉なんて実質200万石超えてしまったし、秀吉政権下で均衡してた力関係を壊した罪は大きい。
天下一の奸臣だよ家康は。
517:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 21:35:50 Xs0vXBkh
奸臣てことはないだろ。
てか東軍が元々豊臣正規軍だし。
たまたま負けたから貶められてるに過ぎないだろ。
東軍が勝ってたら、家康公は今頃奸臣三成を除いた忠臣といわれてるだろう。
律義な家康公は秀吉との約束を違えることなどないだろうし、秀頼を一層盛り立てただろうな。
518:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/18 22:21:35 M6WtS13a
>>516
家康の場合は仕方あるまい。
あのコロは徳川だけが突出しすぎていた。
しかも周囲は朝鮮出兵での恩賞もでてないゴロツキがうじゃうじゃ・・
自分が天下を取らなくては徳川は早晩潰されると考えても不思議は無い罠。
毛利・上杉なんて徳川の起こした乱のおかげで
不満分子の整理、恩賞の元手もできて
そして豊臣恩顧の大半が徳川について失脚か改易になり
秀吉の定めた五大老五奉行は自然消滅してガタガタの時分に
天下第一等の大大名になってるから・・条件が違う。
むしろ力関係を壊したというより秀吉政権下で不安定だった
バランスを東の上杉と西の毛利で安定させた功労者だろう。
519:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/19 11:48:32 8hoR1P75
身を捨ててまでバランスを安定させた功労者、ってか。
まあ家康が勝っていたら、圧倒的な権力を握ったのは確実だろうね。
秀頼はお飾りというか神輿に過ぎなくなる可能性大。
520:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/19 18:28:22 mJG0UJ78
つうか普通にスルーされてるけど猛将関白秀秋オタとしては
幾らなんでも関ケ原で裏切ったと可能性があると言われては釈然としないな
若くして亡くなったが稀代の名将が裏切るかよ
521:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 00:19:40 AMkOJ5Rz
裏切る可能性を主張する人は、陣中にいた黒田側の人質を、内応のための連絡係とか目付と見てるんじゃない?
しかし名将というあたり、いくらかオタ臭を感じるなあ。
俺の場合、猛将という印象を超えないよ。
西軍が負けたら、信長の野望での猛関(てか関白になれない秀秋)の武力or統率は、70ぐらいまで落ちているんじゃない?
522:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 16:54:16 w0AyvJqQ
俺的には、池田輝政が凄いと思う。関が原の戦いで三河国吉田15万2000石を没収。その後、牢人。
他大名からの勧誘を断り続けたが、やがて石田三成の旗本になって、江戸冬の陣では、抜群の功績を
して、旧領三河国吉田15万2000石に復帰出来たのだから。あいつだけだよな。改易されて返り咲きしたの。
後、妻が家康の娘であったが、折り合いが悪く、関が原の戦いの後は離縁してるな。結局、1613年に死ぬん
だが、その際、輝政の死は世間では家康の呪いとも噂された。と言われているよな。
523:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 18:03:18 nrVpnNp3
輝政が築いた吉田城って別名ポンポコ城だっけ。世界遺産じゃなかったか?
524:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/20 22:12:48 zqQTMZUp
>>522
上のほうのレスにあるが加藤清正が牢人から会津の大名に復帰している。
どちらも江戸の陣で復活してるお。
追記すると黒田長政は廃嫡の上奉公禁止で追放処分
そのまま江戸の陣で死去
福島正則の場合は遠島だが、後に正則の子・正利は3000石
で旗本となってる。
525:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/22 18:53:13 hcYjs6xm
八丈島に流された天海かわいそう。
526:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 01:17:17 AP1sdUR8
三成が豊臣恩顧の大名に対しては厳しい処置を取れなかったってのもあるが
北政所が淀君に頭を下げ尾張出身者をかばったってのもあるらしいね
527:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 22:05:47 Fe3FxSw+
>>526
それは俗説だよ。
上のほうのレスにあるが淀殿も東軍への協力が理由で
大阪城から出され淀城に蟄居させられてる。
528:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/23 22:15:56 xcDujMYT
関ヶ原の後に淀が出産したという伝説は?
529:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/24 12:17:46 KzBffUeI
まあ西軍が勝ってくれたおかげで日本は世界最初の資本主義国家になったわけで
狸じゃそうはいかなかったな
530:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/24 16:00:34 bMo8iMd5
なんだかややこしいね。
531:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/25 19:28:04 6JGjEz42
誰か浅学でパソコンが使えない私のためにこのスレをまとめてくれる方はいないだろうか・・・。
532:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/25 20:42:10 fMnxf2Uh
日本中サルだらけになったけどな
533:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/25 21:45:21 bhc0yjmU
猿の列島
534:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/25 21:55:34 JuNjsy4h
ここは、ここは日本だったんだ!
豊臣の奴ら、豊臣なんかくたばってしまえ~~~!!!
砂漠のような砂浜には、くずれかけた大阪城が埋まっていたとさ。
何の話だ。
>>531
正月休みに期待してくれ。
俺ではない誰かが多分…。
535:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/25 21:57:13 JuNjsy4h
「なんてことだ! 豊臣の奴ら、豊臣なんかくたばってしまえ~~~!!!」
だな。
536:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/26 01:01:42 i4OPCId9
>>529
日本が世界最初の資本主義国家って自己評価高すぎだろ。
未だにOECDにすら加盟してないのに。
537:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/26 19:46:41 cSBvFsDK
>>536
日本の定義が曖昧なせいだろ。
独立した海外植民地は先進国に名を連ねてるが
旧本国は蝦夷地や九州は独立するわ、四国は割譲されるわで
未だにOECDにすら加盟してない。
538:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/26 19:57:42 cSBvFsDK
>>531
大雑把でよければ少々史実と東軍の勝利がいかに違うか
書いてみませう。
まず豊臣家最大の失敗といわれる朝鮮出兵の中途で豊太閤秀吉薨去
残されたのは幼い秀頼と生母淀君であり
政権運営のため
徳川家康、前田利家といった有力大名五名と
五人の奉行で合議していくことが決められた。
このとき朝鮮出兵せずに関東250万石の大封を抱え秀吉も一目置いた
家康が次の天下を狙うような動きを見せ
阻止しようとした前田利家も死んでしまい
家康は暴走
関東の腹背を撃つ位置になる会津太守にして五大老の一人
上杉景勝が家康に反発、ここに上杉征伐が起きるわけです。
で上方に残った毛利、宇喜多を味方にした石田三成が決起
上方に引き返した家康の軍勢と関が原で決戦する。
もちろん結果は三成らの西軍が圧倒的な大勝利を飾るわけですね。
539:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/26 20:13:51 cSBvFsDK
ところが、東軍勝利を信じ込む厨は小早川秀秋と吉川の内応裏切りで
東軍が勝利できたといっている。たしかに戦史的には両者が
家康を関が原に誘い出す為演技していた事実は語られているけどね・・。
ともかくこの合戦で前田 徳川、浅野が五大老五奉行から失脚
代わって小西、石田、安国寺が任命されるんです。
このため東軍厨は関が原の東軍勝利において、この3名を
河原で処刑するという展開は、もはやお約束のセオリーです。
で三成と北政所はけっこう良好な関係であったものの
浅野や木下家定が東軍に組した事実から責任追及はまぬがれず
宇喜多家の京都屋敷に匿われるのです。
一方これで淀君の権限が強まるかと思いきや
家康の上杉征伐に軍資金を出していた件、家康に西軍決起の
情報を漏洩した件、大野治長の助命の為
あとは妹夫婦を救うため秀頼の嫁に秀忠の娘千姫をという秀吉の遺言を
主張しだした政治音痴などが理由で
淀城に幽閉蟄居させられてしまいます。
毛利は巨大になりすぎることを警戒され元康、秀元、秀包、広家、安国寺、
村上水軍など参戦武将に直に恩賞を与えられ独立大名となり、
上杉も越後と山形を与えられるものの米沢30万石の直江は独立大名に
それでも毛利一門の総石高と上杉は最盛期の徳川を凌ぐ大大名になってしまいます。
第二の徳川として警戒されることを恐れ毛利と上杉は
大老筆頭の座を石田三成に譲ってしまいます。
540:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/26 20:21:38 cSBvFsDK
家康は処刑(実は生きていて南光坊天海として暗躍)
福島正則と(江戸の陣直前に松平秀康)が八丈島に流罪
黒田長政は廃嫡の上、武家奉公禁止の処分で追放
浅野は後に高家や旗本として豊臣家に仕えます。
高家筆頭の浅野上野介が赤穂の吉良47士に討たれる
有名な赤穂浪士で本家は断絶しますけど・・。
これも東軍厨では浅野の家臣47名が高家筆頭の吉良に討ち入るという
逆の話になってます。
で徳川は残りますが、後に警戒されれ方向寺の鐘銘を理由に
江戸の陣が起こります。
これまた東軍厨いわく家康の狸親父が大阪方を追い詰める為
寺の鐘銘を理由に大阪の陣を起こすとなってます。
541:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/26 20:38:28 cSBvFsDK
江戸の陣では加藤清正と池田輝政が(一説には三成に土下座)
石田家の客将として参加、戦後は会津と三河吉田の大名に
なっている。
関が原での没落組には、ほかに江戸の陣で
後藤又兵衛基次(旧主黒田長政)
塙団右衛門直之(旧主加藤嘉明)
細川五郎興秋(細川忠興の次男で勘当された父に変わり細川家を相続した)
小笠原権之丞(家康の隠し子)
がそれぞれ大名としてかつての主君を撃つというエピソードもある。
542:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/27 18:21:32 13/F6UwM
おれも少しまとめてみるか。
徳川から小早川の陣へ射撃したのが、小早川軍が徳川本隊を強襲するきっかけになったよね。
東軍勝利物語では、そのとき小早川軍が東軍に寝返る、というのが結構一般的みたい。
もしも東軍が勝利したら…。
現在のような経済中心国家にはならなかったんじゃないか、というのは大体の人が認めてる。
ほかには江戸が首都になったんじゃないかと言う人もいる。
権力闘争の面では、豊臣はつぶされると言う人もいれば、家康は執権政治をするんじゃないかと言う人もいる。
んなところかな。
543:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/27 20:12:55 XaabZpVl
徳川から小早川の陣へ射撃したのが小早川軍が東軍に寝返るきっかけってのが東軍厨の痛いところだよね。
というかそこまで無理をしなきゃ東軍が勝つシチュエーションが浮かばないんだろう。
敵に攻撃されたら反撃せず味方を攻撃なんてどこの世界にそんな軍隊あるんだよ。
秀秋はさすが秀吉とねねに目をかけられただけあって見事な武者ぶりだったらしいね。
関白になってからもうまく戦後のごたごたを押さえたしな。
早死にしたのが悔やまれる。もし秀秋が長生きしていれば豊臣政権も磐石になって豊臣時代はもっと長かっただろう。
544:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/27 23:48:19 v6AUytqt
>>540
赤穂吉良家って、どういう経緯で出来たんだっけ?
確か、江戸の陣が終わった後だった気がするんだが、詳しいことが思いだせん。
545:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/27 23:58:09 WtSQE3en
>>543
ほんと、秀詮公は豊臣の世を守るために生まれてきたような感じだったな。
二人の養父に恥じぬ働きで「傑将関白」とはよく言ったもんだ。
その先鋒の松野重元もすごい。
家康本陣は愚か後方の中村・有馬勢を追い散らして
「松野主馬の勢はとどまるところなし」と賞賛された武功は関ヶ原随一と言ってもいいんじゃないかな。
546:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/28 19:30:51 B64oFCbJ
石川氏が維新まで続いて名君を連発した事を考えると改めて
石川数正って天才的な時勢の読みを見せたんだなぁと思う。
547:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/30 12:34:56 9KhAZ1Et
織田信衡って東軍が勝ってたら歴史にその名が出てくる事も無かっただろうな
548:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/30 17:45:53 4K+Wq6Sf
お前ら家康のこと馬鹿にしてるけど、
俺の地元の浜松では、民政に力を入れた名君として
今でも結構市民から慕われているぞ。
549:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/30 22:31:00 NXFankya
ところで東軍厨が大好きなIfモノって
なんでどれも家康が征夷大将軍に就任するの?
足利幕府の凋落を見ても
あの当時将軍職に権威があったとは思えないし
官位としても関白には到底かなわないよね?
「武家の棟梁うんぬん」っていう理由付けをよく聞くけど
ちょっと無理があるような。。。
550:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/31 01:09:27 embShsJz
>>549
家康が足利氏と同等の家格の源氏の名門新田氏の末裔を称したからじゃね?
田舎臭い家康が勝っても、上京して至尊の貴族になるとは思えないし、
それよりは関東で幕府を開く頼朝の二番煎じをするほうがキャラに合ってるし。
551:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/31 04:57:04 2exaUkju
豊国大明神様が在世中の時から家康が吾妻鏡の講釈を知識人から受けていた
という逸話が元となって実は将軍になる大志を抱いていたというのも根拠の一つだろうな。
しかしやはり頼朝公の再来といえば秀吉というのが常識だしな。
552:名無し議論スレにて投票方法審議中
06/12/31 18:17:48 qbcTUUwO
天下友達ネタ(・∀・)キター
たしか秀吉が兄貴分で頼朝が弟分の天下友達だな。
東軍厨いわく豊臣が関白だから簒奪にならないように印象つける為
征夷大将軍を望んだという設定らしい。
ある意味家康らしいセコさだな。
553:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/01 08:30:08 mtiHH0wu
征夷の元は敵があっての話なのに、秀吉様が安寧楽土とした時になにを敵だと言うのか。
554:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/04 22:20:15 UMlCRe/i
朝廷だったりして……。
555:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/05 18:40:01 mzs4OMw+
>>554
朝廷=豊臣家と考えるほうが自然だろう。仮想敵国として豊臣を考えてたんジャマイカ?
豊国大明神様いわゆる秀吉公は、母親が朝廷から故あって落ちぶれた萩中納言の娘
その御胤を身篭った父というのが正親町天皇であるというのは有名な史実。
ゆえに天皇家と摂関豊臣家は何代も姻戚なわけだし・・
朝廷を夷というのは天皇の御落胤である秀吉の家豊臣を夷とする考えなんでは?
556:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/06 09:21:25 ySdL0+kM
朝廷から頂いた官職を根拠に朝廷を滅ぼすわけは無いだろうけれど、
征夷大将軍就任→豊臣攻め、というのは大体のお話でセットになって語られているので、
やはり夷=豊臣家なのかな。
最近では「秀吉=後胤」説は、「徳川=源氏」説と同等かそれ以上に胡散臭いと言われているみたいだし、
嘘つきを滅ぼすという大儀名分は成り立つかもしれない。
557:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/06 11:04:33 DET9hIcI
>>553
葵三代では、敵とは「天皇をあがめない異国の者共、イスパニア然り、イギリス然り、オランダ然り、」
だそうだ。
558:556
07/01/06 11:26:45 ySdL0+kM
「秀吉=後胤」でなく「皇胤」の間違いだね。
>>557
家康も、秀吉のように海外に出兵する気かしら?
秀頼のように通商による勢力拡大にしときゃいいのに。
559:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/06 17:46:05 DET9hIcI
ドラマの話だから広げるつもりはないが、
前後の文脈から、
異国と折衝し、いざというときは武力で追い払うって意味使っている。
ま、言っていることは専守防衛だな。
実際、家康・秀忠はこの路線を行っているし。
560:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/06 18:48:23 ROXyUGkn
>>558
仮想戦記で天下太平になって浪人対策で家光が明に出兵する話があったぞ。
561:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/08 18:40:23 Bh1+4EyU
>>560
徳川家光かい?
家光といえば東軍厨いわく徳川幕府三代将軍になるのがお定まりの
人物ではあるが・・・
史実によれば江戸の陣において
「祖父(家康)や父(秀忠)は貴公らと同格の諸侯であり
太閤殿下のご恩顧への遠慮もあったが、
余が生まれたときには徳川は諸侯の座に無く不当に咎を受けていた。
余は生まれながらの謀反人である。
・・・・・・」
といふセリフを述べているのが、あまりに有名なあのお方?
セリフだけ聞けば
「さすがはかの天下の謀反人明智光秀縁の女を乳母に育った武士よ」
という光景ではある。
しかし実際のとこ戦場には一度も出ておらず馬にも乗れなかったそうですね。
562:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/08 19:26:39 o1Chu03u
敦賀六十八万石って西軍勝利の功労者の割りにその後ぱっとしないねやっぱ吉継が病を理由に三成大老の私的な相談役にとどまったのせいか
あと、息子の吉治と分家した木下頼継が不仲で、吉継死後一触即発になって。真田信繁と大老が直々に仲裁してなかったっけ?
563:sage
07/01/09 04:44:28 qvWuUZ87
やっぱり当主が早死にしちゃうとだめだね
吉継にしろ、小早川秀秋にしろ、西軍の功労者には多いのだが、当主死後には決まって
必ずと言っていいほどお家騒動で勢力減退してるもんな。
その点、小西行長は当時としては長命な70代までいきたし、堺町衆の後ろ盾もあって
紀州大納言家創始して、八代の行宗の時には関白だもんね。
長生きも戦国武将の大事な使命だね。
564:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/09 20:20:18 NpLY0Qhv
>>563
三成の息子を東軍に従軍させると言って安心させといて、実際はだまし討ちしたから、
その罰が当たって早死にしたんだよ。
565:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/09 21:19:33 2N0ApSjZ
ん?そんな事初めて聞いたな。
566:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 13:31:05 bcNqBbsR
>>563
紀州大納言家と言えば、長曾我部盛親御落胤(自称)の丸橋忠弥との関連は見逃せないな
567:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 13:36:35 /adIZE7l
くそ~ 関が原で東軍が勝ってたら、あの時九州を一人で席捲していた如水公は
その後の政権内でもっと重きをなしたはず。
ひょっとしたら勢いに乗って天下人にすらなったかもしれないのに。
豊国大明神存命中の頃の活躍を考えれば、それぐらい朝飯前で成し遂げそうな武将だった。
家康~ 半日で負けてんじゃねえよ!
568:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 13:42:17 sm7V0+Pj
息子がヘマ打っちゃったのもきつかったねぇ。
父に似ず調略下手だったもんだからその助命嘆願や
家臣の行き先探しに駆け回った挙句ぽっくりって感じだし。
569:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 13:52:26 Vau4s1kx
>>565
三成じゃなくて、吉継自身の子供のことだったかもしれないけれど、そんな話無かったっけ?
570:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 16:21:05 7+7QGryp
>>566
丸橋忠弥が色々怪しい動きをしたおかげで
長曾我部家は一時改易寸前までいったよね。
まぁ、なんとか持ち直してその後全盛期を築いたわけだけど。
ところで、四国イコール長曾我部のイメージのせいか
四国名物は長曾我部を冠したものが多いね。
でも正直「長曾我部うどん」とか
「長曾我部みかん」なんてのはどうかなと思うんだ。
この前別スレで「讃岐うどん」とかにした方がいいんじゃないのって
提案したら
「ばか、そんなんじゃ売れねぇだろ」って即レスされたよ。
571:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 23:30:52 Vau4s1kx
>>570
わざわざ讃岐なんて呼ばなくていいよ。
「長曾我部」が嫌なら、高松うどんでいい。
一般には讃岐って旧国名より、現在も使われている高松市って名前の方が有名だろ。
それに長曾我部の本拠地なんだし。
スレ違い失礼。
572:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/10 23:41:00 aRZWPPpI
坂 崎 直 盛 宇喜多秀家の従兄弟だが、東軍について改易された男。
浪人中に自ら坂崎って名前にしたらしいが、実際は秀家が同じ宇喜多姓を
名乗るなって事だったらしい。後の、大阪城の千姫略奪事件も凄いものがあったなw
東軍は痛い奴が多かった。よって、負けた。
他 ス レ で 誤 爆 し て 参 っ た 。
573:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/11 00:08:18 W6uK1DO3
>>572
「豊臣秀頼の謎」スレかあ。
東軍厨に難癖つけられる前に気づいてよかったね。
574:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/11 22:30:59 T03zqavu
>>572
泳いでカエレ
575:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/12 15:23:54 vUPr7E7T
ん?
「この」スレだと「泳いで参った」のは結城さんじゃね?
576:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 15:56:14 zKhuza3C
史実じゃ可児才蔵を討ち取って大名になった宮本武蔵だけど、東軍が勝ってたらただの名無し浪人で終わってたか?
577:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 16:26:39 9SXLdQXg
武蔵には晩年の芸術家としての側面もあるから、むしろもっと
クリエイティブな才能を花開かせてた可能性もあるかもな。
578:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 19:21:27 zT6e+Hdq
宮本武蔵って念願の大名になったくせに
宮仕えのストレスからか
夜中に刀振り回したり
何日も自室にこもって絵を描きまっくったりしたらしいね。
大坂城殿中でも周りから浮きまくってたっていう記録もあるし
浪人のままの方が幸せだったかも。
579:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 20:08:27 B/Ysr/JE
あまりにも趣味に没頭しすぎて、領内の財政を傾けちゃったしね。
死ぬまでに70万両の借金をこさえるのはどうかと。
二万石の小大名の癖になw
しかし、あの時代の芸術の一翼を担った功績は大だけどな。
580:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 20:40:54 zT6e+Hdq
70万両も借金してたのか。
武蔵は紙や硯、絵の具なんかの開発・改良にも功績があって
後世の我々は大変お世話になってるからなあ。
あんまり悪口は言えぬわな。
ところで武蔵が大名になれたのは
秀家公強いの後押しがあったらしい。
宇喜多騒動に懲りた秀家公が性格に問題がある武蔵を
体よく追っ払うために独立させたんだそうな。
581:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/15 23:03:35 3oz6Ztva
宮本武蔵に仕官して剣術奉行務めた佐々木小次郎だっけ?
道場の総取り締まりを兼ねて、武蔵の剣術上手をしる家臣たちも小次郎殿が上では
とささやかれて、晩年の武蔵の求心力の低下も如実に表してるけど、ついに
小次郎と武蔵は戦うことなかったな。やっぱ小次郎の方が強かったんだろうな。
まぁ二人とも脅威の出世だけど、東軍が勝ってたら100%他人のままだよ
582:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 00:54:00 NiwBp3lM
武蔵や小次郎の兵法なんてお座敷剣術だろ。
典膳島(舟島)の決闘で名高い御子神典膳とそれに打ち勝った柳生但馬こそ真の武芸者だ。
但馬は一見姑息だけど勝つことに対する執着心はまさに実戦剣術の神髄だし、
剣術のみならず禅にも深い造詣があって、禅僧になっても一流だったろうという評価もあるくらいだ。
まあ、数年前の大河ドラマのTAJIMAは出来悪かったみたいだけど。
583:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 15:52:52 DfKjoBtE
武蔵の代で70万両というとてつもない借金をしたが、二代目の宮本伊織がきちんと執政を行い
借金を全て返済、領内の治水などを行って、実質2万石の大名だったが、実高は10万石だったらしいな。
584:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 21:09:53 U33kiX7U
宮本伊織って そのご朝廷の剣術指南役までなったんじゃなかったけ?
まあ指南役って言っても、公家相手になんの指南してるやらだけど。
でも そのおかげで二天一流が全国の大名に広まったことは確かだし、
開祖の武蔵の名も、戦国オタなら一度は聞いた事ぐらいある名前になったわけだ。
もし もし東軍が勝ってたら、武蔵なんて、「タケゾウって誰?」て言われるぐらい無名だっただろうよ。
585:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/16 23:49:07 uW0Rx0+m
>>583
その後凡君が五代続いても潰れなかったのは伊織のおかげだよ。
まあしかし、借金は膨らんでしまったわけだがw
借金踏み倒しギネス記録保持者だからな >宮本家
586:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/17 03:48:26 wfdIwa0k
宮本武蔵が大名まで出世できたのは、
山陰の忍を指揮していたからていうのは史実なの?
587:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/17 19:13:18 Ro+omOAD
>>586
武蔵自身も忍者だったって説もあるけど、美作出身だから忍者ってのはあまりにも単純すぎるよな。
滝川一益と同じくらい怪しい。
588:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/17 19:53:06 Xs8E31Ky
忍者は宍戸美作守だろう。通称、梅軒。
武蔵が剣術奉行公募したときに決勝で小次郎に負けたけど、その豪気さを秀頼さまが
気に入られて、その鎖鎌とかいう曲芸のような武術を習ったという。でも秀頼さまが
鎖鎌振り回したら、大野治長に刺さって、血だらけで大野が武術はお控えくださいと
諫言した話しは有名。それでも辞めなかったから大野は宍戸を逆恨みして算盤奉行に
したら、案外頭が良くて宍戸家は代々兵糧奉行したり算術家を輩出した。まぁ伝説っぽいけどな。
梅軒はなんでも出来たから諸国放浪の元忍者となってる。
それより秀頼公が気に入った吉岡一門の栄華のほうが凄いけどな。普通に大名になってる。
589:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/17 22:51:20 qMmjRNvB
>>588
大野治長は秀頼さまの側近で終わったが
小粒な逸話が多くて、全体の評価は悪くない。
(血まみれのまま諫言なんて普通できないもんな。)
東軍厨ご用達の仮想戦記において
彼が大坂の重要人物となっているのも
あながち無理な設定ではないと個人的には思ってる。
590:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/17 23:37:09 3ngDnDzT
>>586
全国の大名に仕官していった門弟のネットワークを使って、大名の動静をさぐっていたらしいな。
朝廷内では専らそっちの仕事で重宝がられていたと。
ちなみに、裏宮本という影の軍団を指揮して、諜報活動していたというのは、講談や
千葉真一のドラマだけの話らしい。
591:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/18 01:53:20 lw4PCNdS
>>590
影武者石田光成や漫画のTADAKATSU読んでると、
宮本=忍軍ってイメージが植えつけられてしまった罠。
特に後者は南斗の拳の作者の漫画演出が、歴史漫画じゃなくて格闘漫画レベルだったしな。
592:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/19 04:04:02 MmGFTbc6
でも武蔵って青年期の才蔵と一騎討ちとか、乱心した家臣を討ちすえたとか
三成と喧嘩したとかいうハデな剣豪イメージより、秀頼公に媚びうったり借金の
イメージが強いよなぁ。たしかに「剣術のご指南を」とかいって弟子送ったり大名達と仲良く
なりつつ、それを大阪にチクるのは裏方として重要かもしれんが、格好良い姿ではないな。
晩年に処世術をまとめた五輪の書がサラリーマンの人付き合いのマニュアルみたいになってるし。
そもそも剣術奉行公募とかいって、秀頼公の前でわざわざ御前試合開いてお祭り騒ぎしたり、
秀頼公に気に入られるようにいろいろと計算してるんだよな。武蔵は大名達には白い目で
見られてたのに、秀頼公も空気読めず武蔵のこと気に入っちゃって。空気読めないといえば
優勝した佐々木より、準優勝の宍戸を気に入ったとかな。逆に佐々木は真面目だから黙々と剣術に
励んで、茶道の利休、剣道の小次郎というように近代剣術様式を完成させた訳だけど。
小次郎がいなかったら、今みたいに剣道が国民的スポーツにはならないよ。
武蔵も剣術奨励したとかいうけど、実際は佐々木小次郎にまかせっぱなしだし、佐々木の功績も見逃せない。
それより、宍戸は基本は武蔵の家臣なのに秀頼からも禄貰ってる時期あったよな。
それを大野が例の”流血の諫言”の後に正そうと、武蔵からの禄のみにして直臣とした。
この時だよな、大野が乱心したのか宍戸を米奉行にしたのは。1代目の梅軒は普通だったが、
2代目3代目が算術に長けてて数学者として功績残した。まぁ無理もないよなギネス級の
借金重ねるわけだから、その収支報告まとめるのもギネス級に難儀な事だろう、それを
こなすわけだから相当な能力を求められるよな当然。ある意味、大野の凄いよ。
大野も結構、思いきったことするしな。秀頼公が「10万の兵を与えてみたい」と
言ったのも分かる気がする。これが元で仮想戦記で豊臣方の司令官になったりするが。
でも、大野、武蔵、宍戸、佐々木のコンビは面白いよな。時代劇みててこいつらが
出てくると平和到来って感じ。この間、「ひょうたん 豊臣三代」見ててこの四人のコントが
あって、どっかで「こんなキャラいたなぁ」と思ったらルパン三世に当てはまるんだよ。
武蔵=ルパン、宍戸=次元、小次郎=五右衛門、大野=銭方のとっつぁん。すげぇよ実在するとは。
本当に大野は「待ぁて~武蔵ぃぃい」って言ってたらしいし。名言だな。
でも名言第一はあれだよな、秀頼公のあれ。
明の使者が来て、返書に「倭」とあって秀頼公が我らは自国のことを倭とは呼ばないと
言って改めるように言ったときに、明の使者が「では改めて、国名は?」と聞いたら秀頼公が
「ひょっこりひょうたん島である!」と言ったという。最高だよな。大野が慌てて通訳の口塞いで
「に、日本国でよろしい、ひ、ひ、秀頼さまは日本国王である、そう記せ」と言ったという。
確かな記録にはあまり残ってなかったから伝説だったけど、去年あたり新しい記録が中国かどっかで
見つかったんだっけ?いろいろ日本側にない逸話があって、その中にあったとか。
つい長文になっちまったよ。大野厨なんでな、わりぃ。
593:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/19 04:47:23 kWm38TIf
日本史上稀にみる勤皇家であられた正一位関白太政大臣秀頼公が冗談でも日本国王なんて名乗るわけないだろ
逆賊足利義満とは違う
594:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/19 09:58:23 kKPvqHnJ
ひょっこりひょうたん島と言えば、反射的に結城秀康を思い浮かべるような頭になっちまった…。
繰り返しになるが「泳げよ、秀康!」
595:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/19 10:49:53 ETEHAet9
でも、関ヶ原で勝ったとはいえ、
豊家第三代の豊臣秀光がいなかったら、300年も持たなかったと思うよ。
現時の流れを汲む京極氏に養子に入り、
その後、順々に京極の人達を追い出し、羽柴に復姓、
豊臣の本姓もそのまま頂いてるから、
正一位源朝臣関白右大将秀光
史上初の右大将兼関白だからなぁ。
仇敵徳川氏の本拠の江戸に幕政の本拠を移した事などは、
よほど頭が良くないと出来ないよ。
豊家第四代・2代将軍羽柴秀綱は大したものだよ。
法制度を整えて、地方分権と中央集権のバランスを見事に確立したからなぁ。
596:名無し議論スレにて投票方法審議中
07/01/19 14:17:21 NWEnegv/
豊家の代数って
秀吉-(秀次)-秀秋-秀頼で関白位なら殺生を数えて、歴代なら省かれるだよな