08/01/28 09:47:46 evdUmpWy0
「うう、寒い」
「雪が降っているのですから、当然です、プロデューサー」
隣で傘を握りながら震える彼に千早は苦笑する。
「手袋を使わないからです。私が傘を持ちましょうか?」
「気持ちだけ受け取っておくよ。手袋は嫌いなんだ。
千早にもらったマフラーがあるから大丈夫だ」
そう言って、首もとに手をやる彼に千早は微笑む。やはり贈った物を使ってもらえると嬉しい。
「それにしても急な告別式のお知らせでしたね」
「まあね、本来はやらない予定だったらしい。業界の立役者ともなると色々と大変だな」
千早にそう答えつつ、彼は傘を握りなおす。
彼自身は故人と面識はないが仕事上のつき合いで出席が決まった。
「それにしても葬儀用ネクタイを汚すなんて、信じられません」
「法事の時に醤油を零したの忘れてたよ。コンビニまで歩くから千早は来ない方が良かったんだが」
「暇でしたし、それに雪の中を歩いてみたくて」
「コンビニまで数分。深夜に車のエンジン音を響かせたくないんだ」
彼の答えに千早は苦笑するが内面では喜んでいた。
普段の移動は車なので二人で並んで歩くのは久しぶりだ。
ましてや今回は彼が千早の手が冷えるのを嫌い、傘を持ってくれている。
深夜に雪の中を相合い傘で歩く。ちょっとドラマのようだ。
ついでに少し大きめの傘を買っておいた自分の英断を誉めておく。
小さな傘で身を寄せ合うのもいいが、濡れて風邪を引いては意味がない。この大きさでも肩が触れ合っている。
「さ、到着、と。深夜にコンビニの明かりを見ると安心するな」
「そうですね。さすがにこの時間は人がいないですね」
壁掛け時計を見ると日付が変わっている。店員以外は誰もいない。
店員の視線から顔を隠すように千早は近くのお菓子のコーナーに移動する。
ポニーテールと伊達眼鏡で変装しているが、自分のファン層を考えると見破られる可能性はある。
「千早は何か買いたい物はあるか?」
「そうですね・・・・・・あ、あれはひょっとして」
「ああ、あずささんが宣伝していた変わりあんまんシリーズだな」
彼は黒ネクタイ片手に答えつつ、試作品を事務所で食べた時のことを思い出す。
確か千早は都合が悪く、食べることが出来なかったはず。
「ちょっと買ってくるよ。千早はどれがいい?」
「え、でも、こんな深夜に食べたら太ります」
「たまにはいいじゃないか。それに寒い中で食べる中華まんは美味しいぞ」
彼の言葉に千早も覚悟を決める。明日も体を動かして、カロリーを消費するのだ。
あんまん一個くらいなら、それほど体型に影響ないだろう、多分。
「そうですね。では、どれも美味しそうなのでプロデューサーにお任せします」
「そうか。それなら、違う種類を買って、半分にするか」
そう言って彼はレジに行き、自分が気に入った黒糖まんと紫芋まんを買う。
「さあ、帰ろう。ここだと人目があるから歩きながら食べよう」
「あまり行儀良くありませんが仕方ないですね」
彼から黒糖まんを受け取り、千早は少し考える。
彼は片手にビニール袋、反対の手に傘で上手いこと食べられそうにない。
そこで手に持った黒糖まんを小さく割る。
「はい、プロデューサー、あ~ん」
「千早、これは恥ずかしいんだけど」
「私も恥ずかしいです。でも、プロデューサーは両手が塞がっていますし」
少し照れていた彼だが千早の言葉に観念して、大きく口を開ける。
「あ~ん、あつあつ」
彼は千早に口へ運ばれた黒糖まんの熱さに慌てる。
「あ、すいません。では、ふ~ふ~。これで大丈夫ですね。はい、あ~ん」
「あ~ん、なんか本来の甘さ以上に甘い気がする。千早風味か」
「変なことを言わないで下さい」
彼にそう言って、千早も残った半分に口を付ける。決して高級感はないがとても美味しい。
「どう、気に入りそうか?」
「はい、とても美味しいです。さあ、次に行きますよ。ふ~ふ~。はい、あ~ん」
彼の口元に手を伸ばしながら、千早は微笑む。
こんなことが出来るなら毎日コンビニに行ってもいいな、と思いながら。
深夜のコンビニは独特の雰囲気があって好きだ