10/04/16 18:49:12 4qBEtgRz
>>715
>>>709の言う通り
それは明らかに間違い。>>711で明確に反論しておいた。
>ここでは心の問題云々の話をしているのでない
信仰に関わる議論で、「心」を度外視した議論はナンセンスだ。
御書に「心こそ大切なれ」とあるのに、「ここでは心の問題云々の話をしているのでない」などというのは、大聖人の教えを無視した暴言である。
>現在でも国家は殺人等を取り締まるのに、仏法に目覚めた国家が謗法を取り締まるのがどうしておかしいのか?
端的にいえば、広宣流布とは「折伏」で実現するものであるからだ。
「仏法に目覚めた国家が…」とあるが、国家そのものに人格があるわけではない。
あくまで仏法に目覚めるのは、国民一人一人である。
諸法実相抄に「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし」との有名な御聖訓があります。
どうして、二人・三人・百人…と広がっていったのでしょうか?
言うまでもなく「折伏」をしたからです。
また、「未来も又しかるべし」ですので、今後も折伏による妙法流布を実践することが正しい。
権力で謗法を取り締まるなど、折伏・破折などではなく、弾圧以外の何ものでもない。