08/11/22 01:56:44
ニュースＵＰ：韓国のハンセン病療養所＝地方部・斉藤貞三郎
◇「隔離の島」今も６４０人、消えぬ「救済」のつめ跡
３年ぶりに韓国南部にある「国立小鹿島（ソロクト）病院」を訪ねた。日本の統治時代、朝鮮半島のハンセン
病患者が強制的に送られた「隔離の島」の療養所だ。この間、被害を受けた回復者に、日本政府から補償
金支給が順次始まり、島と本土を結ぶ橋も完成した。しかし、長い年月を経ても過酷な処遇によるつめ跡は
消えることがない。田母神（たもがみ）俊雄・前航空幕僚長の論文が波紋を広げる中、植民地下で行われた
「救済」の実態をあらためて紹介したい。
釜山からバスで約４時間。韓国や台湾のハンセン病療養所でも交流を深めている真宗大谷派の関係者や
キリスト教牧師らに同行し、全羅南道（チョルラナムド）の港町・鹿洞（ノクトン）に着いた。小鹿島（周囲約１５
キロ）まではわずか６００メートル。来年５月には小鹿大橋（長さ１１６０メートル）が開通する予定だ。現代的
な外観の橋とは対照的に、島にはれんが造りの古い建物が目立つ。強制労働による「遺産」だ。
「夜明けの星を見ながら仕事に出て、夜中にまた星を見ながら帰った」。そう語っていた蒋基鎮（チャンギジン
）さん（８７）に再会した。３年前に聞いた体験は、かつての日本の療養所の実態より、さらに非人道的なもの
だった。
蒋さんは、日本の警察官に「病気が治る」と言われ、１９４１年に入所した。しかし、食べ物も服も足りない。
日本人の男性看護長は「おまえら１０人の患者より、松の木１本のほうが大事だ」と公言した。
「入院患者心得」では「皇恩」に対する感謝と、職員への絶対服従が求められた。患者は、れんが造りや
建設工事などの重労働を強いられ、暴力で追い立てられた。
女性にも容赦はない。朴任淑（パクインスク）さん（８３）は「人間扱いじゃなかったよ」と振り返る。手足を痛め
てもまともな治療はなく、２人とも両手の指をすべて失い、足も切断せざるを得なかった。
神社への参拝も強要された。拒否した蒋さんは、気絶するまで殴られたあげく、冷たいコンクリート床の監禁
室に約１カ月閉じ込められた。ようやく出された時には断種手術をされた。日本の療養所でも結婚の条件と
して行われたが、ここでは逃走や反抗的な態度などに対する懲罰でもあった。すべての患者の強制隔離が
国際的に否定されていた当時の出来事だ。
日本の敗戦まで、歴代５人の園長はすべて日本人。患者の処遇改善を図った第２代の花井善吉院長の
顕彰碑が今も残る一方、自らの銅像への参拝まで強いた第４代の周防正季園長は４２年、患者に刺殺され
ている。
（中略） >>2以降で
しかし、小鹿島で暮らす約６４０人の平均年齢は約７６歳。隔離政策によって染み付いた差別、偏見への
恐怖感や身体的な後遺症を抱えたまま、家族や故郷を取り戻すのは容易ではない。金さんは「今も家族に
迷惑をかけたくないと外部の人に会うことを嫌がる人もいる。橋が開通しても変わらないだろう」と話した。
訪れた翌日、７０歳で亡くなった男性が島内の火葬場でだびに付された。毎年４０人前後が亡くなるが、家族
が遺体を引き取るケースは１０人もいないという。「大学教授まで務めた人だったのに。葬儀には家族も来た
が、遺骨は持って帰らなかった」。案内してくれた回復者が話す。遺骨は、開設以来の約１万５００柱が眠る
納骨堂に納められた。
小鹿島から戻って約２カ月。田母神論文を目にして、ある冊子の存在を思い出した。植民地時代の記録を
残すために日本で設立された財団法人友邦協会が６７年に出版した「朝鮮の救癩（きゅうらい）事業と小鹿
島更生園」（萩原彦三編）だ。冒頭に、こうある。「人間愛と規模の雄大さにおいて世界の視聴をあつめ、
わが朝鮮統治の本質を表徴する善政として讃（たた）えられた、総督統治の誇るべき遺業である」
くだんの論文と通底しているのは、「善政」の下で、何が行われていたかを見ない、見ようともしない
「自画自賛」史観とでもいうべきものだろう。
「一度でいいから故郷の景色に触れたい」と語っていた朴さん、蒋さん。
そして、「補償はありがたい」と言いつつ、「もう、あのころを思い出したくない」と口をつぐむ人たちを思い出す
たび、あの論文の勇ましさが、むなしく響く。
ソース：毎日新聞 2008年11月19日 大阪朝刊
URLﾘﾝｸ(mainichi.jp)