08/04/05 23:16:43 eiBBNr0I0
帰りがけの夜道、ふと目に止まった桜が2人の歩みを止める
「…綺麗な物、ですね…」
「ああ…」
一年の内に一度だけ咲き誇る姿と散り行く姿で人々の目を奪う花
その美しい姿は、夜で有っても損なわれる事が無い
「あの桜の花は、この一年であの桜の木が過ごして来た道を示す証…力の限り、今を咲き誇って…散っていく
ふふふ…、まるで…私の様です…」
彼女は、薄々だが気が付いていた
もう彼と過ごす時間は殆ど残って居ないという事を
限られている時間の終わりが、もうすぐそこまでやって来ている事を
随分穏やかな笑顔になったな…と、彼は思う
出会った時からは、想像すら出来なかった表情
本当に、無我夢中だった様な気がする
けど、気が付くと何時も彼女の傍に居て、何時も彼女が傍に居てくれて
気が付けば、何時の間にか自分に笑い掛けてくれる様になっていて
本当に2人で一緒に歩んで此処まで来たんだ、と
そして、彼女の集大成も…もうそこまでなんだな…と
だけど彼は思う
「そう…かも知れんな。 だが、散っても桜は又来年も咲く。そして、又再来年も、ずっと…ずっと
桜は確かに、そこに生きているんだから」
「…そう、ですね…」
「ああ。 知っているんだ、桜は。 必ず、誰かが何処かで自分を見てくれているって事を
だから生きている証を示すんだ。 ここに確かに自分は生きている、ここに自分が居る…って」
それは…、皆の事を言ってるんですか? それとも…
穏やかな彼女の瞳に映る、桜を見つめる彼
ふと、彼女の指先が彼の手に触れる
ほんの少しだけ、触れるか触れないかの感触
でも、その先を躊躇って、そのまま動かせなくて
そんな彼女の手を、ふわりと、彼の手が優しく包んだ
あ………
…暖かい…な……、この人の手…って………
程なく伝わってくる、彼の温かさ
スッと目を閉じて、彼女はそれを感じていく
手から、ユックリとユックリと彼の温かさが広がって行く様で
それがとても心地良かった
「だから、俺は桜を見続けるよ。 桜は、ずっと咲き続けていく事を知っているから…」
「…はい」
一度彼女を見つめそう言うと、彼は再び桜に目を移す
再び、その姿を見つめる彼女
行こうかと言う台詞に、ええとだけ答えると
彼から差し出された証を、しっかりと確かめる様に彼女が握り返し歩き出す
一陣の優しい風が吹く
ざあっとざわめいた桜が、優しく2人を見守ってくれていた様な気がした