09/04/13 17:09:08 aXndiIyG
一年前に驚くほど自分に境遇が似ている人がスレ立てしてたので
便乗スレ立て。
愛知県名古屋市(名東区)生まれ名古屋市育ち(親は岐阜出身)。
小学校時代のあだ名は「○(←苗字の一部)さん」(敬意を込めてさん付けで呼ばれていた)、「天才くん」。
成績は常にダントツトップ。
学業だけでなく芸術センスもずば抜け、絵や書道で賞をいくつも取った。学級委員の常連。知能テストでもトップ
だった(担任が一位の僕だけ発表した)。
卒業文集の「何でもベスト3」では「頭がいい人」一位。「絵がうまい人」一位。「やさしい人」二位。「頼りにな
る人」一位。
ハイレベルと評判の地元の公立中学進学。成績は三年間すべてトップを取り続けた。
中学生にして体重80kgを超える肥満児で運動も苦手だったため体育だけは3(中学三年で50m走が9秒台だったw)
だったが他は全て5。
河合塾高校入試模試で偏差値67を記録。
東海高校も合格したが愛知県が全国に誇る超名門校・愛知県立旭丘高校に入学。公立高校入試では一問ミスのみで限りなく満点
に近い点数を取った。
旭丘入学後も成績は上位をキープし続けるが、高校三年にして生涯初の挫折を経験する。第一志望の大阪大学某理工系学部に
落ちて一浪する羽目になったのだ。
一浪時はモチベーションアップのため第一志望を京大工学部に上げ、一日10時間以上勉強した。
勉強の甲斐あって一浪時の代ゼミ・河合記述模試では偏差値64弱、
駿台全国記述模試では偏差値59をマーク。
ちなみに最も得意なのは物理であった。
センター試験では当時800点満点で674点をマーク。
もう一年浪人したくはなかったので阪大某理工系学部に出願。
私立は慶応理工は落ちたが早稲田理工と理科大に合格。
第一志望の国立前期も合格。
その後の経歴は特定が怖いので自主規制。
ただいま、自分の天才を信じ、京大医学部再受験予定。