08/12/26 18:26:22 Ud6CDBh4
>>381
>禅宗の宗祖、達磨は「二入四行論」の中で確かに因果と輪廻を語っている。
実際のところは、菩提達磨の論書というのは後世に誰かが書き残した。
というのが一般的な見解ですね。
六祖・慧能の書といわれる「六祖壇経」も、最近になってバーミヤン遺跡から資料が発掘され、
弟子の神会が書いた、とされるのが一般的です。
中国禅といいますのは、粗野で荒削り的な印象で、日本的繊細な禅とは多少違います。
達磨も慧能も優秀なスポークスマンがおったわけで、
そういった人物の宣伝(論書などが)に使われた可能性がある。
(中国人は、こういうのは得意)
>道元も然り。白隠も然り。祖師方は皆、輪廻を前提に道を示している。
道元は、三時(いわゆる過去・現在・未来)については悟っておりますから、
輪廻からは既に解脱は達成してますね。
白隠は、「水に浮く氷(自分)という表現で書いてる。
つまり、氷(自分)が溶け(死)ますと水に帰す。という言い方です。
>あんたは輪廻を認めない禅者は「未達・未見性の人」という意味で語っているのか?
禅者で、輪廻に迷うておるのは未見性ですね。
見性の次に、コペルニクス的大転換を迎えるのです。
これで解脱達成ですね。
(いわゆる大悟というやつですね)