09/03/03 19:14:50 Zjul+vIj
武乙(ぶいつ)は殷朝の第27代帝。 都を亳から黄河の北側に戻す。
武乙は、無道であった。例えば、「天神」と名を付けた手作り人形を作り、その人形と博打をして、その人形が負けると罵った。
また、その傍ら天に向かって矢を放つということもした。最期は、武乙は黄河と渭水の間の土地で狩猟をしているときに雷に打たれて、手の施しようも無いまま即死したとされている。
竹書紀年によると周の季歴と同時代の人物であり、参朝した季歴が武乙より土地と馬と玉を賜ったらしい。
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