09/10/15 20:11:52
確かにこの目でマリ子を見たわけだ。
五回も六回も、視力1.2程度(眼鏡やコンタクトを着用)の目で、
半径2m以内の所を通り過ぎるのを視認したわけだ。
しかも何千万人という人間の住む大都会東京や、
その東京から何百キロも離れたど田舎などで、
別段法則性もない別々の場所で何回も遭遇した。
もちろんこちらはマリ子の動向なんか知らない。
住所も電話番号も何らの個人情報も持ってない。
だからマリ子を捕捉しようたってできやしない。その程度の立場。
でも逆に、こちらを捕捉したくなくたって捕捉できるらしいのがマリ子ら。
偵察衛星やエシュロンも利用できるらしい、極めていかがわしい身分の持ち主。
あくまでストーキングができるのもマリ子らのほうで、ストーキングしたのもマリ子ら。
これが事実だ。いくらでも撹乱や隠蔽が可能な代わりに、決して揺らぐことのない事実。
それを「事実無根だ」というのなら、もはやそれは事実を否定している側の人間。
真実にも真理にも逆行している側の人間。それは真実や真理に即している人間と
比べて圧倒的に不幸な姿。何をやっても何もかもが事実上自分の敵になる、
不幸の限りを尽くした人間の姿。そんな人間の意見が支持されて、
事実を事実として受け入れる自分の意見が支持されないというのなら、
そのような世の中全体が事実の敵であり、故に圧倒的に不幸な世の中だから、
徹底的な無関係を講じる。自分が不幸になるのが嫌だから無関係でいる。
それで満足だ。こちらは満足で、逆に虚構への耽溺にあけくれる事実否定者の側は
どこまでいっても不満の塊。そのような状態にある連中こそが特定的に不満の塊。
自分たちが不満だからって誰しもが不満だなんて勘違いしちゃいけない。
確かに満足でいられる諸法実相の領域は確かにあるから、自意識過剰も程ほどにしてろ。