08/10/05 15:44:49 ekCMn+o7
石原莞爾はなんで東京裁判で支那事変の責任をとらされなかったの?
885:名無し三等兵
08/10/05 15:45:21
>>883
火縄銃だって当時の金属加工技術が模倣できうるレベルに到達してなかったり、
もし史実より100年ばかり伝来が早かったりすれば、模造できず完全輸入に頼ってただろうね
それに、火薬の材料は後期までほぼ輸入に頼ってたし、輸入交易ルートが
史実よりもっと狭かったりしたら、普及もできなかっただろうね
(どうにか硝石を作る方法は考案され実用化はしてたけど)
886:モッティ ◆uSDglizB3o
08/10/05 15:45:59
弩は単純に性能が・・・
887:名無し三等兵
08/10/05 15:48:20
>>886
そりゃ当時の伝来した弩はそんな威力があるわけでもなかったのは確かだが
強弩とかヘビィクロスボウだって中世後期以降のしろものだ。
888:名無し三等兵
08/10/05 15:48:54
金属製品や薬品類が質量原料面で豊富であり、それ比較して木材関係が少なければ十分ありうると思うが。
889:名無し三等兵
08/10/05 15:56:17
戦いの主力が騎馬武者に移り変わっていく過程で
騎射のできない弩は廃れていったっていう話を聞いたことあるな
どちらにしろ日本史板のほうが識者がおるんじゃないかな
890:名無し三等兵
08/10/05 15:58:58
>>884
シナ事変にかんして、不拡大を唱え現地軍とたいりつし、結果として左遷されてるから。
また、東条英機と対立していたので、戦犯指名されなかった。
891:名無し三等兵
08/10/05 15:59:34
>>884
石原莞爾 東京裁判
で検索すればいくらでも出てくる
892:名無し三等兵
08/10/05 16:01:02 INWCSxVE
中世の日本が同時期の欧州や中東の国家と比べて動員能力で圧倒的に上回っていたのはなぜですか?
893:モッティ ◆uSDglizB3o
08/10/05 16:02:45
一ことで言うと費用対効果だね。
日本で全く金属部品を調達できないってわけじゃないが、
そこまでして作る価値もなかった。
それよりも弓馬の道で弓の鍛錬する方が良かったわけで・・・。
894:モッティ ◆uSDglizB3o
08/10/05 16:03:53
>>892
それ単に米の収穫率がいいから土地あたりで養いうる人間の数が多いって話じゃないの?
895:878
08/10/05 16:13:33
>>881
やっぱり志願兵は優遇されたんですねェ。
どんな感じで優遇されたんだろ。
て言うか、おじいちゃんの実家は大工なのに、どこで通信の技術とか覚えたのかしら。
とにかく有難うございました。
896:名無し三等兵
08/10/05 16:24:25
>>895
戦争末期の満州では男は問答無用の根こそぎ召集をやってるので、
取りまとめる下士官が極度に不足したので、それまでの古兵を無理やり
昇進させただけだと思うぞ。
897:名無し三等兵
08/10/05 16:26:27 9DowDtJO
アメリカ海軍のパイロット(実力は十分あるという前提で)が
「オレはF-22に乗りたいから空軍に行かせろ!」
というような人事異動は可能なのでしょうか?
898:名無し三等兵
08/10/05 16:26:38
>892
対ゾンビ・吸血鬼の武器・戦闘総合スレ8
スレリンク(army板)
5 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:2008/01/15(火) 15:55:40 ID:???
屋上庭園での自給自足に必要な面積と土の量
(但し、副食ありの現在の一人当たりの穀物消費量前提なので自給自足には最低水準とする)
水稲耕作なら 50坪 約150平方メートル(但し、屋上で水稲耕作は不可能)
麦、その他の穀物なら 100坪 約300平方メートル
土厚さ30cm、土の比重は1.3で計算して約120トン。
おかずも味噌汁も無く茶碗一杯程度の麦飯を一日2~3食の生活でも、
●一人当たり300平方メートルの土地
●一人当たり10トントラック12台分の土砂と
●一人の耕地あたり エイブラムス戦車二台分の重量に耐えられる頑強な建築物
899:霞ヶ浦の住人 ◆iOtf3Y3z8I
08/10/05 16:30:06 IQQirasJ
>>815
>主に馬、そして人力
>トラックもあるにはあったが、主力はやっぱり馬
>これはWW2でも同じ
霞ヶ浦の住人の訂正。
「これはWW2でも同じ」は、ドイツ軍、ソ連軍、日本軍等については正しいです。
アメリカ軍、イギリス軍は馬の使用をほとんど止めました。
説明。
工業力のあったアメリカ軍と、そのアメリカから武器貸与法で大量のトラックを供与されていたイギリス軍は、馬の使用をほとんど止めました。
だだ、儀式用の馬は残りました。
それと、山間地などでは運搬に動物を使いました。
アメリカ軍が、ろばに荷物を積んで運んでいる写真を見たことがあります。
下記、ウィキペディアの軍馬の軍馬の歴史を参照ください。
URLリンク(ja.wikipedia.org)
900:名無し三等兵
08/10/05 16:30:33
どんなスレから情報引っ張ってきてんだww
しかしこういう場所も全然馬鹿に出来ないのが軍板の恐ろしいところか。
901:名無し三等兵
08/10/05 16:33:07
下手に趣味板だからなのか、雑多な趣味人・専門家も出没するという・・・・・
そういえば、何故かこのスレにも医者さんが居たなw
902:名無し三等兵
08/10/05 16:34:58
>>898
ただそれ、現代の米とか麦だよな…
20世紀に入って品種改良で土地辺りの生産量がぐっと上がったんじゃないかな?
うろ覚えで、しかも情報源すら定かじゃないものだが、確か平安以前の日本の米で、
播種量に対する収穫量が30倍だったかと。19世紀かそれより少し前の欧州の麦で
同じく5から6倍とか聞いたことがある。
903:名無し三等兵
08/10/05 16:35:48 PLbBQ2TU
師団→連隊→大隊→中隊という昔の編成と、
師団→連隊→中隊という現代の自衛隊などの編成の
メリットとデメリットについて教えてください。
大隊省くと、人数少なくとも連隊という形は残せるからかなと
素人的には思ってしまうのですけれど。
連隊には歴史とかありそうですし。
904:名無し三等兵
08/10/05 16:36:36
>>899
イギリスに関しては、ダンケルクで蹴落とされ、アメリカからレンドリースで
装備を整えてから以後ですね。
それ以前は、馬が主流。
あと、米軍に関しても対独参戦後、イギリスに展開した部隊から改変されてます。
なにせ、1941年次のアメリカ第1師団は馬が主力でしたから。