08/12/30 23:53:40 GU870O/w
>>703
仏教は縁起説である。
その時仏世尊はウルヴェーラーに住してネーランジャラー川の岸辺菩提樹の根本のおいて、初めて現等覚した。
そして世尊は菩提樹の根本において七日間結かふ座して座り、解脱の楽を感受していた。
そのとき世尊は初夜にこの縁起なるものを順逆に思惟した。
無明という縁から諸行が生じる。/諸行という縁から識が生じる。/識という縁から名色が生じる、。
/名色という縁から六処が生じる。/六処という縁から蝕が生じる。/蝕という縁から受が生じる。
/受という縁から愛が生じる。/愛という縁から取が生じる。/取という縁から有が生じる。/有という縁から生が生じる。
/生という縁から老死と愁・悲・苦・憂・悩が一諸に生じる。
このようににしてこの純粋な苦オンの集起がある。
しかし他ならぬこの無明の残りなき離貪の滅から行の滅がある/行の滅から識の滅がある。/・・・・・・・・・・・・・・・・
/生の滅から老死と愁・悲・苦・憂・悩が滅する。
このようにして純粋な苦オンの滅がある。