09/09/03 08:17:10
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CEDEC 2日目の基調講演は,「慣れたら死ぬぞ」と題された富野 由悠季氏によるものだ。富野氏といえば,言わずと知れたアニメ「機動戦士ガンダム」の生みの親の一人であり,そして知る人ぞ知るゲーム嫌いでもある。
その富野氏が,いったいどのような心境の変化でCEDECの基調講演を引き受け,そこで何が語られるのだろうか? そうした関心の高さをうかがわせるように,パシフィコ横浜のメインホール(1000名収容可能)はあっという間に満員となった。
以下,富野氏の講演をドキュメントしていこう。あらかじめお断りしておきたいが,文中に筆者の意見や見識は含まれておらず,すべて今回の富野氏の講演によっている。
「慣れたら死んじゃうよ,それだけだよ」
まず富野氏は,期待にたがわず「僕はゲームを白眼視している。それは,自分がゲームの世界に参入できなかったことを悔しく思うからだ」とバッサリ言い切ったうえで,なぜここで話をすることにしたかを語り始めた。
富野氏がアニメーションの仕事を始めた頃,映画はまさに凋落の道を辿りつつあった。映像作品を制作する仕事に就こうとしていた人達は映画を希望していたが,そもそも求人がないという事態に陥っていたのだ。
その結果,富野氏を含め,そういった人々の多くがテレビや広告,CM制作の仕事に向かっていった。
だが,凋落は明らかであったとはいえ,映像の王様は映画であるという意識は根強く,「CMなんてまともな仕事ではない」と思われていた時代でもあった。
そんな状況だったから,テレビマンガ(現在でいう「アニメ」。本稿では,あえて富野氏のいう「テレビマンガ」および「マンガ映画」,さらにのちほど出てくる「電子ゲーム」などを以降も使用する)は最下等の仕事であり,
前の世代からは馬鹿にされ,それゆえ,かつて隆盛を極めた産業としての映画が蓄積した技術は,テレビマンガやマンガ映画には継承されなかった。映画の側に,それを教えようとする人がいなかったためだ。
マンガ映画の制作者達は,そもそも自分達が作ろうとしているマンガ映画とは何かを独学で学ぶしかなかった。
今ではテレビマンガの仕事はメインストリームの一つとなったが,映画界に対する劣等感は拭えていないし,実際問題としてどれほど「アニメだって映画だ」と叫んでも,映画界は今なおそれを認めはしない。
富野氏は,この講演の依頼を2回断ったという。3回目のオファーでやむなく引き受けたのは,「そこに矛盾があるからだ」と語る。
マンガ映画を制作していく過程において,前の世代の人達が自分達に何も教えてくれなかったのは問題だった。先輩として,それはやるべき仕事ではなかったのか?
富野氏が“電子ゲーム”の存在を知ったのは,20年ほど前にさかのぼる。そのとき,氏はこれが次世代のメディア,表現手段になりうることを感じ,そのビジネスに参入したいと思ったという。
けれど,それは氏にとって叶わない夢となった。いわく「大手メーカーが呼んでくれなかった」(会場爆笑)。
そして,「だから僕はゲームを白眼視している。優しくしてくれなかったし,仲間に入れてくれなかったから(笑)。人間なんだもん,いいじゃない!」と会場を笑わせつつ,氏が最終的に講演を決意した一言を明かす
それは,CEDEC側がぽつりともらした「ゲーム業界も,30年経ってしまったんです」だった。
30年経てば,業態が固まってくる。それは安定と呼べる反面,動脈硬化でもあり,明日が見えなくなってくることでもある。これはおそらく,映画やテレビに限ったことではないだろう。
ゲームにとって,テレビマンガは「その前」の業種に相当する。そしてまた,現在のゲームと映像の関係はより密になっている。
ここにおいて,テレビマンガが映画から学ぼうとしたように,ゲームがテレビマンガの世界から学べること,仕事としての共通点があるのではないだろうか?
だからこそ,これを突破するために次の世代に向けた話をしよう。それが,この講演を引き受けた動機であると,富野氏は語った。