07/12/23 22:51:37 Yu/G6+4w0
「これは罠ね」
小鳥はそう呟きながら事務所の中を見回す。
肘をつき、組んだ両手で口元を隠すゲンドウ座りをしているのは･･････少しでも表情を悟られないためか？
「ウィンターソングカラオケ集。昨日の今日で配達されるとは･･････なんて挑戦的な。
でも、今日は違う。クリスマス・イブ前日だから仕事中かオフの二者択一」
スケジュール表を見ると本日がオフの美希と春香を除き、全員がまだ仕事中。
「そして、トラブルの報告無し。これは全員が仕事中と考えて問題無し」
ついでに社長は取引先の忘年会、必殺の裸踊りの機会を虎視眈々と狙っているだろう。
「これは間違い無しにクリスマスプレゼントね。今度は見逃さないわよ。暗視装置まで買ったんだから」
そう言って、小鳥は立ち上がり、事務所の入り口に鍵をかける。
ロッカー、机の下、掃除用具入れの確認はお手の物。
窓の外を確かめ、床を丹念に、さらに天井パネルを外し、暗視装置で誰もいないのをチェック。
「ふう、これで大丈夫」
そう言って、額の汗をぬぐい、昨日も使った三角帽子と赤のケープ、さらにリボンも美希の衣装から奪ったベル付きの物に変更。
「さあ、漲ってきたわ。私は誰からの挑戦でも受けて立つわ！！」
そう、小鳥祭りは音無小鳥の存在の証明だ。遺伝子と魂により開催を運命づけられている。宿命なのだ。
「さあ、クリスマス・イブ・イブの今夜、皆様は如何お過ごしでしょうか？
明日の予定がある人もない人も纏めて私、音無小鳥が借り受けます♪ 第七回小鳥祭りの開催を宣言します。
それでは一曲目を早速あなたに･･････粉雪舞う季節は♪」
意外と音程を取るのが難しい曲も彼女にとっては関係なし。
かつてはプロとして、そして現在は披露宴や二次会で鍛え抜かれた喉はどんな難しい曲も歌いこなす。
そして、トップスピードのままで二、三、四曲目をこなす。
「ふう、今日はこれで終り。ご静聴、ありがとうございました」
そう言って、誰もいない事務所に一礼し、服装を元に戻す。
「でも、実はメリーも歌いたかったのよねぇ。カラオケCDを千早ちゃんが仕事で使ってなければ･･････白く清く甘い♪」
もっとも千早の仕事用に作ったCDなので、手元にないのは当然なのだが。
幸いにも歌詞は頭に全部は行っているので片付けながら、アカペラで歌ってみる。
「もっとあなたを好きにな～る♪」
「い～い♪」
「トゥインクル･･････って、今のあいの手は美希ちゃん？」
かすかに聞こえた声に小鳥は歌うのを止め、事務所を見回す。
床、天井に異常はなし。不自然にはみ出している椅子はなく、掃除用具入れも問題無し。
ロッカールームから聞こえた声ではない。明らかに音源はこの部屋、確かに美希の声だった。
「美希ちゃん、いるの？ 何処なの？」
「あふぅ、よく眠ったの～、今起きますぅ」
その声と共に戸棚の蓋が開き、中から美希が出てきた。
「って、美希ちゃん、なんでそんな場所に？」
「あふ、ミキ、間違って事務所に来ちゃって。それで眠かったから、少し寝させてもらおうと。
でも、みんな忙しそうで仮眠室は入れないし」
美希の言葉に小鳥は頷く。仮眠室は畳の入れ替えのため、今日は終日使えない。
「それでここなら誰にも見つからないかなって」
「誰も見つけられないわよ。そんな場所。ん、ちょっと待って」
足を曲げれば、ようやく人一人入れる空間に寝ている人間がいると誰が思うだろうか？
そう考えてから彼女の言葉に、小鳥は嫌なものを感じる。私は確か、朝出勤してきた彼女と挨拶している。
「もしかして、美希ちゃん、私の歌を･･････」
「はい、ばっちりなの。小鳥の歌、とってもうまくてビックリ」
「うにゃぁぁ、聞かれちゃった、聞かれちゃった、また聞かれちゃった」
彼女の言葉に小鳥は頭を抱えてへたり込む。だが、まだ確認することは残っている。
「美希ちゃん、録音と携帯は･･････」
「もちろんなの。千早さんからのアドバイスで録音して、プロデューサーさんにも電話したの」
「やっぱりぃぃぃ」
もうお馴染みの展開に小鳥はその場で転げ回りたくなったが何とか踏みとどまる。
「あ、小鳥。プロデューサーさんから･･････」
「絶対に人前では歌いません、と言っておいて」
美希にそう言って、小鳥はとぼとぼと歩き出す。七連敗の文字が重く彼女にのし掛かる。
「あ、小鳥。メリークリスマス」
「ええ、メリークリスマス。私はメリーと言う気分に程遠いけど」
何処から出したのかおにぎりを食べ始めた彼女にそう答え、小鳥は事務所を出る。連敗脱出の日を信じて。
コンビニでお昼を物色していたら思いついた。美希に敬意を表して、弁当でなく、おにぎりを買った