07/10/23 23:17:16 FWlUpkKW0
>>677
「そろそろ気分を切り替えろよ」
「別に切り替える必要はありません。私は気分を害していません」
そうは見えない千早を見て、プロデューサーはため息を付く。何が間違っていたのだろう?
今日の仕事はシャンプーのCM撮影。髪が長く綺麗な女性として、千早とあずさが選ばれた。
二人とも愛用している有名な商品らしく、撮影内容も簡単で髪をなびかせて振り返り、用意された台詞を言うだけ。
「私の胸は振り返ってもあずささんみたいに揺れません。でも、それくらいで現場の雰囲気は変わるなんて・・・・・・くっ」
唯一の問題は・・・・・・あずさが振り返った時に盛大に揺れた、胸が。その後で同じシーンを千早が収録したのだが・・・・・・彼女の言う結果になった。
それだけでない、聞こえてきた台詞があるが、絶対に彼女には言えない。
「その上に哀れまれるなんて・・・・・・哀れ乳で悪かったですね。くっ」
いや、言わなくても彼女に聞こえていたらしい。小さな声だったのだが。撮影自体は無事に終わった、微妙な空気のまま。
打ち上げにあずさと彼女のプロデューサーは同行したが、彼と千早は断り・・・・・・彼の部屋に戻っていた。
「それにあずささんはあずささんで苦労していると思うぞ。そのことも考えないと」
「私だって、それくらい理解しています」
彼の言葉に少し落ち着いたのか千早はクッションを握りしめていた手を緩める。
「胸の大きさで歌のレベルが変わるわけでないし。まだ成長期だろ」
「確かに。私は成長しますけど、あずささんは萎んだり、垂れるかもしれません」
彼の言葉に千早は頷くが・・・・・・言葉に刺が感じられるのは気のせいだろうか?
「それに俺にとっては、どうであれ、千早は千早だ。千早だから好きなんだし」
「へ、変なことを言わないで下さい」
千早は顔を真っ赤にして、どもりながら言う。
「別に変な事じゃないと思うけど? 千早のことは好きだし」
「・・・・・・本当にですか?」
彼の言葉に彼女は上目遣いで問いかける。もし本当なら・・・・・・彼女も自分の本心を言うつもりだ。
「ああ、同僚として大好きだ。わ、こら、千早。クッションを叩きつけるな」
彼の言葉に千早は間の抜けた顔になり、そして悟る。こういう人だった、と。問いかける彼に彼女は言いたいことは沢山あったが・・・・・・
とても言えたことではないので、行動で不本意であることを示す。ばふばふと無言で彼にクッションを叩きつけて。
「プロデューサーには正直、失望しました」
「なんで失望されるのか理解できないのだが」
ようやく気分も落ち着き、気も晴れた彼女はクッションを手放した。彼の言葉に小さく「ばかぁ」と呟くがその口調は・・・・・・好意的で甘いものだった。
「さて、それでは晩ご飯を作ります」
「お、今日のメニューは何だ?」
「いい鯛があったので煮付けに。ホットサラダと厚揚げを焼こうかと。私の分は」
彼の言葉に彼女は指を折りながら応える。
「おお、美味しそう・・・・・・って、俺の分は?」
「ご愛用のふりかけが残っていたと思いますが?」
千早の答えに彼は呆然とする。千早の言うふりかけは、彼女が料理を作りに来てくれるまで唯一のおかずだった物だ。反射的に彼は行動を起こしていた。
「腰にしがみつかないで下さい!! 変なことを言うプロデューサーにはそれで十分です」
腰にしがみつき「待ってくれ、千早」と言う彼に千早はつーんとそっぽを向いて言う。
「そんな殺生な。千早のご飯なら一生食べても飽きないけど、あのふりかけにはもう飽きたんだ。千早じゃないと駄目なんだ」
彼の言葉に千早は思わず赤くなる。本人は意識していないのだろうが・・・・・・聞く方は嫌でも意識してしまう。
「せめて煮汁を。それを生卵に混ぜて、ご飯にかけて食べるから」
「び、貧乏くさいですよ、それ」
あまりのせこさに千早はため息を付く。ちなみに彼女は『煮魚の煮汁をご飯にかけない派』だ。
「いや、これが美味くて・・・・・・」
「ああ、もう。プロデューサーの分も作りますから。離して下さい」
その言葉に彼は千早の腰から離れ、彼女に「ありがたや、ありがたや」と手を合わせる。
「でも時間がかかりますよ」
「いいよ、仕事を片付けるから。ああ、千早の結婚相手は幸せだろうなぁ」
彼は叶わない夢を語るかのようにため息混じりで言う。その言葉に彼女もため息を付く。
(私と結婚する人が幸せで、プロデューサーが幸せになりたいと思うなら・・・・・・私達は幸せになれますよ)
一日一本の缶ビールを二本許してあげようかな、と考えつつ心の中で呟いた。
コンビニ弁当でなく、タイムセールで買った魚を煮ながら妄想した。
例によって虚しくなったが・・・・・・メインが分からない作品になって後悔した。