【貴方が開く】如月千早22【心の扉】at GAMECHARA
【貴方が開く】如月千早22【心の扉】 - 暇つぶし2ch581:SS
08/01/25 03:21:33 JllDoUxy0
■前座(ランクE)

「……前座とはいえ、歓迎されてはいないようですね」
「みたいだな。今回の主役は大物アイドルだ。彼女以外は誰が歌ってもブーイングだろう。
はっきり言って味方は無きに等しい。巨人帽かぶって甲子園の一塁側スタンドに立つほうがまだマシだ。
でも、こんな状況こそマイナーなうちに経験しておくべきだ……そうだろう?」
「ええ。こんな厳しい状況のステージに立たせてくれて、感謝します、プロデューサー」
「よし。気合は十分だな。喉も適度にあったまってるし……行ってこい!」
「はい!!」

Eランクに上がったとはいえ、世間での評価はまだまだ厳しい。
普通に街を歩いても、千早をアイドルだと知る人は少ないほうだろう。
今回の仕事は、またも前座。だが今度はコアなファンも多い、超メジャーアイドルの前座だ。
舞台も大きく、アーティストの実力も本物。千早が得るものも大きいと踏んだのだが……
現実はがむしゃらに苦しい……とはよく言ったもので、多少のブーイングは予想していたが、
正直ここまでアウェイ感の強いものだとは思わなかった。
そして、帰りの車では重苦しい雰囲気が抜けることなく……

「プロデューサー……」
「おう」
「今日のあの歌……わたしの生涯で、最高レベルの出来でした。歌い終わった後、とても幸せな気持ちになれたんです。
それでも……お客さんたちは、喜んでくれませんでしたね」
「そうだな……親衛隊ってヤツは、こんな時厄介だよな。目当てのアイドル以外の歌は聴く気も無いのは問題だ」
「そういう類の人がいるのは、分かっていました……それでも、あの歌なら振り向いてくれると信じていたのに……
ねえ、プロデューサー。前座の意義って、所詮メインの前の引き立て役でしょうか?
どんなに頑張っても、聴く気が無い人たち相手なら………いえ、すみません。忘れてください」
「千早……」

こんな時くらい無理しなくていいのに。
自分が愚痴をこぼしていると知ると、すぐに引っ込めて我慢してしまう。自分が至らないから、と。
「助手席に座っているのに申し訳ありませんが……疲れが出てきたので、少し……寝ていいでしょうか?」
「ああ。後ろに毛布があるから使ってくれ」
「はい……すみません」

車のエンジン音でどうにか誤魔化せるが、時折嗚咽を押し殺したような声が聞こえてくる。
それが、かえって俺には辛かった。こんな時こそ愚痴でも何でも言っていいのに。そのために俺がいるのに。
「………っ、………ぁ…………うぁぁ……」
誰もが嫌がる仕事をあえて受け、全力で立ち向かった千早。
現時点で最高の仕事をした彼女に帰ってきた答えが、これなのか?芸の世界に神がいるとしたら、千早を救わないで誰を救う!?
こんな世界と、この仕事をやらせた俺自身に、殺意さえ沸いてくる。
正直、今日の仕打ちには俺もはらわたが煮えくり返ってるさ。だが、ここで俺も一緒に切れて、千早が喜ぶのか?
どんなに微力でも、力が足りなくとも……立ち向かうべき場所がある。さっきが千早なら、今は俺のターンだ。
「千早、寝たか?」
「………」
「今からひとりごとを言うぞ。会場の人たち全員がブーイングを送ろうが、俺だけは今日の歌を忘れないよ。
あれは……最高だった。魂を鷲掴みにされたと思うくらい、凄かった」


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