07/12/17 20:05:09
「あのっ、コウイチくん……ボク、その、トイレに行きたいんですけど……ちょっと、いいですか?」
「へ?」
フライゴンの少々間抜けな発言に、思わずぼくはつい呆けた声を上げてしまう。
「ああ、うん……いいけど……でも、する場所とかは、ちゃんと族長さんに聞いてから行ってね」
「はい、ありがとうございます」
平静を取り戻し返事を返すと、フライゴンはぼくにそう一礼しからすぐ近くの族長さんの元へ駆け寄っていった。
「あのう、ここってトイレしていい場所ありますかねー、族長さん……」
「ああ、あるが……ここからは少し遠い場所だから、わしが案内するぞ」
「案内……あ、いや、別にいいですよー、族長さんは案内してくれなくても……」
族長さんは、フライゴンのその一言に疑問めいた表情を浮かべた。
「ん? でも、案内しないと場所分からないだろう。そこら辺にされちゃあ困るぞっ」
「あいや、そういう意味じゃなくてですねー……」
フライゴンはどこか曰くありげに目を細めニッと笑みを浮かべると、不意にジュカインの方を指差し元気にこう言った。
「ジュカインが案内してくれるらしいですからっ!」
「え、オレ?」
「そう、お前っ」
フライゴンはニコ~っと芝居めいた笑みを浮かべながらジュカインに近づき、その腕をギュッと掴む。
「ま、待てよォ、オレ案内するなんて言った覚えないぞ!」
「るっさいなー、そんな細かいこと気にしないで、さぁ行くよ!!」
「おい、ちょ……」
半ば強引に、フライゴンはジュカインの腕を引っ張って森の奥へ消えてしまった。
ぼくも、族長さん達も、唖然とした表情のまま固まってしまう。
……トイレなんて、嘘だろう。フライゴンは、ジュカインと二人きりで何かを話すために、遠くに離れたんだ。
それで、何を話すつもりだって言うんだろう? 何を言っても、恐らく無駄だというのに。
そう、『記憶』なんてそもそも関係なかったのだから。そう、ジュカインは『はじめから』……『はじめから』……
401:9/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:07:48
「おい、何なんだよォ!!」
フライゴンは、まだジュカインの腕を引っ張り森の奥へと突き進んでいた。
やがて他の者の姿も見えなくなり、声も聞こえなくなる。
フライゴンはそれを確認するとジュカインの腕を離し、真剣な顔つきで向き合った。
「な、なんだよ……」
フライゴンの表情の真剣さに、ジュカインは声を吃らせる。
フライゴンは数秒ジュカインを見つめた後、責め立てるような口調でこう言った。
「おまえ、記憶戻っているんだろっ!?」
「えっ」
ジュカインの表情が真顔のまま凍りついた。
「お前、さっき言ったよね……『じゃあな、コウイチ』って! コウイチくんの名前を、お前は呼んだんだ!
ボク達は、その名前をお前の近くでは一切口にしていない!
お前は、『コウイチ』という名前を知らないはずなのに、知っていた!」
……記憶が戻っているんだろう、正直に言え!」
「うっ……」
ジュカインは見透かされたような言葉に動揺し、しばらく表情を固まらせ押し黙っていたが、
躊躇う様子はあまり見せず、むしろ何処か期待していたかのような調子でこう答えた。
「そうさ、記憶は……戻ったよ」
402:9/14ちょっち修正 ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:09:18
――
「おい、何なんだよォ!!」
フライゴンは、まだジュカインの腕を引っ張り森の奥へと突き進んでいた。
やがて他の者の姿も見えなくなり、声も聞こえなくなる。
フライゴンはそれを確認するとジュカインの腕を離し、真剣な顔つきで向き合った。
「な、なんだよ……」
フライゴンの表情の真剣さに、ジュカインは声を吃らせる。
フライゴンは数秒ジュカインを見つめた後、責め立てるような口調でこう言った。
「おまえ、記憶戻っているんだろっ!?」
「えっ」
ジュカインの表情が真顔のまま凍りついた。
「お前、さっき言ったよね……『じゃあな、コウイチ』って! コウイチくんの名前を、お前は呼んだんだ!
ボク達は、その名前をお前の近くでは一切口にしていない!
お前は、『コウイチ』という名前を知らないはずなのに、知っていた!
……記憶が戻っているんだろう、正直に言え!」
「うっ……」
ジュカインは見透かされたような言葉に動揺し、しばらく表情を固まらせ押し黙っていたが、
躊躇う様子はあまり見せず、むしろ何処か期待していたかのような調子でこう答えた。
「そうさ、記憶は……戻ったよ」
403:10/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:11:33
「やっぱり……!」
フライゴンの顔つきが、一気に引き締まる。
しかしそうかと思えば急に淋しげな表情へと変わり、ふと俯いてしまった。
フライゴンはそのまま上目遣い気味にジュカインを見つめて、静かにこう言った。
「……じゃあさ、何でコウイチくんに『じゃあな』なんて言ったのさ?」
「…………」
ジュカインは返答を躊躇い、目を伏せたまま動かない。
そのジュカインの態度に、フライゴンはもどかしげな表情を強めていく。
「ねえってば、答えてよジュカイン。どうして記憶が戻ったってのに、コウイチくんを突き放したんだよ。
記憶が戻ったってんならそれをコウイチくんに報告してさ、そのままボク達の元にもどればいい話じゃあないか!」
「……言えなかったんだよ」
ふと、ジュカインが俯いたままボソリとそう呟いた。
「え?」
「俺だって最初は……今朝まではそうしようと思っていたさ。
だが、そんなんで簡単に『溝』が埋められるわけがない……
さっきコウイチと話した時、ひしひしと感じたんだ。オレがアイツにつけてしまった心の傷の深さ……!」
拳を強く握り締め、怒りを多分に含ませた口調で、ジュカインは独り言のように小声でそう喋り続ける。
その怒りは、自分自身……ジュカイン自身のみに向けられているものだった。
「そう、記憶は戻った。だが、断じて記憶が『入れ替わった』ってわけじゃない……
オレがコウイチに吐いた暴言の数々、それを受けたコウイチの反応、表情、全てオレは鮮明に覚えちまっているんだ……!」
404:11/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:13:44
「……だからこそ、思うんだ。
オレはこのまま『何事もなかったかのように』コウイチの元に戻っていいのか?
全てを謝罪し戻ったとして、コウイチは今までのようにオレに接してくれるのか?
今までのようにオレに対して『馴れ馴れしくしてくれるのか』? ……ってな」
フライゴンは真面目な顔でその独白を聞き続けていたが、
最後の一節を聞くと同時に、疑問めいた表情を浮かべた。
「お……お前、馴れ馴れしくされるのは嫌いなんじゃあないのか?」
まだ目を伏せたままのジュカインに向かって咄嗟にフライゴンがそう問うと、
ジュカインは顔を上げ、少しだけ目を逸らしてこう答えた。
「……違う……その、逆だ。」
「え?」
「…………」
照れくささからかジュカインはその事はそれ以上は説明せず、話を続けた。
「……とにかく、そういう事さ。こんなオレが戻っても、雰囲気が悪くなるだけだろう?
だから……そう、『お前らのためにも』オレは戻るわけにはいかねーんだ……」
そこまで言うとジュカインは再び俯き、感情を押し殺すように歯を食いしばりだした。
数秒のみの沈黙の後に、ふとフライゴンが静かな口調でこう言った。
「ジュカインってば、いっつも強がってるくせに……本当はこんなデリケートさんなんだね。
でもサ、正直おまえ気にしすぎというか……何かちょっと間違ってると思うんだけど?」
405:12/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:16:38
「なに?」
顔を上げ、フライゴンを見やるジュカイン。
フライゴンはどこか呆れた風なため息をつきながら、諭すように言う。
「お前がコウイチくんの元に戻るか、戻らないか。どっちがよりコウイチくんにとって辛いか……分からないかなあ?
興奮してないで冷静に考えてみなって。コウイチくんにとって、お前自身にとって、何がベストなのかを」
言い終えてから、フライゴンはジュカインの目をじっと見つめだした。
どこか責め立てるような眼差しから逃げるように、ジュカインは再び目を逸らす。
「……ふう」
フライゴンは一度浅くため息をつくと、おどけるように両手を軽く上げながら、冗談めいた口調で喋り始めた。
「じゃあさ、コウイチくんと一緒にいた時期が一番多くて、一番コウイチくんの事を分かっているこのボクの……
……もしかしたら一心同体~っ!? ってなくらいコウイチくんを理解していますなこのボクの意見を言わせてもらうとだね……」
フライゴンはそこまで言い終えると、上げていた両手をジュカインの肩にやり、
一転して真顔で相手を真っ直ぐに見据えながら、感情を色濃く込めた強い語調でこう言った。
「ジュカインが戻ってこない方が、よっぽどヤダよっ。戻ってきて欲しいよっ」
「……!!」
フライゴンはそのまま、しばらく真顔で相手を見つめ続けていたが、
ふと鼻で笑うと共に表情を崩し、雰囲気を緩和するように、ことさら抑揚を激しくさせて喋り始めた。
「ってかさー、どっちにせよ最低限コウイチくんとボクへの謝罪くらいはするべきでしょォーよ。
土下座くらいはしてくれなきゃさー。そう、『土下座穴掘り』くらいは……なぁーんちゃってネ、それは冗談っ」
フライゴンは軽く笑いかけてジュカインの肩を二、三度ポンポンと叩いた後、くるりと身を翻した。
「んじゃー、もうそろそろ10分くらい経つし……ボクは戻るとするかな。
……お前はどうするの? ……戻ってきてくれるよね。信じているよ、ボクは」
言葉と同時に、元来た道を沿ってフライゴンは歩き出した。
そしてそのまま後ろ姿が見えなくなるまで、彼がジュカインの方を振り返る事はなかった。
406:13/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:20:00
……
オレは……
今まで、コウイチや仲間達にどれだけの幸せを与えてもらっただろう。
どれだけ慰めてもらっただろう。どれだけ心を癒してもらっただろう。
……溢れるほどの感謝の気持ちを、なぜオレは腹の中に蓄え続けていたんだろう?
出さずに蓄えていたこの感謝の気持ちを、一片でもオレはコウイチに伝えてあげたことがあるか……?
……いや、ない。
言葉の壁という、越えられない壁もあった。が、それ以上に……
身の程以上のプライドが、いつだってそれを邪魔していた。
自分自身嫌気が差すくらい、オレは素直じゃあないんだ。
……そうだ。今、オレを邪魔しているのは、まさしくそのごくごく下らない感情だけだ。
さきほど、オレはフライゴンにこう言った。
『お前らのためにもオレはついていくわけにはいかない』と。
自分の心根を曝け出したつもりだったが、いま冷静に考えてみればまるでバカバカしい『建前』に過ぎなかった。
あの『お前らのためにも』という言葉は……『自分自身のための言い訳』に過ぎなかったのだ。
本当は『謝罪や感謝をするなんて恥ずかしい、プライドが許さない』と考えていただけだっていうのに、それを自覚しようともせず……
オレは『お前らのためにもついていくわけにはいかない』と言ってしまっていたのだ。
『コウイチへの感謝の気持ちは、そのコウイチのためにも溜め込んでおくべき』と考えてしまっていたのだ。
いわくプライドのためだけに、後々その自分自身まで後悔するであろう事も全くおかまいなしに、己をも騙していたのだ。
『感謝』……その感謝している相手の『ため』にも……? 感謝は伝えず溜め込んでおく『べき』……?
バカがっ……! バカかオレは……考えれば考えるほど、ありえねぇじゃねえか……
そうだよ。いくら感謝してようが……いや、感謝していると『思って』ようが……
伝えなけりゃっ……伝わらなけりゃ……一切感謝していないのと同義じゃあねえか、オレっ……!
407:名無しさん、君に決めた!
07/12/17 20:20:02
1頑張って~
フライゴン可愛いぜw
408:14/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:27:29
記憶がなくなったときのことを謝罪し、そして、感謝の気持ちを伝えるんだ。
オレが、どれだけコウイチに色々な物を与えてもらったか、それでオレがどれだけコウイチに感謝しているか。
無駄なプライドのせいでもどかしいくらいに伝えられなかったオレの心根を全て伝え、そしてコウイチ達の元へ戻るんだ。
そうしなければ、オレはこの後『必ず』後悔することになる。
例え時間が経ち収まったとしても、持病の如く定期的に再発しオレを苦しめ続けるであろう、最悪の『後悔』が。
感謝の気持ちを伝えるのに必要なのは、その最悪の後悔に微塵も満たぬほどの『一時的な後悔』……つまりは、『勇気』のみだ。
……『コウイチにとって』、そして『自分自身にとっても』……どちらがベストかは、冷静に考えてみれば明白だ。
そうだよ、考えるまでもなく、オレがどうすればいいかは決まっているじゃあねぇか!
幸い、まだ間に合うはずだ。まだ、手遅れじゃあないはずだ。
記憶がなくなっていた時のオレの無礼を謝り、そして伝えるんだ。
オレがどれだけコウイチに対して感謝しているかを……そう、今まで溜め込んでいたものを、全て伝えるんだっ!
……もちろんさっき散々考えたように、プライドというかオレのイメージは丸くずれになるし、
どんな反応が返ってくるかも、分からない。もしかしたら、冷たい反応を返されるかもしれない。
でも、ちょいと注射を刺されるようなものさ。一時的なことだ、何も問題はない。
注射刺されるのがイヤなんてサ、ガキの考えることだろォ? オレはリッパな大人だぜっ!
……
……怖い。
……バカ、この程度のことで怖がるなよオレっ! それこそ、プライド丸つぶれだぜ。
……
……
……
……時間が、経っていく。
409:名無しさん、君に決めた!
07/12/17 20:43:51
「土下座穴掘り」という言葉がまた出てくるとは思わなかったw
つかジュカイン、ど、どうなるんだ?
……期待してる
410: ◆8z/U87HgHc
07/12/17 20:46:04
あと二、三回で第二話は終わると思います。
では、次は明後日辺りに…
411:名無しさん、君に決めた!
07/12/17 20:47:21
>>410
把握した
カンガレ
412:名無しさん、君に決めた!
07/12/17 23:07:34
乙ー
見事に最初と立場が逆転したな。
413:名無しさん、君に決めた!
07/12/18 15:01:32
>>409
何だかんだあってジュカインは死ぬと予そ(ry
414:名無しさん、君に決めた!
07/12/18 23:42:32
ここって勝手に展開予想して書くのとかおk?
415:名無しさん、君に決めた!
07/12/18 23:44:02
>>414
そこは自重でしょ
作者が書き辛くなるだろうし
416:名無しさん、君に決めた!
07/12/18 23:48:53
そうかなー。スマソ
417:1/6 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 18:34:03
――
「遅いなあ……」
思わず、ぼくはそう呟いてしまう。
フライゴンとジュカインがトイレへ行ってからもう『二十分以上』は経ってるっていうのに、二匹とも一向に戻ってこない。
いくら何でも普通に用を足すのに、ここまで時間がかかるわけがない。
ジュカインと話し込んでいるのだろうか? 喧嘩とかしてなけりゃいいけれど……
「……しかし、本当に遅いな。わしらが見に行こうか、人間様?」
族長さんも待ちかねたのか、ぼくにそう提案する。
迷わずお願いしようとした、その瞬間。
「コウイチくん!!」
不意に、辺りにフライゴンの声が響き渡った。
ぼくは皆の視線と共に、声の響き渡った方向へ視線を走らせた。
そこには、フライゴンがいた。……フライゴン『だけ』が、いた。
「お……お待たせしてすいません……えへへっ」
フライゴンはすまなそうに照れ笑いを浮かべながら、ぽてぽてとこちらへ歩み寄ってくる。
ぼくはすかさず、いま芽生えたばかりの疑問をフライゴンへ投げかけた。
「ねぇ、フライゴン……ジュカインは……?」
「へっ、あー、ジュカインですか?」
フライゴンはその質問を聞くと、何故だかうろたえるように目を泳がせた。
「ジュ、ジュカインはですねー、まだトイレが長引くそうでしてっ!
で、でも、すぐに戻ってきますよ。ええ、すぐに……すぐに戻ってきますともっ!」
目を泳がせたまま、妙に早口でそう答えるフライゴン。
……何か隠しているのがバレバレだ。
たぶんジュカインと何かを話してきたんだろう。
そしてその中で、フライゴンがこんなそそっかしい態度を取ってしまうような『何か』があったんだ。
少なくとも、ぼくに聞かせたくないようなやり取り、あるいはそのような出来事があったことに間違いはない。
「……ふう」
少しの間だけあった小さな期待が、ため息となって零れ落ちた。
418:2/6 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 18:37:50
「ねぇ、コウイチくん……もちろん、待ちますよね?
ジュカインが帰ってくるのを、待ちますよね?」
どことなく縋るような口調でそう言うフライゴン。
「……だから、言ってるじゃあないか」
ぼくの答えは、決まっている。『ジュカインにとっての最良の選択』は何かを、ぼくは理解している。
フライゴンの様子に少し躊躇うも、ぼくはそれを口に出した。
「今すぐ、森を出る……」
「なっ」
予想通り、フライゴンは顔を衝撃に歪ませる。そしてこれまた予想通り、慌てたように反論を始めた。
「き、聞いてくださいコウイチくん。もうコウイチくんも気づいてると思いますけど……
ジュカインは記憶が戻っていますっ! もうすっかり記憶を戻しているんですっ!
彼は今、ボク達の元に戻るかどうかを迷っていますっ! だから、待てばきっと……いやっ、必ずっ!」
フライゴンはぼくの腕にしがみ付き、泣きつくように大声でそう言う。
その言葉が族長さん達にも聞こえたのか、辺りのざわめきが途端に増えだした。
「ジュ、ジュカインの記憶が戻っているというのは……ほ、本当なのか?」
そう言って割り込んできたのは族長さんだ。その顔は、困惑の念に満ちている。
フライゴンは族長さんの方を振り向くと、すぐに答えを返した。
「ええ。実はさっきトイレに行った時に、ジュカインと色々話したんです。
そのときジュカイン本人が言ってました! 今朝記憶が戻ったと……!」
「なっ……」
族長さんの困惑に満ちた顔が、一瞬にして驚きに染まる。
言葉も出せないほどの驚きだったのかそのまましばらくは表情を固まらせたまま押し黙っていたが、
思い出したように顔をハッと上げると、ぼくに対してこう言い出した。
「よ、よかったではないか人間様、ジュカインの記憶が戻って! はっ、ははっ、これはめでたいっ!」
元気付けるように言葉を弾ませ、笑顔を見せる族長さん。
……その様子が、今のぼくの心情とあまりにミスマッチすぎて……ぼくはすかさず、こう言っていた。
「……違うね」
419:3/6 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 18:45:15
「へ?」
ぼくのその一言に、フライゴンと族長さんは同時に疑問めいた表情を浮かべる。
二匹に向けて、続けてぼくはこう言った。
「『そもそも記憶喪失になんかなっていなかった』……そういう事だと思うんだけどね」
「えっ?」
ぼくの言ってることがよほど意外だったのか、呆けた声を上げ表情を固まらせるフライゴンと族長さん。
「えっ、えっ、えっ? 意味が分かりませんよ、コウイチくん。
ジュカインは、『今朝に記憶が戻って』……」
フライゴンは呆けた表情のまま、そんな事を言い出した。
……あまりに間抜けな返答だ。そんな……
「そんな『都合のいいこと』、有り得ると思うかい?」
「!」
ぼくだって一度はその可能性を考えたし、そうだったらどんなにいい事かとも思った。
だけども『一晩寝たら記憶が戻った』なんて、そんなバカに都合のいいことがそうそう有り得るわけがない。
これは現実。漫画やゲームや夢なんかじゃあないんだから。
「つ、都合も何も……でもジュカイン本人は、今朝記憶が戻ったって言ってて……」
ひどく自信のない口調でそう反論するフライゴン。
「……きみが嘘をついていないのなら……ボロを出した、つまり、ぼくの名前をうっかり出してしまったジュカインが、咄嗟についた嘘さ」
「嘘って……」
どんどんフライゴンの表情が曇り、力ないものへと変わっていく。
しかしふとハッと目を見開くと、言い訳じみた口調でこう反論しだした。
「じゃっ、じゃあっ! 記憶喪失になんかなってたとしたら、昨晩のジュカインの態度はアレ何だったんですか、
記憶があったなら、あんな暴言コウイチくんに吐けるわけないでしょう!?」
「あれが『素』だったんじゃあないか? ジュカインはぼくを……いや、『人間』を嫌っている。何としてでも別れたいと思っている。
……何と言おうと何と思おうと……ジュカインがここにいないのが、何よりの証拠さ……」
「うっ……」
フライゴンは言葉を失い、泣きそうな目をしたまま俯いた。
……
420:4/6 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 18:53:28
そう、今までジュカインが、ぼくの元で一度だって懐いたそぶりを見せたことがあるか?
ジュカインが、ぼくを好いているというそぶり、片鱗を、一度だって見せたことがあったか?
……こういった疑問は前にも持ったことがあるし、それについてオオカマド博士に相談したこともある。
そのときオオカマド博士は、『逆らわず命令を聞くのなら信頼している証拠よォん』と言っていた。
そして、それにぼくも納得していた。納得していたけれど……
どうだろう? そうだと言い切れるか?
ジュカインは子供の頃に、『人間』に、ぼくと同じ『人間』に、虐待され捨てられた経験がある。
そんなジュカインが、人間を信頼するだろうか? 人間とずっと一緒にいたいと思うだろうか?
……分からない。分かるはずがないけれど、ただ一つ分かるのは……
今この場に、ジュカインがいないということ。
フライゴンに説得されてもなお、ジュカインはこの場に来ていないということ。
もし都合よく今朝に記憶が戻ったとして、その上でぼくの元へ戻るのをためらっているのだとしたら、何をためらっているっていうんだ?
今朝に記憶が戻ったとして、そしてジュカインがぼくにちゃんと懐いているのだとしたら、
ためらう必要もなく、問答無用でぼくの元へ戻ってきてくれるはずじゃあないか。
それなのに、彼は戻ってこない。ぼくに向かって『じゃあな』と別れの挨拶すらもした。
これってどう? ……要するに、こういうことだよね。
ジュカインはぼくと一緒にいたくないという事。
つまりぼくを、人間を未だ嫌っているということ。
いや、そうでなくとも……少なくとも……最低限……
ぼくよりも、この森を優先したということ。
今までのジュカインとの思い出……色々あった。
本当にたくさん色々な事があって、そのどれもがぼくにとって幸せなことだった。
その中でぼくがずっと漠然と信じ続けていたもの。……それは全て、ただ一方的なものに過ぎなかったのだ。
……『事実』が、それを証明している。
421:5/6 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 18:55:41
「族長さん……本当にありがとうございました……お世話になりました……」
未だ呆けた顔で突っ立っている族長さんへぼくはそう言い、一礼する。
「ほ、本当に、森を出るのか……本当に……?」
念を押すようにそう言う族長さん。ぼくは黙って頷き、フライゴンの方へ向き直った。
フライゴンは未だ俯き黙りこくっている。
ぼくは身を翻すと同時に、その手を取りぐいと引っ張った。
……微かな抵抗。
「きっと来ますから……来て、ボク達の元へ戻ってくるから……だから、まだ待ちましょうよォ……」
か細く弱弱しい声。振り返ると、フライゴンは潤んだ目でぼくを見上げている。
……心がじわじわと疼くように傷む。罪悪感が芽生えてくる。
だけど……考えを曲げるわけにはいかない。
ぼくはフライゴンの肩を掴み、目を真っ直ぐに見据える。
「これでいいんだっ」
「昨晩ぼくは、『ぼくのジュカイン』なんて何度も何度も言ったけれど……厳密に言えばそうじゃあない。
ぼくは……あくまで、ジュカインの保護者だっ。傷ついたジュカインを保護してきたってだけだ。
だから本来、ジュカインがぼくの元を離れ森へ帰るのは当然のことっ。当然の流れなんだっ。
一度人間に虐待され人間に捨てられたジュカインが、人間と一緒にいる事を望むはずがないし、幸せな気持ちになるはずがないっ」
「そんな……」
「ジュカインのためを思うのなら……待ってちゃあいけない。どんな形であれ、彼の中に心残りを残すような事をしちゃあいけない。
彼がぼくらに対してどう思っていたかが分かった以上、すぐ離れて消えるべきだ。そう、ジュカインのためを思うのなら……」
「ジュカインのためを思うなら……っ!」
422:名無しさん、君に決めた!
07/12/19 18:57:01
すれ違いまくりんぐ
423:6/6 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 19:00:20
「…………」
フライゴンは言葉を失い俯いた。
再び手を取り、引っ張る。
……抵抗は、ない。
ぼくはそのまま身を翻し、フライゴンの手を引きながら歩き始めた。
その場にいる人数の多さとは反対に、森は全くの沈黙に包まれている。
沈黙の中をぼくは歩いてゆく。土を踏みしめる乾いた音がぼくの耳に生々しく入ってくる。
……これでいいっ。これでいいんだっ……
悲しいだけでなく、恥ずかしくて、悔しい。いくつもの感情がぼくの胸中にたくさんの波を作っていく。
波のうねりは徐々に増していく。荒れ狂う波は、ぼくの胸の内をしつこいぐらいに叩いている。
そして、どこから漏れ出たのか、いつのまにやら胸の内を抜け出た波が、ぼくの目から排出されていく。
……っていうか、なんで……?
ちょっと待ってよ、これって……本当のこと……?
……ようやく、掴めてきた。
今までまだしつこく払われないでいたほんのちょっぴりの頭の靄が、
漏れ出てきた水に綺麗さっぱり洗い流されてしまったのを感じる。
……本当にもう……これで終わりなんだね……
さようなら、ジュカイン。
第二話 おわり
424:7/9 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 19:01:45
「待てぇっ!!」
「「!!」」
不意に森中に響き渡る声。……馴染み深い声質。
望み求めていたけど、もう聞くことはないと思っていた声。
確かに、聞こえた。その証拠に、今その場にいる全員が一斉に声の聞こえた方へと振り向いている。
皆より一テンポ遅れて、ぼくも振り向いた。
「ジュカイン……」
ジュカインが佇んでいた。
軽く肩を弾ませながら、真剣な眼差しでこちらを見つめている。
ジュカインが、帰ってきたんだ。
……なぜ?
「ジュ、ジュカイン!!」
フライゴンは、安堵と共に怒りも混じったようなそんな声を上げ、ジュカインへと駆け寄っていく。
「何でこんな来るの遅いんだよっ、来ないかとか思っちゃったじゃないかぁっ! バカっ、バカバカっ……」
「……フライゴン、ちょっとだけ……待ってくれないか」
「え……?」
ジュカインは、目線をフライゴンからぼくに移した。
相変わらず真剣な眼差しのまま、ぼくを見つめている。……少しだけ、歯を食いしばっているような気がする。
『何の用?』とは言えない雰囲気だ。ジュカイン、一体何を……
……その次の瞬間だった。
ジュカインは『ある動作』と共に、おそらくぼくへ向けて、こう叫んだ。
「ごめんっ!!」
425:8/9 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 19:04:17
軽いざわめきが森中を包んだ。
「えっ……」
まるで意外だけれど、ぼくが最も望んでいた言葉の中の一つを、ぼくへ向けてジュカインは叫んだ。
そして、それよりももっと意外だったのが、それと共にジュカインが取った動作だ。
あのプライドの高いジュカインが……ぼくへ向けて、『土下座』している。
「オレ……お前にたくさんひどいこと言った……たくさん傷つけた……
本当に悪いことをした、謝っても、謝っても、謝りきれないくらいにだっ」
ジュカインは、まるで柄にもない謝罪の言葉をぼくにやたらと投げかけている。
「な、何をして……」
軽く頭が混乱していく。
目の前にいるのは、本当にジュカイン……?
何よりも先に浮かんでくる感情は、『疑惑』。『不安』。
当然さ、今までぼくは『このジュカイン』に散々虚仮にされてきたのだから。
もしや、これもジュカインがぼくを虚仮にするための……
「コウイチっ!!」
「!」
不意にジュカインがぼくの名前を叫び、ぼくはハッとする。
ジュカインは未だ床に手と膝をつけながらも、顔を上げぼくを見つめていた。
目も、口も、震えている。まるで今にも泣き出しそうな表情をしているんだ。
「今さらこんなことして白々しいとか、思わないでくれ。
信じてくれっ、オレはっ……オレは、昨晩までは本当に記憶がなかったっ!!
今朝に記憶を取り戻したんだっ!! 信じてくれっ!!」
426:9/9 ◆8z/U87HgHc
07/12/19 19:13:47
「都合のいい話と思うかもしれない。だからこそ信じてもらえそうになくて怖いんだが……
本当に本当なんだっ! 昨日のオレの発言は、実質全部『オレ』の発言じゃあないんだっ!!」
声を震わせそう叫ぶジュカインの顔は、見て分かるほどに必死な形相だ。
言葉の一つ一つに熱がこもっている。……演技や嘘には、到底見えない。
だとしたら、『このジュカイン』の言っていることは……言っていることは、まさか……
……でもっ。仮にそうだとすると、大きな疑問が沸いて出てきてしまう。その疑問を、ぼくは投げかけずにはいられなかった。
「ジュカイン……さっきさ、『じゃあな』って言ったよね……
不思議だよね。今朝に記憶戻ったんだったら、きみ何であんなこと言ったのかなァ……?」
「!!」
ジュカインの言っている事が本当であってほしいからこそ、
安心に足る確証が欲しいからこそ、それを聞かないでいられなかった。
そしてぼくのその問いに、ジュカインは身を乗り出しすぐにこう答えた。
「あれは……オレが別れたいから言ったってわけじゃあないっ。まったくもって本音じゃないんだ。
あれは、お前を気遣ったつもりだったり、こうして謝るのが気恥ずかしかったり……単なる、気の迷いだったんだよォっ!」
「!」
ぼくは驚いた。……ジュカインの答えた内容にではなく、ジュカインが即答したということに対してだ。
一片の躊躇いも見せず、それどころか『早く誤解を解きたい』とばかりに必死な口調で、ジュカインは即答したんだ。
「そうだ、オレはお前と別れたいなんて思うことはある筈ない。なぜならオレは……」
「オレは……お前に……お前にっ! たくさん感謝しているからだっ!!」
「……!!」
思いがけない言葉。そしてそれを言ってのけたジュカインの顔には、虚偽の色は一片も感じられない。
まさか……本当に……本当に……?
ぼくの胸を覆っている黒い何かが、徐々に溶けていく。
つづく
427:名無しさん、君に決めた!
07/12/19 19:23:40
乙!
途中にフェイントあったな。
428: ◆8z/U87HgHc
07/12/19 19:29:27
続きは明日か明後日に……
>>414
事細かな予想はともかく、ちょっとぐらいならば逆にどんどんしてほしいです。
あくまで、ちょっとぐらいならばですよ。
429:名無しさん、君に決めた!
07/12/19 21:14:43
しかしコウイチくんは土下座され率高いなw
430:名無しさん、君に決めた!
07/12/19 23:35:50
とりあえず乙
431:名無しさん、君に決めた!
07/12/19 23:40:35
初乙させてもらう
しかしこのぐらいのポケモン小説が投稿されるサイトとかってないのだろうか
432:名無しさん、君に決めた!
07/12/20 07:30:54
そうそう無いだろ。
433:1/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 18:40:08
……オレは今、土下座をしている。
大勢の視線の前で、オレは土下座をしている。
そしてそうやって土下座をしながらオレは、
言い訳じみた謝罪を、必死な口調と必死な形相でのたまっているのだ。
……恥ずかしいっ。この上なく恥ずかしいっ!!
不安と共に込みあがってくる恥ずかしさ。歯を食いしばって耐えるだけで精一杯だ。
こんなの……オレのガラじゃねぇっ。
ガラじゃねぇっ、ガラじゃねぇっ。
全くガラじゃねぇが……
こうしなければ、あの幸せな日々は戻ってこない。
食べるものや寝るところに困る事も無く、常に温かい愛情をかけられ、
仲間もたくさんいる。何もかも満たされていた日々。
あの日々が、あの素晴らしい日々が、コウイチが、仲間達が……
プライドを捨てるだけで、返ってくるんだ。
安いものさ、それを考えればっ!
だから……耐えろっ。明日のために今を耐えるんだっ!
そして……伝えろっ、伝えるんだ。オレの感謝の気持ちをっ……オレの『本音』をっ!!
オレはコウイチの顔を真っ直ぐ見据えながら、ありったけの感情を込め、叫んだ。
「コウイチっ! オレは……お前に感謝しているっ!!」
434:2/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 18:45:35
「感謝しているっ、この上なく感謝しているんだっ!!
何よりも、誰よりも……コウイチ、オレはお前たちに感謝しているんだっ!!」
遂に言ってしまった。今まで胸の内にしまい続けていたオレの全くの本音。
だが、こんなもんじゃあない。まだまだ、まだまだ……伝えたいこと、溜め込んでいることはたくさんある。
もうプライドなんて丸崩れなんだ。このまま突っ走れ、突っ走っちまえっ。
「嘘じゃあない、それはオレの全くの本音っ、今までずっと恥ずかしくて溜め込んでいたオレの本音だっ!!
ありがとうっ、ありがとうっ、ありがとうっ、何度でも言えるぜ。何度でも言えるが……
そんな言葉なんかで何度言っても足りないくらいの感謝の気持ちがあるんだっ」
クサい言葉だ。恥ずかしいが、クサいくらいで丁度いい……っというか、最大限伝えようとすればどうしてもクサくなっちまう。
……オレの目の前のコウイチの表情は、未だ疑惑に満ちている。まだオレの気持ちが伝わりきれてないのだ。
「お前と、お前たちといれる時間は、オレにとって一番幸せな時間だったんだ!
不幸せだとか居心地悪いだとか思ったことなんてただの一度もないっ!! いつもずっといつだって幸せで、居心地よくって……!!」
あぁ、本音ではあることに変わりないが、言ってる自分がこっぱずかしくなるくらい痛いっ。
でも、それでも、まだだ。まだまだ、だっ。コウイチの表情はまだ……疑惑に満ちている。
「だからお前を嫌ってるだとか、お前たちと別れたいなんてこれっぽっちも思ってないし思ったこともないっ!!
それどころか、出来ることならずっと一緒にいたい……ずっとお前のポケモンでいたいっ……!!」
一向に変わらないコウイチの表情。
なぜだっ! 伝われ、伝わってくれっ!
「そうさ、出来ることならっ。出来ることならずっ、と……できっ……」
あっ……あれ……これは……?
435:3/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 18:50:52
「で、できることならっ……」
やべっ、何だコレ……目の奥から溢れる熱いもの……
これは涙かっ……!?
ざけんな、一体何の涙を流しているんだよオレはっ……!
「コウイチ……オ、オレ゙は……」
喉がヒクついて言葉すらもまともにしゃべれない。息苦しい。頬を熱い液体が伝っていく。
マジかよっ、いい大人なオレが何で泣いてんだよっ……恥ずかしいっ、みっともないっ、だらしないっ、カッコわるいっ……!!
そうさ、オレはいつも強がっているけど……
本当は体も精神もひどく脆い。おそらく他のコウイチのポケモン達の誰よりも脆い。
……だけど……だからといって……泣くかよっ……!?
いくら恥ずかしいからって……なぜ泣くんだっ、オレ……!
涙や恥のせいか頭が真っ白になり、言葉が出てこない。
出てくるのはワケの分からない嗚咽ばかり。そんな嗚咽が出てくるたびに、恥ずかしさが増していく。
オレは我慢できず、再び頭を下げ顔を伏してしまった。
……顔を伏しても、わけの分からない涙は溢れ続けて止まらない。
ふと、オレは気づく。
胸を締め付け、オレに涙を流させている感情は、恥ずかしさだけではなく、もう一つあることに。
そして、オレに涙を流させている一番の要因は、
『恥ずかしさ』の方ではなく、その『もう片方の感情』であることに。
この感情は……『不安』だっ
436:4/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 18:54:34
ずっと溜め込んでいた正直な気持ちを言っても言っても、
コウイチの疑惑に満ちた表情は、凍ったように一向に変わらない。
これでは、意味がない。
プライドを捨て勇気を持って全てを伝えたところで、結局伝わらなければ何の意味もないのだ。
何も伝わらず、何も信じてもらえず、結局は全てが無下に終わってしまうかもしれないという不安。
醜態を晒した甲斐もなく、後悔と惨めな気持ちを胸に多量に残したまま、
この森で新しい生涯を送ることになるかもしれないという不安。
そんな不安の流れこそが、オレが涙を流してしまった一番の要因だったのだ。
オレが顔を伏してからも、不気味なくらいの静寂は森を包んだままだ。
鳥や虫がやかましくさえずっているだけで、ポケモンの声は一切聞こえない。
それが一層オレの不安を斯き立てる。
オレの胸中の不安の流れは徐々にその強さを増していき、
少しは抱いていた希望やら何やらも無差別に巻き込み塵に変え、やがては流れの一部としてしまう。
”……ねぇ、森から出ろって言ったのは誰……? きみでしょ……?
今さら何のつもりかなぁ……また、ぼく達を虚仮にするつもり……?」”
コウイチの疑惑に満ちた顔が、冷めた声が、目に耳に焼きついて離れない。
幸せだったあの頃と今とのギャップが、オレの心中の絶望を深めている。
437:5/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 19:00:28
コウイチの胸に張り付いているオレへの疑惑は、
もはやどうやっても剥がすことのできない段階まで来ているのかもしれない。
だとしたら、今オレのやっていることは……むしろ疑惑を深めるばかりで……
まったくの無意味どころか、それ以下……以下の以下……完全な逆効果なのか……!?
……なら、これからどうする?
逆効果だってことを分かっていながらまだこうして土下座し続けるか?
それとも、今すぐこの場から走って逃げ出そうか?
もうプライドなんて関係ない所まで来ているのだから、逃げ出しちまおうか?
いや、逃げ出したとしてどうする? それからどうする?
族長やキモリどもに合わす顔すら無くなっちまうじゃないか。それこそ、プライドも何もあったもんじゃあない。
いや、今の時点でもはやそうなんじゃあないか?
『土下座しながらスンスン泣きだしちまうだらしないヤロー』なんていうイメージを、もうみんな深く抱いてしまっているんじゃないのか?
だとしたら、オレには以後もう満足な暮らしは待っていないって事じゃあないか?
もう 終 わ っ て い る の か ?
……不安、不安、不安……不安だっ……
死ぬっ、死ぬっ……このままじゃ、不安に押しつぶされてオレは……死ぬっ……
助けろっ……誰かオレを助けろ……誰か、誰かっ……
―助けてっ―
「……おいでっ」
438:6/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 19:04:08
不意に、沈黙を破りオレの耳に声が入り込んできた。
……透き通るような高い声。
「えっ……」
オレは耳を疑い、一瞬頭が真っ白になった。
今オレの耳に入ってきた声は、コウイチの声だ……
そしてそのコウイチの声が発した言葉は……
……マジかよっ、マジかよっ、もし耳の錯覚じゃなかったとしたら……錯覚じゃなかったとしたらっ……!!
いまオレを殺しかけている、脳裏の焼印……
コウイチの疑惑めいた表情。『信じることができない』といったような表情。
それは、今……? 今……!?
オレは一度涙を拭った後、ガバリと頭を上げた。
脳裏に焼きついていたコウイチの表情と、今オレの目の前にあるコウイチの表情は食い違っていた。
『全く食い違っていた』。
オレの脳裏には、コウイチの疑惑めいた表情が焼きついていたが、今目の前にいるコウイチは……
泣いている。うっすらとだが、涙を流している。
そしてその口元は、軽く笑みの形を作っているのだ。
体全体をざわっと、言葉では言いえぬ感覚が走った。
439:7/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 19:07:59
「信じて、いいんだよね……? 本当に、きみのこと信じていいんだよね……!?
なら、ぼく信じるよ? 信じちゃう……だから、おいで。ジュカイン……」
コウイチは一度ずずっと鼻をすすり涙を拭った後、
腕を広げ、オレに向かって満面の笑顔を見せながら、こう言った。
「ぼくの元へ……戻っておいで、ジュカインっ!」
若干涙ぐんだ声でのコウイチのその言葉が、確かにオレの耳に響き渡る。
『戻っておいで』『ぼくの元へ戻っておいで』
その言葉は、今の今までオレの胸中に渦巻いていた靄……不安を、一瞬にして打ち払った。
そして……
「おっ……」
とてつもなく熱い何かの感情の塊が、急激に腹から込み上げてきた。
感情の塊は全身を粟立たせながらオレの体を駆け上がっていき……
「おおおおおおっ……!!」
搾り出すような唸り声となって口から発せられた。
唸り声を絞り出すごとに、充足感、高揚感、そういったものが胸の奥から沸き溢れてくる。
止まらない脳みその痺れ。止まらない唸り声……『歓喜』っ『歓喜』っ『歓喜』っ!!
戻れるっ。コウイチの元へ……戻れるっ戻れるっ戻れるっ!!
あの幸せな日々が……満たされていた日々が……またっ!!
オレはたまらず立ち上がり、コウイチへ歩み寄りながらその名を叫んだ。
「コウイチっ!!」
440:8/8 ◆8z/U87HgHc
07/12/20 19:12:26
「ジュカイン!!」
コウイチは涙に塗れた声でオレの名を叫びながら、オレをひしと抱きしめた。
小さな腕がオレの背中に。小さな体がオレの体に。小さな頭がオレの肩に。
コウイチはオレの肩の上に涙を落としながら、謝るようにこう言った。
「ジュカイン……ごめんっ、ごめんね? 疑ってかかって……土下座なんてさせちゃって……
本当にごめんっ。ぼく、ぼく、全然知らなくて……また虚仮にされてるのかなとか思って……」
「いいんだよ、謝らないでくれ……謝るべきはオレだっ、オレなんだァっ……
とにかく、よろしくなっ? これからも……これからも、ずっとっ……」
「もちろんっ、もちろんだよジュカインっ……みんなと、ずっとずっと……ねっ?」
コウイチは笑みが混じった声でそう言うと、オレを一層強くぎゅうっと抱きしめた。
オレの目から、温かい涙が壊れた蛇口か何かのようにとめどなく溢れ続ける。
コウイチの腕の中はとても暖かくて……体も心の内も落ち着く暖かさがあって……
胸の奥から、湧き水のように緩やかに溢れてくる暖かさがあって……
……あの時と同じだ。コウイチと初めて出会った日。オレの運命が一気に明るいものへと変わった日。オレが救われた日。
オレは救われたっ。救われたっ。コウイチによって、またも救われた……
これからのこと、考えるだけで心が躍る。安心感が胸を浸す……
オレもコウイチの首を抱き締め、一緒に涙を流し続けた。
つづく
441: ◆8z/U87HgHc
07/12/20 19:15:57
次回は明日の6時半からです。
そして次回で第二話は終わりです。
乙下さってる方、本当にありがとうございます。
442:名無しさん、君に決めた!
07/12/20 21:05:22
そんなところを目の当たりにしたフライゴンは
(……ジュカインのヤツぅ…コウイチくんはツンデレ好きなのかな…)
その日からフライゴンのツンデレライフが始まりました♪
「べっ、別にコウイチくんのためにしてるんじゃ…」
443:名無しさん、君に決めた!
07/12/20 21:58:42
後味よく終わってよかった。
乙ー
444:名無しさん、君に決めた!
07/12/20 22:14:11
>>1GJ!!
うん、なんつーか構成が上手い気がする。こういう所だからこそ、上手さが滲み出てるってゆーか、なんというか、すごい尊敬する。
適役の配置も絶妙だよ。謎がありつつも、どれもこれも理に適ってるし、フラグらしくみせかけて、全部キッチリ処理してる。読んでてかなりスッキリするよ。
語彙力だとかじゃなくて、戦闘描写や、言葉のテンポ、キャラの良さ、そして、仰々しくないのが凄い。
是非、見習いたいぐらい。応援してます。
445:名無しさん、君に決めた!
07/12/20 22:21:46
乙です!
ジュカインよかった、コウイチとホントよかった
仲間同士とはいえすれ違いって怖いぜ
446:名無しさん、君に決めた!
07/12/20 23:05:39
>>442
従順なフライゴンもいいが、ツンデレなフライゴンもなかなか……
447:名無しさん、君に決めた!
07/12/21 20:56:55
今日は投下されないんかな?
448:名無しさん、君に決めた!
07/12/21 23:53:39
ストーリーもそうだが、心理描写がやたらしっかりしてるのな
コウイチの神経質っぷりとかジュカインの余裕のなさっぷりが面白いw
449: ◆8z/U87HgHc
07/12/22 15:37:47
体調の問題で昨日は投下出来ませんでしたが、今日はしっかり投下したいと思います。
みなさんも体は大事に…
450:名無しさん、君に決めた!
07/12/22 16:14:08
それにしても、これだけの量をこのペースで書いてると、
食事、睡眠、仕事以外は完全に執筆に費やしてることなるよな。
451:名無しさん、君に決めた!
07/12/22 16:21:38
一回消えてから帰ってくるまでだいぶ間があったし、ある程度は書き溜めしてんじゃネーノ?
452:1/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 18:40:23
要約するとこうだ。
ジュカインは確かに記憶喪失だった。
だけど彼は、この一晩の間に無くなった記憶が戻ったんだ。
ジュカイン本人の話によれば、記憶が戻ったのはどうもあのヨルノズクの『夢食い』のおかげらしい。
ヨルノズクの使った夢食いが、いわゆる催眠療法……その代わりとなったということなんだろう。
そしてジュカインは記憶が戻ったことをぼくに打ち明けた。
更に、本当はぼくに……ぼく達に対して凄く『感謝』しているということも、同時に打ち明けたんだ。
今までジュカインはどこか無愛想で、ぼくに懐いてなんかいないんじゃあないかとも思っていたけれど、
実はその逆……全くの逆だった。本当は懐いていたけれど、ただそれを心の内に留めていたってだけだったんだ。
そして今、ジュカインはぼくの腕の中にいるっ!
昨日からついさっきまで、手を差し伸べても届かない場所に行ってしまった気がしていたけれど、
今はぼくの腕の中……そう、戻ってきたんだっ! ぼくのポケモン……ジュカインっ!
数時間前抱いてたのは悲観、数十分前抱いてたのは絶望、数分前抱いてたのは疑惑と不安……
そして今は一転急浮上っ! たった今ぼくが抱いているのはただ喜びっ、それだけさ!! うひゃーっ!!
きゃーーっ、うーれしーーいっ!!
うわーいっ、わーいっ!! やった、やったーァ!! きゃーーっ!!
やったよフライゴーン!! お帰りジュカイーン!! きゃーーーっ!!
453:2/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 18:45:09
「わし、昔っからこういうドラマ的なの大好きなんだよねエェェッ!!!」
突然族長さんがそう叫び出したのは、既にぼくとジュカインがお互いの体から腕を離した頃だった。
「えっ?」
ぼくもジュカインも同時に疑問符を浮かべて、族長さんの方を振り向く。
族長さんはいつの間にやら目から涙をボロボロ零し、ただでさえしわくちゃの顔をぐしゃぐしゃに歪めていた。
「感 動 し ま し た 的なことが言いたいんだよねっ、わしはっ!!
だって感動モノ的なの大好きだもん、わしっ!! ううっ、こんな間近でそんなドラマ的なの見せられちゃあ、泣かざるをえんべよ……!」
「は、はあ……」
「ケケケッ、なァーに言ってんだか」
ジュカインは笑みを交えながら、呆れた風なため息をついた。
ぼくは呆気に取られて言葉も出ない。……族長さん、キャラ壊れてますよー。
「……んっ」
ふと、ジュカインが何かに気づいたように小さく声を上げた。
その彼の視線の先にいるのは、族長さんと同じように涙ぐんでいるキモリ達だった。
「おいおい、お前らまで泣いてんのかよー!? どんだけ感化されてんだよ、何か冷めちまうぜー。カハハッ」
ジュカインが冗談ぽくそう言うと、大勢のキモリ達の中の一匹が
それに対して首をぶんぶんと横に振って、こう言い出した。
「いや……オ、オレ達が泣いてるのはそれだけじゃなくて……」
「あーん?」
「ジュ……ジュカインさんがこの森を出て行くんだと思うと……オ……オレ寂しくて……だから……」
454:3/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 18:48:21
「!」
キモリが嗚咽交じりに紡いだその言葉に、ジュカインは表情を強張らせた。
ぼくもそのキモリの言葉に、軽く考えさせられる。
……そういえばこのキモリ達、ジュカインに随分懐いていたそぶりを見せていたっけな。
キモリ達にとっては可愛そうなことだけれど、仕方ないよね……
歓喜の中にふと芽生える突っかかり。このままじゃあ、後腐れというヤツになっちゃうかも……
……とりあえずは、ジュカインがキモリ達に対してどんな言葉をかけるか、それが問題だ。
そして数秒の沈黙後、ジュカインがキモリ達に対して放った言葉はこうだった。
「言っておくが、これから後……たぶんオレはもうこの森に戻ってくることは無いと思うぜ」
「えっ」
ジュカインが冷たく放ったその言葉に、キモリ達は衝撃を受け一層泣きを強める。
ぼくもそのジュカインの冷たい物言いに、ちょっとした焦りを覚える。
……ちょっとジュカイン、もうちょっとキモリ達に対してのフォローを入れてあげてもっ……
とぼくが言いかけた瞬間、ジュカインはこう付け加えた。
「だが、誤解しないでほしいのはこういう事……オレの中には、心残りは確かにあるっ。
お前達や森と別れる事になるのは、悲しい……そういった気持ちは、確かにあるっ」
455:4/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 18:52:40
「オレにとって、コウイチやフライゴンはお前らよりも大切な存在であることは確かだが……
それでもお前らが大切な存在であることには変わりないのも、また確かさ。お前らのことは忘れないよ」
今度はしっかりフォローし慰めるような柔らかい口調で、ジュカインはそう言った。
だけど、キモリ達の流す涙は逆にどんどんと多くなっていく。
「う、うう……ジュカインさァん……」
キモリ達は感極まったのか、わっと一斉にジュカインの元へ群がり始めた。
みんなジュカインとの別れを惜しむように、涙をぼろぼろと流して、わんわんと声を上げている。
しかし、ジュカインはどこか不満げな表情を浮かべながら、
仕方なさそうにため息をついて、泣いているキモリ達へ向けてこう言った。
「あ、あのなぁ……、泣いてくれるのは嬉しい。すげー嬉しいんだけどさぁ~~……
そんな泣かれっと心残りが増しちゃうわけよ。だから、オレとしては出来るなら笑顔で別れを惜しんで欲しいところなんだが……」
ジュカインのその言葉に、キモリ達は一斉にジュカインの顔を見上げだす。
「え、えがおォ……?」
「そっ、笑顔」
ジュカインがそう返した途端、キモリ達はみんな全く同時に涙をゴシゴシ拭って、
ジュカインへ向けてみんな全く同時に(若干無理したような)笑顔を作って見せた。
「えっ、笑顔でありますっ!!」
「イエッサー、笑顔でありますっ!」
「オレたち、笑顔でジュカインさんを迎えるでありますっ!」
顔は笑顔なのに、言葉は涙ぐんでいる。しかも何故か奇妙な喋り方。
「カハハッ……なんじゃそりゃ……」
ジュカインは緩やかにほほえみながら、そのキモリ達の頭を優しく撫で始める。
心なしかだけども、その目には微かに涙を滲ませているようだった。
456:5/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 18:56:25
かくしてジュカインとキモリ達の別れの惜しみも済み、ぼくの心の突っかかりも綺麗さっぱりに消え去った。
後腐れはゼロっ。あとは、この森との別れを残すのみだ。
ぼくはたった一晩いただけだからいい思い出も特に無いけれど、いざ去るとなると少し感慨深いかな……
何だか急に、この森の風景がとても美しく貴重なもののように見えてきた。
空気も何だか美味しく感じる。数十分前までは、空気の美味しさなんて分からなかったどころか息が詰まるようだったっていうのに。
鳥のさえずり一つ、虫の鳴き声一つとっても、何だかひどく貴重なもののように思えてくる。
……ぼくに、やっと感動できるくらいの心の余裕が出来たって言うことなんだな……
そうやって感慨に耽っていると、不意に族長さんがぼくに声をかけた。
「……さて、人間様。この森を抜けたら、やはり大都会テレキシティへ行くのかな?」
「ほえっ、大都会、んっ、テ、テレキ?」
不意に話しかけられたことに戸惑い、かつ聞き覚えの無い言葉を口にされたことでぼくはひょっと間抜けな声を上げてしまった。
その反応にぼくが何も知らないことを察したのか、族長さんはすぐに説明を始めた。
「テレキシティとはエスパータイプのモンスターが住む大都会だ。
あなたがたがどこから来て、そしてどこへ行くのかはわしは知らんが……
見たところ蓄えもないようだし、テレキシティに寄っておいてまず損は無いゾ」
「へ、へェ~……なるほどォ~……」
族長さんは見事に何事も無かったかのように淡々と説明するので、何だか逆に気恥ずかしい。別にいいけどさ。
「へェ~~、次の目的地は都会っ!? シティっ!?
ってことは、やっとゴージャスな料理が食べられるってことですかねーっ!?」
話を聞いていたフライゴンは、やたらと上機嫌にしながらぼくにそう尋ねてきた。
「うん、たぶん食べられると思うよ。たくさん食べさてあげるからね、フライゴン。
……ぼくたちのお金がちゃんとこっちでも使えるか不安だけど……」
「ぅわーいっ、ありがとうございまーすっ!! やったやったァーいっ!」
おいしい料理を食べられるのがよほど嬉しいのか、フライゴンはバンザイまでして喜びだした。
口の端からヨダレだって垂らしかけてる。……もうっ、カワイイいやしんぼさんめっ。
457:6/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 19:01:21
「なるほど、テレキシティに向かうわけだなっ?」
ジュカインもフライゴンと同じく話を聞いていたのか、そう言いながらぼく達の間に割り込んできた。
「実際に入ったことは無いけど、道のりなら知ってるからサ。
案内は任せなよ。オレについてけば自然とテレキシティにつくよ」
そう言うジュカインの口調は、どこかウキウキとしている。
「うん、よろしくねっ」
自然に漏れ出た笑顔と共に、ぼくはそう返事を返した。
ジュカインは若干照れくさそうな笑顔を浮かべながら、 「ああ」 と小さく言って頷いてみせた。
「よっしゃ、頼むぜーっ、ジュカイーン!」
フライゴンは、じゃれつくようにジュカインの肩を平手で叩いた。
「いででっ! フ、フライゴンおまえ力強いっ! もう少しは手加減しろアホッ!」
「えへへ、ご~めんなさァ~~い」
おどけた風な謝罪をするフライゴン。その表情には、笑顔が溢れている。
ジュカインはその笑顔を見ると、仕方なさそうな表情を浮かべ、笑みの混じった溜め息をついた。
「のう、ジュカインよ」
ふと族長さんがジュカインを呼び止めた。
「んっ?」
振り向くジュカイン。ぼくも振り向いて、族長さんを見つめた。
族長さんは隣の木に手を添えながら、何か含むような笑いを浮かべている。
「何だよ族長~。何の用だよ~っ」
軽く笑みを交えながらジュカインがそう言うと、族長さんは生き生きとした口調でこう叫んだ。
「せっかくだ、餞別をくれてやるゾっ!」
458:7/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 19:04:30
族長さんは叫び終わると、ふと木と向き合い、おもむろにその片足を隣の木に張り付けだした。
……その族長さんの動作を見て、咄嗟に昨日の晩の記憶が脳裏に走る。
まさか……?
そして次の瞬間、ぼくのその予想通りの展開が目の前で起こった。
「お?」
「おおーー!!? ぞ、族長様がァーーー!!?」
同時に、キモリ達の間から驚嘆の歓声が沸きあがった。
昨晩モリくんが見せた垂直走り……あれを、もうだいぶ老いているはずの族長さんが今まさに行いだしたんだ。
老体を全く思わせない機敏さで、木を垂直に走り出したんだ!
「そら、持っていけお三方!! テレキシティにつくまでの腹ごしらえくらいにはなるだろうっ!!」
族長さんはその言葉と共に、昨晩のモリくんと同じく枝から木の実をもぎ取ると、ぼくたち三人へ向かってひょいと投げつけた。
何とか受け取り、投げ渡された木の実を見つめる。昨晩食べたラムの実だった。
「あ、ありがとうございます、族長さんっ!」
慌ててお礼を言うと、ぼくの声を掻き消す勢いでフライゴンも歓声を上げだした。
「ってかすっごーーい族長さん、あなたもこんなこと出来たなんてェーっ! あとありがとうございますっ!! はぐはぐっむぐぅ~~」
嬉々として皮ごと木の実にむしゃぶりつき始めるフライゴン。まったくもう、カワイイいやしんぼさんめっ。
「カハッ、よくやりやがるぜ族長めっ」
ジュカインは愉快そうに笑いながら、冷静に皮を剥き始める。
ぼくもさっそく皮を剥いて、ラムの実を口に入れる。
そういえば、もの食べるのも久しぶりだな。昨日渡された実も結局食べないでフライゴンにあげちゃったし……
口内に広がる甘みが、満足感となって胸に広がった。
459:8/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 19:07:35
ジュカインはラムの実を一かじりした後、感慨深そうに森全体を見回しだした。
一通り見回し終えると、ジュカインはひょっと大きく息を吸い始め……
次の瞬間、こう叫んだ。
「じゃあなお前らっ!! これからも健やかに過ごせよなァっ!!」
キモリ達や族長さんへ向けて、延いてはこの『生命の森』自体へ向けて。
森中に響き渡るような声で、ジュカインはそう叫んだんだ。
「おおっ!! またね、ジュカインさーん!!」
「さようならー!! スマイルでさようならーっ!!」
「そう、さよならっ!! あくまでスマイルでーっ!! 人間様とフライゴンくんも、じゃあねーっ!!」
「元気でなァ、ジュカイーンっ!! 人間様、竜さん、元気でなーー!!」
それを受けた森の住民達は、一匹一匹がこれまた森中に響き渡るような声で、一斉に別れの声を上げ出した。
「カハハッ……」
ジュカインは満足げな、また悲しげな調子も若干内包した笑い声を上げながら、くると身を翻し歩き出した。
「あ、ありがとうございました族長さんっ! さようならっ!」
「ありがとうございましたァー、じゃあーね族長さんとキモリくん達ー!!」
ぼく達も同じく別れの挨拶をし、ジュカインの後をついていくようにして歩き始める。
森の住民達の別れの声は、聞こえなくなるまで止むことなく続いていた。
460:9/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 19:11:30
――
木々が、ぼくらにほほえみを落としている。
微かに漏れる木漏れ日が、祝福するようにぼくらを照らし続けている。
そんな森の中を、今ぼく達は仲良く喋りあいながら歩いている。
「……で、オレのリーフブレードがあのヨルノズクをスパッと切り裂いたわけさっ! まさしくオレの完勝だったねっ!」
「ふ~ん、ぼくが眠っている間に色々頑張ってくれてたんだね~」
「カハハッ、ありゃコウイチに見せてやりたかったなー! 自分で言うのも何だが、あの時のオレはだいぶ調子よかったぜ!」
「ふふふ、さっすが~!」
はしゃぐように自らの戦果を語るジュカイン。今まであまり見たことのないどこか無邪気な態度に、自然と笑みが漏れる。
「クケケッ、いやぁフライゴンくんにも見せてやりたかったなァ~! オレが華麗にあのヨルノズクを倒す様をさっ!」
と、ジュカインはフライゴンへ向けてどこか嫌味な笑みを浮かべながらそう自慢しだした。
フライゴンは、その言葉にムッと来たようで。
「……む~っ、何だかムカつくなァその自慢げな喋り方っ! 何が華麗だ、本当は誇張してるんだろ~っ!?」
「してないしてない、100%事実だぜっ! どうした、悔しいかっ?
……ククッ、そういえばフライゴンは、昨晩あのヨルノズク達に大苦戦してたもんなァ~~」
「う、うるさいうるさーい! ったくもー、帰ってきたと思ったらその憎まれ口!
……ふふっ、数十分前わんわん号泣しながら土下座してたやつの台詞とは思えないねーっ」
「うげっ、そ、そそ、その話を出すなバカッ! ありゃあ半分黒歴史として扱ってくれよ!」
「あっ、ジュカイン顔真っ赤! どうした、恥ずかしいか~っ!? ふふふ、土下座男、土下座おとこーっ!」
「る、るせーっ! やるかこのメガネヤローっ!」
「よーし、受けて立つぞこの緑トカゲめーっ!」
お互い戦う構えを取るフライゴンとジュカイン。
場に一触即発の雰囲気が流れる……わけがない。
だって二匹とも、ずっと表情に笑顔を含ませたままなんだもの。
461:10/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 19:13:57
「と、ところでさ……コウイチ……」
「ん? なーに?」
ふとジュカインがぼくの服の裾を引っ張って呼び止めてくる。
柄にもなく、控えめな態度だ。
「……あの、図々しいかもしんないけどさ、あの赤いポフィン食べさせてくれないかな。
ほら、オレ昨晩あのポフィンあんな風にしちまったからよ……だから、なんつーか……」
俯き加減になりながら、若干話し辛そうに昨晩のことを話し出すジュカイン。
……なァーるほど。昨晩あのポフィンを弾き飛ばして踏み潰した、その罪滅ぼしがしたいんだなジュカインは。
別に今さら罪滅ぼしなんかする必要ないのに、意外とキッチリしてるねジュカインのやつ。
「いいよっ。待っててね、いまあげるから……」
「あ、ああっ!」
顔を上げて嬉しそうな声を出すジュカインを横目に、ぼくはポフィンケースを取り出す。
そういえばポフィン余ってたっけ……? ガラスケースの中身を確認して……あっ
「ごっめーん。もう余ってないやポフィン」
「ええっ!?」
「なんちゃってね、ジョーダン! 一つだけだけど、余ってたよっ。あっはは」
「な、なんだよもォ~」
ほっと半笑いを浮かべるジュカインに向かって、ぼくは赤いポフィンをそっと差し出す。
ジュカインは笑みを沈めると、そのポフィンを手にとって、まっすぐかぶり付いた。
目を瞑って、ゆっくりとポフィンを味わうジュカイン。
ゴクリとポフィンを飲み込んだ音を確認すると同時に、ぼくはすかさず聞いてみた。
「ね、美味しかった?」
ぼくのその問いに、ジュカインは満面の笑みを浮かべせてこう答えた。
「……ああ。すっごく美味しかった!」
「ふふっ、そう」
釣られて漏れ出る笑み。
昨晩からは考えられなかったくらいの和やかな雰囲気が、ぼくらを包み込んだ。
462:11/11 ◆8z/U87HgHc
07/12/22 19:20:59
「ねーねーコウイチくーん、ぼくの分のポフィンはありますかー? ねーねー」
こんどはフライゴンがぼくの服の裾を引っ張ってきた。その目は、期待でキラキラ輝いている。
そんなこと言われてもなァ……ポフィンもう余ってなかった気がするんだけど。
念のためもう一度ポフィンケースを確認。
……やっぱ一つも入ってませーん。品切れガチャーン。
「フライゴン……もうポフィン一つも余ってないや……」
「えーっ! そ、そんなァ~~~」
キラキラ輝いていた目が一気に曇り、フライゴンはへにゃへにゃとへたりこんでしまった。
「ごめんねフライゴン……ぼくがたくさん作り溜めしてなかったばかりに……」
「い、いやっ! コウイチくんは謝らないでいいんですよ、食い意地張ったボクが悪いんですからっ!」
「カハハッ。まぁ、これでも食って落ち着けよフライゴン。栄養たっぷりだぜ」
そう言って、ジュカインは背中の黄色い実を取ってフライゴンに差し出した。
「そ れ は い ら な い 。 断じて」
「えーーっ!? もったいないよ、栄養たっぷりだぜっ、栄養たっぷり!」
「栄養たっぷりだろうが何だろうが、まずそうだからいらないっ!」
「いやぁダメだね、その姿勢! そーやって味で好き嫌いしてちゃあ、その不健康な緑色の体もずっとそのまんまだぜ?」
「体が緑色なのは元々なのっ! 大体お前も体緑色だろ~が!」
「オレの緑色は健康的な緑色でェ、お前の緑色は不健康な緑色。分かるかい、この違い?」
「嘘つくなバカっ!」
じゃれ合うような掛け合いをしている2匹を見つめながら、ぼくは心中でこう唱える。
……残るは4匹だっ。
ラグラージ、バシャーモ、レディアン、ユキメノコ……
待っていてねっ! 絶対そのうち迎えにいくからねっ!
……ああ、あとミキヒサもね。あははー。
第二話 本当におわり
463: ◆8z/U87HgHc
07/12/22 19:39:34
>>451
当たりでーす。
規制されてた時にある程度は書き溜めしてたんですよね。
まあ書き溜めしてた分も、投下前にだいぶ加筆修正してますけども。
で、その書き溜めしてた分がもう完全に尽きたので、
投下スピードは激減してしまうかもしれませんです。
とりあえず次回は、一週間以上後になると思いますー。
それまで書き込んで保守とかしてくれると助かりますしとても嬉しいです。
ではー。
464:名無しさん、君に決めた!
07/12/22 20:59:00
乙!
465:名無しさん、君に決めた!
07/12/22 21:39:20
族長が最後になっていきなりキャラ立てたなw
466:名無しさん、君に決めた!
07/12/23 01:42:12
>>1
ここいらでキャラの詳細なプロフィールが欲しいな。
ポケモン達は元から決まってるからともかく
せめてコウイチくんとかオオカマドのだけでも。
そういうのあった方が感情移入しやすくならない?
467:名無しさん、君に決めた!
07/12/23 09:30:28
定期あげ
468:名無しさん、君に決めた!
07/12/23 16:38:49
次はピジョットとムクホークどっちが出るかな?
469:名無しさん、君に決めた!
07/12/23 20:16:16
テレキシティは都会らしいからハトじゃないか? むくどりも人家の近くに住んでるけど。
470:名無しさん、君に決めた!
07/12/23 23:02:37
ピジョットは好きなポケモンだし期待してる
ヨルノズク程度には濃くキャラ付けしてもらえりゃ満足だ
471:名無しさん、君に決めた!
07/12/25 04:36:35
いまさらながら乙
ずっと殺伐としてたぶん最後の和やかな雰囲気はいいねえ
次回にも期待してます
472:名無しさん、君に決めた!
07/12/25 16:50:05
やっぱりふりゃーとジュカインはちょっぴりおふざけ喧嘩ムードなのね。
キャラが活きてて面白いな
473:名無しさん、君に決めた!
07/12/25 17:42:42
フライゴンかわいいよフライゴン
474:名無しさん、君に決めた!
07/12/26 01:24:13
コウイチ:ひかえめ かんがえごとがおおい
フライゴン:すなお たべるのがだいすき
ジュカイン:いじっぱり ぬけめがない
ユキメノコ:れいせい
バシャーモ:れいせい
レディアン:むじゃき
ラグラージ:へんたい スカートのなかみがだいすき
こんな感じですか?
475:名無しさん、君に決めた!
07/12/28 14:52:50
このまま>>1が帰ってこない、なんてことがあったりして
476:名無しさん、君に決めた!
07/12/28 14:57:40
気長に待つさー
今後も何かあったら作者さんは一言声をかけていってほしい
477:名無しさん、君に決めた!
07/12/28 18:10:36
年末年始なんだし保守でもしながら気長に待とうじゃないか
478:名無しさん、君に決めた!
07/12/28 19:57:56
まだ一週間しか経ってないし、小説って普通このくらいのペースだよな
479: ◆8z/U87HgHc
07/12/29 23:27:05
みなさん保守ありがとうございます。
色々と忙しいですが、大晦日か元旦辺りには投下できるかもです。
>>466
主要な人間キャラのみですが。
コウイチ
年齢:12歳
身長:142cm
体重:38kg
趣味:ポケモンと遊ぶこと
身の回りの整理
ミキヒサ
年齢:12歳
身長:153cm
体重:43kg
趣味:ご近所探検
漢検DS
オオカマド博士
年齢:65歳
身長:236cm
体重:162kg
趣味:ポケモン研究
子供達と戯れること
子供達を見つめること
子供達の声を聞くこと
480:名無しさん、君に決めた!
07/12/29 23:29:27
オオカマドの身長に激しくツッコミたいw
481:名無しさん、君に決めた!
07/12/30 01:28:48
オオカマドのプロフィールが書きたかっただけだろこれw
あと投下期待してます。
482:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 02:23:46
一通り読んだらすごく面白かったです。
即ブックマークに保存いたしました。なんだか魔力がある。
483: ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:34:39
投下しますね。
484:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 18:36:03
キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
485:1/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:43:32
『ダメ男』とは、まさしくこの私のような者のことを言うんだろう……
賞味期限切れ直前の弁当が入ったコンビニ袋片手に、
人っ子一人通らない深夜の住宅街を歩きながら、ふと私はそう考える。
最近は常日頃こう考えてばかりだ。
それほどに、私がいま置かれている状況は暗い物だった。
私はユンゲラー族のユリル・ゲル。
成人してもう何年経ったか分からないが、このテレキシティで未だに定職に就けずにいる。
いい歳をしてアルバイトの給料と安いギャンブルで稼いだ収入のみが私の生活源で、
これといった楽しみや趣味もなく、ぼやけた意識で毎日を過ごしている。
勿論、好き好んでそんな生活を続けているわけでもない。
ある意味、仕方がないのだ。
このテレキシティでは、よい職に就くには大前提として『超能力』の腕がよくなくてはならない。
まぁ超能力と一口に言っても種類は様々であり、
人によって何に優れているか何に劣っているのかとは違うのだが、
その『何に優れているか』によって、自然と何の職に就けるかが決まってくるのだ。
しかし、その超能力の腕が何一つとして一定のラインに達していない場合は、立派な職には就けないのである。
486:2/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:45:46
『立派な職などに就かなくていいのでは?』と思うかもしれないが、
それはどっこい、なにより私個人のプライドが許さない。
よくわからぬ無名企業や俗な職に就くなど、経歴が傷つくだけではないか。
意味がない。全くもって、意味がない……
……かといって立派な職に就くために日々超能力の腕を磨いてるかというと、そういうわけでもない。
確かに超能力は本人の努力しだいでどうにでもなるが、
それにもやはり『才能』という一定のブレが、どうしようもなく個人個人にあるわけだ。
そして私は、その『才能』は一般のラインよりも下……
言うなれば劣等生に近しいのである。
……『ぐだぐだ言わず人一倍努力しろ』という声が聞こえてきそうだが、
どうもその『人一倍努力』という言葉は癇に障って仕方がない。
生まれつきの差を埋め合わせるための努力?
人一倍努力して初めて他人と同じラインに立てるなど、馬鹿げている。
影の努力だとか何だとか、そんな腋の下の匂いがプンプン漂ってくるような言葉など、
聞いただけで虫唾やら鳥肌やらが体中を覆うようだ。
……要するに私は、『プライドだけは高く、高望みするだけするが実際には何もしない』という典型的ダメ男……
……ということを完全に自覚し、あまつさえ自己嫌悪に陥りながらも結局は何もしないという、完全なダメ男なのだ。
487:3/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:47:27
そんな私に引き換え、私の弟は優秀だ。
弟は念写の類の能力に優れており、今や立派なカメラマンとして仕事をたっぷりもらっているらしい。
年間の収入も、生活の充実ぶりも、およそ私とは比べ物にならないだろう。
同じ親から生まれてどうしてこうも違うのか。この世には平等のカケラも無い。
私はこれから先、充実した生活を送れる日は来るのだろうか……?
物憂げに、夜空を見つめる。
星一つない夜空。まるで黒いカーテンで青空を覆っているかのよう……
……!?
私はふと、目を疑いそうになった。
その黒いカーテンの下を、『巨大な鳥の影』がゆるやかに這っているのだ。
要するに、夜空を鳥が飛んでいる。それも、ただの鳥とは思えないほどに巨大な鳥の影……
「なんなのだ、あれは……」
ふとそう言葉を漏らしてしまうほどに、私はその光景に圧倒されてしまった。
もし弟がこの場にいたのなら、迷わず何枚も写真を撮っているのだろうな……
そんなことを考えながら、その巨大な鳥の影に見惚れていると……その影に、ある変化が起きた。
……巨大化している。鳥の影が、どんどんと巨大化してきている……!?
いや、違う。巨大化してきているのではなく、降りてきているのだ。
巨大な鳥の影が……いや、『鳥』が。今まさに私の近くへ降りてこようとしているのだ。
488:4/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:50:31
本能的に逃げ出そうとした、その瞬間だった。
「ぐっ、ぐっ!」
突如、謎の強風が私に襲い掛かってきたのだ。
それまでほとんど風も吹いていなかったのに、あまりに前触れの無い強風の襲来。
そのとてつもない風圧に押され、私は思わずよろめきその場に倒れてしまった。
「ぐうぅ~~……何なんだ、一体……」
その謎の強風は、私が倒れてしまってから間もなくして止んでしまった。
……全く持って不可解な現象。
だがとりあえず私は、その不可解な現象の意味を脳内で探るよりも、
地面にぶつけてしまって傷んだ腰を撫でさすることと、その場から立ち上がるのに努めることを優先した。
……立ち上がりそして顔を上げた瞬間、私は心臓が飛び上がり、また倒れてしまいそうになった。
立ち上がった私の目の前に……いつの間にやら、あの『巨大な鳥』が立っていたのだ。
140cmばかりはある私の背丈よりも大きいその鳥が、威圧感を内包したその鋭い目つきで、私を見下ろしていたのだ。
「あ……あ……」
つい先程まで夜空をゆったりと飛んでいたはずの鳥が、今は私の目の前に立っている。
私はその巨大な鳥の姿に圧倒され、動けなくなっていた。
……その『美しさ』に。
街灯もない夜の住宅街にいて尚、その鳥の毛並みの非常なほどの美しさはありありと伝わってくる。
鬣のようなその立派な頭の羽も相まって、神々しいほどの美しさがその鳥全体を覆っていた。
そしてその美しさが、威圧感となってこの私を圧倒し、この場に釘付けにしているのだ。
言葉も上げれず逃げることも出来ず、ただその鳥を見続けていると……鳥がふと口を開いた。
「こんばんは」
489:5/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:53:38
鳥が、言葉を喋った。
「!!」
私はその言葉に、再び驚愕した。
目の前のその巨大な鳥は、確かに言葉を喋った。私に「こんばんは」と挨拶をした。
この鳥は、『モンスター』としてしっかりと教育を受けていた鳥だったのだ。
私は、はたと思考を巡らせる。
……この鳥は、このテレキシティに、この私に、何の用があるというのだろう。
このテレキシティと彼の住む町とで、友好……外交関係を結んでほしいとでも持ちかけるつもりだろうか。
いや、それなら私のようなただの一般市民に、それもこんな深夜に、話しかける意味などない。
……それならば、ただの気まぐれ? ただ、異種族と対話がしてみたいというだけ?
私は思考に結論をつけるより前に、落ち着いてその鳥に対話を試みてみた。
「……あなたの、名前はなんですか?」
あれこれ考えるよりも、先ずは対話だ。
勝手な予測を立ててそれで納得するよりも、相手から聞いたほうが手っ取り早いに決まっている。
「……ワタシは……」
鳥は、私の言葉にすぐさま反応し口を開いた。
……次の瞬間その鳥が口にした言葉は、私を再び驚愕させることになった。
「ワタシの名は、ピジョット。
魔王軍……飛鳥部隊の幹部を務めている、ピジョットだ」
490:6/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:56:06
―魔王軍だと!?―
心臓がドクンと波打ち、同時に嫌な汗が体からにじみ出てくる。
芽生えかけていた好奇心が、すぐに恐怖へと変換された。
魔王軍の恐ろしさは、学校で存分に教え込まれた。
端的に言えば、無差別殺人や誘拐を頻繁にする集団……
要するに、『犯罪集団』だということを。
この鳥は……『ピジョット』は、その犯罪集団の一員であることを自ら名乗ったのだ。
このピジョットが目の前に降りてきたときから既に微かに感じていた『死の危険』が、一気に現実的なものになる。
一刻も速くこの場を逃げなければ―死ぬっ。
「なにを黙りこくっている? ワタシに名乗らせたのだから、次はキミが名乗る番だろう……
名刺でも構わない。キミの身分、名前、このワタシに教えてくれ」
ピジョットは落ち着き払った口調でそう言いながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
それと同時に、心臓が恐怖に打ち震える。冷や汗が頬を伝う。息が乱れる。
―逃げろっ!!―
「!」
私は迷わずピジョットに背を見せ、その場から逃げ去ろうと駆け出した。
―こんなとこで死にたくないっ! まだ私には輝かしい未来があるはずなんだ、それを体験する前に死ねるかっ……!
脚力を総動員しようとする……が。
その矢先、私の腕が何者かに引っ張られた。
到底振り払うことは出来ないくらいのすさまじい力で。
……振り返らずとも分かる。いま私の腕を掴んだのは……捕まえたのは……魔王軍の、ピジョット。
私は逃げることが出来なくなった。
491:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 18:57:35
キターッ!(AAry
492:7/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 18:59:41
「なぜ逃げる」
頭の後ろから響く、冷徹な声。
私の胸が、警鐘を打ち鳴らし続けている。
無意味な警鐘。もはや手遅れでしかない警鐘。
まだ実際に体を傷つけられてはいないので些かの余裕はあるものの、
それでも吐き気を催してしまいそうな恐怖が胸のうちにまとわり付いている。
―死ぬのか。私は、殺されるのか。
「ワタシはキミに名を名乗った。それなのに、なぜキミは背を見せ逃げようとする?
あまりに一方的。キミのやった行為……それはほとんど暴挙だよ。
『理性ある者』……すなわち、『街に生きるモンスター』としてはな」
「ひっ……?」
ピジョットが案に相違してまともな事を話し出したことに若干驚きながらも、私はその口調の冷徹さに恐怖を募らせる。
「キミがワタシと真正面から話し合う権利を自ら放棄するというのならば、
このワタシも、きみと対等に話し合う権利を放棄してもいい、という事なのだ。……分かるかな?」
「えっ」
「このままキミが逃げるというのならば……ワタシは、キミを『エサ』と見なしていい、そういう事になる」
「ひいっ」
ピジョットの言葉。自分自身の命に関わる言葉なのだから、私は瞬時に理解する。
要するに、『逃げれば殺す』ということ。
……そして逆に言えば、逃げずに真っ向から話し合えば殺さないということ。
とても信じることは出来ないが、いまや私の命はピジョットの胸先三寸。応じざるを得ない。
私はゆっくりと、ピジョットの方へと向き直った。
「……フフフ、そうだ、それでいい。向き直り対話する……それこそが『理性ある者』として正しい姿。美しいということだ……フフフ」
493:8/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:04:41
「『理性に根ざした知恵』というのは分かるかな?
街に生きるモンスターとして当然持っていなければならぬ知恵のことだ。
理性に根ざした知恵は、すべからく対話のための知恵。向き合い情報を交換し合うための知恵。
お互いの価値観を理解し合い、尊重し合うための知恵のことだ。
それを自ら放棄するなど、理性ある者……すなわち『モンスター』の行動ではない。
向き合い対話してやっと、モンスターとしての知恵……
理性に根ざした知恵、すなわち『知性』はその役目を果たしたことになるのだ。
危うくキミは、モンスター以下のただの獣へと逆戻りしてしまう所だったな。フフフ」
向き合った途端ピジョットは、まるで教科書を読むかのような口調で自論を展開しだした。
……言っていること自体はともかくして、この自論を展開するに至ったのが
さきほど私がこのピジョットに背を向けたことに基づいているのならば、それは全くいわれのないことだ。
最初に『魔王軍』などと名乗って恐怖を煽ったのは誰だ。
『魔王軍』と最初に名乗られてしまっては、よほどの命知らずでない限り普通は真っ先に背を向けて逃げるだろう……!
……こいつは、魔王軍という存在が世間に一体どういった存在として認識されているかを、ちゃんと自覚しているのだろうか?
「さぁ、キミの身分と名前を、ワタシに教えてくれ」
「……」
ピジョットは改めて私に名を名乗ることを要求し始め、私は意味もなく少し躊躇してしまう。
だが、事実上こちらの命を相手に握られているこの状況、無論断ることは出来ないし、その必要もない。
「わ、私は……ユンゲラー族の、ユリル・ゲル。無職……です」
無意識に声を震わせてしまいながら私がそう名乗ると、
ピジョットは今まで恐ろしいくらい無表情だった表情を緩く綻ばせた。
「なるほど、ユリル・ゲルくん。フフフ、よろしく」
「は、はぁ、よろしく……」
……相手の『よろしく』の挨拶に、私もよく考えず『よろしく』の挨拶を返したが、
一体、ピジョットのこの『よろしく』にはどれだけの意味が込められているのだろう。
不安の念を感じざるを得ない。何せ相手は魔王軍、犯罪集団の一員であることには変わりないのだ。
……そう思っていると、ピジョットはそれを見透かしたかのようにこう言った。
494:9/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:07:15
「安心しろユリル・ゲルくん。
ワタシは、何もキミを傷つけたりだとかさらったりだとか、そんな事をするつもりは微塵もない。
ワタシが得をし、そしてキミも得をする。いわゆるギブ&テイク。
そんな双方に美味しい話を持ってきただけさ」
「美味しい……話?」
ピジョットは私の不安を払拭させようとしてるのだろうが、逆に一層不安は強まってしまう。
私を油断させるために口からでまかせを言っているとしか思えない。
……疑ったところで、どうしようもないのだけれど。
「キミは、『人間』を知っているね?」
「人間……ですか?」
無論知っている。知らないはずがない。
この世界に文化や言語を伝えたという、異世界の種族。
私はとりあえず黙って頷いてみせる。その人間が一体どうしたというのか。
私が頷いたのを確認すると、ピジョットは懐から何やら一枚の紙切れを取り出し、私に手渡した。
「……こ、これは?」
その紙切れには、11桁の番号の羅列が記してある。
……携帯電話の、番号?
「その人間が、いま一人この世界にやってきていることは知っているかね? ……いや、知ってても知らなくてもいい。
ともかく、その人間がもしこのテレキシティにやってきたら、この番号に連絡してそのことを教えてほしい」
「え……この電話番号に連絡して、人間がきたことを、教える?」
私はその突飛な申し立てに困惑して、ほぼ相手が言った通りそのままに聞き返してしまった。
「そう、そういうことだ。……無論、ただでやれとは言わないよ。
さっきワタシが言ったとおり、キミも『得をする』……
キミが私の言うとおり人間の存在を教えてくれたのなら、これをやると約束するよ。フフフ」
「え……」
ピジョットは不敵な笑みを浮かべたまま、またその懐をまさぐり、
何かを羽に乗せて、それを私に差し出してきた。
「こ、これはっ……!?」
495:10/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:10:39
ピジョットが差し出してきたその『モノ』に、私は驚き声を上げそうになる。
その『モノ』は、
金。札束だ。
ざっと見積もっただけでも相当の額はある。50万……60万……いや、100万……?
少なくとも、先ほどピジョットが提示した条件とは『逆に』全く釣り合っていない金額。
このピジョットは先ほど『美味しい話』と言っていたが、美味しい話どころの騒ぎではない。
「本来はこの程度のこと部下に任せるのだが、事情があって現地の者にお願いするほか無かったのだ。
とりあえず、我々は人間を心から欲している。その人間様を我々魔王軍の元へ招待できると考えれば、
それくらいの金額は微々たるもの。我々は資金繰りには特に困っていないのでね」
「……」
ピジョットの羽の上の札束に、目が釘付けになって離れない。
……『電話をかけて教える』……ただそれだけの行為で、これだけの金額を手にしていいものだろうか。
理不尽なまでの『テイク』。お互いに得をするとは言っても、幾らなんでも割合が偏りすぎている。
……明らかにおかしい。どう考えても、これは何かの罠……罠じゃないか……
罠?
普通に考えて、ピジョットからしてみれば私に罠を仕掛ける必要など一つもない。
なにせこちらの『ギブ』は、たとえ報酬がなくとも構わないくらいに低いのだ。
報酬を釣り上げまくって、私の欲を煽る必要は一つもない。
ならば、答えは一つ。このピジョットの金銭感覚がズレにズレまくっているということだ。
……『なにせ相手は魔王軍』……常軌を逸した犯罪集団。それならば、金銭感覚すらも常軌を逸していても不思議ではない。
……え……? ちょっと待てよ……
だとすると、これって……え? もしかして……
私にとって、『ものすごく美味しい話』なのでは……?
496: ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:11:59
(>>495の二行目、脳内削除しておいてください……)
497:11/14 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:16:57
この魔王軍の者に会えたのは、実は物凄く幸運なことなのでは……?
一生に一度あるかないか、という程の幸運なのでは……?
「では、よろしく頼むよゲルくん。……では、ワタシはこれで……」
「待って。待って……ください」
「ん?」
ピジョットが飛び去ろうと羽を広げ始めた所を、私は慌てて呼び止める。
訪れたかもしれない『幸運』を受け入れるのにあたり、どうしても気にかかることが一つあったのだ。
「その人間を貴方の元に、魔王軍の元に招待する……その理由はなんなんですか? 何のために?」
話を聞いていればこのピジョットたち魔王軍は、どうしても人間を自分達の元へ招待したいらしいが、
彼ら魔王軍は犯罪者集団。『神』と呼ばれる人間を利用して、何か悪事をしでかそうとしている可能性が高い。
もし後にこれがきっかけで何か大事が起きれば、私は間接的ながらもそれに加担したことになるのだから、枕を高くしては眠れなくなる。
私はただそこだけが気にかかっていた。もしかしたら私は、彼ら魔王軍の悪事の片棒を担がされようとしているのかもしれないのだ。
……ピジョットは私のその問いを受けると、またお得意の不敵な笑みを浮かべ、こう答えた。
「……フフ、そこまで教えてあげる義理はないが……あえて教えてあげれば、
我々魔王軍のため……つまりは、この世の中のためさ。ウフフフ」
……『この世の中のため』……?
私がその答えに呆気に取られ困惑していると、ピジョットは強風を立てて夜空へと飛び去っていってしまった。
……ピジョットは『世の中のため』と断言していたが、
それが、およそ私たちの考えとは確実にズレているであろうことは容易に想像が付く。
ほぼ確実に、私は『悪事であろうこと』の片棒を担がされかかっている。
―だが、あの金額は魅力的だ。
人間がまだこのテレキシティに訪れるかは分からないが……
そもそも分からないからこそあのピジョットは私に報告を頼んだのだろうが、
もし来たとしたら。そして、それを私が耳に入れる……あるいは目撃したとしたら。
……私は確実に、この番号へ電話をかけるだろう。
私は無意識に、目を大きく開いて夜空を見つめていた。
498:12/15 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:20:45
――――
「あァ~~~~~つゥ~~~~~いィ~~~~~よォ~~~~~!!」
生命の森を抜けてから数十分、テレキシティまでの道のりである広い草原を歩いている途中、
じりじりと照りつけてくる太陽に耐えかねたのか、フライゴンが軽く泣きながらそう叫びだした。
その様子に呆れたジュカインは、たまらずそのフライゴンに向かってこう言った。
「ったく。お前、砂漠のポケモンなのにこの程度で暑がるなんて意味わかんねーよ!
心地よい暑さじゃあねえかよ。お天道様がニコニコ笑ってて、こっちまで笑顔になっちまうぜ……クケケッ」
「どーこーがーっ!! うわぅ~~~暑い~~~~体が焼けるぅ~~~~
せんぷうき~~~! クーラー~~~! メノコちゃんどこ~~~!」
緑色の体の至る場所から汗を掻きながらそうやって泣き言を繰り返すフライゴンは、
確かに、元が砂漠出身のポケモンだったとは到底思えない。
……夏は外に出るときは大抵ボールの中、家の中では冷房ガンガンの部屋で遊ばせる……
ぼくがそんな育て方をしたせいで、フライゴンはこんな暑さに弱いポケモンになっちゃったのかもしれない。
……よォしっ。ここは一度、トレーナーとして責任とってちゃんと教育してあげないとっ!
499:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 19:22:28
更新されてる!
乙です。
500:13/15 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:23:14
「ねぇ、フライゴン? 暑くて汗をかくってのはいいことなんだよっ」
「ふえっ、いいことお~~? こんなどろどろになるのがあ~~~?」
納得のいかないような表情を浮かべるフライゴンのその問いに対して、ぼくは勢いよく頷く。
「汗をかいたら代謝が活発になって、そのぶん健康になれるからねっ!
どろどろ汗をかくたびに体が強くなって、お病気になりにくくなるんだっ。
ぼくも日焼け止めクリームくらいは塗りたいケド……
元気な体がつくられてると考えて、ここはがまんだよフライゴンっ!」
フライゴンの目をまっすぐ見据えて、ぼくは勇気付けるようにぎゅっと手を握ってやる。
そうするとフライゴンはぼくの手を握り返して、元気よく頷いてくれた。
「はいっ、分かりましたコウイチくんっ!
病気になってコウイチくんに迷惑かけないためにも、ボクがまんしますよォっ!」
「うあっ、さすがフライゴン、いい子いい子~」
「えへへへ……」
とても素直なフライゴンに感激して頭を撫でてあげると、フライゴンは満足そうに目を細めた。
やっぱり子供は素直じゃないといけないよね……
なんて風にぼくが感慨に耽ってると、横からジュカインが。
「おいフライゴン……おまえ大人なんだから、子供のコウイチに撫でられて嬉しそうにしてんなよ……ったく」
……そういえば確かにそうだけどね。
501:14/15 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:26:04
「しかしまあ、改めて思うが……コウイチお前、育ちがお坊ちゃまのクセして、よく出来てるよな」
フライゴンを撫でていると、ひょっとジュカインがそんなことを聞いてきた。
確かにぼくのお父さんは企業の社長だから、ぼくの家柄は結構金持ちだけれど……
「ん、そうかなあ? 普通だよこのくらいっ」
「いやあ、普通じゃないってー。金持ちの子供なんつーのはさ、
もっとこうホラ、生意気で高慢ちきな感じだろ?」
「何だって~~?」
聞き捨てならない発言にぼくは反応してしまい、気が付いたときにはぼくの舌は回り始めていた。
「違う違うっ! そんなのは勝手なイメージだよっ。イメージイメージっ!
お金持ちってのはちゃんと躾が行き届いてるんだから、生意気で高慢ちきなんてそんなの逆だよっ、真逆っ。
そういう生意気な金持ちってのは、よっぽど親がバカなんだ。それでそんなバカなヤツが金持ちになれる例なんて稀だし、
だから高慢ちきなお坊ちゃまが出来上がるのも稀なんだよっ。分かるっ? 分かるっ!?」
「そ、そうなのか……?」
「そーなのっ!」
「ご、ごめんなさ~い……」
しゅんとして黙りこくってしまうジュカイン。……熱弁しすぎたかも。
でも、何で『お坊ちゃま』=『生意気』なんて勝手極まりない妄想じみたイメージが、こう浸透しちゃってるかな。
ジュカインに限っては、そういう類のお坊ちゃまに酷い目に合わされた経験が実際あったから別にいいにしても、
なーんでそーゆーイメージが一般的に広まっちゃってるかな、ぼくらの世の中はーっ!?
ぼくみたいなまともな子が割を食うことをちゃんと考えてんのかな、一部の生意気なお坊ちゃんと、それを広める奴らはっ!
「ねっ、そー思うでしょ、フライゴンっ!」
「……は、はい……(な、なにが……?)」
502:15/15 ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:28:39
それから数分後、ひたすら前を見つめながら歩いていたジュカインが、ふと嬉しそうに声を上げた。
「あっ、ほらほらコウイチ、フライゴンっ! 見ろよ、見えてきたぜテレキシティがっ!」
「えっ!」
ジュカインが前方……地平線の奥を、指差す。
その指に従って、目を凝らして前方を見据えると……
かすかだが、見えた。
幾つものビルの頭。ビルの群れ。
ぼくらの世界に存在するものとほとんど変わらない『都会』の象徴が、
地平線の向こうからひょこりと顔を出しているんだ。
「わあ~っ、本当に見えてきたっ! すごいすごーい!」
「……」
はしゃぐフライゴンを傍目に、ぼくは言葉にならない衝撃を受けていた。
この世界に来てから今まで近代的な文明を一切目にしていなかったせいか、
族長さんから『大都会』と聞いたときも、ぼくは無意識下に『都会といってもたかがしれている』と思っていた。
だけども、ぼくら人間の世界でもまるっきし近代文明の象徴である『ビル』が、いま確かに風景の奥に幾つも存在している。
このポケモンの世界にも、確かに近代的な文明というものは存在していたんだ。
……次第に衝撃は感動に変わっていき、どんどんと胸を満たしていく。
「カハハッ、驚いてるなコウイチ。あんな近代的なモンがあるなんて思ってもなかったかい?」
「うん、思ってもなかったよ。だから、スゴく楽しみ……!」
気が付けば、ぼくの口は自然と笑みの形を作っていた。
この世界に来てから、ぼくはいま一番ワクワクしているかもしれない。
エスパーポケモン達の住まう大都会、『テレキシティ』……さて、どれほどのものかなっ!?
第三話 「お坊ちゃま」
503: ◆8z/U87HgHc
07/12/31 19:33:16
投下終了です。
この後はしばらくはノリの軽い雰囲気で続くと思いますけど、よろしくお願いします。
続きは……いつになるか分かりませんけど、一週間以内には投下したいです。
では、また。
504:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 19:34:22
乙、良い御年を~
505:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 20:00:44
乙~
ってかピジョットはオスなのか?メスなのか?どっちなのか?
ユンゲラーさんは何か可哀相な末路が見える・・・
506:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 20:02:44
ものすごくリアリティのある始まり方に吹きましたよw
507:名無しさん、君に決めた!
07/12/31 21:21:09
何かごく現代的な話になりそうだなw
ルージュラがグラビアアイドルやってたりするような街なんだろうなあ。
508:名無しさん、君に決めた!
08/01/01 02:45:04
あけおめ
509:名無しさん、君に決めた!
08/01/01 03:15:16
乙明けまして、ピジョさんに惚れそうな件
エスパータイプというだけでドキドキしている
体大切に!心の奥底から支援!
510:名無しさん、君に決めた!
08/01/01 07:56:52
コウイチのキャラが濃くなってきたなw
冒頭が現実的すぎて吹いた
511:名無しさん、君に決めた!
08/01/01 23:20:18
あの小物くさいエアームドのほうがピジョットより格上ってのが腑に落ちない件
512:名無しさん、君に決めた!
08/01/01 23:51:11
ヒント ワンピースのスパンダムとルッチ
513:名無しさん、君に決めた!
08/01/03 01:25:29
ユンゲラーが俺過ぎて困る
514:名無しさん、君に決めた!
08/01/04 17:10:03
初めからパートナー:フライゴン
二番目に戻る:ジュカイン
初めに入った村:蓮
二番目に入った村:森トカゲ
飛行の偉いやつ:ネイティオ
緑好きだな作者、だいすき
515:名無しさん、君に決めた!
08/01/04 18:31:10
そういえば緑だらけだな今んとこ。
最初のほうにサーナイトも出てたし緑フェチか。
516: ◆8z/U87HgHc
08/01/05 16:15:09
体大切にと言ってくださったばかりで大変申し上げにくいのですが、インフルエンザにかかってしまいまして…
投下は遅れてしまいそうです。ごめんなさい。
本当にすいません…
>>514
緑色は一番好きな色ですね。目に優しいし。
517:名無しさん、君に決めた!
08/01/05 16:22:56
>>516
どうかお大事にしてください
俺しばらく保守できなさそう、以後誰か頼んだぜ
5日間隔ぐらいで大丈夫だとは思うが
スレの位置が500より下に来たらその時は浮上してくれ
518:名無しさん、君に決めた!
08/01/05 17:05:41
>>517
下にいても大丈夫だぜ
519:名無しさん、君に決めた!
08/01/05 17:16:29
>>518
最近スレが立つ頻度が上がってるみたいなんだ
保持数の限界が迫っている……あとは分かるな?
そういや保管庫的なもの(wikiとか)は無いんだっけ
ペース的にはまだ大丈夫だけど容量も迫ってきた
500KBがラインだったはずだから480KBあたりで次スレかな
520:名無しさん、君に決めた!
08/01/05 17:51:57
>>516
お大事に!みかん食べてください
ウィキつくるの?
もう500以下だけど上げた方がいいのかな
521:名無しさん、君に決めた!
08/01/05 17:55:43
まだ大丈夫
上げるときは深夜に上げた方がいいな
522:名無しさん、君に決めた!
08/01/05 19:28:00
Wikiは欲しいな
携帯なら過去ログ読めるからいいが、モリタポを買うのは・・・
523:名無しさん、君に決めた!
08/01/06 01:23:35 kZ4+VJGi
保守
524:名無しさん、君に決めた!
08/01/06 13:19:39
>>522
つ「こっそりアンケート」
でも50モリタポを貯めるには最低1ヵ月はかかる
525:名無しさん、君に決めた!
08/01/06 20:26:52
いまスレの容量何kbくらい?
526:名無しさん、君に決めた!
08/01/07 03:24:54
>>525
500ぐらいぜよ
527:名無しさん、君に決めた!
08/01/07 13:45:49
違います
408です
528:名無しさん、君に決めた!
08/01/07 19:26:36 wJr3vM0J
一応今投下されてる奴は保存しといたが、
これはどうするべきなんだろう。
wikiのこととかよく知らんからどうしようもない
529:名無しさん、君に決めた!
08/01/09 13:10:30
俺のコウイチの脳内イメージは何となくミツル
といってもコウイチは描写では黒髪でスーツ着用だから、
ミツルといっても黒髪でスーツ着用してるミツルだけどね
530: ◆8z/U87HgHc
08/01/10 18:34:05
ようやく治りました。みなさん保守ありがとうございます!
まだ本来書こうとしてた所までは書き終わっててないんですが、
あんまり投下しないで日を空けるのもアレなので、いま出来てる所まで投下します。
ちょっと区切り悪いですが、ご勘弁を……
531:1/7 ◆8z/U87HgHc
08/01/10 18:40:37
テレキシティは、レンガ造りの『壁』に囲まれていた。
都市の内部と外界を隔てるその壁は、いわば『国境』のような役目を成しているんだろう。
高さはゆうに20メートル以上はあり、壁の両端は左右を見渡しても到底見えそうにない。
その壁には等間隔でいくつもの自動ドアが設けてあり、それぞれの自動ドアの上部には、
都市への入り口であることを指す『City Entrance』の文字がデカデカと刻み込まれていた。
壁の上には幾つもの蛍光灯(今は日が昇っているので飾り以外の役目は成していない)と、
不当に都市へと侵入してくる者を取り締まるための小さな監視カメラが常に回っている。
「ここがテレキシティーの入り口ですかねえ、コウイチくん!」
「うん、そうみたいだね。ドアの上にもそう書いてあるし。」
ぼくたち三人はその壁の目の前までやってきていた。
辺りを見渡せば、ぼくたちと同じくテレキシティへの観光者なのか、ちらほらとポケモンの影が見える。
そのほとんどが見たことのあるエスパータイプのポケモンなのだけれど、
中には、見た目エスパータイプには到底見えないようなポケモンも僅かながら存在する。
そんなエスパータイプ以外の者も、特に違和感なくエスパータイプの者達の中に紛れ込んでいるし、
今こうして壁の前にいるぼく達三人も、じろじろと周りの者達に見られたり声をかけられたりすることはない。
入り口に入る前ですらこうなんだから、テレキシティはあまり外見や種族にこだわらない都市なんだろう。
……それが例え『人間に似ている者』であろうと、『人間そのもの』でない限りは。
「おいコウイチ。誰もお前が人間だってことに気づいてないみたいだぜっ。クケケッ」
「うん、そうみたいだねっ! ちょっと不安だったけど、よかったァ……変装した甲斐があったよ」
今ぼくは、自分が『人間』だということがこの都市の者達にバレないために、ある種の変装をしている。
そして、ここまで周りの者達がぼくに対して興味を示さないということは、この変装は大成功だったということだ。
ぼくは改めて、ホッと安堵のため息をついた。
これで気兼ねなくテレキシティの観光及びぼくのポケモン捜索が出来るってものだね。
……ここに来る前に、ちゃんとみんなと相談しておいてよかった。
532:2/7 ◆8z/U87HgHc
08/01/10 18:43:39
―――――――
時は20分程ばかり遡る。
テレキシティを囲む壁と、その周りにちらほらと存在するポケモン達がうっすら見えてきた頃、
ぼくはある重大な事実を思い出したんだ。
……なぜ今まで忘れていたかも分からないほど、重大な事実。
”あのさ、そういえばこの世界って……人間が神だとか宇宙人だとかと同じような存在なんだよね。
このままぼくが人間丸出しのまんま、あんな都市に入っちゃったらさ……すっごい騒ぎになっちゃわない?”
ぼくは先ほどまで忘れていた事実とそれにより芽生えた不安を、ふたつ同時にフライゴンとジュカインに伝えた。
そしてそれを伝えたと同時に、それまでうかれていたフライゴンとジュカインの表情が瞬時に真剣な物に変わった。
そう、これはとてつもなく重大なことだ。
ぼくたちの世界でも、ちょっと外国のポケモンが姿を出したくらいでテレビも新聞も大騒ぎってなくらいだし、
ぼくらの世界とそう変わらないであろう近代都市のあのテレキシティに、
この世界では『神』と同等の存在(ちょっと誇張入ってるような気がしなくもないけど)であるという
『人間』が、つまりぼくが立ち入ってしまえば、もうどれほどの大騒ぎになるか想像もつかないし想像したくもない。
とりあえず、のんびりまったり都市観光……なんてことが出来なくなるってことくらいまでは分かる。
ゆったりなごやかに都市観光するためには、ぼくが『人間』であるということがバレてはいけない……
とりあえずぼく達は歩を止めて、その方法を考えることに専念することにしたんだ。
533:3/7 ◆8z/U87HgHc
08/01/10 18:49:28
胸ポケットには、トレーナーカードとポケモン図鑑。
ブレザーのポケットには、ハンカチとティッシュと手鏡。
ズボンのポケットには、ちょっとした腹ごしらえのためのチューイングガム。
腰に巻いてあるポシェットの中には、おサイフ、各種傷薬、3、4つくらいのモンスターボール、
そして、寒い場所に立ち入った時のためのマフラーと毛糸の帽子が入っている。
これだけの道具で、どうやって自分が人間だとバレないように変装すればいいんだろう。
マフラーで顔をぐるぐる巻きにするとか……? いやいや、それはちょっとイヤだよっ!
頭を抱えて悩んでいたとき、ふとジュカインが思い出したようにこう漏らしたんだ。
”そういえば昨晩、お前と族長が二人でどっか行ってる間に、キモリ達に聞いたな……
『人間を人間と区別する最大のポイント』……ってやつをさ”
それを聞いた瞬間、ぼくの中にふとこういう疑問が芽生えた。
そういえば、ここのポケモン達はぼくの姿を見て瞬時に『人間』と勘付いているけど、
足が二本、腕が二本、頭が一つの生物なんてポケモンの世界でも特に珍しくはないのに、
ここのポケモン達は、どこを見て『あっ、こいつ人間だっ!』と把握しているんだろう。
……それが分かれば、自分が人間だとバレないための効率のいい変装の完成に大きく近づけるかもっ……!
”ど、どうやって区別してるの? ここのポケモン達はっ! 教えてっ、ジュカイン!”
ジュカインの答えは、こうだった。
”ああ、これがおおまかに二つポイントがあるらしくてな……
なんでも、髪の毛と、指……らしいぜっ”
534:4/7 ◆8z/U87HgHc
08/01/10 18:54:41
”頭の下のほうや手はツルツルなのに、
上の方だけ毛を伸ばしに伸ばしてるその珍妙なスタイル。
そして、何でも器用に物を作れちゃう五本の指。
この二つが、『人間を人間と区別する最大のポイント』……らしいぜ”
その言葉に、ぼくは深く納得する。
人間はふつう服を着ているし、ここは人間により文化が伝えられた世界なのだから、
服で覆われている部分は区別する対象にはならない。
つまり区別するポイントは、『露出している部分』のみということになる。
そしてその露出している部分で一番特徴的なのは、確かに髪の毛と指だ。
ということは、その二点をどうにかすれば、ぼくが『人間』として見られることはなくなる……!
人間だとバレないための効率のいい変装。
その方法が瞬時に頭の中で構築され、ぼくはすぐさまそれを実行した。
まず指を見せないために、手をブレザーの袖の内側に隠す。
これで最低限はOKなわけだけど、一片も怪しまれないためには隠すだけじゃあ物足りない。
つまり『新しい手』を作れば、より自分が人間ではないということをアピールできるはずだ。
そこでぼくは、『モンスターボール』を新しい手とすることにした。
袖の中にモンスターボールを入れ、その半分だけ袖からはみださせる。
こうするだけで、新しい手の完成だっ!
モンスターボールの白い部分をはみ出させてるから、見た目は『ドラえもん』の手そっくりだねコレ。
で、髪の毛を隠すのは簡単。ただ毛糸の帽子をすっぽりと被るだけでオーケー!
……髪の毛をぜんぶ帽子の中に収めるわけだから暑いし蒸れるしで最悪だけど、
そこはフライゴンとジュカインのためにがまんがまんっ!
人間を人間と区別する二つのポイントを完全に覆い隠したこの変装。
完璧だとは思いつつも正直不安ではあったけど、その不安は杞憂に終わった。
そしてそれは同時に、ポケモンが作り出した近代都市への期待と興味を再び呼び起こす事となったんだ!
535:5/7 ◆8z/U87HgHc
08/01/10 19:00:54
―――――――
数分後、ぼくらはついにテレキシティへの入り口の中へと入っていた。
当然といえば当然だけれど、入り口を通ったらすぐに都市の中……というわけではなくて、
入街手続きを済ませるための審査所への待合室に繋がっていた。
待合室の中は、予想していたよりは居るポケモンが少なくて、
幾つか設置してあるソファにも、ぼくたち三人分が座れるようなスペースは幾つも空いている。
ぼくたちは入り口前で受付に渡された整理券を握り締めながら、遠慮なくソファへと腰を下ろした。
「うわー、ふかふかですねこのソファ~。いままで木の椅子やら地べたとかにばっか座ってたから気持ちいいや~」
フライゴンは顔をほくほくとさせながら、軽く飛び跳ねたりしてソファの弾力を楽しんでいる。
「この植物手入れが悪いなーっ! 土もからっからに乾いてるし、ちゃんと水やってんのかなァ~? 枯れるぜコレいつか」
ジュカインは、ソファのすぐ横においてある観葉植物を手でいじりながら、あれこれ文句を言っている。
……まったくぅ、二人ともまるで田舎モノみたいだな。大勢いる場なんだから、もっとこう慎ましくさァ……
……とは心の中で思っていても、このぼくもさっきから心がソワソワして落ち着かない。
ソファや観葉植物もモチロンそうだし、ぴかぴかでつるつるな床や天井、設置された公衆電話、
すべてが、この世界では今までになかった近代的なモノで、
そんな近代的な建物の中なのに、周りに存在する生物は『ポケモンだけ』だというこの違和感。
胸の奥にしまわれかけていた非現実的な感覚が、再び呼び起こされてきてしまう。
……ただ、『非現実的な感覚』とは言っても、そこに不快感やら不安といったものはない。
むしろ、入り混じっているのはそれらとは全く真逆な意味のものたちだ。
例えるなら、はじめて動物園やら遊園地に行った時のような気分。
そんな夢のような感覚が、ぼく……いや、ぼくらの心を落ち着かせないでいるんだ。
536:6/7 ◆8z/U87HgHc
08/01/10 19:08:47
そんなまったく落ち着かない待ち時間を過ごしている中、
フライゴンがふと立ち上がって、部屋の一端にあるテーブルに向かって歩いていく。
そこの棚からパンフレット状の紙を持ち帰ってくると、それをぼくに見せてきた。
「ねぇねぇコウイチくん。ホラ、『入街審査案内』ですってー」
「『入街審査案内』?」
フライゴンが持ってきたものは、入街審査の手順やら注意事項が書かれたものだった。
カラー印刷で文字も大きく、所々にイラストもあり、かなり見やすく作られている。
「へー、ずいぶん見やすいねーっ、コレ」
「イメージアイドルなんてのもいるぜ。『くちびる系アイドル・ムチュールちゃん』だってさ。
こーゆーアイドルとか乗せる意味あるのかなー!? たかだか審査案内の紙一枚にさ……」
いきなりジュカインが、所々に写っている髪の生えたペンギンのようなアイドルに対して文句をつけ始めた。
「まぁまぁ、オヤジじゃあないんだからそんな細かい所まで気にするなよジュカイン。
んじゃあー、せっかくだからボクが読み上げますねコウイチくん。えーと、なになに……」
「オ、オヤジって……」
不遜な表情を浮かべるジュカインを尻目に、
フライゴンは紙を目で追いながら、たどたどしい口調で読み上げ始めた。
「1・うけとった整理券の番号を呼ばれたら、指定された審査室へ入りますっ。
2・わたされた書類に種族名・氏名などの情報を記入し提出しますっ。
記入事項に従って……ええと、てーねーに記入してくださいっ。
3・手荷物検査とボディチェックを行いますっ。
4・SMJ……かっこS波による心の鑑定かっことじを行い、貴方の危険度を察知しますっ。
5・入街者リストへ貴方が登録されて審査は終了ですっ!」
537:7/8 ◆8z/U87HgHc
08/01/10 19:18:04
「注意……私物検査で危険物が出た場合ただちに没収のち処分となり、危険者リストに登録されます。
心の鑑定により危険度が70を超えた方は危険者リストに登録させていただき、
90を超えた方は、申し訳ありませんが入街を拒否させていただきます。ごりょーしょーください……」
読み終えたフライゴンは、苦い顔をしながら不安そうに呟いた。
「ですって。うわァ、大丈夫かなぁ」
「危険度を察知しますだってさっ。オレとお前はこれに引っかかるんじゃねぇの? クケケッ」
ジュカインは腕のリーフブレードを撫でながら、軽くため息をつく。
「ぜったい引っかかっちゃうよねー! ボクは爪や尻尾は凶器だし、熱いの口から吹けちゃうし……
ジュカインも、腕に刃物引っ付けてるしね。コウイチくんは穏やかで優しいから危険度0でしょうけど」
「90以上いっちまったらどうしような? っつかどういう方法で鑑定するんだろ……質疑応答?」
「そこはアレだよ。エスパータイプだけに超能力でも使うんじゃなーいの?」
「超能力でどんな風に検査するんだろうな? 器具とか使うのかな?」
「さァ? 分からないけど、なんだか楽しみだなぁ、ボク」
不安そうにしていたのはどこへやらだんだんと楽しそうに語り始めるフライゴンを脇目に、
ぼくは、少しばかり審査への不安で緊張していた。
人間に見えないように変装したはいいけど、ボディチェックとかのときにごまかせるかな……