07/12/07 16:37:21 CkYj6v7q
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ドイツ空軍 VS ソ連空軍 どっちが優秀?
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Training (ドイツ空軍の飛行訓練時間と機体損失機数の推移)
ここでやや先回りして、1941年10月の独ソ戦線全般における総括をしてみよう。
赤軍航空隊参謀部の資料によると、この月の損害は1729機に上り、しかもその内
の931機は敵戦闘機や高射砲による撃墜、あるいは戦闘任務から未生還、事故による
損壊のいずれにも分類されていない。損害の54%を占める飛行機の辿った運命は
いまだもって不明なままなのである。特にたくさんの襲撃機(308機中225機)が
「未確認損失」欄(赤軍内部では機体数計上方法の整理をした際に浮かび上がった、
撃墜、未生還などの戦闘損失や故障などの非戦闘損失のいずれにも該当しない原因
不明の損失)に記帳されている。どうもこれは、当時頻繁に発生したAM-38型エンジンの
故障と予備部品の不足から修理が不可能であったことと関係がありそうである。また、
およそ70%もの赤軍航空機は、空戦で失われたのではなかったといっても過言ではなかろう。
<モスクワ上空の戦い 知られざる首都航空戦1941~1942年>
また,2個の機甲擲弾兵連隊,ひいては師団全体の状況を推測するうえで参考にして
いただきたいのが,SS第26連隊第2大隊は,アルデンヌ攻勢開始当初に装備されていた
105台の自動車のうちの38台を喪失し,1月末の数字では残された67台のうち34台,
つまり最初の数字の32%が稼動状態を保っているという車両装備状態であった。興味深いことに,
保有されていた車両の内幕(牽引車を除く)は以下の通りで,これら6種類のメーカーのうち,
3種が捕獲車両であった。フォードV8 13台,オペル・ブリッツ 10台,ブラガ 1台,
フィアット 14台,スチュードベーカー 2台,ベッドフォード 1台。
このようにしてみると,部品の交換や修理に相当苦労したであろうことは,想像に難くない。
<ヒットラー・ユーゲント SS第12戦車師団史 下 / フーベアト・マイヤー/著>