08/12/02 01:25:18 8taj+VAg
さて、あなた方の質問は、災いが起こるのは神の意志であり望みなのだろうかということだろう。
だが、私がこうした出来事を起こさせるのではない。私は見ているだけだ。止めようとはしない。止めれば、あなた方の意志を損なうことになる。そんなことをすれば、あなた方が神の体験をするのを妨げることになり、あなた方とわたしが共に選んだ体験ができなくなる。
だから、世界の悪と呼ぶものを非難してはいけない。それよりも、それのどこを悪と判断するのか、どこを変えたいのかと自問しなさい。
人生のすべては、あなた自身の創造の道具であり、出来事のすべては、自分は何者なのかを決定し、その自分になる機会を与えるために存在しているのだから。
宇宙には創造者がいるだけで被害者はいない。迫害された多くのマスターもそのことを知っていた。
すべての責任を引き受けたときにはじめて力を得て、ほんの一部でも変えることができるようになる。「こんな目にあう」のは、何か誰かのせいだと考えている限りどうすることもできない。「わたしの責任だ」と言ったとき、はじめてそれを変えられるようになる。