07/12/19 22:46:34 78NuRIJG0
「さて、手元にありますはクリスマス懐メロカラオケ集」
小鳥はそう呟き、CDのケースを開ける。
「そして、今日も事務所は私一人。しかも学生組みは学校。
あずささんが不安だけど、午後から出勤。郵便物も来客の予定も無し」
スケジュール表を見るとプロデューサーと社長は得意先へ挨拶回り。
「これは小鳥祭りを開きなさい、と言う神のお告げね。まずは事務所内のチェック」
誰かに聞かれるのが嫌なら事務所で歌うな、と言われそうだが、これはDNAに刻まれた行動だ。
小鳥も過去の失敗を活かさないわけではない。ただ連中が彼女の対応の斜め上を行っているだけ。
まずは鍵を閉め、次に机の下、掃除用具入れを確認。クリアー。
ロッカールームを丹念にクリアリングし、シャワールームもチェック。クリアー。
さらに窓の外も確認し、ブラインドを閉める。本当なら本棚で塞ぎたいのだが･･････断念。
「これで大丈夫。もう要塞と言ってもいいわね。よ～し、漲ってきたわ」
室内を再チェックし、小鳥は一人頷く。そして、ミスコピーした用紙を丸め、マイクにする。
「クリスマスまであと僅か。人肌恋しいこの季節、皆様いかがお過ごしでしょうか？
クリスマスを楽しみにしている方、そんなの関係ねぇ、と言う方。
しばし、現実を忘れ、心身をリフレッシュしませんか？
765プロの聖女、音無小鳥が貴方を癒す、第五回小鳥祭りを開催します♪」
今回は大丈夫と安心し、小鳥はのりのりでCDをコンポに入れる。
「一曲目は定番から･･････きっと君は来ない♪」
胸に手を当て、あの人を想いながら、小鳥は熱唱する。さらに二、三、四曲目とチョイス。
「想い出を作る時にはあなたと二人がいい♪ 私も想い出を作りたいわぁ。って、もうこんな時間」
マイクにしていたミスコピー用紙をシュレッダーにかけ、CDもケースに戻す。
「ふう、やっぱり歌うのって、最高の気分転換よね･･････きゃっ」
ドアの鍵を開けようと歩いている最中に躓き、転びそうになったが机にしがみつき耐える。
「もう、何もないところで転ぶって、春香ちゃんじゃないんだから」
そう言いながら、躓いた辺りに何もないか確認する。
「あっ、タイルが剥がれている？ 今年中に修理終わるかなぁ」
ため息をつきつつ、状態確認のために持ち上げる。四枚一組なので意外と重い。
「あちゃぁ、下の床板まで完全に剥がれているわ･･････あれ？」
「あはは、音無さん、おはようございます～」
「うひゃぁぁ、あずささん！？」
床板ごと持ち上げるとそこから出てきたのはあほ毛･･････ではなく、あずさだった。
「はい、あずさです。音無さん、まずは挨拶ですよ～」
「あはは、おはよう、あずささん。なんでこんな場所に」
小鳥のおでこをめっ、と突くあずさに何とか体制を立て直し、小鳥は返事をする。
「暇なので早めに来たのですが扉が開かなくて、人の気配もしませんし、外は寒いですし」
おそらくは小鳥がロッカールームをチェックしている時に来たのだろう。
「ですから、エアダクトを伝って中に入れるかな～と思いまして」
「普通思いませんよ」
「でも、先日見た映画の主人公はやっていましたよ～。クリスマスにテロリストと戦う刑事さんが」
「映画の主人公がやることを自分も出来ると思わないで」
出来て当たり前のように言うあずさに、小鳥はこめかみを揉みほぐす。
「そうですね。ダクトの中は狭くて胸がこすれて大変でした」
「あずささん、それは絶対に千早ちゃんの前で言わないで下さい」
「途中で迷ってしまいまして。適当に動いていたら、ちょうど床板が外れかかっていたので」
「どう動いたらエアダクトから床下に潜り込むのか不明だけど･･････」
小鳥はあずさワールドに引き込まれつつある自分に活を入れる。
「そしたら、音無さんの『一曲目』とか言う声が聞こえましたので」
「うにゃぁぁ、聞かれた聞かれた聞かれたぁぁ」
「これはもう録音して、プロデューサーさんにもリアルタイムで聞いていただかないと、と」
そう言って、あずさはレコーダーと携帯電話を取り出す。反射的に小鳥は携帯を引ったくる。
その隙にあずさは隠し撮りしていたCCDカメラを隠す。何に使う予定だったかは不明だ。
『あ、小鳥さん、見事な歌いぷりだと社長も。どうです、今度はあずささんとユニットで』
「素敵な話ですね。ですが私よりも千早ちゃんの方がいいと思います。では」
彼の声にそう答え、小鳥は携帯を叩き切る。
その背後であずさがレコーダーを再生し、小鳥の声に合わせて歌っている。
「音無さん、一緒に伝説のSランクを目指しましょう～」
「ぜっったいに嫌です」
クリスマス限定コンビニ弁当に心が揺れる今日この頃。