08/10/27 18:05:49 MfmeiGj0
テキストにしたのでお願いします。
2008年10月27日付 朝日新聞 風向計 若宮啓文
ああ 日朝の両極端 政権交代
つい先ごろ、ほんの少し北朝鮮をのぞいてきた。ソウルから北上して板門店近くの休戦ラインを越え、
高麗時代の都だった開城(ケソン)の名所旧跡を観光する日帰りバスツアーに参加してみたのだ。
7月に金剛山観光で韓国人女性が射殺されて以来、開城ツアーの人気もやや下火だったが、
最近は復活気味で、この日の参加者はバス7台で約300人。
昨年末の事業開始からこの日でちょうど10万人を数えたという。
私としては28年ぶりに見る古都だった。80年9月に訪朝した際、板門店に行くために平壌から
夜行列車で到着。最前線で韓国とにらみあう監視部隊をのぞき、ひしひしと伝わる緊張感を味わった。
ラングーン(現ヤンゴン)のテロ事件や大韓航空機爆破で南北が緊張の極に至るのはそのあとのこと。
韓国からのバス観光など想像もできない時代だった。
久々に車窓から見た市街や人々の様子はわずか数十キロ離れたソウルとは別世界の痛々しさだが、
郊外には韓国企業による近代的な工業団地ができている。いまもなお「核」や「拉致」で厄介な国
ではあるが、南北にこんな風穴が開いているのは救いである。
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バスには1台に2人ずつ黒い背広姿の男性が案内人として乗り込んだ。
監視役でもあるが、車内では歌も披露のサービスで、しきりに「統一」の願いを口にする。
ついでに「いまも独島(竹島)を自国領だと主張する日本を一緒に跳ね返そう」
と盛り上げるのには閉口した。
平壌で政治教育を受けているのだろう、私が日本の新聞記者だと知るや、
見物の合間を縫って政治論議を挑んできた。
折しも米国が「テロ支援国家」指定を解除した数日後である。
日本の反応を聞くから、評判はあまりよくないと言うと「日本は6者協議の足を引っ張るのか」。
核や拉致問題を突っ込むと「日本だって米軍の核に守られている」
「植民地時代のけじめがついていない」などと反論する。
果ては「日本も核武装の準備をしているのでは」と言い、
戦後日本の平和志向をいくら説明しても納得しない。紋切り型の反応にはうんざりしたが、
彼らにとっては植民地時代からの抗日戦争に幕が下りていないのだろう。
さて、金正日総書記の健康はいったいどうなのか。
「問題はない」と答えながらも歯切れはいまひとつだ。「世界中で病状が話題になっている」と言うと
「世界が騒ぐほど将軍さまは偉大なのだ」と切り返してきたが、本当のところどんな心境なのだろう。
一方、こちらが答えに困ったのは「なぜ福田首相は突然やめたのか」「麻生内閣はいつまで続く」
といった質問である。くるくると首相が代わる日本の実情は、私の理解だって超えている。
そういえば80年に訪朝した時は鈴木内閣だったが、それから麻生内閣まで首相は実に16人。
親子2代で戦後を牛耳ってきた国が異常なら、これほどくるくるトップが代わるのも正常な国家とは
言えまい。わけても昨今の「投げ出し」続きである。
北朝鮮の「労働新聞」に麻生政権批判が載ったのは、その1週間ほど後だった。
8月の日朝実務者協議では、北朝鮮が拉致被害者を再調査する委員会を設け、
日本が制裁を一部解除することで合意した。ところが政権が変わったら互いの動きが進まぬまま
日本が制裁延長を決定。それで「合意を白紙化した」と怒っているのだ。