08/05/05 22:54:23 78F6SLl30
『おはようございます、プロデューサー。
以前から予定していた通り、春香とハイキングに行ってきます。
お弁当を用意しておきましたので、お昼はそれを食べて下さい。
晩ご飯までには戻る予定ですので、ご心配なく』
「すまん、千早。君の信頼を裏切って、お昼に起きたよ。ハイキングは今日だったのか」
確か春香のプロデューサーからそんな話を聞いていた。
「お、お弁当の中身、全部が千早の得意料理だな。そう言えば、春香と勝負とか言っていたっけ」
色鮮やかなお弁当に思わず頬が緩む。箸を手に持ち、両手を合わせる。
「う~ん、また腕を上げたなぁ。千早、せっかくのオフだ。ピクニックを楽しんで来いよ。
でも、俺が聞いた話だと『春場所番外編 死闘!!春香、人喰い猪に挑む』だった気がするが・・・・・・」
「春香、私、普通のハイキングだと思っていたんだけど」
「へ、普通のハイキングだよ。ほら、思い出を録画するためのビデオとレコーダーもあるし」
●●放送と刻印があるデジカメを見ながら、千早はため息をつく。
「春香、正直に言うわね。これ、春場所番外編よね? 私、あの番組が普通のハイキングするとは思えないんだけど」
「・・・・・・そんなことはないよ。さあ、行こう、千早ちゃん。あ、綺麗なお花。なんて名前かなぁ」
「思いっきり話をそらしたわね。まあ、なんでもいいけど」
ハイキングには若干気温が高いのが難点だが天気は晴天。既に千早も上着を腰に括り付けている。
(ハイキングなんて、最後に行ったのは何時かしら?)
そんなことを考えながら、前を行く春香が歌うのに合わせ、自分も歌いながら歩き続ける。
「春香、さっきから明らかに登山道から離れた方へ歩いているみたいだけど?」
春香の持つ地図に従い歩いてきたがどう見ても一般的な道ではない。
「うん、でも間違いないから。もう少しで猪に会えるよ」
「・・・・・・はい?」
「だから、猪に会うのが目的なの。凄いよ、地元では人喰い猪と呼ばれているんだって」
「春香、私、そんなことは聞いていないわよ!?」
「あれ、言わなかったっけ? でも、大丈夫だよ、千早ちゃん。猪が人を食べた前例はないから」
「私、猪に襲われた人の話は聞いたことあるんだけど」
「大丈夫だよ。この祠まで行っても会えなかったら、引き返していいことになっているから」
春香の持つ地図を見ると確かにあと僅かな距離だ。
「春香の方向感覚があずささんと違うことに感謝するわ」
「千早ちゃん、酷いこと言ってるよ。そんなこと言っていると罰が当たるよ」
「・・・・・・そうね。当たったかもしれないわね」
千早の言葉に春香が千早の視線を追うと体長一〇メートルほどある猪がこちらを睨んでいる。
「本当にいたんだ。あの人喰い猪、なんで私の方を睨んでいるかな」
「春香の愚み・・・・・・ファンだからじゃないかしら? 猪牧場のロケで見たのと比較にならない大きさね」
「千早ちゃん、どうしよう?」
「それは私の台詞よ。台本ではどうする予定だったの?」
「え~と、こんな風に猪を指差して『ボタン鍋になれば、いいんじゃない?』と・・・・・・」
春香の言葉に応え、猪が『ぶもぉぉぉぉぉ』と吠え、足を踏み鳴らす。
「怒らせたみたいね。さすがは春香だわ。もう彼(?)のハートを捉えたみたいね」
「千早ちゃん、助け・・・・・・きゃぁ、突っ込んできたよぉぉ」
千早は咄嗟に腰に巻き付けた上着を取り、闘牛士を真似て、突っ込んできた猪の頭に被せる。
前が見えなくなった猪は、そのまま突進し、木に激突。そのまま動かなくなった。
「やったね、千早ちゃん。私達のコンビネーションは最高だよね、やっぱり」
「春香は私の後ろに隠れただけでしょ。あ、猪の首の骨が折れてる」
自分の上着を回収し、千早は猪の亡骸に手を合わせる。
「ごめんなさい、こっちがあなたの生活を脅かしたのに。せめて土に埋めて・・・・・・」
「千早ちゃん、猪のお肉は健康にいいらしいよ。昔は「薬喰い」と書いたんだって」
「ボタン鍋の季節は過ぎたと思っていたが・・・・・・」
「ええ、たまたま事故死した猪を捌いている業者があって、そこで買ってきました」
「そうか、かわいそうに。よし、千早、大盛りで頼む。残さず食べて、供養しよう」
「そうですね。地元では野山を荒らす害獣として、事故死を歓迎していましたが」
それが唯一の慰めか、と思いつつ千早は彼のお椀に猪肉を入れる。
「プロデューサー、今度、二人でピクニックに行きましょうね。私、お弁当を作りますから」
そう言いながら、千早は心の中で絶対に春香は抜きで行きましょうと決めた。
さすがにコンビニに猪肉を使った弁当はないか・・・・・・