09/07/04 14:51:49 CL2rlEhY
元エホバの証人の体験談なんか見ると、
「ある意味、へえ、と思う点がある」
例えば、エホバをやめて一番つらいのは、
「二世同士で、徹夜で飲み明かしたりして、色々喋った楽しい人間関係がなくなるから」
てな事書いてある。
「そもそも、正当キリスト教徒の青年は、飲み会なんて開いて徹夜で飲んだりする事は、絶対ない」
「というより、「そもそも酒なんか飲まない」」
「エホバの証人の方が、ある意味、自由なんだね」
と思った。
「正当キリスト教には、「横のつながりは無い」」
理由は単純で、
「そもそも、教会とは単に同じ神を信仰しているだけで、元々、基本的に無関係
な人間の寄り集まりに過ぎないからだ」
東大の学生とか、早稲田の学生とか、大企業の勤めてるのとか、男とか女とか
若者とか老人とか、ニートとか色々。
「判り易く言うと、「元々、接点なんてないのだ」」
「従って、お互いに親しく平日や土曜に付き合う事は、ほぼ「絶対にない」」
「彼らは友人なんかではないし、「元々、友人になり得ない」」
「共通の話題がそもそもないからだ」
この点、
「エホバの証人と正当キリスト教とは、えらく違う」
ガラッと違うと言えるだろう。
普通の教会は、ある意味、禅寺と一緒で、教会の公式行事としても、個人同士の
繋がりとしても、「レクリエーション」など、「無いのだ」。