08/10/27 21:04:13 2jqUI6fi
>>604
東医板での説明では、清代では漢民族の伝統医学は禁止された為、
殆ど失伝状態だったらしい。
今のは日本の江戸期に発展した漢方医学文献が明治期に伝わったものが基礎。
漢方って言葉じたいが日本製、中華は中医方とよぶ。
あと現在の形に体系化したのは実は共産党の中華。
毛沢東の肝煎りで作られたもの。漢方なら医療コストが抑えられて全土に
普及できるから。
「裸足の医者」運動ってのがそれ。
それ以前のその体系からはみ出る中医師を老中医と呼ぶ。
だから国家認定の特級中医師が来日する際に、
「中医学の国家機密だかを公開してよいとの許可が出たんで講演します!」
とかやって講演したものの日本人漢方医にとっては常識だったってことが
良くあるらしい。