08/04/19 19:53:24 7nQO604u0
今日も『アイドル』型人工知能HAL-CA-9000へのレッスンが始まった。
プロデューサーはハルカに対し、記録メディアから音楽を『聞かせ』、映像を『見せる』。
データとして転送するのではなく、音と像として認識させる。
ハルカはそこから生まれた感情を、プロデューサーに打ち明ける。
良いと思った点、悪いと思った点、疑問に思った点などを討論する。
そうして、『アイドル』ハルカは成長する。
『アイドル』がその言葉通り、偶像として現実には存在しない物となってから、
既に数百年が経過していた。芸術や娯楽メディアを生み出すのは、
既に人工知能の役割となっている。
だが、全てを計算し、デジタル化して生み出した娯楽や芸術は『心』には響かない。
過去に人間が生み出した芸術を芸術として捕らえて感性を育てた知能だけが、
『アイドル』となることができるのである。
「プロデューサーさん」
「何だ?」
「天海春香は、この引退ライブの後、どうなったんですか?」
その日のレッスンの後、ハルカはそんな疑問を提示した。
『アイドル』には、音楽や映像に合わせて、過去に起きた物事の情報が
時系列にそって与えられる。一度に全てが与えられては、感性は育たない。
そんなことはハルカだって前提として承知している。スケジュールを無視して
新たな情報を入手する権限は、ハルカには存在しない。それでも、ハルカはその情報を、
「―”知りたくなった”……、いや、”気になった”のか?」
「はい」
「その質問は、直後の彼女の動向が知りたいというわけではなく、
『彼女とプロデューサーとの関係は、最終的にどうなったのか』という
抽象的で大局的な意味だな」
「……はい」
しばしの間を置いてから、
「俺もまだ知らないんだ」
「嘘ですね」
「嘘じゃないよ。今の質問による、『ハルカが本当に知りたいこと』の答えは、
俺だって知らない」
プロデューサーの言葉に、ハルカは反論ができずに黙ってしまった。
「……いい子に育ったね、ハルカ」
プロデューサーがそう言うと、ハルカは明らかに動揺した。
このやりとりがあった次にリリースされたハルカの新曲は、
全人工知能の間で話題になるほどのヒットをみせた。
プロデューサー型人工知能P-FLA/CLA-765はとても嬉しくなり、
今度はこっそりハルカの知りたがっていた情報を教えてあげようと思った。