【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!2【決着】at PSY
【最終】仏陀は転生(再生誕)を説いた!2【決着】 - 暇つぶし2ch365:宝珠愚者
08/12/15 20:19:19 Wr2f1jOW
---前スレ5さんへ
>>349
>私は「輪廻の教えが説かれている理由」など聞いていませんね。
>あなたの発言の論理的矛盾点、すなわち、「死刑は殺人であると否定しておきながら、
>業による殺人は 『行われなければならず、それは避けられない』」とする
>トンでも理論のことを質しているのですよ。 

 ですから私は、個々のケースについては特定はできないといったのです。
 ただ話を分り易くするために便宜上、例えば殺人を犯せば、もしも今生では何ともなく済んだとしても、
来世できつとその報いを受けることになるでしょう、と。だから、捕まらずに済んで良かったな~とか・・
そうはいかないぞ!という意味で話したのです。
 もし不幸にも殺された人の場合においても、それが必ずしも過去世の悪業に拠るものではないかもし
れないし、またもっと別の理由に拠るものであるかもしれない。仮にも悪業の結果の場合においても、
単純に殺人行為がそのまま自己の殺される果報となるものとも限らないし、またもっと別の果報としての
出来事へと遭遇するのかもしれない。逆に殺人行為はしていないにも関わらず、他殺される果報を受け
る人もあるかもしれない。

 まず重要なことは、殺人を犯してはならないということ。そしてまた、もし可能であれば、それはできる限
り食い止めたいものです。誰それが何歳まで生き、また何歳で死去する運命にあるなどと、それは我々
には見通すことができない。命ある限り、誰であっても殺されてもいい、という論理はないのです。
 犯罪者というのは心の病者なのです。幼少時~から育った家庭環境/生活環境の中で精神が捻じ曲が
る要因が必ず見つかるものです。もし他の人であっても同じ条件下に置かれれば、決してそうならないと
も限らないのです。私たちはただ犯罪者を責めてせせ笑うのではなく、そのような悲惨な家庭環境が無く
なっていくよう、この社会環境とシステムの改善に皆んなで取り組んでいくべきなのです。
 不幸にも殺されるかどうか・・などというのは、一つの結果(論)に過ぎない。殺されていいという論理は
ないのです。一人でも不幸な人が減るよう、そして犯罪もなくなっていくよう、私たちは最後までそう努め
るべきです。


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