07/06/20 17:08:51 6j9l0Je8
小さな傷なら舐めればいい。
大きなものならそれなりの手当てをして。
治るべきものはそうやって治っていく。
だが、記憶や想いはどうすれば治るというのか。
二人の想いは、過去には通じ合っていたのだろうが…。
封筒の裏に書かれた名前は、ライディース・F・ブランシュタイン。
シャイン王女が受け取った手紙だ。
「いつか、迎えに行きます」
何故かちょっとよれよれになった便箋。
書いて、迷って。握り締めて。
何度も封を破っては取り出し、意味も無く内容を確認してはまた封筒に突っ込んだ。
そんな風情だ。
ひとつ溜息をついて、膝の上に頭を乗せて眠っている新たな同居人を見下ろす。
シャイン・ハウゼン。
編んだ細い金髪と、額に輝くヘッドティカ。
細いうなじと華奢なからだ。幼いながらも端正な顔立ち。
白を基調にした、まるで中世の絵画から抜け出てきたかのような豪奢なドレス。
シャイン王女は事故でラトの俺への気持ちを刷り込まれた。
俺は、ここ何日もシャイン王女の為を思って心を壊さぬよう細心の注意を
払って一緒に生活してきた。
俺は何もしていない。
正確には、何もしようとしない事に全力を注いでいる。
そして。
この手紙には、ライディース少尉の出せる限りの気持ちが篭っている。
王女を膝に乗せたまま、大の字にひっくり返って天井を仰いだ。
リクセント公国の強大な財力で世界中の研究機関を当たっているらしいが、
まだ王女の回復の目処は全くと言っていい程立っていない。
コンピュータに例えれば、今の王女の脳は悪いウイルスにデータを上書きされた
ハードディスクって所だろうか。
バックアップも無いのにどうやって元の状態に戻せと言うのか。
王女の想いは殺された。
フェアリオンの意識連結システムのバグに。
目を瞑る。
―ライディース少尉は、俺が憎いだろうな。
目を開けると、ラトゥーニが心配そうに覗き込んでいた。
「ラト…」
「うん?」
「シャイン王女、元に戻んないのかな」
ラトは無言のままだった。