08/05/09 16:31:38 lwk8jPts0
「はぁ……分かってませんねプロデューサーさん。千早ちゃんは【上がりすぎたテンションを気付かれずに戻すために】
ボーカルレッスン室へ行ったんですよ。
女の子って、こういう些細な変化を褒められるのはすっごく嬉しいものなんですから!!」
「そうですか……千早が嬉しいと思ってれたなら、俺はそれが一番です。ありがとう小鳥さん。
お礼に昼飯でも……って、ここ一週間は小鳥さんに格ゲーで負けて、昼飯おごりが確定してるんだよな。どうしよう…」
「だったら、またゲーセンに付き合って下さい♪プロデューサーさん程の腕前なら、いい練習相手になりますし」
正直、それは勘弁してほしい。先週、飲みに行った帰りに小鳥さんと2D格ゲー対戦をしたが、これが強いのなんのって!
俺はこれでも県大会で優勝したのが密かな自慢で、格ゲーの腕はそこそこ自信あったのに、彼女はさらにレベルが違う。
三本先取で五戦、闘って完膚なきまでにやられた時のショックは今でも覚えてるぞ……
三本中一本は取れるけど、多分あれは流れをコントロールされてる。俺の手の内を読むための一本だと今では確信できる。
しかも、俺が五戦全部負けて打ちひしがれてる時、一段落した彼女は店員さんを呼んで
『すみませーん!この台、強K効かないんで直した方がいいですよー』
と言った時、俺の絶望感はトラウマレベルになったぞ。思い起こせば小鳥さんは足払い系を使ってなかったが……
ハンデ付きでここまでやられると、リベンジする気も起きない。まさに降参という気持ちだった。
まぁ、そんな小鳥さんの鬼伝説は置いといて……千早のテンションが落ちてないなら良かった良かった。
このように、朝の挨拶というのはプロデューサーにとって運命の分かれ道なのだ。
さて、テンションが落ちてないなら今日はオーディションに挑んでみようかな……と。
■side view
「……だめ……あと20メートル、お願い……そこまで持ってっ……」
顔を両手で多い、ふらつきながら千早がボーカルレッスン室へ急ぐ。部屋に入って鍵を閉めれば、とりあえず安心だ。
思えば、オフィスを出て行くまで表情を固定させる事で、エネルギー全てを使い切ったのだろう。
『凄く可愛く見えるぞ!!』
プロデューサーの一言が、ブロック崩しのボールのように何度も脳内を反射して駆け巡る。
気付かれない程度に髪を切ってもらったのに、やっぱり分かってくれた事が嬉しくて仕方が無い。
そのおかげで、オフィスを出た瞬間から、頬の筋肉が緩んでしまい、いつもの表情に戻れない。
「わたし……すごくだらしなくにやけた顔してるっ……くっ!こんなの、誰にも見せられません!!」
どこかの隠密行動ゲームよろしく、柱の影に潜みながらレッスン室を目指すも、この世は甘くなかった。
「あれ?千早ちゃーん、おはよー♪」
「!!!」
よりによって、一番見つかってほしくない人間に見つかってしまったのである。
「は、春香……おはよう」
「千早ちゃん、どうしたの?うずくまって……気持ち悪いの?大丈夫!?」
彼女の真剣な表情が、すごくありがたく、嬉しいと思うのだが……今回ばかりは状況が悪い。
「大丈夫だから……気にしないで行って。レッスン室へ行けば、直るから」
「大丈夫そうに見えないよ!!今すぐプロデューサーさん呼んで来ようか?」
「ダメ!それだけは、やめて……」
「千早ちゃん!!」
春香から見れば、プロデューサーに心配かけまいと必死で無理をしているように見える。
それがますます誤解を生む結果になった。
「とにかく、ちょっと顔、見せて!場合によっては救急車とかっ!?」
「やめて、いいから!本当に大丈夫だから!!」
そんな押し問答の末、強引に千早の手をどけて、春香が見たものは……
にやけた顔を無理矢理まゆとあごの筋肉で矯正しようとしてる、千早の何とも表現しがたい、はじめて見る表情だった。
「……何だこの声?上のフロアか?」
「ボーカルレッスン室付近で聞こえましたね……これ、笑い声?春香ちゃんの?」
異変を聞きつけたプロデューサーと小鳥が駆け込んだ先に見たのは、腹を抱えて事務所の床に転げながら
大笑いする春香と、真っ赤になって半泣きで春香をばしばしと叩く千早の、ちょっとした地獄絵図だった。
後に春香が語る『にらめっこチャンピオンの亜美真美に、100戦全勝できる顔』と表現した千早の表情は、
果たしてどんなものだったのか……真実を知るのは、ただ1人のみである。
そして、その日はテンション真っ黒に落ちた千早を連れて、泣きそうな顔でオーディションに挑んだ
可哀想なプロデューサーがいたとかいないとか。