【空気の読めない】高木順一朗part1【高木社長】at GAMECHARA
【空気の読めない】高木順一朗part1【高木社長】 - 暇つぶし2ch347:SS
08/02/26 22:49:25 5zDWAXw20
「しかし、だ。既に何人か候補は上がっているのだよ。プロデューサーを雇い次第、
すぐにでも活動を始める手筈は出来ている。」
「え……?」
 私は彼女の方へ向き直ると、両手を小さな肩に軽く乗せた。
「だから私の方は大丈夫だ。余計な心配をかけて済まなかったね。」
「……そ、そう!なんだ、もう……よ、よかったわ。ア、アイドルなんて、変な格好して、
下手くそな歌、歌って、ダ、ダサダサなダンス踊って……そ、それがテレビで日本中に放送されるなんて、
そんな恥ずかしい事、私が……やる訳……やる訳ないじゃないっ!!」
「おいおい、随分な物言いだな。それにいきなり全国区とはいかんよ。アイドルは一日にしてならず、
まずは地道に営業をこなして……」
 無駄に熱くノウハウについて語りかけたところで、私は異変に気付いた。
震えている。私ではない、彼女だ。精一杯笑顔を保とうとしているが、わずかながらにその瞳は潤んでいた。

「さ、さてとっ!わ……伊織、忙しいからまたねっ!バイバイ、おじ様っ!!」
 乱暴に私の腕を振り解くと、彼女はドアへと一直線に駆け込む。
「何よ!とっとと開きなさいよ、このペラっペラのオンボロドアっ!!」
 ブーツでガンガンと蹴り飛ばしている。このままでは壁ごと持って行かれそうだ。
「待ちなさい。」
 私は彼女の手首を掴んだ。
「放してっ!こんなカビ臭い所、もう一生来ないんだから!!」
引き剥がそうと必死に振り回される腕を押さえつつ、さらに言葉を続ける。
「先程の言葉は嘘かね?」
「知らないわよ!イチイチ覚えてなんかいられないわ!!」
「では、私の聞き違いか。本気、と聞こえたのだがな。」
 彼女の動きが止まる。暫しの沈黙。空調の音が消えた頃、彼女が再び口を開く。
「……そうよ。嘘よ、嘘。冗談に決まってるじゃなぁい。やあねぇ、コロっと騙されちゃって。
社長がこの程度じゃ、ここも大した事ないわね。それに、別にアイドルに……興味なんて無いし。」
 まただ。また震えている。
「ねえ、扉を開けてくださらない?……伊織、早くお家に帰らないといけないの。」
 せっかちだな……よろしい。ただし、私が開くのは、目の前の靴跡の付いたものではない。
「そうだな。君には、履歴書を書いてきてもらわねばならんからな。」

「……落ち着いたかね。」
「あら、私はいつでも落ち着いてますわよ。にひひっ。」
 やれやれ、自慢の黒がぐちゃぐちゃだ。まあ、この顔を見せられては怒る気にもならんが。
……これがこの子の、本当の笑顔なのだな。
「さあ、スーパーアイドル、水瀬伊織ちゃんの伝説が今、ここから始まるのよ!!」
「では、お父様を説得するのが君の初仕事、だな。」
「うっ……わかってるわよ。……やるしか……やるしかないのよね。そうよ、それが出来なきゃ、
世界中の人間が悲しむことになるのよ!!……責任重大だわ。」
 相手が相手だ。愛娘の頼みとは言え、一筋縄には行かんだろうな。
「おじ様には私に見合うような、超一流のプロデューサーを用意しておいてもらうわね。
……いいえ、今すぐにでも引っ張ってきてちょうだい!」
「はっはっは、頼もしい限りだな。だがさっきも言った通り、アイドルは一日にしてならず。
デビュー後も厳しいレッスンと地道な営業の……」
「そんなの楽勝よ!ほらほら、もっとドーンと、大船に乗ったつもりでいなさい!にひひっ!」
 船、か。いい例えだ。追い風を目一杯受けて、大海原へと突き進んで行く。
次々と襲い来る荒波をどう乗り切るかは、舵取りの腕の見せ所……
ああ、私としたことが、重要なことを忘れていた。ドックは既に進水式を控えた客船で一杯なのだ。
ここでさらに新規建造などと言い出せば、工場長たちはストライキを起こしかねない―
最悪、サボタージュに発展するやも知れんな。
 思わずため息が出たところで、視線の先にあったのはティーカップ。一つは私の飲んだ紅茶。
そしてもう一つは……全く手をつけられた形跡が無かった。
「……自信作、だったのだがなあ。」

―おはよう。……おっと、事務所内では私のことは『社長』、と呼んでくれたまえ。
……うむ、よろしい。では早速、面接を始めようか、『水瀬伊織』君―



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