09/02/12 17:21:05 tikO22vL
>>89より
カディマ創設者であるシャロン前首相が05年9月にパレスチナ自治区ガザ地区から
ユダヤ人入植地を撤去したが、それにもかかわらずガザの武装勢力によるイスラエルへの
ロケット弾攻撃は続いた。さらに07年6月には、イスラエルの存在を認めない
イスラム原理主義組織ハマスがガザを武力制圧。和平交渉のパートナーである
アッバス・パレスチナ自治政府議長の指導力に大きな疑問符が付いた。
その一方で、イスラエルを敵視するイランは、核やミサイル開発を進めてきた。
主導権を握れぬ安保外交戦略。政府への不満は積もり、世論の右傾化に
結びついた。事前の世論調査でもカディマは終始リクードに後れを取った。起死回生を
狙ったガザ攻撃も形勢逆転には至らず、中道・左派陣営は70議席から55議席へと、
定数120の半数を割り込んだ。
選挙結果に、ハマスも警戒を強めている。ハマスのバルフーム報道官は「政権が
変わってもパレスチナ人の苦境に変化はない」と発言。別のハマス幹部は「右派勢力勝利は、
イスラエルが『過激派』を選んだことを意味している」と指摘した。
和平交渉進展のためには、譲歩という「痛み」を伴う。そのためには国民的合意が
不可欠だが、選挙は和平に向けた動きにブレーキをかけた。パレスチナ自治政府の
和平交渉団幹部、エラカト氏は「リブニ氏が首相に就いても、新政権が和平の必要条件を
満たすことはないだろう」と悲観的な見方を示した。
(続く)