08/04/10 22:56:38 MNg7U6ar0
「さて、春と言えば、あらたな旅立ちの季節だ」
「そうですが・・・・・・とても嫌な予感がします」
「なんでだ、千早」
「プロデューサーがそう言ったことを言い出すのは、無茶なことを言い出す前兆だからです」
「いや、無茶なことではないぞ。ただ・・・・・・」
「その『ただ』の後に続く言葉が一番不安なのですが・・・・・・」
「いやだなぁ、千早。ただ女子高生役のCMなだけだ。これなら等身大だから、やりやすいだろ?」
「まあ、大学生や社会人の役よりは身近ですが・・・・・・本当にそれだけですか?」
「それだけだ。屋外ロケなのが難点だが千早は花粉症じゃなかったよな?」
「ええ、その点は問題無しですが・・・・・・」
そう言って千早は彼の顔を観察する。
(微かに口元が引きつっている。何か隠している)
そこまでは看破したが何を隠しているかが理解できない。仕方なく、質問を続行する。
「それで、なにのCMなのか伺っても構いませんか?」
「あははは、それは当日のお楽しみだ」
そう言いながらも彼の口元には微かだった引きつりが完全に見えるようになっていた。
「いえ、私は役作りに時間がかかるので教えて下さい。
撮影の時間が長引くだけでなく、最悪の場合、当日は満足行く撮影が出来ないかもしれません」
自分の質問が的を射抜いたことを確信し、千早は問い詰める。
(もうネコ耳メイドもチャイナ服もゴスロリファッションも絶対に嫌)
Bランクになってから身につけた衣装を思いだし、千早は不退転の覚悟で臨戦態勢に入る。
「いや、その、ちょっと桜並木で撮影するだけの仕事だよ」
「ですから、桜並木で、何を着て、何をするのかを教えて下さい」
「いや、衣装は学校の制服だ、ブレザータイプの。あ、これが写真だ」
「確かに変な部分はありませんね」
「だろ。俺の個人的な意見だが千早にはセーラー服より、ブレザータイプが似合うと思うんだ」
「本当に個人的な意見ですね」
ため息をついたといころで千早は我に返る。私、質問に答えてもらっていない、と。
「衣装に問題がないことは把握しました。それでは、どのような内容なのでしょうか?」
「あはは、たいしたことないよ。千早を間近で見続けてきた俺が保証する」
「ですが、どのような仕事でも油断大敵です。教えて下さい」
「・・・・・・その、あるゲームの仕事で、女子高生アイドルを育成する恋愛シミュ・・・・・・」
「却下」
彼の言葉の途中で千早は回答を示す。経験上、恋愛云々が出てくるとロクでもない結果になっている。
「話を最後まで聞いてくれ、千早。やることは簡単だ。桜並木で振り返り、
『プロデューサー、私の歌手生命、あなたに預けます。私のこと、お願いしますね』
と言って、ウィンクするだ・・・・・・」
「却下」
「千早、頼む。俺もウィンクする千早を見てみたい」
「今までもやっています」
「あんなんじゃなくって、あなたに向けてしています、と言った感じのを、だ」
「そんな恥ずかしいマネできません」
「頼む、千早の可愛いところを見てみたいんだ」
「この前もそれで犬耳と犬しっぽにメイド服を着たじゃないですか!?」
「千早の可愛いところを見てみたい」
そう言って見詰めてくる彼の視線に千早はグラッとくる心を叱咤激励し、反射的に頷きそうになる自分を支える。
「だから、既に『お兄ちゃん、大好き』とか『寂しかったです、ご主人様』とかやったじゃないですか!?」
「千早の可愛いところを見てみたい」
「まだ見足りないとか言いますか!?」
「千早の可愛いところを見てみたい」
「だから・・・・・・」
「千早の可愛いところを見てみたい」
「・・・・・・」
「千早の・・・・・・」
「分かりました、やります、やらせていただきます」
「ありがとう、ありがとう。これで向こう三年は戦える」
そう言って、千早の手を握りしめる彼に「三年後以降も戦って下さい」と言って千早はため息を付いた。
コンビニで千早は信じている人から押されると弱いのでは? と思った。
笑顔で振り返り、ウィンクする千早を見てみたい