09/01/24 16:19:59 bx9yOKV9
>>49
続き
>次に、「経典の作者はウパニシャッドでは既に凡夫の輪廻転生を意味するsa.msaara
>をわざわざ用い、なぜ別の言語を用いなかったのか?」について論理的に説明して下さい。
まず、いつのウパニシャッドの話をしているのかで事情が違います。
ウパニシャッドの成立年代は広範囲にわたります。紀元前500年ごろの古ウパニシャッドの多くも、
成立はブッダ以降です。ブッダ以前の初期のウパニシャッドもありますが、そこでは素朴な生まれ変わり
の思想がわずかに見られますが、「saMsAra」は使われていません。
だからブッダのいた時代のインドでは「既に凡夫の輪廻転生を意味するsa.msaara」
とは言えません。この時代はまだ原義(流れ、流転)の意味で使われていたのでしょう。
Wikiにも「輪廻思想がバラモン教に公認されたのは、最終期のブラーフマナ文献文[1]ないし最初期のウパニシャッド文献[2]においてである。「輪廻」という語は用いられず、「五火」と「二道」の説として現れる。」
とあります。「輪廻思想」などと書いてますが、ここにも書かれている通り、ブッダ以前の(最初期)ウパニシャッドでは生まれ変わりについて「輪廻」(saMsAra)という語は用いられていないのです。
また、インドの生まれ変わり思想では人間は他の生物(豚や虫など)に生まれ変わるといいますね。
そんな話はジャータカ物語などの「物語」以外、原始仏典には出てきません。
これもまた生まれ変わりの思想がないことの傍証です。