07/12/19 18:54:23 AkUaTbAw0
「プロデューサーさんじゃありませんか」
会社の近くの食材店を出たところで、外回りから戻ってきたプロデューサーさんに出くわした。今日は車を置いて徒歩営業だったようで、駅の方角からぶらぶらと歩いていた。
「え……あれ、小鳥さん？買い出しかなにかですか？」
「お帰りなさいプロデューサーさん。いえ、今日はもう失礼させていただきました。これは持ちかえり分。このお店、なんでも揃うんでときどき使ってるんです」
「そうなんですか。っていうか、多くないですか？量」
「おせちの材料ですよ、これ。クリスマス過ぎるとどんどん高くなるんで、足の早くないものはそろそろ買い集め始めるんです」
厳密には値上げするわけではない。高級で高価な食材が店頭を占拠し、普段使いのコストパフォーマンスのいい材料が影を潜めるのだ。日本のイベントエコノミーは実に侮りがたく、その片棒を担いでいる業界の人間としてもうかうかしていられない。
「今日はカマボコと黒豆や栗、お芋。アイドルのみんながお正月も誰かしら事務所に出るので、大量に作ってつまんでもらっているんですよ」
「ああ、そうなんですか……え、じゃあ小鳥さんも正月出勤するんですか？」
「相応にはお休み、いただきますけどね。みんなが頑張ってるんですもん、なにか応援したいじゃないですか」
「ご実家、帰らなくていいんですか？」
こういうことを他意なく聞いてくるところだけは蹴飛ばしてやりたくなるが、なんとか笑顔でこらえた。
「顔は出しますよ。でもここ数年は親戚が集まると針のむしろで」
「あー……あれか、『結婚はまだか』って。イトコの姉ちゃんがこないだまでやられてました」
「あははは。いずこも同じです。はぁ」
「小鳥さんならその気になればすぐでしょうに。美人で才女で料理もできる」
「ほんとにそう思っていらっしゃいます？」
こっちはその気なんですよ、だけど相手にどうしても伝わらないんです。そんな気持ちを乗せて睨んでみる。
「もちろんですとも。ああそうだ、荷物重いでしょう？この後俺だけだし、小鳥さんの家まで車で送りますよ」
「え？お仕事遅くなっちゃうじゃないですか」
「往復で1時間かそこらです。そんなもんで状況が変わるほどヤワな事務仕事は抱えてませんよ。荷物、持ちますね」
「あ―」
私が両手で持っていたビニール袋を片手でひょいと取り上げ、事務所へ歩き出す彼を慌てて追いかけた。
「今日やらなきゃならないお仕事、どのくらいあるんですか」
「伊織の新しい企画書、千早の来年第一四半期のプロデュース計画、あずささんの新曲の振り付けの事前チェック、やよいの収録日程がズレてきてるんでスケジュールの再調整、そして最大の難敵が経費報告です」
「あー。明日までってお願いしてましたね」
「領収書はまとめてあるんですが、規定の書式にまとめるのがどうしても後回しになってしまって」
「聞いていいですか？その作業に今晩、何時間くらい充てるつもりなのか」
「えー。2、3時間……かな」
慣れた社員なら30分、律子ちゃんや私なら10分でまとめる作業だ。この業界では事務仕事の得意な人間は少数派だが、彼のは度を過ごしている。
「……うーん、では送っていただくお礼に、経費の書類をお手伝いします」
「ええ？いや小鳥さん、俺そんなつもりでっ」
「プロデューサーさんはレシートの束ではなく、アイドルのみんなを動かすのが本業なんですから。それに、特別に今日だけっていうことですよ」
「……ありがとうございます。正直な話、それなら日付が変わる前に帰れそうだ」
「お力になれて嬉しいです」
プロデューサーさんと並んで歩きながら、実はちょっと残念に思ってしまった。家に着いたら少し待ってもらい、夜食を持たせてあげようとひそかに考えていたのだ。……あ、でも。
「でもこれで、ちゃんと夕飯を召し上がる時間もできますね」
「あー……それはコンビニあたりで」
「あらあら、栄養が偏っちゃいますよ。コンビニのお弁当って、色鮮やかに見えて実はお野菜がほとんど入ってないんですから」
夜食じゃなくて、『夕食』を持って帰ってもらえばいいじゃない。そう考えを切り替えて私は、事務所までの道のりを前フリのお説教に費やすことにしたのだった。
コンビニ弁当P、小鳥さんもこう言ってます。年末年始は少しはいいもん食ってください。
そして>>1乙。