08/12/08 22:31:10 Cuk8nH3s
>>78
>信徒の間では、嫌なことや、不愉快なことが起きたり言われたりすると「カルマが落ちて良かったね」
>と言うことがお互いの合言葉のようになっていたし、アサハラも機関誌で書いています。
>これは、過去世で積んだ悪業が今生、嫌なことを経験することで落ちたということなのではないかと思います。
精神的に落ち込むようなことにならないよう、そういう励ましというのはあるかもしれない。
しかしながら、辛いことの全てが単純に過去世の悪影響に拠るというものではない。
>宗教指導者とは、信じられませんが「嘘をつくな」「不殺生」・・等の「破戒」も宗教団体を守る為にはするし・・
宗教性と教団とは同じものではありません。
どこの新興宗教も教団の維持存続と教団の力の誇示が中心になっていきます。
ゴータマは違う。
>ルールを破れば法律で罰せられ刑に服したり賠償・罰金を払わなければなりません。
人間には人を正しく裁く力はない。
どっちがより悪だといった判断など、人間が正確に見定めることなどは不可能です。
人間が勝手に作った裁きではなく業(カルマ)の法が人を公正に裁くのです。
また、人間に人を死刑にする権限はない。
それは司法による殺人行為に他ならない。
殺人をしないよう教えるべき司法、自らが殺人を行うとはどういうことか!
命は(天から)与えられたものであり、誰の所有物でもない。
「死んでイイ」などいう判断と決定権は如何なる人間も持ち合わせてはいない。
これらの法律のどこに裁きの正しい真理がありますか?