08/09/27 10:36:52 WY1aUJHY
船旅を通じて国際交流を深める―。
こんな謳い文句で知られる「ピースボート」が設立されたのは、1983年。もともとは、現在は社民党代議士となっている
辻元清美氏が早大生だった当時、“過去の戦争を見つめ、未来の平和を創る”ために立ち上げた市民団体だ。
(中略)
その25周年記念と銘打った62回目は、かつてないほど乗客からの苦情が続出。中には「訴訟も辞さない」と憤慨する声も出る
始末で、蟹の缶詰加工に従事する労働者が劣悪な環境下、ついに一致団結して経営側に立ち向かうというあの『蟹工船』さながら
の騒ぎに発展しているのだ。
(中略)
「1人300万円以上支払って夫婦で参加したのですが、様々なトラブルのおかげで、結局、帰港したのは予定よりも10日も遅れた
9月4日だったのです」と不満をぶちまけるのは、元会社役員の國枝金司さん(70)である。
「乗船するといきなり、廊下のカーペットを張り替えている工事の人がいた。そのまま出航しましたが、要は最初から不完全な
状態のままだった。大丈夫かなあと不安な思いで部屋に入ると、案の定、設備が不備だらけ。水漏れが酷く、ユニットバスでも
漏れているからトイレットペーパーもビチョヒチョで使い物にならない。おまけに、エアコンのダクトからホコリが舞い出るし、
シャワーを使うとお湯が突然、水になる…。挙げればキリがないほど酷い状態でした」
すぐさま担当者に苦情を言うべくレセプションに駆け込むと、すでに同様の客が大勢詰め掛けていた。
「他にも、トイレが流れない、エアコンが壊れている、部屋に鍵がない、2段ベッドなのにハシゴがついていないし手すりもないので
落下した等々、トラブルだらけ。エアコンの不調で風邪を引く人が続出し、ピーク時には、食事の際に食堂にいた半分くらいが
マスクをしていたほどです。中には、風邪が酷くなって、ヨルダンで泣く泣く旅を断念して帰国した人もいました」