08/02/10 22:51:29 1HCvaKEO0
「今日はありがとうございました、プロデューサー」
「いや、俺も千早の話を聞けて良かったよ」
そう言いながら微笑む彼に千早は安堵のため息を付く。
彼と出会ってから数ヶ月、苦楽を共にしてきた。
親との関係が希薄な自分にとって、誰よりも頼りになる身近な存在だ。
だからこそ、弟のことを話しておきたかった。
しかし、冷静な自分が何処かでブレーキをかける。
仕事だけでも手一杯の彼に弟のことを話して、迷惑がられるのではないか?
公私の区別が付いていないと思われないだろうか?
そんな思いがここ数日間、彼女を悩ませてきた。
迷惑かもしれないが、それでも知っていて欲しい。
最終的に千早の背中を押したのは・・・・・・情けない話だが外的な要因だった。
両親の数年間にわたる不和の結末とランクアップ。
今を逃すと一番信頼できる人に一番大事なことを話せなくなる。
そんな想いが千早に決断を促した。
来るまでは不安だったが今は話せて良かったと思う。
「千早、俺は大人として、プロデューサーとしてもまだまだかもしれない。
でも、千早の一番の味方・・・・・・のつもりだ。
だから、何か困ったことや悩んだこと、相談したいことがあれば、
遠慮なく話してくれればいいし、電話やメールをしてくれ」
「ありがたいのですが・・・・・・プロデューサーもお忙しいでしょうし・・・・・・」
「遠慮しなくていいよ。それに・・・・・・」
彼がそこで言葉を止めたので千早は首を傾げる。
「千早の泣き顔を見てしまったからね。あれを見て、放っておける男はいない」
「な、あ、あれはですね、ちょっと色々と精神的に・・・・・・ともかく忘れて下さい」
そう言って千早は顔を背け、窓の外を見る。自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
あれは本当に予想外だったのだ。自分が人前で泣く人間だと千早自身思っていなかった。
「俺は忘れないよ。よく言うけど、涙は心の汗だからね。
時々は流さないと心が病気になっちゃうよ。
まあ、普段から泣かれると困るけど、たまには年頃の女の子らしく、泣いておきなさい」
「・・・・・・はい」
彼の穏やかな表情に千早は小さく頷いておいた。
「さて、せっかくのお休みだ。千早は午後から用事はなかったよな?」
「特にはありません。CDショップや本屋を見て回ろうと思っていた程度です」
「よし、じゃあ、お昼を一緒に食べよう。
実は言ってみたいお店があって・・・・・・ベトナム料理のお店なんだけど」
「プロデューサーにしては、お洒落なお店を選びましたね」
千早がそう言うと彼はため息を付く。
「実は随分前から気になってて、一度店の前まで言ったんだ」
「人が多かったとかお値段が高かったとかですか?」
千早の言葉に彼は頭を振る。
「中を覗いたら、カップルや女性客だらけで、男だけだと居心地が悪そうで。
頼む、千早、俺と一緒にお店に入ってくれ」
「くすくす、構いませんよ。プロデューサーにも可愛いところがあるんですね」
「俺だって、苦手な物の一つや二つはあるよ」
そう言うと彼は赤信号を利用して、カーナビをセットする。
「それにしてもプロデューサー、外食やお店のお総菜に頼っていると栄養が偏りますよ」
「一応は注文する時に気をつけているよ。それに今から料理を学んでも手遅れだし。
千早も一人暮らしする気があるなら、早い内から料理の腕を鍛えた方がいいぞ」
「ご心配なく、得意ではありませんが人並み程度にはこなせますから」
「ああ、羨ましいな。今度、うちに作りに来てくれ」
「はいはい、機会があれば、ですね」
そう言って千早は苦笑したが作りに行く機会はないだろうと肩を竦めた。
確かに恩を感じているが男性の家に行くのは、さすがに立場的に危ない。
「私が頑張ってSランクになって、プロデューサーがお手伝いさんを雇える身分にしてみせましょう」
「よし、聞いたからな。後でSランクは無理ですとか言うなよ」
「ええ、言いましたよ。ですから、これからもよろしくお願いします、プロデューサー」
千早はそう言って、そっと窓に映った彼に微笑んだ。
自分と同じコンビニ弁当をOLさんが買うのを見ると何故か安心してしまう