09/08/15 13:24:24
>>637は心の奥底で、雑食者は批判されて当然だと思っている。
しかも、自分はそんな考えは持っていないと思い込んでいる。
もしこれが、桜は美しいと思うが薔薇は美しくない、と考えるグループAと
桜も薔薇も美しいと考えるグループBの議論だとしたらどうなるか。
桜も薔薇も美しいと考える者は批判を受けるいわれは無い。
だから通常ならばBは、自分が批判されているような気分になどなるはずが無い。
Bが、批判されているような気分になる場合とは、
Aの発言の中に、批判されているような気になる要素が含まれている場合である。
菜食者の中には、植物を殺す事はまったく罪にならないが
動物を殺す事は罪悪だと主張している者や
魚殺しは残酷ではないが牛殺しは残酷だと言い張る者もいる。
自分は悪くなく相手のみ悪い、という論理である。
それに対し、雑食者の反論は、
植物だって生きているのだから植物を食う事も動物を食う事と同罪であるとか
魚や卵や乳製品を食っている者も肉食と同じである、といったものが多い。
菜食者は自分だけ罪が無いと思い込む者が多い。
雑食者は菜食者だけが特別ではなく、どちらも同罪と主張する者が多い。
菜食者だけが特別ではない、が雑食の主張なのだから
もともと批判される筋合いすら無い。
それを、批判されている気分になる、などと言ってしまうのだから
批判されて当然という考えが根本にある、というのが実際のところであろう。