09/01/31 23:14:50 cFtA/jb7
>>445
2002/09・05 週刊文春 P172 ”読者からのメッセージ”より
「外地での悲惨な経験」
八月十五・二十二日号「五木寛之 ソ連兵の暴虐と家族の非業の死」を読ませて
頂きました。五木氏の体験と同じではありませんが、終戦当時私は八歳。連夜訪れ
るソ連兵に訳の分からぬまま外へ逃げ出し畑に隠れていました。
若い女性を1ヶ所に集めて、朝鮮兵が暴行を加えた。そんな事もありました。被害
にあわれた人達の気持ちを思うと、語ってはいけないことだと思います。このような
出来事を知る人が少ないのはこの所業(せい)でしょう。
日本国は昭和二十年に入ってからも「大陸の花嫁」を外地に送り込んでいた、と後
で知りました。守る兵のいなくなった外地に少女を送り込む愚行がなければ、彼女達
は犠牲者にならなかった。
その時、残された軍は何をしていたか? せっせと家族を内地に送ることに専念し
ていた。全てでは無いでしょうが・・・・・・。
(富山・渡辺正保・無職・65)
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