08/05/01 11:01:44 RY5AQiNT0
「それじゃ、また断っちゃったわけ？」
「断ったっていうか、今はそんな気無いからって」
「それを断ったっていうのよ」
あたしは大げさに肩をすくめ、向かい合わせに座って一緒にお弁当食べてる友人にそう言う。
その友人……、天海春香は、少し気まずそうに口に運んだ箸の先を唇で銜えた。
春香はこう見えて若い子なら誰でも名前くらいは聞いたことがあるようなアイドルで、
学校にちゃんと出席することも最近は少なくなっている。
珍しくゆっくり話ができたと思ったら、話は先日、春香が先輩からの告白を断った件になった。
「はぁ～、あの先輩でお眼鏡に適わないってんなら、この学校に春香と釣り合う人は居ないわね」
「別に、釣り合うとかそういうので断ったわけじゃ」
春香がフッた先輩は、格好良いし背も高いし成績も良いしスポーツもできるし、
しかもお家もお金持ちで性格も良いという文句無しの完璧超人だった。
春香が有名になるにつれて逆に男子も気後れするのか、余程の人からしかアプローチされる
事も無くなっていったみたい。あの先輩まで撃沈したとなったら、もう春香に付き合ってくれ
と言い出す男子は身近には居なくなるだろう。
「ま、それもそうかもね。あんたは『ギョーカイ人』をいつも見てるわけだし」
そう言うと、春香は黙ってしまった。あたしもこの子の友達だし、大体の事情は知っている。
春香はどうやら、最初にアイドルとしてデビューしたときのプロデューサーの事が
今でも好きらしい。一度引退してからの再デビューの時に別々になってしまったみたいだけど、
どうも、その引退の時に春香の方から告白してフラれたとか。
フラれたというのは語弊があるかもしれないけど、とにかく春香は好きな相手と
一緒になれなかった。それを今でも引きずっているのか、他の人と付き合う気なんて欠片もないらしい。
そんな、大昔の貞淑な乙女じゃあるまいし。あたしからすれば勿体ない限り。
春香は昔に比べれば落ち着いて、腰の据わった雰囲気になった。けど、『ドジで抜けてる春香』を
知っている身としては、どこかで無理をしてるんじゃないかって思う。
心を預けられる人を近くに作れればいいのに。それは本心から感じる。
春香が好きなプロデューサーとやらは、そんな風に春香が頼れる人だったんだろうか。
「春香はどんな相手だったら満足なの？ 確かに高校生じゃ不足かもしれないけどさ、
ギョーカイの方にはいるんじゃないの？ 春香をキッチリ幸せに出来そうなヒト」
「どうだろ、よくわかんない」
「こう言うと気分悪くするかもしれないけど、男だって一人しかいないわけじゃないんだよ？
色んな人を見てみないと、本当に自分を幸せにしてくれる人がいたとしても
気付かないでいるだけって話になっちゃうかもしれないし……。
春香はなんでそんなに昔の人の事にこだわってるの？ そんなにいい人だった？」
あたしが思わず力説すると、春香は困ったように笑った。
「いい人っていうか……」
「んー？」
「私だって男の人の事なんて全然知らないし、どんな人となら幸せになれるかなんて
わからないけど、でも……」
そこで春香はふっと昔を思い出すように、息をついて。
「あの人はね、どんな人よりも『私のことを幸せにしてやりたい』って思ってくれてた」
頬を染め、照れくさそうに笑う春香。
その聞きようによっては酷いのろけみたいな言葉に、思わず返答に詰まってしまう。
目の前の友人が落ち着いて、大人になったように見える理由がわかった気がした。
「……でも、それって春香に対してだけじゃないんでしょ」
ちょっとした僻みもあって、そう言ってやると。
「まね。だからいつも気が気じゃないの」
満更でもなさそうに、春香は舌を出した。