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西洋でも東洋でも軍人、特に下級の兵士は文人的倫理的素養に乏しく、一旦戦争ともなると掠奪、放火などの暴虐行為に走る無法集団に化しやすいものだった。我国では武士の戦いが庶民の身体、生命にまで直接の害を与えることは外国に比べ少ないものでした。
・明治になっても武士道は生きていた。日清戦争や義和団事変(明治33年)に際しても日本軍の軍規厳正な秩序ある行動は、清国軍や西欧列国軍の暴虐行為の中で目立つものだった。モースも明治10年に西南戦争から東京に帰還した兵隊を見て「これ程静かな感のする、
規律正しい人々を見たのはこれが最初である」と語り、
日本の生活で一般に米国人に最も大きな印象を与えていたものとして、米国の男子の乱暴さに比べ、日本の学童の善良さや行儀の良さを挙げていた。
・我国では同じ武人と言っても無骨一遍のただ強いだけの者は軽蔑され、武士には文人的な優雅さや人情深さが求められた。今日でも外国人は日本の武道に単なる武技を超えた精神性を感じるものです。
「武士は情け」であり、桃太郎のように「気はやさしくて力持ち」が真の武士でした。
例えば源義経にしろ西郷隆盛にしろ、両者に共通していたのは、「勇敢にして恐れを知らぬに拘らず、涙もろい優しさあって、決して弱い者いじめをしない」ことだった。武士道を説いた『葉隠れ』も「慈悲より出づる智勇が本物なり。
慈悲の為に罰し、慈悲の為働く故、強く正しきこと限りなし」。
「日本の敵は日本人」 財界社
<文武両道の「武」が欠けたエリートのおそろしさ>
・東大出身者は二つのグループに分けられる。この二つのグループには決定的な違いがある。一方は、知識や実務能力はあっても、歴史観や国家観という基本的な価値観が欠落している。
他方は、しっかりした基軸に照らし合わせて、ものごとを考える。
東大出身者の圧倒的多数を占めているのは前者で、大半の官僚や官僚出身の政治家がこのグループに入る。後者のグループはほんの一握り。
・武という字はそもそも「戈」を「止」める。すなわち矛を収めて、平和的に解決する道を説いている。精神の構えがしっかりしていなければ、武の道は実践できない。
「文武両道」は「知識」だけではいけない、ものの見方、考え方、精神のあり方が大事だと説いた先人の教えだと私は解釈している。
・とくに戦後のあとの世代になればなるほど、要領良さが増した。戦後の偏差値教育一辺倒での受験戦争では、頭脳のよさよりも要領よさが問われる。要領だけで魂のないエリートが、官僚としてどんどん送り込まれた。
これが平成官僚の堕落につながったと、
私は見ている。