08/10/18 22:40:45
>>1の続き
―これまで右翼の脅威みたいなことはなかったか。
「2005年に40余年間暮して来た島根県からこちらに移って来た。あそこに留まっていたら攻撃対象に
なったかもしれないが、隠れて暮したら捜せないだろう。もう私の年も80で動くのも不便だ。」
―独島に関心を持つようになった契機は…。
「1993年島根大を退職して鳥取大に移ったが、郷土資料官に独島と関連した珍しい資料がいっぱいあ
ることを見つけた。学者として研究しなければならなかった。日本人である私が‘独島は日本の地に
なれない’と言う点を明らかにしたから、これからは韓国学者が‘独島は韓国の地’であることを明
らかにしてくれたらと思う」と述べた。独島問題で興奮して声を高めるよりは、史料を探して決定的
証拠を出してくれという注文だ。
彼は「独島が韓国の地なのを明らかにしてくれる史料はまだ出せる。」と一つ例をあげた。「1900年
大韓帝国が公布した勅令第41号には‘鬱陵島’を‘鬱島’と改称して竹島と石島を加えて鬱陶郡を設
置する、という記載がある。ここで石島は鬱陵島民が俗称「ドルソム」と呼ぶ独島であることは明ら
かだ。残念なことに、独島を石島だと称した史料がこれ一つしかないという点だ。周辺史料、たとえ
ば当時の雑誌論文や官庁書類などを捜してみれば、石島が独島であることを証明する資料があるだろ
う。韓国学者たちがもうちょっと頑張ったらと思う。」