【小説】ポケモン ドリームワールドat POKE
【小説】ポケモン ドリームワールド - 暇つぶし2ch100:名無しさん、君に決めた!
07/11/28 18:49:14
村長ご乱心

101:5/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 18:51:30
「なんで……なんでこんなことをォーー!?」
 ぼくの声は焦りと怒りにまみれている。
 そのぼくの声に突き動かされたのかどうか知らないけど、ようやく村長は口を開いた。

「こういう情報がある。『人間は、魔王の完全復活に重大な鍵を持っている』と……」

「!?」
 ゆっくりと、低い調子でそう告げるハスブレロ村長。
 ただでさえしわがれていた声が、より一層しわがれて聞こえる。
 そのせいで村長の発言はひどく聞き取りにくいものだったが、ぼくは完全に聞き取った。
 そして『村長が何故ぼくをここに閉じ込めた』のかもすぐに察知した。
「魔王は力を取り戻していないのじゃ。詳しくは知らんが大昔その力を吸い取られ封印されたと……
ともかく魔王がその『力』を取り戻すには『人間の存在が重要な鍵』だと言うのじゃ。
魔王軍にお前が手渡ってしまったら、困る。魔王が完全復活しちまうからのう? そういうことじゃ」
 村長はそこまで言うと、ぺたぺたとゆっくり帰っていく。
 村長が一歩進むごとに、ぼくの胸にズシリ、ズシリ、と湿った何か重いものが覆い被さってくる。
 帰っていく。ぼくが取り残される……ぼくが……

「人間には返しても返しきれない恩があるって言ってたじゃあないですかっ!!」

 ぼくは強く、震える声を引き絞り力強くそう叫んだ。
 村長の動きが、ピタリと止まる。

 村長はきっと迷っているはずだ。人間には恩があるから……沢山の恩があるはずだから……
 本当は『ぼくを殺す事に迷いがあるはずなんだ』っ!そうじゃなきゃ、おかしい。
「ねぇ、出してくださいよっ。人間には恩があるんでしょ? ぼく達は……いわば『神』だって……言ってたでしょっ!?」
 強く強く、希望を声量に変えて力強くぼくは叫び続ける。
 洞窟中に声が反射して、痛いくらいに何度もぼくの耳に入り込む。
 やがて耳鳴りと共に、静寂が訪れる。ぼくは、もう一度叫ぼうと息を吸って……

「恩?  『恩』じゃとォォォ~~~~?」

102:6/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 18:53:18
「?」
 ハスブレロ村長はついに振り返り、こちらを見た。
 その表情は……

「『恩』なんて……『大恩』なんて……
 わしらが知ったこっちゃあるかマヌケめェェェーーーーー!!!」

「!?」

 ハスブレロ村長の形相は、今までに無いほど怒りの色に塗れていた。
 まるでゾンビのように、顔中に血管の模様が浮かび上がり。
「『恩』!? それはいつ誰への話じゃ!? オイ、いつ誰の話じゃァァーーーー!?
それは遠い昔の『わしらの先祖への恩』じゃろう!? わしらは別に何もされた覚えはない。『恩』なんてこれっぽっちもねーんだよォォ!!
つまり『恩』なんてわしらが知ったこっちゃあるかボケが!! 知ったこっちゃあるかクソが!!
って事なんじゃよォォーーー!!! ひょっひょ……うひょひょひょひょひょ!!!」
 村長は激しく怒り、興奮している。
 ある意味では陽気に、楽しげに、怒りの程を叫びぶちまけている。
 村長のあまりの豹変ぶりに、胸が恐怖に疼いてくる。
 そんな中、ぼくは村長のある発言を思い出した。

”以前も、わしがまだ若い頃に一度だけ人間様がこの村にいらした事がある…… ”

 瞬間、とてつもなく恐ろしい考えがぼくの胸をよぎった。

103:7/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 18:55:07
「ま、まさか! 前にこの村に来たっていう人間にも、こうやって……お前は……!」
「ん~~?」
 村長は挑発じみた声を出しながらこちらに向かってくる。

「どうじゃったかのう。けっこう昔のことじゃから……よく覚えてないの~~~」

「……!!」
 途端に今までの村長に戻り……呆けたような声でそう言う村長。
 ……『ボケ』装ってるつもりかこいつ……!
 無意識にぼくの心に、村長へ対する敵対心が沸いてくる。 こうやってはぐらかすって事は、きっと……
 ぼくがそこまで考えると、また村長はうっとうしく独り言を始めた。
「そもそもわしはガキが大嫌いでのう……ガキに対しては怒りしか湧いてこないのじゃ。
ガキは空気が読めない……ガキは身の程を知らない……
そういえばお前、さっきわしに対して『お前』と言ったよな?
人間の世界では老齢の者には敬意を払えと教えてないのか?
そして、何よりガキは無慈悲じゃ。 わしが栽培した村の花や蓮が、
何度無慈悲なバカガキどもに踏み潰され引っこ抜かれた事か……」
「そ、それとこれとは関係な……」
「黙れクソガキャッ!!」
「わっ!?」
 突如村長が、ガラス戸を平手で叩きつけてきた。
 胸が驚きに跳ね上がり、よろめいて尻餅をついてしまう。
 村長は、ぼくのその姿を見ると、はちきれんばかりの爆笑を始めた。
「ひょっははははァァ!!! かぁ~~~~わいいのうっ!!!
ひょははっ!!! やっぱり楽しいのう……ガキ驚かすのはっ! ひょははっ!!」
 べたべたと跳ね回り、子供じみた罵声を浴びせ、悪戯心に満ちた顔でぼくを見下すハスブレロ村長。
 挙句の果てには下瞼をめくりベロを出したり、尻を叩いて見せたり……これが『今から人を見殺しにしようとているヤツの行動か』!?
 長生きしているうちに倫理観とか何とかがぶっ飛んじゃったのか、
 『ハスブレロ』が元々こういう性格の種族なのかどうかは知らないけれど……

 ……ムカッ腹が立ってきたぞ。
 怖いとか何とか……そんなことより、ぼくは『コイツ』にムカついてきたぞっ!!

104:8/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 18:58:08
「言っておきますけどねっ!!」
 ぼくは尻餅をついた体勢のまま、そう叫んだ。
 自分でも驚くほど、ぼくのその声はハッキリとして芯が通っている。
 村長の動きがピタリと止まった。

「ぼくは、死なない。フライゴンが……あの竜、フライゴンがぼくを助けに来てくれるからだっ!」

 ぼくは村長の顔をキッと睨みつけ、そう言ってやった。
 村長はぼくのその言葉に固まる。
 ……それも一瞬だけで、すぐにあのムカつく半笑いの表情に戻ると、
 膝を折ってガラス戸にギリギリまで顔を近づけ……果てしなく『悪そうな』表情でこう言ってきたのだ。

「保証はあるのか? 『本当にあの竜はお前を助けに来てくれるのか』?」
「はい?」

 とても馬鹿馬鹿しい質問だった。ぼくは思わず笑いそうになる。
 いや……実際笑ってやった。思い切り小ばかにするように、 「プッ!」 ってね。
「ぼくとフライゴンは、あなたなんかには分からない程の強い絆があるんだっ。助けに来てくれるに決まってるっ」
 ぼくがそう言うと……ハスブレロ村長は笑った。 さっきのぼくと全く同じように、「プッ!」 て。
 そして、その表情のままガラス戸に顔をくっつけ、果て無く意地悪そうな口調でこう言ってきたのだ。

「『保証』は? 『保証保証保証』! 『強い絆があるっていう保証』は!?
所詮お前の一人よがりなんじゃあないのか……? ええ!?
本当はあの竜は、お前のことを恨んでいるんじゃあないのか? 憎んでいるんじゃあないのか?
お前みたいなガキのことじゃから、それはもうあの竜を存分にこき使ったのだろう……だったら、勿論恨まれてるはずじゃが……?」
「……!」

 『保証』……
 『保証』なんて……そう言えばあるか?
 そうだ。誰も心の中なんて読めない……『保証』なんて……ないんじゃないか?

105:9/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 19:01:55

”ねぇねぇ、みんな聞いて聞いて!! ぼく昨日ポケモンゲットしたんだよぉ!!
見てホラ見て見てホラ見て見てぇっ!! どう? 丸くてパクパクでっ!! 丸くてパクパクでぇーーっ!!”

いつだったっけな、誕生日プレゼントでもらったモンスターボールで、ぼくがあの『丸くてパクパク』なポケモンをゲットした日は。

まだぼくがシンオク地方に引っ越す前で、ホウエヌ地方にいた頃だったっけ。
ともかくその『丸いパクパクくん』がぼくの初めてゲットしたポケモンで、
ゲットした翌日、友達みんなにああやって叫んで自慢しまくった記憶がある。
 
それから、ぼくは毎日そのパクパクくんことナックラーと朝から晩まで遊んだ。寝るのもお風呂はいるのも毎日一緒だ。
しょっちゅう手を噛まれたり、寝ぼけて噛まれて夜中起きちゃったり、
最初の方は色々大変だったけど、二週間くらいすればナックラーはもうぼくを噛まなくなったし、
自然とぼくにのこのこ擦り寄ってくるくらいには懐いてきた。(あの『のこのこ』って風なのんびりさがまたカワイーんだよなぁ~)

さて、そうしてナックラーとの生活が何年かを超えて、
引っ越してきたシンオク地方にもだいぶ慣れ始めてきたある日、
ぼくはミキヒサに連れられてコトブチシティで開催されたポケモンバトルの大会を見た。

激しくぶつかり合うポケモン、飛び交うトレーナーの命令、観客の声援、そして勝利したポケモンとトレーナーのあの輝くような歓喜の笑顔……

生で見るそのポケモンバトルの熱狂ぶりは、今までポケモンバトルに疎かったぼくの心にある『夢』を植えつけてしまうことになったんだ。

『ナックラーと一緒にポケモンマスターになる』


106:10/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 19:04:12

それからというものの、ぼくは毎日のようにナックラーを戦わせた。
学校から帰ったら色んなポケモントレーナーと戦うために色んな場所へ出かけたっけ。
もちろん、だからってナックラーと遊ばなくなったわけでも一緒に寝なくなったわけでもない。
ナックラーとの生活に新たに『ポケモンバトル』という項目が加わっただけに過ぎないんだ。
……でも、『格段にナックラーを傷つける機会が増えてしまった』事には変わりない。
一月に二回はポケモンセンターに連れていってたような気がする。

そして、やがてナックラーだけでなく他のポケモンもゲットするようになった。
捕まえたぼくのポケモンは一匹一匹がとても可愛かったけど、
数が増えてしまった分、かける愛情が分散してしまったような気もしなくもない。
それに何より、ポケモンが増えてしまった事により、あえなくポケモン達をボールに『収納』せざるを得なくなった事も大きいだろう。
……でも、ぼくは『全員に最高の愛情をかけた』つもりだった……けれど、それこそまさに独りよがりだったのかもしれない。

そうだ、独りよがり。独りよがりだ!!

そう、ポケモン達はポケモンバトルなんて本当は嫌だったかもしれないんだ。
ボールに『収納』されて、ずっと窮屈な思いをしていたかもしれないんだ。
命令なんて嫌々従ってただけかもしれない。勝利の後の『笑顔』や『喜び』なんてあんな物ただの建前だったのかもしれない。
心の奥底のホントのホントでは、『ぼくなんていなくてもいい』なんて思ってたのかもしれない。思ってないなんて『保証』あるか? どこにある?
『図々しく命令なんかしてるんじゃあねえクソガキ』なんて思ってたのかもしれない! 思ってないなんて『保証』あるか!? どこにある!? 

『絆がある保証』なんてどこにもないんだ!
いくら繋がってる気がしても、結局はそんな気がしてるってだけで実際そうだってわけじゃない。
心なんて読むことができないから当然のことさ。どこまで行っても結局は決定的な所まではたどり着けず、『気がする』で終わってしまう。
そう、自分と他の者の間には……人間とか家族とか親友とかポケモンとか、そんなものは関係なく!! 例外なく!!
必ず『決して覗き見ることの出来ない壁』が広がっているんだ!


107:11/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 19:08:14 +XZiqCqs
 絶望的な状況に脆くなった心は、いとも簡単に揺れ動く。
 ぼくは自然と黙りこくってしまっていた。
「ひょっひょ。わしは知ったこっちゃねーが、お前は知っているじゃろう……『どれだけ奴をこき使ったか』!! ひょっひょひょ!!
んっん~~~? 図星かね? ま、何度も言うようだがわしは知ったこっちゃねーがの。ひょひょひょ!」
 村長は立ち上がり、高笑いを残しながら去っていった。
 薄暗い道に、すぐにその後姿は見えなくなる。
 そして……耳鳴りと共に静寂がやってきた。

 ……いや。

 静寂の中から、聞こえてくる。『音』。
 土が削れる音。『何かが這ってくる音』。
 それが複数……何個も、何個も、マラカスのようにガシャガシャガシャガシャ。いくつも、だ。
 先程村長が残したある言葉が頭をよぎる。

”『それなりに』獰猛なのじゃよ。自分よりずっと大きい生物でも平気で食いよる。ま、奴等は肉食だからわしらは食われんがの”

 ぼくは、見た。
 床の下の狭い隙間から……何かが出てくるのを。
 複数の何か。虫ポケモン……?
 おそらくぼくの匂いを嗅ぎつけたんだ。『餌』の匂い……
 ふざけないでよ、ぼくは餌じゃあない。食べても美味しくない。
 もちろん煮ても焼いても多分美味しくない。そんなの餌か? 違うでしょ。だから餌じゃあない……
 頭がパニックにかき回される。
 と、その時。パニックにかき回されている筈の頭に、
 偶然か奇跡か天啓のように、ある『事実』が舞い戻った。

「……そうだ、これは夢だったんだっ!!」

108:12/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 19:09:34
 ぼくは、今まですっかり忘れていた『事実』を思い出した。
 途端に、今まさに胸にかかろうとしていた絶望の靄が晴れ、希望が現れる。

 そうだ、夢だったんだ!
 これは夢だっ! 故にぼくは死なない。
 目を覚ませばいい話だ。
 目を覚ますだけでこのピンチは一瞬でお仕舞い。
 そう、目を覚ますだけでいいんだ。簡単なお話じゃあないかっ!?


 どうやって目を覚ますんだ?


 ぼくはギュッと目を瞑った。
 数秒後目を開いてみると、そこにはさっきと全く同じ光景。
 意味も無く跳ねてみる。
 しかし なにもおこらない。
 頬をつねってみる。
 痛い。

 痛い。

 痛いよ。

 夢じゃなかった。


 やっぱり。


109:名無しさん、君に決めた!
07/11/28 19:11:48
                                                     























110:13/13  ◆8z/U87HgHc
07/11/28 19:13:38
「村長と人間様……遅いなぁ……」

 また新しい料理を運んできたコノハナさんが、小さくそう呟く。
 そういえば、コウイチくん遅いなあ。もう何分経っただろう……
 ボクは野菜料理をほおばりながら、コノハナさんに尋ねてみた。
「ねぇ、コノハナさん。村長さん達どこに行ったんだろう?」
「さぁ、私は知りません……ってか、そもそもこの村に人間様に見せるものなんてありましたっけ?」
 首を捻り、考え込むコノハナさん。
 それを皮切りに周りの村人さん達も皆が皆、不思議そうに首をかしげながら、 色々と言い始める。
「この村って、人間様にわざわざ見せるような名物なんて特に無いよね」
「ってかさ、正直……村長って、何やるかわからないよね」
「ちょっと怖いもんあの人。この前俺がお花さん踏んじゃっただけで殴り飛ばされたし」
「マジかよ~~!」
 話の流れは、どんどん村長さんの悪い噂へと流れていく。
 優しそうな村長さんだったんだけどなぁ。
「ねぇ、竜さん」
「あむっ、ハイ?」
 いきなり話がボクに回ってきた。咄嗟に振り向いたので、ほおばっていたトマトが溢れてテーブルに落ちちゃう。

「ねぇ、竜さん。あなたも行った方がいいんじゃないですか?」

 ……
 ボクはテーブルからトマトを拾い上げ、再び口にほおばった。
 既に口の中に入ってた野菜と一緒にゆっくりと噛み締める。
 残ったトマトの破片や他の野菜を奥歯で磨り潰し、口内で舌を躍らせ弾け出た酸味を残さず舐め取る。
 崩れたトマトや他の野菜のごちゃごちゃになったものを、水と一緒にコクリと喉に送り込んだ。
 口の中に余裕が出来る。ボクは一息ついて、返事を返した。

「……――」

 つづく

111:名無しさん、君に決めた!
07/11/28 20:00:12
おお、続き気になるな

112:名無しさん、君に決めた!
07/11/28 21:04:24
みんなもっと活気出そうぜw

113:名無しさん、君に決めた!
07/11/28 21:45:03
48氏が帰ってくるのをお待ちしておりました。

続き期待しています

114:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 00:17:43
ハスブレロw

115:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 10:57:50
>>105-106の下りは前は無かったよな。

116:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 12:48:39
追加要素か

117:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 13:30:38
代わりにネイティオ様達がいなかった事にされてる…
早く続き来ないかな。

118:1/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 15:43:18
 頬に熱い線が走った気がした。
 痛み? これは痛みだ。生暖かいものが……
 いや、そんな事よりもだ。そう、『そっちよりも』。
 ぼくの『視覚』には更なる衝撃があった。

 ほぼ目の前にスコルピがいる。ぼくの顔と腕の間のガラス戸に、爪を突き立てたスコルピが。
 不意にスコルピの首がぐるりと回り、その赤い目がぼくを捕らえた。

「ひええええええ!!!」
 慌てて、ぼくはガラス戸から飛び退く。
 
 その一瞬でぼくは理解する。まずはぼくの頬に切り傷があり、そこから血が流れていること。
 そして、一匹のスコルピが『凄まじい速度でぼくの頭目掛けて飛びついてきたこと』。
 ともかく照準が外れたらしく、スコルピの爪の一撃はぼくの頬にかすり傷を負わせるだけに留まったんだ。

 しかし、だからって安堵なんて出来るはずがない。
 このスコルピは、にじり寄る事しか出来ないわけじゃなく、
 『その気になれば』とんでもない速度で飛びついてくることが出来るって事が分かったからだ。
 一命を取り留めたからって、『安堵』なんかよりむしろ『絶望』の溝の方が圧倒的に深まってしまった。

 まったく嬉しくない一命の取り留め方だバカヤローーーッ!!

119: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 15:47:52
ぎゃーす、順番ミスった。
>>118は無かったことにしてください。

120:1/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 15:48:41
 今まさに『隙間』から現れた無数の虫ポケモン……『スコルピ』が、ぼくを取り囲んでいる。
 凶悪そうなとんがった目を、鋭く研がれているであろう爪を、牙を、こちらに向け……
 皆が皆ぼくを見つめている。

 ……『餌』として。

「やめて……来ないで……来ないでよォ……」
 後ずさりしようとするも、それは出来ない。
 そりゃそうだ、もう背中が壁にくっついてるんだもの。
 これ以上、後ろにさがる事は出来ない。
 そう、逃げられない。逃げられない……
 重くて、重くて、重い事実がぼくにのしかかる。
 その事実が告げる、恐るべき方程式。


 逃げない=死ぬ
 逃げられない=ぼくはもう死んでいるも同じ

 I am DEAD!!
 DEAD!! DEAD!! DEAD!!


「うぎゃああああああああっ!! 誰か、誰か助けてくれェェーーーっ!!!!」
 ぼくは絶叫を上げながら、無駄だと分かりつつもガラス戸を渾身の力で何度も叩いた。
 何度も、何度も、手が痛いけれどそんな事、この期に及んで気にしていられない。
 叩いてる内に、無数のスコルピがジリジリとこちらへやってくる。
 チラチラと後方を確認しながら、ひたすらひたすらぼくは戸を叩く事に専念する。
 しかし、次の瞬間。

 パシュッ!

121:2/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 15:49:59
 頬に熱い線が走った気がした。
 痛み? これは痛みだ。生暖かいものが……
 いや、そんな事よりもだ。そう、『そっちよりも』。
 ぼくの『視覚』には更なる衝撃があった。

 ほぼ目の前にスコルピがいる。ぼくの顔と腕の間のガラス戸に、爪を突き立てたスコルピが。
 不意にスコルピの首がぐるりと回り、その赤い目がぼくを捕らえた。

「ひええええええ!!!」
 慌てて、ぼくはガラス戸から飛び退く。
 
 その一瞬でぼくは理解する。まずはぼくの頬に切り傷があり、そこから血が流れていること。
 そして、一匹のスコルピが『凄まじい速度でぼくの頭目掛けて飛びついてきたこと』。
 ともかく照準が外れたらしく、スコルピの爪の一撃はぼくの頬にかすり傷を負わせるだけに留まったんだ。

 しかし、だからって安堵なんて出来るはずがない。
 このスコルピは、にじり寄る事しか出来ないわけじゃなく、
 『その気になれば』とんでもない速度で飛びついてくることが出来るって事が分かったからだ。
 一命を取り留めたからって、『安堵』なんかよりむしろ『絶望』の溝の方が圧倒的に深まってしまった。

 まったく嬉しくない一命の取り留め方だバカヤローーーッ!!!

122:3/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 15:51:38
 スコルピ達の次の飛び掛かり攻撃は、間もなくのことだった。

「ひっ!」
 顔目掛けて飛び掛るスコルピを、ぼくは大袈裟に身を屈めてかわす。
 髪の毛が何本か刈り取られ、パラパラと降ってくる。
 その次のスコルピ達の攻撃は、 『ひとまず安心する』の『ひとまず』も無いほどに間が無かった。
 続けて、牙を剥きまるで弾丸か何かみたいに飛びかかってくるスコルピ。
 ぼくは咄嗟に、転がるようにしてその攻撃を避ける。
 ……まったく汚れのなかったおニューのスーツが、土に汚される。
 紺色のブレザーの生地に砂が混じり込み、茶色く変色している。
 傍目から見たらきっとみっともないんだろう。

 ……不様だ。

 ドッヂボールの試合で自チームに残ってるのは自分一人だけ、みたいな状況だ。
 なんて不様なんだ。なんてカッコ悪いんだぼく。
 それも、『先の無い不様さ』だ。
 『一瞬一秒の命を取り留めるだけの不様さ』だ。
 『見返りなんて一切存在しない不様さ』だ。
 これ以上に空しいことがあるだろうか? これ以上の絶望があるだろうか?
 ぼくはまだ子供で人生経験なんて浅いから胸を張って言えないけれど……多分ないと思う。

 とめどなく涙が溢れてきた。

123:4/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 15:54:56
 死はほぼ確約されてるのに、たとえ不様でも一瞬一秒の命をとりとめようと抵抗する。
 なんでだろう? それは……もちろん死ぬのがイヤだからだ! そんな未来を信じたくないからだ!
 まだ若いのに、夢だって実現してないのに、こんなワケのわからないことで死んじゃうなんてイヤすぎるからだ!

「くそおっ!」
 もう何度目か分からないスコルピの攻撃を、ぼくは死に物狂いでかわす。
 『諦めて素直に死にます』なんて選択肢は今のぼくにはありえない。
 
 ……必死に避けてるうちに、少しだけぼくが『絶対諦められない』ことに疑問が芽生えてきた。
 死ぬのはいやだけど……痛いのはいやだけど……本当の本当に『死が確約されてる』ならもう諦めがついてもいいんじゃあないか?
 なんでぼくは、絶対諦めようとしないんだ?
 そうだ。
 『ほぼ』って何?  死はほぼ確約されてる……『ほぼ』って何だ!?
 ほぼって事はほとんど。つまり『大半』って事だけど……
 『大半』って事は、『大半じゃあない部分』がまだあるって事じゃないか!
 それって、つまり……助かる可能性。希望だ。
 希望ってなんだ? ぼくを絶対諦めさせない……その希望って何だ?

 フライゴンだ。

 そこまで、ぼくは到達した。 心の底にポテトチップスの残りカスのように密かに残るちっさな『希望』へ。
 ……しかしその瞬間に、あの一言が頭をよぎる。

”『保証』は?『保証保証保証』!『強い絆があるっていう保証』は!?
所詮お前の一人よがりなんじゃあないのか……? ええ!? ”
 
 ……やっぱり、希望なんて……

124:5/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 16:00:52
 ガシャアァァン!!!

 突如、洞窟中にけたたましい音が響き渡る。
 この音は何だ? 何かが割れる音……ガラスが割れる音。
 スコルピ達の目が、一斉にその音源へ向けられた。ぼくもそちらへ目を向ける。
 ガラス戸がある方……『先程までガラス戸があった』方向へ。
 そこには、まさかのまさか……
 いや、やはり……か?
 まさかなのか、やはりなのか、どちらか分からないけれどともかく……

 フライゴンがいた。

 あの全身緑のボディのドラゴンは、間違いなくフライゴン。ぼくのフライゴンだ。
 フライゴンが壁を突き破り、助けに来てくれたっ……?
「コウイチくんっ!」
 色んな感情が混ざっているような声を上げて、フライゴンは急いでこちらへ向かってくる。
 と、ぼくは見てしまう。一匹のスコルピが、フライゴン目掛けてぼくにしたのと同じく勢いよく飛び掛っていくのを。
「フライゴン!」
 咄嗟にそう危険を伝えるが、そういい終えるや否や、
 フライゴンはしっぽを思い切り薙ぎ払い、飛び掛るスコルピを一蹴した。
「……!」
 あっけなく吹っ飛んで行き、倒れ動けなくなるスコルピ。
 危険を予知したのか、他のスコルピ達がたじろぎ後じさりを始めた。

「邪魔だぞ、虫ども……!」

 フライゴンはいつもよりも低いトーンでそう言い、スコルピ達を威嚇するように睨み付ける。
 その目には、激しく燃える怒りの色が……
 怒り……
 ぼくのために、こんな怒ってくれている……

125:6/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 16:05:09
「乗ってください、コウイチくんっ。早くここ出ましょう!」
 フライゴンは背中を向け、ぼくに乗るように指示する。
「あっ、うん……」
 ぼくは少し遠慮気味にフライゴンの背中に乗る。
 ぼくがフライゴンの体に手をかけた瞬間、彼は羽を大きくはためかせ、
 髪が全て後ろに靡く位の凄まじいスピードで飛行を始めた。
「うっ……!」
 空気がぶつかる音が聞こえる。ぼくはたまらず頭を伏せ顔をフライゴンの背中にうずめる。
 それも一瞬で、二秒、三秒経たぬ内にフライゴンの動きは止まった。
 頭を上げ、顔を上げる。そこはもう洞窟の外だった。


 空が赤く染まっている。夕焼けの時間だ。
 フライゴンの緑の体も、赤みが混じり橙色に染まって見える。
「……あっ」
 ぼくは慌ててフライゴンの背中から飛び降りた。
 何となく、そんな長く乗ってたらいけないような気がしたんだ。

「大丈夫ですか? 危機一髪、ってやつでしたね……」
 目を細め、ぼくを心配そうな目で見つめるフライゴン。
 傷口一つ一つに目を通すように目を動かし、小さく 「かわいそう……」 と呟く。
 本気で心配してくれている。嬉しいんだけれど、ちょっとした疑問があってぼくは素直に喜べない。
「あの……フライゴン」
「はい?」
 言う直前少し躊躇いそうになるけど、ぼくは何とか最後までこう言った。

「なんで、ぼくを……助けに来てくれたの?」

126:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 16:07:04
おお

127:7/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 16:11:40
「はい? えーとですね……実は食堂に村長が一人で戻ってきてですね……
 ぼくや村の皆で質問攻めにしたらコウイチくんをここに閉じ込めた事とか諸々得意げに喋り出して……
 いい人そうな村長さんだったからちょっと信じられなかったけれど、とりあえず行ってみたら……って事でして」

 顎に指をやりながらそう喋り出すフライゴン。……違う、ぼくが聞きたいのはそういう事じゃない。
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
「え? じゃあーどういう……」
「あの……ぼく、こき使ってたじゃないか」
 ぼくがそう言うと、フライゴンは 「へ?」 と呟き、呆気に取られたような表情を取った。
 ぼくの言ってる意味がよく分からないのか。ぼくは構わず続ける。
「ぼく……きみ達ポケモンをこき使ってたじゃないか。
 勝手に捕まえて、勝手に戦わせてさぁ……都合のいいように……」
 なぜだか、言っている途中に瞼の奥で何だかよく分からないものがこみ上げてきて、目にぎゅうっと力が入り涙が強引に押し出される。

「村長が言ってた通り、ぼくポケモン達に本当は恨まれてんじゃないかって思って……
 本当は『絆』とか『信頼』なんてぜんぜん無いんじゃないかとか思ってさあ……
 助けに来てくれないと思った……本当は、ぼくなんかとは離れたいと思ってると……思った」

 喋りながら、迷子の子供のように何度も目をこすり、鼻をすする。
 瞼が痛いけれど、それでも涙が溢れて止まらないんだから仕方ないじゃん。
 そうやってずっと泣きじゃくっていると……
 フライゴンは慰めるようにぼくの頭に手を置いて、わしわしと優しく撫で始めた。
 そこには恨みとか何とか……そんな冷たい感情は一切感じない。
 とても優しくて……暖かい、手。

「……バカ言わないで下さい」

128:8/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 16:16:08
「こき使われてるから恨んでるとか……そんなこと全然ありません。
 それどころか、ボクは……ボク達は、もっともっとコウイチくんの役にたちたいって思ってるんですよ?
 ねぇ、何でか分かりますか……?」

 ぼくの頭を撫でながら、ゆっくりと、親が子供におとぎ話を語るような優しい口調でそう言うフライゴン。
 ぼくは、涙が浮かび真っ赤な目のまま顔を上げてフライゴンを見つめた。
「本当に……?」
「ええ、本当に。……ふふっ、嘘なんかつく意味ないじゃあないですかっ。
 もし本当は嫌ってるとして、それをぶちまけた所で怒られるわけでもなし、叩かれるわけでもなし。
 嘘なんかつく必要ないでしょう? こんな優しいコウイチくん相手にっ!
 そう、本当にボクがコウイチくんを嫌いだってんなら、嘘なんかついて気遣うはずもないですしねーっ」
「……」
 フライゴンは一息おくと、ふっと柔和な笑みを浮かべこう言った。

「何でボク達はもっとコウイチくんの役にたちたいと思うか……
 それは、感じるからですよ。コウイチくんと一緒にいると、ひしひしと伝わってくるからです。
 コウイチくんが、どれだけボクらを可愛がってくれてるか……愛情を注いでくれてるか……
 楽しいこと、いっぱいあったでしょう? 辛い事もあったけれど、いつも協力して乗り越えてきましたね」

 フライゴンはそう言うと、どんどん思い出していくように『思い出』を列挙しはじめた。
 ぼくとポケモン達の思い出。一緒に過ごしてきた思い出……
 フライゴンの一言一言に傷ついた心は癒され、充足感に満ちていく。
 絶望やら何やらで完全に消えかけていたポケモン達との清き思い出が、どんどん蘇ってくる。

129:9/9  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 16:19:39
「『絆』がないわけないじゃあないですか。『信頼』がないわけ……
コウイチくんがボク達を好きでいればいるほど、ボク達はコウイチくんを好きになるんです。
コウイチくんがボク達を信頼すればするほど、ボク達はコウイチくんを信頼するんです
ねぇコウイチくん? コウイチくんは……ボク達のこと、どれくらい好きですか? どれくらい大切ですかね?」

「どれくらいって……それはもう命と同じくらい大切だよっ!」
 ぼくはそう即答する。建前とか嘘とかじゃあない、全くのぼくの本音だ。
 ぼくにとって、ポケモン……友達は、家族は、最上級に大切なもの。
 他にも大切な物や失いたくない物はいっぱいあるけれど、その中でも一番大切で掛け替えの無いものだ。

 フライゴンは口元に笑みを浮かべたまま、物憂げに目を瞑り、俯いた。
「それなら……ボク達もそうなんですよっ」
 囁くようにそう言うとフライゴンは顔を上げ、今度はぼくの顔を真剣なまなざしで見つめながら喋り始めた。
「ボク達はみんなコウイチくんを誰よりも好きだし誰よりも信頼してるんですよ? だから……
コウイチくんも、何があってもボクを信頼しててください。信頼されてないのは……辛いですし、ね」

 言い終えてからフライゴンは、ぼくの頭をぽんぽんとあやすように軽く叩く。
 ぼくは、またまたまた涙が溢れてきていた。 今度は、とても暖かい涙。先程の冷たい涙とはぜんぜん違う……

 フライゴンは、ぼくをこんなに思ってくれていた。言葉のおかげで、彼の態度のおかげで、想いが伝わる。
 ……完全に信頼をしていなかったのは、むしろぼくの方だったんだ。
 ぼくからフライゴンへの、そしてフライゴンからぼくへの道中にある壁を不透明なモノにしていたのは、このぼく自身だったんだ。

 これからはもう……疑わない。フライゴンの事は絶対に……疑わないっ。
 そして、信じる。『フライゴンがぼくを信じていると信じる』。
 
 涙が溢れ、ぼくの中の壁の不透明な部分が洗い流されていくと同時に、命の危機を抜け出したという安堵感もどっと胸に満ち溢れ出した。

「さて……戻りましょうかコウイチくん。
あの村長さん……どうしてくれましょうかねっ」

130: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 16:21:49
>>128で台詞の部分ミスした……
次はまた6時半過ぎからです

131:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 17:07:20
これは確実にもっと評価されていい

132:1/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 18:44:49
「村長……あなた、自分が何したか分かってるんですか!?」

 食堂。
 ハスブレロ村長の周りを、村人達が取り囲んでいる。
 村人達が村長を見る目は、畏怖と困惑を同時に包容していて……
 それは、目の前の村長が『しでかした事』がいかに重大であるかを表している。
 しかし、村長はそんなこと全く問題でないという風に、ふてぶてしい態度を取っている。

「何じゃ、何じゃ? わしが何したか分かっているじゃとォ……?
あぁ!? お前らが何言ってるのか分かってるのか!!」

 村人達全員が、村長の剣幕に押されビクリと震える。
 村長はイライラした風に椅子から立ち上がりながら、老体を思わせない物凄い剣幕で村人達全員に檄を飛ばし始めた。

「人間が魔王の復活に重大な鍵を握っているという事をお前らは知らんのか?
あのまま、あ奴らガキ人間をほったらかしといたら、すぐ魔王にとっ捕まるに決まっとるだろうがァ!!
人間はひ弱な生き物だ。無論、炎も吹けなければ竜巻を起こす事も到底出来んっ!
あの隣にいた竜も、まるで覇気が感じられんかった。所詮見掛け倒し、魔王軍にかかればイチコロじゃっ!!
分かるか、あァ~~~~ん? わしゃこの村のためっ! この世のためを考えて行動したのじゃ!!
それを……お前ら何じゃぁーーっ!?」

133:2/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 18:47:10
 ハスブレロ村長の激に、辺りがシンと静まりかえる。
 村人達はほとんどが顔を伏せ、村長を見つめている者はみなどうしていいか分からないような表情をしていた。

 静寂の中コノハナがふと呟くようにこう言った。
「だからって、殺すまでは……殺すのは流石に……」
「あ?」
 コノハナのその呟くような反論に、ハスブレロ村長は敏感に反応する。
 村長は顔にいくつもの筋を作りながら、コノハナの目の前に立ちまた怒号を上げた。
「わしのやる事にまだ文句を言うか貴様ァーー!! 若造の分際で生意気じゃぞォーー!!
人間が死ぬだの何だの、このわしが知ったこっちゃあるかァーーーー!!!」
「……!」
 村長がそう言い終えた時、コノハナは完全に言葉を失っていた。
 何も言えず、黙りこくって……
 ……口を半開きにして、目を驚きに見開いている。
 その視線は……村長ではなく、その『後ろ』にあった。
「……何じゃ貴様。何を見ている?」
 村長も、すぐさまその事に気付き目の色を変える。
 コノハナは、震えた動作で村長の後ろを指差し……
「……村長、後ろ、後ろ……」
「あ?」
「村長ーーっ! 後ろ、後ろーーっ!」
 村長は、指に従いゆっくりと後ろを振り向いた。
 後ろのその『一つの影』を見た瞬間、彼の脳内に並々ならぬ衝撃が走った。

 先程の話題の『人間』が……閉じ込めたはずの『人間』が……いまその場に立っていたからだ。

134:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 18:48:16
キタ━━(゜∀゜)━━!!

135:3/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 18:50:44
 ……ぼく達の姿を確認した時のハスブレロ村長の顔は、まさに衝撃一色だった。
 ぼくの予想以上に、いい顔をしている。
 村長がぼくにあんな事をでかした事も相まって、村長の衝撃に揺れる顔は非常に愉快だ。
 この顔を見れただけでも、閉じ込められた甲斐はあったかもしれない。
 と、村長はその顔のまま『信じられない』と言った風な震えた口調でこう言う。
「な、なんで……なんでじゃ……」
「ボクが助けたんです。あの脆いガラス戸をぶち破ってね」
 ズイと前に出ると同時にフライゴンはそう言う。
 フライゴンはまっすぐハスブレロ村長を睨みつけている。怒りに満ちた目でだ。
 村長がたじろぎ怯えているのが、目に見えて分かる。
 フライゴンはおどしかけるようにまた前に一歩出た。
「村長……あんたはボクに言いましたね。『行った所で助けられない』と。
あんな脆いガラス戸を信用してたんですか?」
「う、うう……」
 いざ丁寧語は使っているものの、フライゴンの語調からはハスブレロ村長に対する敵意がぷんぷんだ。
 今にも、村長に襲い掛かってしまいそうなほどに、だ。
 こんなに怒っているフライゴンは、珍しい。ぼくのために怒ってくれてるんだ……
 村長もそれを感じ取っているのか、顔を真っ青に染めおろおろと視線を泳がしている。
 その村長を見つめる村人達の目つきも、『因果応報だ』とでも言う風で、庇う気はさらさら無さそうだ。
 フライゴンと村人達に見つめられ……勿論ぼくにも見つめられ、無言の圧力を一身に受けている村長は、いまどんな気持ちだろう。
 ……なぜだか、少し村長に対して同情が……

「よ、よくやった」

「え?」
 『よくやった』。そう言ったのは、ハスブレロ村長だ。
 食堂中に少しだけざわめきが起こる。
 しばらく経ってざわめきが止まった瞬間……村長は続けてこう言った。

「じ、実は試練だったのじゃよ。ひょっひょ。よくやった、よくやった。
き、君達は魔王を倒す、勇者になれる素質を持っておる」

136:4/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 18:53:16
 ぼくは驚愕した。
 もちろん、村長のその言葉の意味に対してではない。
 見るからに、聞くからに、感じるからに、村長の発言は100%嘘に決まってるからだ。
 ぼくが驚愕したのは……『この状況でこんな事を言える村長のふてぶてしさ』にだ。
 芽生えかけてきた同情の心も、村長のその言葉を聴いた瞬間に砕け散った。

「はぁ?」
 そう言ったのはフライゴンだった。
「い、いや、ほ、ほんとうじゃよ。試したんじゃよ。君達が魔王と戦えるかどうかを……
ほ、ほら。わしらモンスターが、に、人間様を殺そうとするわけ、ないじゃろう? は、ははは」
 村長は、かたくなに嘘を続けようとする。
 バレてないとでも思っているのだろうか? このまま押し通せるとでも思っているのだろうか?
 先にしびれを切らしたのは、フライゴンだった。
「こ……この後に及んで何をォーーっ!!
ボクは怒ったぞ! コウイチくんをこんな風にさせた罪……償えっ!」
 フライゴンは憤怒の形相で腕を振り上げる。
 村人達は咄嗟に顔を伏せたりするも、誰も止めようとするものはいなかった。
「ひっ!」

「待って!!」

 突如、大声での静止が入った。
 フライゴンの動きがピタリと止まり、腕がゆっくりと下ろされる。
「え……何で……?」
 ゆっくりと、困惑の目つきでこちらを振り向くフライゴン。

 そう、静止を入れたのはぼくだ。

137:5/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 18:55:15
「何もしなくて、いいよ。」
 フライゴンの肩に手を添え、ぼくは静かにそう言った。
 フライゴンの目が一層困惑に揺れる。
 村人達も、驚き目を白黒させている。
「な……何でですか?コイツはコウイチくんを殺そうとしたんですよ!?」
 ぼくの顔と、ぼくの体のいくつかの傷跡を交互に見交わしながらそう尋ねるフライゴン。
 フライゴンは、ぼくの仇を取りたくてどうしようもないみたい。だけど……
「あの村長だって……村やみんなを守るために、ぼくを殺そうとしたんだ。
別に悪い人ってわけじゃあない……だから、いいんだよ。別に……」
「そ、そんな……」

 村長は確かにぼくを殺そうとしたし、何度も小ばかにしたような発言をぼくに浴びせかけた。
 けど、別にそこに完全な悪意があったわけじゃあない。
 それよりも何より、相手はポケモンでありしかも老人だ。ズタボロにされるのを黙って見てられるか?
 それに……結果的にだけど、奴のおかげでぼくとポケモン達との絆がハッキリしたのも事実だ。
 これが『夢じゃあない』ってことも……

「帰ろう、フライゴン。この村から出よう……」
「で、でも……」
「いいから」
 ぼくは渋るフライゴンの羽を掴む。
 フライゴンはキッと一度村長を強く睨みつけると、渋々ぼくに従って身を翻した。
 ……ゆっくりと、フライゴンと一緒に食堂を出ようとした、その時だ。

「さ、さすが人間様! 寛大なお方じゃのう! そ、それでこそ勇者の素質あり、じゃ! ひょ、ひょひょ!!」

 まるで捨て台詞の如く、村長がそう叫んだ。
 ……しつこく、あの『嘘』を押し通しそれで完結させようとしている。
 意地でも自分のした事を『正当化』させたいんだ。
 あんなことをしておきながら……底意地が腐っている。

 ギリギリ繋がってたぼくの堪忍袋の緒が、ついに千切れ去った瞬間だった。

138:6/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 18:57:14
「おまえ――!!」
 ぼくは、考えるよりも先に体を動かしていた。
 勢いよく振り向き、村長をギッと睨みつける。
「ひっ」
 村長は身を竦め、その顔がまた恐怖に歪んだ。

 殴れない代わりに、ぼくは力強く睨みつける。
 精一杯目つきを鋭くさせ、精一杯歯を食いしばり、
 村長へ、ぼくの怒りの念をただひたすらに送る。
 もっと怯えろ! もっと怖がれ! もっともっと後悔するんだ!! もっと! もっと!!

「……あやまれ」
 ヒリヒリと疼き痛む傷口が、ぼくにそう喋らせた。
 ぼくのその一言を聞いて、村長が一瞬呆気に取られた顔をしやがった。なんだその顔は―

「あやまれって言ってるんだァーー!! 人を殺しかけて、その上あんなふざけた口まで聞いて、誠心誠意あやまるのが
当然ってもんじゃあないかっ!? この世界では『失礼なことをしたらちゃんと謝れ』って教えてないのかァーー!?」

 ぼくは叫んだ。感情に身を任せてこんな怒り叫んだのなんていつぶりだろう?
 それにしても、ぼくみたいな子供が老人に対してこんな口を聞く方が失礼なんじゃ……
 いやっ!! 奴のしたことは深刻だ! それはぼく自身が一番分かっているだろう!?
 あれほどの事に、年の差とか種族の差なんて関係あるかっ!

 ともかく、ぼくの怒号の迫力に押されたのか、あのプライドの高そうな村長はまず床に膝をついた。
 ギリリと歯を食いしばり、おそらく恥や後悔、悔しさに押しつぶされそうになっている。
 だけど、もうぼくはそんな村長を見ても同情なんて微塵も沸いてこない――
 フライゴンも、村人達も、ぼくの前に膝をつくハスブレロ村長をある意味小気味良さそうな目で見つめていた。
 そして……

「……すまなかった、すまなかった、人間様ァ!! だから、許して……許して、ください……」

 ぼくをあれ程絶望に追いやった村長は、ついにそのぼくの前で地に頭をこすり付けた。

139:7/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:01:05
 …………

 人間とそのお供の竜が食堂から……この村から去って、既に何分かが経過した。
 それでも、ハスブレロ村長は硬直したようにまだ床に頭を擦り付けたままだ。
 取り囲んでいる村人達の目も、だんだん憂慮の色に染まっていく。
「あ、あの……村長……」
 しびれを切らした一人のコノハナが、村長の元へ近寄る。
 と、彼が近寄った瞬間、村長は不意に頭を上げた。
「!」
 村人の間に一抹のざわめきが起こる。
 驚き、じりっと後退するコノハナ。
 村長はぐるりと首を捻りそのコノハナの方を見つめると、こう言い出した。

「……あ~あ。とんだ災難じゃったのう」

 そう言いながらゆっくりと膝を伸ばし立ち上がる村長。
 その表情は、反省の色などは微塵も無い涼しい顔だ。
 あるのは『やっと厄介事が過ぎ去ったか』程度の感情のみ。
 村人達は、一斉に黙りこくり村長を見つめ出す。
 ……その目の表情は、あくまで冷徹な物で……
「……何じゃ、何を黙りこくっとる? 何だその目つきは?」
 それを、村長も感じ取る。
 村長は不愉快な気分をそのまま声量に変え、村人達全員に向けて怒鳴りつけた。

「何なんじゃその目つきはーーっ!! わしは何も悪いことはしていない、そうじゃろう!?
そもそも何じゃ貴様ら、何でさっき黙っておったー!? 村人としてわしを庇うのは当然のことじゃろうが、オラッ!」

 べちんべちんと地団太を踏みながら説教を始めるハスブレロ村長。
 しかし、村人達が村長を見つめるその冷めた目つきは依然変わらず……
 しばらくすると、一匹のハスボーが無言でハスブレロの横を通り抜けていった。

140:8/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:03:38
「お……おい? ど、どこへ行く? 説教はまだ終わっとらんぞ……」

 慌てて引きとめようとする村長。
 しかし、ハスボーは一切反応の様子は見せずに食堂を出て行ってしまった。
 そしてそれを皮切りに、村人達が次々と無言で村長の横を通り抜けていく。
「お、おい、何じゃ!? 誰が帰っていいと言った!?」
 うろたえ、叫ぶ村長。しかし誰も一切その声に反応しようとはしない。
 村人は、ほぼ全員無言のままに外へと出て行き、
 やがてその場には、ハスブレロ村長と、給仕をしていた一匹のコノハナの二匹だけが残されるのみとなった。
「ぐ、うう……」
 ズタボロに傷ついたプライドを押さえるように歯を食いしばるハスブレロ村長。
 と、コノハナがそんな村長に近寄り、冷たい口調でこう言った。
「あんな横暴をしでかして……村人達にも見放されるのは当然です。
老人相手にこう言うのも何ですが……あなた、きっと近い内ひどいバチが当たりますよ?」
 コノハナはそう言い放つと、厨房の奥に消えていった。
 広い食堂に、ハスブレロ村長一匹が残される。
 村長は荒い鼻息をつきながら、ふらふらと壁にもたれかかった。
 辺りの静寂と反する心の激しい怒りと後悔を少しでも晴らすように、
 村長は壁を強く、思い切りたたきつけた。

「……くそっ!! くそっ、くそっ!!」

 怒りと悔しさに壁を叩きつける村長。
 何度も何度も、手が痛むのも全く気にせず壊れたように壁を叩きつけ続ける。
 それから長い時間、村長は食堂を出ずに手が壊れそうになるまでずっと壁を叩きつけ続けていた。

141:9/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:06:46
「さっ!! これからどーしますか? コウイチくんっ!」

 黒が差し込み間もなく夜へと向かおうとしている空の下を、ぼくはフライゴンと一緒に歩いている。
 フライゴンの問いに、ぼくは大袈裟にウーンと考える仕草を取ってこれからの事を考えた。

 ハッキリしてるのは、これは『夢じゃあない』ってこと。
 ってことは、これからやる事は二つだけ。そして最も優先する事は……

「まずは、はぐれたポケモン達、あとミキヒサを探す事だねっ!
たくさん色んなところへ行こう! ……あはっ、観光代わりにもなるかもねっ」
「ですねっ。……観光っ! それいい発想です、コウイチくんっ!」
「でしょ? せっかくこういう所来たんだし、楽しまなきゃ損だよ~」
「さすがコウイチくん、ポジティブシンキング!」
「そ、そうさそうさ、ネガティブでいい事なんか一つもなしだし……これからのぼくはポジティブぼくだっ!」
 そう言ってからぼくは手を大きく広げて、いかにぼくが
 ポジティブであるかを全身で表現してみた(この仕草のどこがポジティブの表現になってんのかは自分でもよく分からないけど……)。
 ……と、そんなポジティブぼくの脳内ビジョンに、不意にこんな言葉が浮かんでくる。

 みんな無事でいるかな……

 ……い~や、きっとみんな無事でいるに決まってるさ!
 ……自分がこんな目に会っといて、ちょっとそれは説得力ないけどさー。

 ……本当に元の世界に戻れるのか。

142:10/10  ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:08:09
 吹きすさぶ夜の風と共に何かそんな考えもふと頭に浮かんできたけど、ぼくは慌ててそれを打ち消した。
 そうさっ、これからのぼくはポジティブぼくっ! こういう事はなるべく考えちゃいかんいかーん!

「……ふふっ」
 そんなこと考えてると、何故だかちょっと笑みがこぼれてしまった。
 不思議そうにフライゴンがぼくを見つめる。少し笑みの残った顔で見つめ返すと、フライゴンもぼくにつられて笑みをこぼした。
「……うふふっ」
 そのフライゴンの笑みにつられて笑うぼく。
「あははっ」
 そのぼくの笑みにつられて……
「あっははーー!」
 そのフライゴンの笑みにつられて……
「あはははーー!!」
 少し経ったら、またまたぼく達は大声で笑いあっていた。
 とても温かくほのぼのとした雰囲気が、ぼくたちを包み込んだ。

 こうしていると、少し前に壁の中に閉じ込められて死の危険に晒されていたことが、まるで夢のようだ。
 フライゴンの信用を疑い絶望していたことが、まるで夢のようだ。
 でもあれは夢じゃあないんだよね。すべて実際あったこと……現実なんだ。
 閉じ込められたことも、死にかけたことも、フライゴンを疑ったことも、直後にフライゴンが助けに来たことも……
 ……うふふふっ。
 甘美だっ!
 甘美すぎるっ!
 あーゆー大ピンチを乗り越えたことにより生まれる安心感が、こんなに甘くて美味しいものだなんてっ!
 舌がとろけるぅっ! ほっぺたが落ちるぅっ! うわーいっ、こりゃあ三ツ星レベルだねっ!
 夢ではないのは分かってるけど、これが夢だとしたら絶対覚めてほしくないよっ! ふふっ、都合いい人間だよね、ぼくってば。

 わははと明るく笑い合い、腕をふりふり足取り軽く、ぼく達は次の場所へ向かっていった。


 第一話 おわり

143: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:15:53
 少し時は進み……ある場所でのこと。

「ぺリッパーー! はいはいはァい、このぼくぺラップが夜七時をお知らせしまァす! ペリッパーー!!」
「シャーーラップ!! 声量を控えろぺラップ。もう夜なんだぜっ!!」
 相変わらずやかましいぺラップに喝を入れながら、俺はある報告を済ませようと廊下を急ぎ足で進んでいた。
 ……向かう先は、我が飛鳥部隊の長の部屋。

「失礼します」

 自慢の鋼の翼で扉をノックし、部屋に入っていく。
 ……我が部隊を治める、いわばリーダー……部隊長、ネイティオ様の部屋。
 ネイティオ様は相変わらず、夜だというのに部屋のライトもつけず
 壁全体を覆うほどの大窓の前に立ち、夜空の満月をただじっと見つめている。
 俺が部屋に入ってきた事に何の関心も示さない。 ……気に入らねぇっ。

「……飛鳥部隊、副部隊長……エアームドでございます」
 名を名乗っても、ネイティオ様は一切何の反応もしようとはしない。
 しかし、これもいつも通りの事。気に入らねぇ。気に入らねぇが……もう慣れっこだ。
 俺は窓を見つめているネイティオ様の背後に立ち、先程部下から受けた報告を部隊長に告げた。
「今朝、我が部隊のオニドリルがサイシ湖にて、人間と新たな竜騎士と思しき者と遭遇したそうです。
……いかがいたしましょう、ネイティオ様。ご命令を」
 ネイティオ様のグリーンの後頭部と、その後頭部から突き出る二本の長く赤い毛の束をじっと見つめながら、返事を待つ。
 ……それなりの沈黙が続いたが、しばらくしてネイティオ様がようやく口を開いた。

「ご命令を……そう言ったな」

 こちらを向かないまま、そう俺に向かって言うネイティオ様。
「言いましたが……それが何か」
 ネイティオ様の後姿に並々ならぬ威圧感を感じながら、恐る恐るそう言うと……

「キミは無能だな」

144: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:19:56
「は?」
 突如投げかけられた厳しい言葉に、思わず感嘆符が漏れ出る。
 ……その言葉に対するネイティオ様の反応は、異常に早かった。

「『は?』……だと? 『は?』といま君は言ったな!?
 何なのだその無礼極まる態度は。それが目上の者に対する言葉かね? 君は礼儀も知らないのかね!?
 そのような言葉を臆面も無くこの私の前で出せるとは、礼儀知らずも甚だしいというものだ!
 目上の者に対する礼儀がっ! 行儀がっ! 君には一欠片もないようだな!
 君のような物こそ、まさに『無能』という呼び名がふさわしい!!」

「!」
 まるで土砂崩れでも起こったかのようにいきなり饒舌になり、やたらめったら言葉を吐き出すネイティオ様。
 ネイティオ様の後頭部が、赤い二本の毛の束が、プルプルと揺れている。
 その説教は、まだまだ続いた。

「先程……君は『命令を』と言ったな。上の者から命令を受けねば君は動けぬのか?
 全くの無能め! それくらい己の脳で判断し動くのが下の者として当然のことであろう!
 私の集中を乱しおって!! 私に無駄な時間を取らせおって!!
 いいか、無能よ。この世界にて最も生きる価値のない者とは何か知っているかね?」

「……」
 俺は、答えずにじっと反応を待つ。しばらく経つとネイティオ様は溜息混じりにこう言った。

「無能な者だ」

145:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 19:30:03
初支援。
俺には文才はないから応援しか出来ないから頑張ってくれ。

146: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:33:23
「この世界は神によって作られた物であることは君も知っているであろう!
そして、何故我々は作られたのか? きみは把握しているのかね?
神は何より退屈を嫌う。神は飢えているのだ。全知全能、それ故に神は飢えている。
そこで神は生物を作った。まずは知能というものは存在しない機械仕掛けとなんら変わらぬ物達をだ。
しかし、その知能なき物同士がただ食らいあい生き延びるだけの世界に神は程なくして飽きた。
当然であろう、単純だからな。『知能』のない世界は、弱肉強食……ただそれだけだ。
そこには過去も未来もない。同じ世界が延々と続くつまらぬ繰り返し。
至ってシンプル、単純至極。いかに飢えているとはいえ、すぐに飽き果ててしまうのは当然のこと。
だからこそ神は我々を作ったのだ! 『知能』、つまりは『果てなき可能性』のある我らモンスターをな!
我らは日々その可能性を開拓し続けねばならない。神の退屈を凌ぐためにだ。
我々は神を楽しませるために生きているのだ。だからこそ、可能性を開拓しようともしない……
神を楽しませることのできぬ『無能な者』に生きる価値は一片も無い! これはもはやこの世の真理!!
遥か過去……そして遥か未来……いついかなる時もこれこそがたった一つの真理なのだ!!
よって全ての能なき者は能ある者の糧になるべきである! 強き生物が弱き生物の肉を食らうようにな!
だが、君のその鋼の肉体はとても食らえそうにないな……たとえ餓鬼であろうと口に入れようとはしまい。
ならばバラバラに解体し、あぶり焼き鉄火にでもしてくれようか!?
ふん! 君のような無能がいると『確たる未来』が霞むのだ! 
無能はすべからず私達のような能ある者の足を引っ張る……フッ、これもいわば『真理』だな。
私の見る『確たる未来』。魔王様の理念、『世界が一つになる』という『確たる未来』!! それを揺らがしてくれるな無能よ!!」

「……」
 意味の分からない毒電波台詞を長々と喋るネイティオ様。
 これがコイツの本性なのか? クレイジー。そうとしか表現のしようが無い。
 ともかく、散々無能と言われ俺は少々頭にきかけている。
 年中つっ立ってるだけのお前こそ無能なんじゃないのか……!?

「エアームドよ、仏の顔は何度までだ?」
「え?」

147: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:35:35
 ネイティオは遂にこちらを振り向いた。普段は半開きのはずの目が怒りにかっ開き、異常な威圧感をかもし出している。
 そのまま、ネイティオは俺目掛けて今までにない声量で怒号を吐き出した。

「仏の顔は何度までと聞いているのだこの無能がァァーーーーーーッ!!!
いかに君のような学無き無能といえど、この程度の知識ぐらいはあるだろう!?
それとも君の頭は飾りかッ!? それとも君の耳が飾りなのかッ!? それとも両方飾りかァッ!!!
ほ・と・け・の・か・お・は・な・ん・ど・ま・で・だ? 答えろォーーーーーッ!!!!」

「さ、三度までですっ!!」
 あまりの剣幕に押され、咄嗟にそう答える。
 答えは合っている筈だが、ネイティオは怒りの表情を変えず続けてこう言った。

「そうだ、三度だッ!! 礼儀知らずの発言で一度、
無能ぶりを長く曝け出し私を苛立たせた事で二度、猶予はあと一度だ!!
あと一度無礼を働いてみろ!! その瞬間貴様の体のパーツは四散し、
そして跡形も無く砕け散り、君の未来は完全に消え去るものと思え!!
早く出て行けッ!! そして人間を君の指揮で捕らえ、少しは能があることを見せてみろッ!!」

「うっ!?」
 突如俺の体がフワリと浮いたと思うと、猛烈な勢いで俺の体が後方に飛んでいき、
 部屋の外の壁に叩きつけられたのだ。
「……!」
 衝撃に軋む首を持ち上げネイティオを見ようとすると、
 誰かが閉めたかのように一人出に扉がガチャリと閉まり、部屋の中は見えなくなった。

「……チッ」

 俺は不愉快な気分に荒い鼻息を漏らしながら、
 心中に溜まるどうにもならぬ苛立ちを少しでも発散させるように、力強く舌を打った。

148:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 19:36:49
スーパーネイティオ様タイム来たコレw

149: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:39:24
 何が無能だ、ビークワイエット!!

 廊下を早足で歩きながら、俺は心中でネイティオへ罵声を浴びせる。

 見ろ、俺のこのシルバーに輝く美しき鋼のボディーを!
 この鋼のボディーはいかなる攻撃も通さない。そして圧倒的高度を誇るこの鋼鉄のウィングは、鈍器にも刃にも変わる!
 ネイティオ! アンタが最後に見せたサイコキネシス攻撃は俺には一切効いていなかったぞ!
 いつか……ふんぞり返っているだけのアンタを蹴り落としこの俺が部隊長の座についてやるっ!
 そしてまずは……『俺の指揮』でっ! 人間と竜騎士を捕らえてみせる!
 そうだ、全ては俺の手柄になる! そうなれば俺はアンタの座へ昇格、そしてアンタは自動的に俺の座へと降格だァ!!


「『飛鳥三幹部』!!
ピジョット! ムクホーク! ヨルノズク! 出番だぁっ!!」

 俺は部隊長の部屋のドアを開けた時とは比べ物にならぬほど力強く、『三幹部』の寝部屋のドアを開ける。
 部屋の隅々にそれぞれ巣を作り眠っている飛鳥三幹部。
 俺の呼びかけに、深く眠っていたはずのピジョットとムクホークは瞬時に身を起こす(ヨルノズクは最初から起きていたが)。

「……ワタシ達に、こんな時間に何の用ですかエアームド様? 騒々しい……」
 ピジョットは起き上がると同時に羽を掃除しながら、気だるそうにそう言う。
「こんな夜っぱらに大声出さないでくれねーっスかねー。ちょぉっとビビっちゃいましたぜェーーっ!」
 相変わらずムクホークは柄の悪い態度を取っている。
「ほっほほ。出番とは何かのう? 久しく運動してなかったんで、体がなまっていたので丁度いいのう……」
 くたびれてるかのように、首をコキコキと回しながらそう言うヨルノズク。
 俺は先程のうっぷんを晴らすかのように、大声で三人にまくし立てる。

150: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 19:42:22
「いィか、三人ともよく聞けェッ! 
今朝サイシ湖にて、人間とはぐれ竜騎士が見つかった。
そしてこの事は、俺らと同じ『超人部隊』の傘下である『歩虫部隊』も『光獣部隊』も知らねぇ。
ドゥー・ユー・アンダースタン!? 俺達が他の部隊を出し抜ける大大チャンスってワケよォ!!
俺達飛鳥部隊がっ! 超人部隊……幻霊部隊……岩王部隊……闘神部隊……
奴等と同じ四天王様直属の部隊へのし上がるってわけだっ!」

「人間、ですか……それはそれは、久々に随分と重大なニュースですねぇ?」
「……ノリノリっスねェ~~、エアームドサン」
「場所は……『今朝サイシ湖にいた』。ほっほ。手がかりはそれだけかの?」
「もちろんだ」
 俺はニヤリと笑いながら、演説のような語調で語り始めた。
「だがな、俺らは他の這ったり歩いたり、
つっ立ってるだけしかできねークソどもとは違う……
俺らには! この翼があるじゃあねぇか!!」
 翼を前に突き出し、そして高く上げる。俺の顔も翼と同じくグッと上へ向け、天井を見つめる。
 我ながら芝居がかった演出だなと思いつつも、構わずその体勢のまま演説を続ける。
「俺らは空の支配権がある唯一の部隊だ。オーケイ!? 人探しは俺らのいわば十八番じゃあねえか!
“異世界より来たり者が磁場に近寄りし時、大いなる力は深き眠りから目覚め、その首をもたげる……”
この言い伝え覚えてんだろ? そしてこの言い伝えが差す『大いなる力』が、俺らが魔王様の完全復活には欠かせない物だって事も……
……ハハッ、まぁ覚えてなきゃ魔王軍追放モンだがな」
 三幹部に向かって翼を強く前に突き出し、顔の向きもそちらへ戻す。
 クールに口をニッと歪ませ、一層声を高らかに演説の締めくくりを演出した。

「人間は、魔王様の完全復活に重大な鍵を握っている!!
いいか、テメーら……ぜってー人間を捕らえるんだぜ!!
ディドゥ・ユー・アンダースタン!? さぁ、行けェ!!」

つづく

151: ◆8z/U87HgHc
07/11/29 20:00:06
明日は事情により投稿できないので、続きは明後日です。

支援してくれた人や応援してくれている人、本当にありがとうございます。
何か書き込みがあるだけでも、だいぶモチベーション跳ね上がるなぁ。
ではまた。

152:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 20:54:44
相変わらず飛行タイプ連中はブッ壊れてるな。

153:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 20:55:31
待っています

154:名無しさん、君に決めた!
07/11/29 21:45:27
コウイチくんとフライゴンが可愛過ぎるんだがどうしてくれよう

155:名無しさん、君に決めた!
07/11/30 00:22:22
主人公はコウキのパラレルキャラじゃなくて、描写的にオリキャラに近いっぽいな。
・12歳
・小柄
・黒髪
・紺色のブレザー着用

まとめるとこんなとこか。

156:名無しさん、君に決めた!
07/11/30 11:42:38
戻ってきたか、とか小説スレの48、とかみんな言ってるがどういうこっちゃ?
だれか教えよ。

157:名無しさん、君に決めた!
07/11/30 16:06:12
何スレ前の小説スレに始めに投下したのが48レス目だから…だったはず。

違ったら修正よろ

158:名無しさん、君に決めた!
07/11/30 17:14:16
>>156-157
初代ポケモン小説スレの>>48だったから
>>500ぐらいまで連載していたが馬鹿が沸いて一時消えた
どこかの有志が小説保存してくれたみたい

そういえばポケモン大戦争の作者は戻ってこないのかなあ…

159:名無しさん、君に決めた!
07/11/30 21:03:14
12竜騎士の設定は面白そうだな。

予想
ガーネット→
アメジスト→
アクアマリン→カイリュー(海に住んでいるから)
ダイヤモンド→ディアルガ(ダイヤのパッケージだから)
エメラルド→レックウザ(エメラルドのパッケージだから)
パール→パルキア(パールのパッケージだから)
ルビー→ラティアス(ルビーで出るから)
ぺリドット→キングドラ(王様だから)
サファイア→ラティオス(サファイアで出るから)
オパール→
トパーズ→
ターコイズ→

後はもう予想も出来ん・・・

160:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 01:56:20
ターコイズ→ガブリアス(何となく狡猾っぽいから)

161:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 11:09:24
期待あげ

162:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 13:30:20
>>159 ラティオスとラティアス逆じゃね?

163:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 13:43:41
逆だけど色から考えるとそっちがいいよね

164:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 13:51:11
>7月の石・ルビー!     情熱・仁愛!
>                 炎の如く燃え滾る情熱の心を持つ騎士に与えられし石!


熱血なラティオスってのも何かやだなw

165:1 ◆8z/U87HgHc
07/12/01 16:43:58
>>158
いえ、一時期消えたのは事情によりパソコンが使えなくなったからです。
断じて他の人の書き込みのせいじゃありませんよー。
なにか喧嘩さえ起きない限りは、書き込みがあればあるほど嬉しいです。

今日の投下は5時半過ぎからになると思います。

166:1 ◆8z/U87HgHc
07/12/01 17:40:18
今まで鍵カッコ以外の文には必ず頭にスペース入れてましたが、
なんか携帯で読んでみたら少し読みづらかったので、今回は頭にスペース入れないで書いてみます。
スペース入れたほうがいいか入れてないほうがいいか、後で意見を聞かせてください。

167:1/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 17:44:13
日が暮れかけ群青色に染まろうとしている空の中を、一つの大きい影……鳥が緩やかに飛行している。
その鳥は、何かを探すように目を光らせ地上を見下ろしながら、ブツブツと言葉を呟きだした。

「人間は無意識の内に磁場の元に引き寄せられる……か。
 どこから生まれた言い伝えかは知らぬが、それが真ならば……」
鳥は目線を動かし、地上を濃く染める膨大な木々の群れを見据える。
「サイシ湖から一番近い『磁場』……あの『生命の森』に、人間達はやってくるはずだの。ほっほっほ」
鳥はゆっくりと笑いながら、再び地上を見下ろし何かを探すように視線をギョロギョロと滑らし始める。
……それから数分の時が経った時、地上を見下ろす彼の目線の先に、二つの小さな影が現れた。

「……おっ!?」

鳥はそれを視認した瞬間、期待の入り混じった一声を上げた。
そして鳥は、地上をゆっくりと歩いているその二つの小さな影に向かって目を凝らす。
……数秒後、鳥の表情に喜色が走った。

「……やはり、だっ! わしの予想通り、奴らは『磁場』へ……『生命の森』へ向かっていたっ!」

鳥は顔に浮かばせた喜色をみるみる強めていきながら、不気味に首を横に傾かせ、興奮したように叫びだした。

「さっそく一句できたぞっ!ほほ、快調じゃのォ~~~
 哀れかな
    飛んで火にいる
          夏の虫
 ほほっ! 彼らならきっと……わしにいい句を沢山提供してくれるだろうのォ!! ほほほほほっ!!」

鳥は壊れたような高笑いを残しながら、大きく翼をはためかせどこかへ向かって飛び去っていった。

168:2/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 17:46:05


「わあ、お空もう暗くなってきたねフライゴン……」
「ですねー。こんな場所だと、暗いとちょっと怖いなあ……」

辺りは暗い闇に包まれようとしている。
夜の始まり、夜行性のポケモンが寝床から起き始める時間帯だ。
―この世界の時間の表現はどうなのか知らないけど……
……いや、この世界の文化が人間から伝えられたものなら、時間の表現もやはり同じなのかな?
ともかく、今の時間を人間の世界の表現で言えばおそらく『8時か9時』と言ったところかな。
いつものぼくなら、旅から一旦帰ってきてごはんも食べ終わり、そろそろお風呂に入り始める時間。
つまり就寝の一歩手前くらいの時間だ。

そんな時間帯だけれど、『今のぼく』はお風呂に入る支度もしていなければ、自宅にもいない。
じゃあ、一体今ぼくは……ぼく達は、何をしていると思う? どこにいると思う?

歩いているんだ。鬱葱と生い茂る『森の中』を。

見回せば木しかない。 見上げれば、濃い群青色の空を黒いまだら模様が覆っている。
……なぜ、ぼくはわざわざこんな森に入ったのか。
自分自身でも上手く説明がつけられないけど、この森には、ぼくを強烈に引き付ける『何か』があった。
ぼくの『予感』や『期待』といった物を刺激し増幅させる魔力めいた『何か』が、この膨大な木の集まりの何処かから染み出していたのだ。
端的に言えば……『ぼくのポケモン』が、あるいは『この世界を抜け出る方法』が。
この森の何処かに存在している……そんな気がしたんだ。


第二話 「不安の流れ」

169:3/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 17:49:54
「あー、このまま野宿ー、なんて事になったらヤだなぁ~~。ぼく寝袋とかなんて持ってないし、からだとか髪の毛が汚れちゃう……」
「だ、大丈夫ですよコウイチくん! もしそうなったら、ボクがコウイチくんのお布団になりますからっ」
「えっ! ……い、いや、いいよぉ。さすがにそれは遠慮しておくよ……」
「いやあ、遠慮しないでいいですよー。そのくらいボクには苦にも何にもなりませんよ」
「そ……そお? そぉ~~? じゃ、じゃあ野宿する事になったら頼むねっ! 野宿する事になったらだけど……」
「はァ~~い」

まったく、フライゴンは本当にいい子だ。ここまでぼくの事を思ってくれてるなんて、
トレーナー冥利につきるというか何というか、大事に育てた甲斐があったってもんだねっ!
……でも、さすがにポケモンの上に乗って寝るなんて気が引ける。フライゴンもおもっ苦しくてよく寝付けなくなるだろうし。
野宿なんて、出来ることなら避けたいんだ。そのためにはこの森を早く抜けなければいけない……のだけれど、出口が見つからない。
こんな感覚を覚えたのは、かなり前のことだけれど『ハクタネの森』の探検以来だ。

……まぁ、だからって『怖い』だとかそんな感覚は一切無いけどね。
何たってぼくの隣には、何よりも頼れるこのぼくのポケモン……フライゴンがいるのだから。
たとえば凶暴なポケモンが襲ってきたところでやっつけてくれるし、
本当に迷ったみたいだったら、彼の背中に乗って空飛んで脱出できるしね。

……そうは理解しているのだけれど。

なぜだか、ちょっとだけ……そう、ほんのちょっぴりだけれど『嫌な予感』がするんだ。
身を竦めるほどでも足取りが鈍くなるほどでもない……本当にほんのちょっぴりの嫌な予感。
歩いている間ぼくはフライゴンと絶え間なく話をしているけれども、それでもこのちょっぴりの
『嫌な予感』は、十字キーの股にこびりついたちょっとした汚れのようにしつこく離れようとしない。

……これは短い人生の中でのぼくのちょっとした『法則』というか『ジンクス』ってやつなんだけど……
こういうちょっとした『嫌な予感』って……意外と当たるんだよね、なぜだか。
今回はどうだろうか? そう思い始めてからほぼ間もなくして……その答えは出た。

170:4/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 17:53:00
「見下ろせば 死地へ赴く 子の頭」

「?」
不意に、風のさざめきを割ってそんな声が聞こえてきた。
5・7・5のリズムに乗せた言葉の塊……俳句?川柳?
そしてその言葉が聞こえてきたのは、およそぼく達の頭上……そのせいで音波が拡散され正確な方向は掴めない。
「今なんか、聞こえた……よね」
「聞こえました……ね」
フライゴンと一度顔を見合わせ、声の主を探ろうと同時にまっすぐ上を向く。
その瞬間、また声が聞こえてきた。

「夏夕べ 空を見上げる 阿呆の面」

「アホ!?」
突然バカにされた。それもよく分からない俳句に乗せられて。
なんだかよく分からないけれど、とにかくぼく達を陰から見て嘲笑ってる奴がどこかにいるんだ。
首をぐいぐい捻り、闇に塗れ複雑に絡み合う木々や葉っぱの間を目を凝らして見るけど、 何者かの影なんてどこにも見えない。
自分の見えない場所から俳句だけ言われるのがひどく不気味で、ぼくは心なしか冷や汗を流していた。
先程までの『嫌な予感』がれっきとした『不安』に変わっていく。

「幼子が 畏怖に汗ばむ 森の奥」

また、ぼく達の様子をそのままヘンな俳句にされた。
不気味だと思うと共に、苛立ちが募っていく。
「フライゴン……誰かいた?」
「いや、何も……あっ!」
フライゴンは驚きの一声をあげ、ある一点に向かってビッと腕を向けた。
何かを見つけたんだ。ぼくは急いでその方向を見つめる。
……幾多の木々のどれか……てっぺんの木の枝からもう少し上、
空にインクを垂らしたようにポツポツ浮かぶ葉っぱの群れの一端に、小さい二つの赤い光があった。
いや、これは光じゃない……『目』だ。

171:5/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 17:55:30
「まず『三つ』か……『三つ』で限界だが、これは幸先のいい……
 『二つ』ではなく『三つ』……これは幸先がいいのォ~~~!
 最初と最後以外に余分に一つあるこの余裕……ほっほほ! 安定感が比べ物にならぬ!
 意外や意外や意外、ここまで『二つ』と『三つ』の間に高い壁があるとは! これも収穫だの……ほほ!
 本当に幸先がいい……これからの収穫を予想しただけで身震いが起こるのォ! 期待が止まらん、ほっほほ!!」

『そいつ』は何か意味の分からない事をベラベラと喋っているが、ぼくはそれに耳を貸さずひたすら目を凝らすのに集中する。
どんどんと、『そいつ』の全体像が見えてきた。

鳥……? かなりでかそうだ。
……それにしても、頭上から突き出るあの二つの角のようなものは、どこかで見たことのある形だ。
夜……・『光る目』……そうだ、こいつは……!
夜行性の鳥ポケモンの代表、そしてこのでかさから言えば恐らく『それ』の進化系。
間違いない! こいつは……
そこまで思考が到達した瞬間のことだ。

「さて、人間諸君。これからワシに多大な収穫をもたらしてくれるであろう君達に、名も教えないのは失礼かもしれんの。
 一つ、自己紹介させてくれないかの? 文化を重んじる者は礼儀も重んじる物だからの」

『そいつ』はそう言うと同時にその翼を大きく広げ、止まっていた木の枝から足を離れさせた。
こちらに降りてくる。ぼくは咄嗟にそう思ったし、実際そうだった。
翼を軽くはためかせ、『そいつ』はあっという間にぼく達の前に降り立った。
「!」
姿が完全に露になったそいつのプレッシャーに、ぼくは……フライゴンも、思わず後じさりをする。
そいつは一度微笑むように目じりを上げると、先程ぼくの思考も辿り着いたその名を口にした。
しかも、もう一つの衝撃の事実と一緒にだ。

「ワシはヨルノズク……魔王軍飛鳥部隊三幹部のヨルノズクだ。ほっほ!! よろしくのォ、人間諸君!!」

172:6/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 17:58:07
ヨルノズク!
夜の草むらによくいるホーホーっていうふくろうポケモンの進化系だ。
ぼくは夜には大体自宅に帰ってるから、実際見たことはあまり無い。
そして、こんな間近で見たのはたぶん初めてだ……
いや、そんなことよりもだ。

問題はこのヨルノズクが『魔王軍』……要するに『悪いヤツ』だってことだ。
『人間は魔王の完全復活に重大な鍵を握っている』と、ハスブレロ村長が言っていたけれど……
あれが本当だったなら、ヤツの狙いは確実にぼくだ。
ぼく達の世界の野生のポケモンは基本的に人間は襲わないけれど、
こいつらは間違いなくぼくを襲ってくる。ニワトリがミミズを食べるように一つの躊躇いもなく。
さらわれるのか? それとも……死なされちゃう、のか?

「……コウイチくんには手を出させないぞ」
フライゴンはぼくの心中の不安を読み取ったかのようにそう言い、ぼくの前に出た。
さすがフライゴン! 頼りになる……!
フライゴンはまっすぐヨルノズクを睨みつける。
それに対しヨルノズクは、対抗するように睨み返す……という事はなく、フライゴンの視線を恐れるようにすぐ目を逸らした。
「ほっほほ……言っておくが、ワシゃ戦いはちょいと嫌いでの……
 そういう暴力的なことはなるべくワシゃ遠慮したいのだがのー」
「なに?」

拍子抜けしたようにフライゴンの表情がふっと緩んだ。
ぼくも同じだ。こいつ……もしかして俳句を言うためだけにここに出てきたっていうのか?
突然、そのヨルノズクは全くの敵意も何も感じさせない半笑いの表情でこう言い出した。

「ワシゃそれなりに歳での……ブンブン動き回ってのチャンチャンバラバラは体に障るからの。
 こう言っちゃあなんだがー……見逃して欲しいのだがの」
「はぁ?」

173:7/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 18:01:25
ぼくは、気がついたら思い切り感嘆符を口から出していた。
当然だ。『自分から出てきておいて見逃してくれ』?
何を言ってるんだこいつ! さっきの村長と違ってまさかコイツ本気で『ボケ』入ってるのか?

「ね、ねぇコウイチくん……あのおじさんこー言ってますけど」
フライゴンが振り返りぼくの耳元でそう囁く。
「う、うん……言ってるね」
ぼくはどう対処していいか困っていた。フライゴンも困ったような顔をしている。
『見逃してくれ』と言ってる相手をやっつけるのはアレだし、だからって簡単に見逃すのもアレだ……
……そうやって迷っていると、不意にヨルノズクがこう言い出した。
「あのな、言っておくが……」
フライゴンはその言葉にパッと振り向き、ふたたびヨルノズクを見据える。
ヨルノズクの表情に、笑みは無かった。 鋭い眼を光らせ、プレッシャーを放っている。

「お前らは大人しくワシを見逃してくれ。ワシは戦わないしお前達に手は出さない。戦いは嫌いだからの……
 だが『ワシはお前を見逃さない』。『竜のお前はズタボロに倒され、人間のお前は魔王様の下へ連れて行かれる』。
 いいか、お前達は無事に帰れない。肝に銘じておけ……お前達はたったいま『火の中にいる』のだ!」

ヨルノズクは突如片方の羽を高く上げた。
それと同時に、複数の葉ずれの音が同時に鳴る。複数の何かが、幾多もの木の中から現れた!
「コ……コウイチくん、上、見てください!!」
「!?」
ぼくは上を向き……そのまま辺りを見回した。
無数の木の葉をバックに、幾つもの陰が浮かんでいる。詳しい種類は分からないが間違いなく『鳥ポケモンの群れ』。
もしや、全員このヨルノズクの手下……いや、『もしや』じゃない。『確実にそうだ』!!
「ほーっほほ! そういう事じゃ人間諸君。では、ワシゃ文字通り高みの見物といくかのー!!ほっほほほ!!」
ヨルノズクは高笑いだけ残し、バッと飛び去ってしまった。
そして、複数の鳥ポケモンが……おそらくぼく達目掛けて一斉に急降下を始めた!

「コウイチくん、下がってて!」

174:8/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 18:04:42
「句とは即興なり!!
 感動とは鮮度を保つことが難しいもの……
 体験した感動はその場でそのまま書き記さねば、よい句などはできないのだ!!
 巣の中で小一時間難しく頭を働かせて書き上げた句など、たかが知れた物にしかならぬ。
 ワシは魔王軍に入り、己の最たる感動は何かを知ると同時に、それを理解した!
 そしてワシのその最たる感動とはっ! 苦しみ、もがく若者を見ることにより芽生えるのだっつ!
 四面楚歌の窮地に立たされ、命をすり減らし必死にあがく若者を見ることにより芽生えるのだっつ!
 ワシにとってその様は、積もる初雪に輝く銀山よりも、紅葉に燃える赤山よりも、
 蛙飛び込む水の音よりも、何倍も何倍も感動を得られるものなのだ!!
 さぁ、若者達よ。ワシに至上の感動をプレゼントしておくれっ!! ほっほっほ!!」


「フ、フライゴン……!」
敵ポケモンは一体何匹いるのだろう?
ともかく、確実に20匹以上はいる。
ぼくは野鳥観察官じゃないから詳細な数なんて見当もつきそうにないけど、
ともかく……

こんな数のポケモンに襲われるのなんて、生まれて初めてだっ!

1対2の経験ならある。だけどそれ以上は一切ない。1対3もなけりゃ1対4もない。
しかし、今回は『1体20X』だ。
フライゴンは持ちこたえられるのだろうか? 心配で、ぼくは後ろに下がるのを躊躇う。
しかし、敵ポケモン達は思いのほか早く、もうぼく達のかなり近くまで近づいてきていた。

「コウイチくん!!下がってくださいっ!!」
「あっ」
フライゴンは、ぼくを手で押し退けた。
それと同時に、フライゴンは翼を大きく広げ強く力を込め始めた。

175:9/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 18:07:56
「なんだなんだ? 何をやってるんだぜあの竜?」
「気にすんな! 突っ込んで奴の体を嘴でザックリ刺してやるだけよ!」

まるで矢のように急速な勢いでフライゴンに突っ込んでいく鳥ポケモン達(近づいてくるにつれ、そのポケモンが『スバメ』や『ポッポ』などである事が分かった)。
その『矢』が、四方八方から何本もフライゴン目掛けて飛んできているのだ。。
ぼくは、経験の無い事態に慌てフライゴンへの命令が全く頭から出てこない自分に焦っていた。
焦っている間にも、『矢』は依然急速な勢いでフライゴンへ飛んでくる。
やがて、幾多の『矢』はもうフライゴンのすぐ近くへ・……
「フライゴン!! とにかく頑張って打ち落とせェーーー!!」

「ぐがっ!!」

間もなくして、悲鳴が聞こえた。
それも、『幾つもの』だ。
もちろんフライゴンの悲鳴じゃない。鳥ポケモン達の悲鳴。
向かってくる『矢』に対し、フライゴンは硬質化させた翼をたたきつけたのだ。
何匹かの鳥ポケモンが崩れ落ちると同時に、すぐに『矢の』第二陣はやってきた。
しかし、そのどれもフライゴンの体に至ることは無い。
フライゴンはまるで舞うように硬質化した翼……『鋼の翼』で、力強く的確に襲い来る『矢』を撃ち落していったのだ。
『矢』達は、みな空しく悲鳴を上げ落ちていく。
軽く30匹は、フライゴンの翼の攻撃のみで倒れていっただろうか。
やがて敵の軍勢は尽きたのか、もう矢はこちらへ向かってこなくなった。
フライゴンは息を切らしているが、まったくの無傷だ。
余裕勝ちだ。完封勝利だっ。笑いが込みあがってくる。

「や……やったやったー、フライゴン!! さすが……」

そう言ってぼくが近寄ろうとした……瞬間。

パシュッ!

176:10/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 18:10:22
「うあっ!」
空気が切り裂かれたような音と共に、
突如フライゴンは呻き声を上げながら、体の一部を手で押さえた。
その手の中から、鮮血の筋が漏れ体を伝っている。
フライゴンが何者かに攻撃されたんだ。敵はまだどこかにいるということだ。。
「フ、フライゴン!? だいじょうぶ!?」
ぼくがフライゴンに駆け寄ろうとした、その瞬間。

パシュッ!

「あっ!」
再び空気が切り裂かれる音と共に、ぼくの頬に熱い線が走った。
そして、そこから生暖かい血が垂れてくる。
さきほどフライゴンを傷つけた『何か』が、ぼくの頬を切り裂いたんだ。
痛みはほとんど無かったが、見えない場所からの攻撃への恐怖に胸が犯される。
……しかし、その恐怖はすぐに晴らされた。

「そこだっ!」

フライゴンはそう叫び、瞬時にある方向へ向かって竜の息吹を吹き出した。
フライゴンの口内から放たれた熱の奔流が、斜め前方の木の中へ入っていく。
それから間もなくして……
「にぎゃっ!!」
その方向から悲鳴が聞こえ、ぼとりと丸っこい黒い塊が落ちてきた。
フライゴンの息吹に撃ち落されたんだろう。ぼくはそちらに駆け寄り、落ちてきた塊の正体を確かめた。
「これは……」

177:11/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 18:14:57
おそらくぼく達に『エアスラッシュ』を打ち込んだのであろうそのポケモンは、ホーホーだった。
あの敵、ヨルノズクの進化前……確実に、ヨルノズクの手下のうちの一匹だ。
歯車のような文様の目をぐるぐる回してる。一目で完全に気絶してる事が分かる。

「どうです?」
フライゴンが駆け寄ってきた。
「見ての通り気絶してるよ」
フライゴンはほっと安心したように顔を綻ばせる。
「そですか。こいつがボク達を狙ってたんでしょうけど……まさか狙ってたのがこいつ一匹だなんてことは……」
怪訝な顔でフライゴンがそこまで言うと、上空から『あの』声が空から降ってくるように辺りに響き渡った。

「ほっほ、第二章の開幕の合図だよォ、人間諸君!!
 さぁさぁさぁ、ここからは一層厳しくなるゾォォ!! ほっほっほォ!!」

ヨルノズクの声が響き渡った瞬間、突如辺りの木々がまた一斉に葉擦れの声を上げた。
「!?」
再び夜空に幾つもの影が浮かび上がった。それも、ホーホーと同じ丸っこい影がだ。
そしてその影は、先程のスバメ達と違ってこちらに向かってくる気配は微塵もない。という事は……

「コウイチくん、危ない!!」

「撃てェ!!」

ヨルノズクの合図と同時にフライゴンはぼくを抱きしめ、そのままその場を飛びのき横なりにゴロゴロ転がった。
数コンマ後、空気が切り裂かれる音が降り注ぎ、ついさっきまでぼく達がいた地面に幾つもの深い傷跡が出現した。

「……!」
「それなりに間髪いれず連発してきますよ、あいつら……ほら、また来た!!」

178:12/12  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 18:17:37

ヨルノズクは、今まさに感動の境地にいた。
眼下では、人間と竜がホーホー達の見えない攻撃を飛び回り必死で避けている。
ヨルノズクはその二人の動きと表情を必死で追いながら、内なる興奮を我慢できず喉から解き放っていた。

「ほっほっほっほっほォォォ!! いいぞっ、その動き、その顔っ、その必死さっ!!
 すごい、すごいゾォォォ、句が湧き水のようにどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん湧いてくるのォォォ!!!
 また一句!!         また一句!!         また一句!!        また一句!!
          また一句!!         また一句!!        また一句!!
 多多益々弁ずとはよく言ったもの、これだけ句が浮かべばそれなりに当たりもあるだろうし当分は困ることなかろうて。ほっほっほ!!」


「!?」
ぼくとフライゴンが避けている途中、興奮したようなヨルノズクの声が森中に響き渡りだした。
「コウイチくん、あそこにいますよ!」
フライゴンがヨルノズクのいるであろう方向へ指を差す。
ぼくは顔を挙げ、大木の頂上から文字通り高みの見物しているヨルノズクの方へ視線を向けた。
闇に馴れたぼくの目は、一目でヨルノズクの様子を脳に伝えるに至る。
……そのヨルノズクの様子を見た時、ぼくは何とも言えぬ不気味な感覚にとらわれた。

ヨルノズクはまるで壊れたカラクリ人形のように首をぐるぐると高速で回転させ、
俳句短冊へ筆を走らせるように、翼をシャカシャカと空になぞっている。
ヨルノズクというポケモンは難しい事を考えているときには首を180度傾けると聞いたことはあるけど、
あんなにグルグルと頭を高速回転させるなんて聞いたことないぞっ。

言葉も出せないほど呆気に取られているぼくに、不意にフライゴンがこう言った。
「……コウイチくん、ちょっと今からボクあいつ倒してきますっ」
「……えっ?」

179:1 ◆8z/U87HgHc
07/12/01 18:20:31
次の投下は7時半過ぎからです。

180:1/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:31:21
ぼくは条件反射的に咄嗟に『無謀だよ!』と言おうとしたが、冷静に考えるとそうでもない。
あのヨルノズクは『戦いが嫌い』らしいし、おそらくあのホーホー達を指揮してるのはあのヨルノズク。
ここであのヨルノズクを仕留めれば、きっとホーホー達の動きはガタガタになる筈だ。
たとえば一流のオーケストラ楽団でも、演奏中に突然指揮者がいなくなれば
音が合わず悲惨な事になるらしい(お母さんが言ってた事だから今一信用できないけど)し、それと同じことだ。
ぼくは、ゴクンと一度息を呑み叫んだ。

「よし、じゃあ行けフライゴン!! あのヨルノズクをコテンパンにしてくるんだぁ!!」
「了解です、コウイチくん!!」

フライゴンは羽をはためかせ、激しい振動音と共にジェット機のように急速な勢いで上空のヨルノズク目掛けて飛び上がった。
「!!」
ヨルノズクの頭の回転がピタッと止まった。危機を察知したんだろう。
ぼくはグッと拳を握り締めながら、フライゴンの行く末を見守り始めた。

181:2/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:32:46
ボクは爪に神経を集中させた。一撃であのヨルノズクを仕留めなければいけない。
ボクのドラゴンクローは、今までどんな敵だって一撃で仕留めてきたんだ。出来ないはずがないっ。
ヨルノズクの姿がどんどん大きくなっていく。ボクは一度大きく息を吸い、腕を振り上げた。

「ヨルノズク、覚悟っ!!」

ヨルノズクの表情が一層動揺に歪む。
ボクは、渾身のドラゴンクローをヨルノズク目掛けて繰り出した!

ガキン!!

けたたましい金属音に似た硬い音が、ボクとヨルノズクの間から鳴り渡る。
「……!」
……爪から腕へ、腕から脳に伝わるその感触は、生物の肉体に爪が食い込む感触じゃない。
もっと固い……金属の板のようなものに衝撃が弾かれる音。

「あと一息……あと一歩……と言った所だの。
 まさに紙一重、いいや、板一重とでも言った方が上手い洒落になるかの。ほっほ」

ボクの爪とヨルノズクの間には、わずか数ミリ程の『リフレクター』が張られていた。
ボクの攻撃はそれに阻まれ、ヨルノズクには通らなかったんだ。
「くそぅ、ならもう一度……」
ボクが再び腕を振り上げると、ヨルノズクはすかさずこう言った。
「少しは己の危機に気づいた方がいいな、竜よ」
「なんだって?」

パシュッ!ピシュッ!パシュッ!

182:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 19:34:07


183:3/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:36:21
「あぐぁっ!!」

突然、体の至る所にカミソリの刃が走ったような鋭い刺激が走った。
ボクは瞬時に察知する。ホーホー達のエアスラッシュが、ボクに命中したんだ……
そうだ、ボク達は依然ホーホー達に狙われたまま。同じ場所にいたら一斉に攻撃を受けるに決まってる。

「フライゴン!!」

地上から、コウイチくんの心配したような声が聞こえる。
思わず首を回し下を見ると、ボクの背中から血が何滴か滴り落ちていることが分かった。
心配しないで待っていて! すぐに戻るから……!

「んぐぅぅっ!!」
ボクは歯を食いしばり、再び渾身のドラゴンクローをリフレクター目掛けて叩き付けた。
「!」
ヨルノズクの目が見開かれ、同時にリフレクターが音を立てて破壊された。
空気に飲まれるようにリフレクターの破片が消滅していく。やった!
あとはヨルノズク本体へドラゴンクローを叩き込むだけだ。
ボクはもう一度腕を振り上げ……

バシュッ! パシュッ! ピシュッ!

184:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 19:38:47
神ktkr

185:4/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:40:03
「か……っ!」
三度目の激痛の波がやってきた。ホーホー達のエアスラッシュがまたもボクに直撃したんだ。
痛みのせいか、ふとボクの意識が暗闇に飲まれる―

「フライゴォン!!」

「はっ」
コウイチくんの声が聞こえ、ボクは数コンマだけ消えていた意識を取り戻した。
その時は既に……ボクの体は地に向かい重力にしたがって落ちている途中だった。
「わ、わ―っ……えっ!?」
慌てて翼をはためかせようと力を入れたその時、突如背中に鈍い衝撃が走り落下が止まった。
「……え、え?」
地面に落ちたわけじゃない。まだボクはかなり地面から遠い場所にいる。
それなのに、なぜだかボクは落下を何かに受け止められていた。
「え、これは……」
ふと身を起こし、己の背中を受け止めたものに視線を走らせる。それは――

リフレクター!?

いまボクの背中にあるものは、間違いなくあのヨルノズクのリフレクターだ。ヨルノズクのやつ、ボクを助けたっていうのか……?
いいや、違う。これは『ホーホーにボクを狙わせるために張ったんだ』。
咄嗟に周りに視線を巡らすと、ホーホー達の視線がボク一点に集中されてる事に気付く。
そして、翼を高く挙げエアスラッシュの準備姿勢に完全に入っていることも……
「うあっ」
急いで飛び上がり離れようとするが、体に力を入れると傷口に線が走り思わず痛みに呻いてしまう。
やられるっ !
ボクは瞬時にそう悟る。そして次の瞬間―

「うぎゃあああ!!」

186:5/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:44:08
あれ?

突如、辺りに悲鳴が聞こえてきた。
だけどボクはまだ悲鳴を上げてないぞ!
聞こえた悲鳴は『ボク以外の悲鳴』だ。それも、全く聴き慣れない声。
つまりヨルノズクの悲鳴でなければ、コウイチくんの悲鳴でもない。
じゃあ誰の悲鳴だ? それは、次の瞬間に明らかになった。

「あぎゃっ!!」

「!?」
その瞬間起きた悲鳴と同時に、周辺の何十の丸っこい影のうちの一つが落下していった。
悲鳴を上げたのは、ボクをエアスラッシュで攻撃していた『ホーホー』だった。

「ぎゃっ!」
「うぎゃっ!」

続いて何度も悲鳴が聞こえ、その度にホーホーが一匹一匹落下していく。
「? ?」
ボクの頭が困惑にかき回される。その中、更にボクの困惑を助長させる要素が一つ加わる。

……まるで身軽な猿が木々の間を飛び交っているかのように、周辺の木々から枝を蹴りつけるような音が順番に聞こえてくるんだ。
そして目を凝らしてみると、その音がした木と次に音がした木の間に、『何かが移動してるような影』も見えるんだ。
……ボクが今出した例え話が、もしかしたら当たってるのかもしれない。『身軽な猿が木々の間を飛び交っている』……
木々の間を縦横無尽に飛び回り、すれ違いざまに敵を倒していく。その戦い方に、なぜだかどこか既視感が芽生える

「な、何だァーー!何が起こってるんだァ!」

ヨルノズクもうろたえ、そう叫び出す……その次の瞬間辺りに、
ボクのものでも、コウイチくんのものでも、ヨルノズクのものでも、ホーホーのものでもない……
ある声が響き渡った。

187:6/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:46:23
「いいか、これはれっきとした天誅、成敗ってヤツさ阿呆鳥ども。
 俺達の縄張りを勝手に侵したアンタらが悪いんだぜっ」


およそ周りにいたホーホー全員が打ち落された次の瞬間、辺りにそう響き渡った。
……ヨルノズクの声でもコウイチくんの声でもないけど、なぜだか……聞き覚えがある、声だ。

「なんだ、誰だっ!!どこにいるのだっ!」

ヨルノズクは頭を左右に回転させ目を光らせる。
ボクも頭を動かし声の主を探ってみるが、どこにもそれらしき影は無い。

「ここだよ、ここっ!」

「?」
突如、声の位置が変わった。ボクより下……
ボクは、頭を横に転がし下を見つめた。ヨルノズクもバッと地面を見下ろす。

いた。

コウイチくんの隣にその声の主はいた。
そしてその声の主の姿を確認した瞬間……その声が聞き覚えある声である理由が瞬時に判明した。

「やぁ~~っと気付いたかよノロマ。梟のクセにやたら視力悪いのな、老眼鏡でもかけたらどうだ? カハハハーッ!!」

なぜなら、その『声の主』とボクは……以前『仲間』だったからだ。
同じ『コウイチくんのポケモン』として一緒に戦った、『仲間』だったからだ。
ボクは、反射的にその彼の名前を叫んでいた。

「ジュカイン!!」

188:7/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:49:42

「ジュカ……イン……?」

突然のことだった。本当に突然、ぼくの隣にあのジュカインが現れた。
元『ぼくのポケモン』……フライゴンと同じく『一緒に旅してきた仲間』……
そのジュカインが。今まさにボクの隣に立っているのだ。

「何だ、アンタ俺の名前知ってんのかよ」
「え?」

ジュカインは、ぼくの方を振り向きそう言った。 ……少しだけ湧き上がっていたある期待が、一瞬にして消滅する。
『アンタ』。このジュカインがぼくのジュカインだったとしたら、こんな他人行儀な呼び方はない。
だとしたら、このジュカインはぼくのジュカインじゃない……別のジュカインだという事だ。

「アンタ、あの鳥達の被害者?」
ジュカインはぼくにそう尋ねる。
「……そうだけど」
「ってことはアンタは敵じゃあないってワケね。あそこで浮いてる緑いのは?」
「……ぼくのポ…友達だよ」
「ふぅん。じゃ、あと残ってる敵はあそこの梟だけね。……おい、何ジロジロ見てんだよ」
……気だるそうに垂れた目、ぼくより少し大きいくらいのその大きさ(『ジュカイン』という種類の中ではかなり小さい方らしい)。
姿だけ見たら、お顔だけ見たら完全に『ぼくのジュカイン』だ。

ぼくの頭が困惑にかき乱される中、ふとヨルノズクの叫び声が聞こえた。
「お前みたいな部外者はお呼びでないんだよォ!! 邪魔だからさっさと消えろっ!!」
突如ヨルノズクはそう叫ぶと、片方の翼を高く挙げた。そしてそれと同時に、また木々の隙間から数十の鳥ポケモンが出現する。
「あいつボケ入ってんのかね。どっちが邪魔な部外者だか分からせてやるっ」
ジュカインはぐぐっと腰を引き戦いの構えをとった。

……戦い方を見れば。戦い方を見れば分かるはずだ。このジュカインが『ぼくのジュカイン』か『違うジュカイン』なのか……
……ってかもし戦い方が完璧ぼくのジュカインだったら、彼がぼくにこんな他人行儀なのはどう説明すればいいんだ?
有り得ないけど……まさか、き、記憶喪失、とか?

189:8/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:53:34
スバメ達が、さっきフライゴンに襲い掛かったようにこちらへ急降下してくる。
その攻撃に、ジュカインは……ってあれェ!?いない!
……いつの間にか、ぼくの隣に立っていたはずのジュカインがその場から消え去っている。
まさか逃げたんじゃあ……そう思い始めてから間もなく、疑いは杞憂である事が知らされた。

「ぎゃっ!」

また悲鳴が聞こえ、一匹のスバメが落ちていく。
無数の木々の間を高速で影が飛びまわり、その影とスバメが交わった時に、スバメは打ち落とされている。
打ち落としているのは間違いなくジュカイン。
ジュカインは、木々を順に飛び回り敵をかく乱すると同時に、辻斬りの如く進行上のスバメを斬り落としているのだ。
この、戦い方は……

「さて、ちょいと手ごたえが無いようだけど、これどういうワケ? カハッ」
ジュカインは高速移動をやめ、一本の木の枝にぶら下がったまま辺りを見回し出した。
高速移動の連続で体が疲労しているのか、片足を木に張り付けのんびりと辺りを見渡している。
「……!」
戦闘が有利な状況での、この余裕のノンビリっぷり……

「……よ、余裕ぶっこきおって、このワシを嘗めとるのか貴様ァ~~~~
 そんな態度を見ても。ワシは面白くも何ともないんだよォ!!」
ヨルノズクは苛立ったような声を上げると、また片方の翼を高く挙げた。 『指令』の合図だ。
それと同時に、また鳥ポケモンが木々の中から何匹も現れ……
そして一斉に、ぶら下がりほぼ無防備なジュカインへと向かって突進を始めた。
ジュカインは依然ゆったりとした態度を取ったまま、向かい来る鳥ポケモン達に視点を定める。 動き出す気配は無い。
……あのままの姿勢で迎え撃とうってのか?
相手の鳥ポケモンは素早く、また数が多い。無茶だっ。

そして……

190:9/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:56:25
ぼくは思わず、目を数度瞬かせた。
視線の先で、凄まじい早業が繰り出されていたのだ。

ジュカインは、片手で木にぶら下がったまま向かい来る鳥ポケモン達をことごとく撃退していた。
片手でのリーフブレードで……シダ植物のような形の尻尾での、身を捻っての叩きつけで……
尖った足の爪を使っての二度蹴りで……一つのダメージもなく、
あっという間に向かい来る敵をほとんど蹴散らしてしまったのだ。


「……!」
向かってくるのが遅れた一匹のポッポが、目の前の状況に驚き前進を止める。

「ジャジャ~ン。これぞまさに一網打尽っ」

ジュカインはそう呟くと、片腕の力だけで枝を軸にクルリと回転し枝の上に立つ。
そのまま膝を折り、ただ一匹倒し損ねたポッポに向かってこう言い出した。
「さて、倒され損ないの小鳥くんにひとつ質問。
 キミには今おおまかに二つの選択肢があるわけだが……どっちを選ぶんだい?」
ほぼ囁くような声量で、ジュカインは言う。
「勝ち目無い相手に果敢に挑んで倒れるか……このまま尻尾巻いて逃げ出すか……
 二つに一つってヤツだけど、さぁ、どうするどォする~? カッハハッ!!」
ポッポはしばらくは答えずに、鋭い眼でただジュカインを睨みつけている。
静寂がしばらく続いた後、ポッポはまっすぐにジュカインを睨みつけながらこう言った。
「オレ達を嘗め腐りやがって、この緑色め……! どこの誰だか知らないが、しゃしゃり出てきて無事に済むと思うなよぅ!」
「おっ、来るのか?」
ジュカインはふっとため息をつくと共に、『来いよ』とでも言う風に指を畳み開きを繰り返し挑発してみせた。
ポッポは怒りに目付きを一層鋭くさせて―

191:10/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 19:58:48
「ってかダメだ、やっぱオレには無理!! 助けてーヨルノズク様!!」
「ありゃ?」

ポッポは瞬時に身を翻すと、翼を一生懸命はためかせ逃げ出し始めた。
ジュカインは今度は嘲るようなため息をつくと共に、腰に力をいれグッと前かがみの姿勢になる。
枝が縦に揺れ、そして―
「ぐぁっ!」
一瞬の内に、ポッポの背が切り払われた。

「な……追い討ちなんて、シドい……」
ポッポの翼の動きが止まり、グラリと体制を崩し地面へまっさかさまに落ちていく。
ジュカインは次の木の枝に立ち、ポッポの落ちていく様を見据えながら呟いた。

「悪いが、オレを恨まないでくれよ。恨むなら、この森を荒らすよう指揮した
 お前さん達のリーダー……ヨルノズク様ってやつを恨むんだな。
 ……そして、心配するな。そのお前さんの恨みは―」
ジュカインは、すぐ斜め上にある木の枝を見上げた。
そこには、苛立ちに筋を浮き上がらせ赤い目を怒りに奮わせるヨルノズクの姿があった。

「このオレが綺麗さっぱり晴らしてやる。ありがたく思えっ! カハハッ」

ジュカインはヨルノズクをキッと睨みつけながら、挑戦的な笑みを浮かべる。
その笑みを受け、ヨルノズクは一層表情の怒りの色を濃くしていく。
「貴様ァ……!」
ヨルノズクは唸るようにそう呟き、そして次の瞬間―

192:11/11  ◆8z/U87HgHc
07/12/01 20:04:27
「はっ?」

ジュカインは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
何故なら、ヨルノズクはあのポッポと同じく真っ先に身を翻し、
逃げ去るようにその場を飛び立ってしまったからだ。
てっきり戦いを挑んでくるものだと思っていたジュカインは完全に意表を付かれ動きを止めたが、それも一瞬の事で―

「ボケがっ、好き勝手やっといてさっさと逃げられると思うな!」
飛び去っていくヨルノズクに狙いを定め、力強く枝を蹴り付けた。
一瞬にしてヨルノズクの背後へ到達し、ジュカインは腕を振り上げるが……その瞬間。

「たわけめっ!」
「なっ!?」

ヨルノズクが不意に振り向き目を一瞬大きく開いたかと思うと、突如ジュカインの動きが空中で静止したのだ。
「なっ……!?」
驚愕するジュカインへ、ヨルノズクは溜め息混じりにこう言い出す。
「軍勢を失った今、ワシは戦いの術を持っておらぬ。無抵抗の者を切り裂こうとは関心せんな……」
そう言い終えた瞬間、彼の眉が一瞬青白く発光した。
それと同時に、止まっていたジュカインの体が動き出した。
……地面へ向かって。
「むおおおぉぉぉ!!」
ジュカインが地面へ向かい落ちていく様を見届けないまま、ヨルノズクは翼を大きくはためかせ夜空の奥深くに消えていった。

193:名無しさん、君に決めた!
07/12/01 20:45:58
GJ!
あさって辺りには、ようやく新しい所が見れそうだな。

194:名無しさん、君に決めた!
07/12/02 11:14:49
何でこの小説敵キャラがやたらやたら濃いんだよw

195:1/8  ◆8z/U87HgHc
07/12/02 15:37:31
「わっ―」

いきなり、ジュカインが砂埃と鈍い衝撃音と共にぼくの近くに落ちてきた。
あのヨルノズクに何かをされたのか分からないけど……とにかくあの高さから地面に叩きつけられちゃあマズイ。
「ジュカ……」
「くそおおォォ!!」
「うわっ」
ぼくが声をかけた瞬間、ジュカインは叫び声を上げながら勢いよくその身を起こした。
そのまま流れるようにバッと上空を見上げたと思うと、すぐに落胆したように項垂れて、深いため息をつきだした。
ヨルノズクがまんまと逃げおおせてしまったからだろうか。
「ちくしょォ……逃がしちまったよォ……頭来るぜ、ちくしょォ~~~」
ガッ、ガッ、と軽く拳で床を殴りつけ、ブツブツと悪態をついている。
何処となく話しかけがたい雰囲気に纏われていたが、ぼくはおずおずとジュカインに近づく。
ぼくはこのジュカインに言いたい事があるんだ―

「うわわっ、落ちるーーーっ!!あぎゃーーっ!!」

「!?」
また上空から悲鳴が聞こえてきたかと思うと、空から何か大きい物が降ってきているのが目に入った。
落ちてきたのはフライゴンだった。ジュカインも咄嗟に落ちてくるフライゴンへと視線を走らせる。
フライゴンは背中からまっすぐ落ちてきている。このままじゃ床に叩きつけられる―
「むぎっ! う--っ!」
しかし、フライゴンは何とか地面スレスレの場所で羽を高速ではためかせ落下の勢いを和らげた。
先ほどのジュカインの時よりも遥かに緩やかな衝撃で、フライゴンは地面に着地する。
ぼくは、ほっと胸を撫で下ろし安堵のため息をついた。
「まったく、あのリフレクターいきなり消えるなんて……って言ってもずっとあそこに寝転がってたボクが悪いのかもですけど……」
フライゴンは背中をパタパタとはたき、のそりと立ち上がった。
心なしか動きがぎこちない。
さすがドラゴンタイプというべきか背中の血はもう完全に止まり傷口は塞がりかけてるけど、まだその傷跡は痛々しそうだ。


196:2/8  ◆8z/U87HgHc
07/12/02 15:42:55
「フライゴン……け、怪我ダイジョウブ?」

ぼくが駆け寄りそう言うと、フライゴンは無事な事を伝えるようにニヘラッと笑みを浮かべ即答した。
「全然ダイジョウブですよ~~。……そんなことよりも、ですよっ」
フライゴンはゆっくりとジュカインの元へ歩き出し、前に立った。
ジュカインもふとフライゴンを見つめ、ふっと小さなため息をつきながらこう言った。
「よう、感謝しろよ緑っこいの。親玉は逃しちまったけど……ま、次来たらまた返り討ちにしてやるサ」
「……」
フライゴンは、ジュカインの言葉に返事を返すことなくただジュカインの顔をじいっと見つめている。
……ぼくには分かる。フライゴンは『先程ぼくが抱いていた疑念』を今まさに抱いている途中なのだ。
『このジュカインはかつての仲間のジュカインか』? 『それとも全く関係ない別のジュカインか』?
……少なくとも、今ぼくの中ではその結果は完全に出ているのだけれど。

「おい、何ジロジロ見てんだよォ、不気味だなァ」
「あの……きみ、ボクに見覚えないの?」
「は? 何言ってんだお前、見覚えなんてあるもんかっ。お前みたいな緑っこいヤツのよー、俺が知るかってんだ……」
「……」
フライゴンは首を捻りながら、とぼとぼとこっちに帰ってきた。そして、ぼくの耳元でこう囁く。
「コウイチくんっ!あのジュカインですけど……どう見てもボク達の仲間のジュカインですよっ!
 あの体付きといい、色合いといい、目付きといい目付きといい目付きといい……どうなんですかっ、実際?」
相当フライゴンは困惑しているのか、声に混じって吐息がズカズカ耳に入り込んでくる。
ぼくはそれを気にせず、こう即答した。
「……答えは、出ているよ。」
「えっ」
「彼は―」

197:3/8  ◆8z/U87HgHc
07/12/02 15:46:07
「間違いなくっ!ぼくのジュカインだっ!!」
ぼくはジュカインをビッと指差しながら、確信に満ちた声で叫んだ。

「はアっ?」
ジュカインが呆けた声をあげ、ぐるりとこちらを振り向く。
ほうらほら、その顔つきなんかまさにぼくのジュカインそのまんまじゃあないかっ。
「ほ、本当ですかコウイチくん?それ間違いないんですか?」
「うん、間違いないねっ!見ての通りのあの姿、強さだって戦い方だってまさにぼくのジュカインっ!
 きっと何かの衝撃で、いわゆる記憶喪失的なアレになってるってだけさっ」
そこまで言ってから一瞬『記憶喪失なら戦い方まで忘れてるもんじゃないのか?』という疑問が頭をよぎったが、
『ゲームのセーブデータと同じで、セーブデータは消えてもゲームそのものは消えないのと同じ事』という結論で疑問はすぐさま消え去った。
よくドラマとかで記憶喪失の人がいるけど、言葉は普通にしゃべっている。それと同じ事だ(実際どうなのかは知らないけど……)。

「……あのなァ~~~」
ジュカインは深くため息をつきながら立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
未だ苛ついているのか、声を震わせながらこう言い出す。
「アンタ頭は大丈夫か?何が記憶喪失だっ!
 オレはこの森の住人のジュカインで、それ以外の何物でも……」
「だから、キミはそれを忘れてるんだって。君は『間違いなく』ぼくのポケモンのジュカインだっ!
 きっとぼくのお顔見てたらすぐ思い出すよ! ねぇねぇ、ほら見てよぼくのお顔を」
ジュカインの肩をしっかり掴み、ぼくはジュカインのお顔をじぃっと見つめる。
……見れば見るほど、ぼくのジュカインだ。
ジュカインは顔をしかめながら一度だけぼくのお顔を見て、プイと目を逸らしてしまった。
「そんなほのぼのした顔見ても何も思いださねーよバーカ!
 クソッ、馴れ馴れしくすんじゃねぇよ、俺は馴れ馴れしくされんのがだいっ嫌いなんだっ」
「!?」

ジュカインの放った一言。『馴れ馴れしくすんじゃねぇよ』という言葉が……
ふと、ぼくの頭の奥底で眠っていたある記憶の首をもたげさせた。

198:4/7  ◆8z/U87HgHc
07/12/02 15:49:26
あれはいつだったか、オオカマド博士にジュカインの事を相談しに行った時のことだ。
あの時の会話の内容に、頭を巡らす。

“あの……オオカマド博士。相談があるんですけど……”
“うむぅん。なんじゃあい、コウイチくん?”
“あの、このジュプトルの事なんですけど……ぼくに懐かないというか、馴れ馴れしくするとうっとうしがるんです。
 これって、ぼくと一緒なのがイヤって事なのでしょうか?もしそうなら、あの……ぼく、この子逃がしてあげようかと……”
“・……うむぅん。そうとは限らないんじゃないのぉ?”
“えっ”
“うっとうしがられても、ゆう事は聞くんでしょぅ?それとも、ゆう事も聞かないワケん?”
“……言う事は、聞きますけど……”
“うむぅん、それなら安心じゃよぉ。キミは少なくともそのジュプトルに信用されてるっ、嫌いなんて事はないわァん。
 本当にトレーナーが嫌いなら、ポケモンはとことんトレーナーに逆らうはずだわっ。
 力で押さえつけてるのならその限りではないけれど、コウイチくんはポケモンを力で支配するタイプじゃあないし……”
“……あのう、じゃあうっとうしがられるのは何でですか……?”
“それは単にそのポケモンの性格ね”
“せ、性格?”
“うむぅん。ポケモン全員がトレーナーに甘えたがる可愛い性格って事はないのよぅ。
 中には、馴れ馴れしくされたらつっぱねるちょっと素直じゃない性格のポケモンもいるわ。
 特にキモリ系統は、そういう性格の者が多いとはよく聞くわねん……彼らいわゆる一匹狼的な種族だしィ?”
“そ、そうですか……”
“ポケモンは、人間と同じく様々な性格のポケモンがいるのよぅ。
 一流のトレーナーになるなら、まず彼ら一匹一匹の性格をちゃんと把握する事ね。
 ポケモンマスターへの道への第一歩は、ポケモンを知る事よっ! おわかり?”
“は、はいっ!”
“うむぅん! いい返事だわっ! やっぱキミいいわァ……応援のキスしてあげようか?”
“お断りです”


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