08/04/24 22:58:55 +XXYRhTW0
お湯を沸かし、熱いお茶を淹れてから、私は再び天海君の待つ応接スペースへと戻った。
「よかったら飲みたまえ。ただし、熱いから気を付けるようにね」
「はい」
そっと湯飲みに口を付ける天海君に、私は訊ねた。
「ときに天海君―君は、何のために歌うのかね?」
「何の、ために……ですか?」
「そうだ。誰のために、と言った方がいいのかな。天海君は、自分の歌を誰に届けたいのかね?」
「勿論、ファンのみんなのために」
「プロデューサーのためではなくて?」
「……きっと、それはプロデューサーさんの望むところではないと思います」
「ふむ」
「さっきの話に戻りますけど、この間のプロデューサーさんの言葉は、きっとそういうことだったと
思うんです。アイドルを続けていく上で、何が大切なのかという」
「うん」
「私がプロデューサーさんのことを好きな気持ちは変わりません。だけど、それが前面に出てきてしまったら、
私はファンのみんなのために歌うことができなくなってしまうんじゃないか……。そう、思います」
「なるほど。そこまでわかっているのなら、この件について私から付け加えることはないのだが……」
「だが……、何でしょう?」
「できれば、君にお願いしたいことがあるのだよ」
「私に、ですか?」
小首を傾げる天海君に、私は頷きを返した。
「うむ。今後、君のプロデューサー―正確には、元プロデューサーだな―には、我が社に所属する
アイドル候補生をプロデュースしてもらうことになるだろう。まだデビューしていない子たちが何人もいるからね」
「はぁ」
「そこでだ。私はね、天海君に、これからデビューするであろうアイドル候補生の、ひいては君の
元プロデューサーの、一番強力なライバルになって欲しいと思っているんだよ」
「どういうことですか?」
「つまり、オーディションで彼らと競い合い、アイドルの厳しさを身をもって教えてやって欲しい―とでも
言えばいいのかな」
「でも、同じ765プロダクション同士でつぶし合うのは……、その、あまりよくないんじゃないですか?」
天海君の懸念はもっともだが、私の狙いは別のところにあった。
「同じプロダクションに籍を置く仲間であっても、頂点を目指す以上はライバル同士となることを避けられんよ。
つぶし合うというよりも、むしろ切磋琢磨することで互いにレベルアップしていく―そういう効果を
期待しとるんだがね。それに、ライバルとして常に彼の前に立ち続けていれば、彼が君のことを忘れる
こともないだろう」
「あ」
「もっとも、これは私が勝手に考えていることだから、別に断ってもらっても構わないのだが―」
「いえ、やります! やらせてください!」
「おお、引き受けてくれるかね」
「はいっ。私、これからもアイドルとして一生懸命に頑張りますっ!」
「うむ。まぁ、彼のことが気になるのはわかるが、あまり気負い過ぎんようにな」
「そ、そうですよね……」
「何でもかんでも一人で抱え込む必要はない。私―では話しにくければ、音無君もいるし、律子君や
如月君でもいいだろう。人と話すことで、解決の糸口が掴めることは少なくないのだから、遠慮なく
相談するといい。……と、これはちょっとお節介だったかな」
「いえ……。お気遣い、ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね、社長」
「うむ。こちらこそ、これからもよろしく頼むよ。しっかりやってくれたまえ」
「はい!」
そう元気よく返事をする天海君の表情には、もはや一点の曇りもなかった。
きっと、これなら大丈夫だろう。
一人の少女としての天海君には辛い思いをさせてしまったけれども、これを糧にして一回りも二回りも
成長してくれるに違いない。そう信じられる何かを見出すことができた。
それだけで、今日の面談は実りあるものになったと言えるだろう。うむ。
さて、そろそろ私も家に帰るとするかな。
諸君らも体には気を付けたまえよ。