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■ 【音楽の政治学】アウシュビッツの音楽隊 大量殺人者の二面性
高圧電流を流し収容者の逃亡を阻止する有刺鉄線、毒ガスで殺した後に死体を焼く焼却
炉-。地獄絵さながらのポーランド南部アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所に、女性収
容者でつくる音楽隊があった。
指揮者は、音楽家マーラーのめい、アルマ・ロゼ。高名なバイオリニストだったが収容所
送りになった。他は素人が多かったという。楽団は毎朝、強制労働に行く収容者の行進の
伴奏をさせられた。それはいつの日か、死を宣告される者への殉教の音楽ともいえた。
楽団はあるとき、尿意を催して列から離れた収容者が、ズタズタに犬に咬み殺される中で
も演奏した。
白衣姿の実験医が立つ前で、精神障害者に演奏を聴かせたこともある。やせてサルの骸
骨(がいこつ)のような顔になった者、ぼんやり片手を前に出す者、夢中でダンスに興じる者
…。狂ったように拍手をする者は、本当に狂っていたという。「墓場の一歩前の光景」とは、
地獄を生き延びた歌手のファニア・フェヌロンの証言だ。
楽団の演奏が、いずれは露と消える同胞への葬送曲となれば救われよう。問題は、ユダヤ
人の殺害という“労働"に疲れたナチス将校への慰労の演奏だった。ある日、大の音楽好き
のクラマー収容所長が音楽棟に来た。「仕事(殺人)が終わった。くつろいで音楽を聴こう。
シューマンの『トロイメライ』をやってくれ。心揺さぶられる曲だ」。
演奏の途中、クラマーは真珠のような涙を流したという。人殺しの作業を完全に忘れた表情
だった。続いてフェヌロンが「マダム・バタフライ」を歌うよう命じられた。両手がじっとりと湿る。
フェヌロンは後にこう語っている。
「恐怖のためではない。自分にとって歌は自由な行為なのに、ここには自由がない。歌手は
本能的に聴く人を喜ばせ、愛の心を伝えようとする。だがそのときは、所長らを打ち殺したかっ
たのだ」
命じられた曲を将校に聴かせるからこそ、ガス室行きを免れられる。だが人間の仮面をかぶっ
た獣に、音楽を演奏する団員たちの屈辱はいかばかりだったか。
指揮者のロゼがやがて死ぬ。食中毒とみられ、死の直前、異例にも担架で運ばれたという。
収容所で命ある者は通常、自力で歩き、担架が使われるのは死体のみだ。遺体は白いユリ
で囲まれ、悪魔の人体実験医メンゲレまで弔問に来た。ほかならぬ大量殺人の一責任者は、
偉大な音楽家ロゼを尊敬していたという。(ベルリン 黒沢潤)
* iza ! (2008/11/02-13:45)
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