【埼玉】平和資料館、慰安婦『従軍』削除に物議 「元『従軍慰安婦』のみなさんに対する再度の人権侵害だ」[02/03]at NEWS4PLUS
【埼玉】平和資料館、慰安婦『従軍』削除に物議 「元『従軍慰安婦』のみなさんに対する再度の人権侵害だ」[02/03] - 暇つぶし2ch1:出世ウホφ ★
09/02/03 11:14:21
一月下旬、小高い山の頂上付近にある埼玉県平和資料館を訪れた。雨天に加えて平日だったこともあってか、
来館客は数えるほど。宍戸信敏館長(51)が丁寧に館内を案内、展示物を分かりやすく説明してくれた。

同館は「戦争の悲惨さと平和の尊さを県民に伝える」という理念のもと、一九九三年に開館した。
主に県民から寄せられた、戦時中の手紙やポスター、生活用具、衣服など二万四千点の資料を所蔵する。

物議を醸した展示物「昭和史年表」は細長い廊下の壁に掛かっている。「従軍慰安婦問題」の部分には、
「戦時中の『慰安婦』問題」と印字されたテープが上から貼(は)られ、修正の跡が分かる。

同館の展示物は、外部の有識者などで構成される諮問機関「館運営協議会」の意見も参考に、
同館が判断している。同館が修正の根拠とする用語の基準は、(1)事象が発生した当時に
その言葉が使用されていたこと(2)教科書や新聞などで現在の使用状況を考慮すること
(3)政府見解も交えること-という。

「従軍慰安婦問題」の表記変更には、運営協議会の委員の中にも反対者がおり、市民団体
「埼玉県平和資料館を考える会」(石垣敏夫代表)や在日本大韓民国民団(民団)、
在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)などが異議を唱えている。

石垣代表は「『慰安婦』だけにすることは当時の日本軍の関与を否定することにつながり、
史実の隠ぺいとなる。日本軍の関与は、すでに河野洋平内閣官房長官(当時)談話として
発表されている。従軍を削るのは元『従軍慰安婦』のみなさんに対する再度の人権侵害だ」と主張している。

問題をこじらせたのが、同館が表記を変更する前年の二〇〇六年六月県議会での上田清司知事の発言。
「古今東西、慰安婦はいたが従軍慰安婦はいなかった。同館の年表を見ても間違った記述があるので
修正しなくてはいけない」と言及したことで、変更反対派からは、知事発言が影響したという見方がでている。
宍戸館長は「展示物の見直しの一環として、『誰でも分かりやすい表現』への見直しをしただけ」として、
上田知事発言の影響をきっぱり否定する。

年に二、三回行われる運営協議会では、毎回「従軍」削除について、反対意見が出される。宍戸館長は
「どんな用語についても賛否両論ある。中立で公正な展示をするのが当館のスタンスで、
そのためにこれからもいろんな意見を承る」と話した。

広い館内には年表のほかにも、防空壕(ごう)や国民学校の教室がそっくり再現されており、
音と光で空襲の恐怖を疑似体験できる。また、熊谷空襲の悲劇を描いた「最後の空襲くまがや」など
同館自作のアニメ映画二本も常時上映されている。全体としてみれば、理念通りの展示と言えるのだが、
表記をめぐる議論はまだ終わりそうにない。 (山口哲人)

あのとき
埼玉県平和資料館は2005年3月、館内に常設展示している「昭和史年表」中の「南京大虐殺」の表記と
揚子江岸に散乱する遺体の写真を白い紙で覆った。この扱いをめぐる議論は1年8カ月間続き、
07年11月にようやく、「南京事件・南京大虐殺」と変更し、写真には説明書きを加えて展示を再開。
ほかにも「従軍慰安婦問題」を「戦時中の『慰安婦』問題」に、「三光作戦」を「中国側から
『三光政策』として非難された作戦行動」に表記変更した。

東京新聞
URLリンク(www.tokyo-np.co.jp)
館内に展示されている昭和史年表=埼玉県東松山市で
URLリンク(www.tokyo-np.co.jp)


レスを読む
最新レス表示
レスジャンプ
類似スレ一覧
スレッドの検索
話題のニュース
おまかせリスト
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch