08/12/22 11:47:44 bOgwnYip
「大沢プレス事件」
1988年の年末から、プレス機械を韓国に納入していた大沢プレスの
社長が、製品に「言いがかり」といえるクレームを付けられた上に、拉致
され、延べ一ヶ月以上にわたって、監禁された事件。
要するに、「ゴネ得」を狙ってクレームつけたが、拒否されたため、
火病って「人質」にとったってことな。
驚くべきは、この社長は日本大使館の公用車に乗っているところを拉致
されたということ。
韓国では、国際的に認められている「大使館特権」が通用しない。
政府関係者に、こういった犯罪行為に一枚噛んでいる人間がいるようだ。
結局、この社長は相手側に5000万円。
大統領側近などの政府関係者に2000万円の、実質上の「身代金」を
はらうことでやっと釈放された。
12 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん :2006/03/07(火) 19:06:06 ID:qhK84BK7
「韓国スミダ電気事件」
やはり韓国に進出した日本企業スミダ電気は、韓国国内で上がった収益を
一切日本に回収せず、全て韓国国内で再投資するという、ほとんど
ボランティアといっていいほど良心的な経営を続けていたそうな。
ところが1987年ごろから、労働組合が結成される。
しかも、この労動組合には北朝鮮の支持者が偽名で入り込んでいたらしい。
労働者が扇動され、お決まりの賃金アップ要求、不真面目な就業が続く。
以下、韓国側が会社に要求されたことを列挙していくと、
就業時間中の労働運動と、この労働運動の時間中の時間給の要求。
会社外の人間である労働組幹部への給与要求。
2交代3交代制の拒否。
トイレ、水のみ場で長い列を作っての並んでのサボり。
300人が会社・工場へ泊まりこみ。
事務所への残飯ぶちまけ。
さらには、「日の丸の踏み絵」を作り、日本人代表理事の会社からの
締め出し。
結局、賃金は2倍まで高騰。
しかし労働者側はそれですら満足せず、さらに運動を続け、
「大沢プレス事件」を知っている経営者側の退社が相次ぐ。
身の危険を感じた日本人代表理事は日本に帰国。
13 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん :2006/03/07(火) 19:06:43 ID:qhK84BK7
1989年10月、日本からFAXで、韓国人労働者の解雇を通知。
しかし、韓国労組側はそれを認めず工場を占拠。
日本に代表を送り、日本の労組、マスコミと連携して
社長の自宅前での抗議運動などを行う。
最悪なのは日本のマスコミで、事件の経緯を十分に説明せず、韓国側の
主張のみを取り上げ「韓国人労働者を過酷な労働をさせながら、給与を
支払わずに逃げ出した」という論調でこの事件を報道。
結局、日本国内の批判も集中し、スミダ電気側がさらに韓国側に金を
支払うことになった。
どの程度の金が支払われたのかは不明なのだが、どうも要求額
ほぼ満額を支払ったらしい。
豊田有恒氏の「いいかげんにしろ、韓国」にもこの話は書いてあったが、
そちらの方は、概略しか書いていなかった。
被害企業に配慮してのことだそうだ。