08/01/23 00:54:34 /v0V/ua70
「だから仕事が無いから食事をしなかったわけでもないのでね、わざわざ私にこれをくれなくてもいいんだよ」
「でも…やっぱりこれどうぞ!」
下げてもらおうと思ったのだが、彼女は再び『んまぁ~い棒』を差し出してきた。
「いや、だから私は…」
「でもでも、おじさんさっきとても辛そうな顔してました。知ってますか?これ『んまぁ~い棒』って言って
とっても美味しいんですよ!これを食べればきっとおじさんも元気が出ます!」
彼女の勢いと元気に押されてつい受け取ってしまった。
「ありがとう。君は元気だね」
「ハイ!私元気だけが取り柄ですから」
こちらまで楽しくなるような笑顔で彼女は話す。
「それに『んまぁ~い棒』はとっても安いんです!カスミとコウジを連れて行っても一人一個ずつ買えちゃうんですよ!」
そういえば父親が良く職が変わるといっていたな。こんないい娘に不便をさせるとはけしからん。
カスミとコウジというのは兄弟のことだろうか?しかし『んまぁ~い棒』一本ずつで喜ぶとは、
不憫ながら本当にいい娘だ…ん?ということは、
「これを私が貰ってしまったら君の分は無くなってしまうのではないかね?」
必然的にそういうことになる。しかし彼女は少し困った顔をした後、
「えーと確かにそうですけど…でも大丈夫です!私元気だけが取り柄ですから!」
と傾きかけてきた陽がまた最高点に戻ってしまいそうな笑顔で言った。
なんという娘だ、いい娘過ぎる…いったいなんだこの娘は?荒んだ現代日本に舞い降りた天使か?
こんないい娘を放置するなど出来るわけがなかった。
「ところで君、名前はなんと言うのかね?」
「私ですか?高槻やよい、13歳です!」
なんと中学生だったのか。いや、そんなことは最早どうでもいい。
「高槻君。君はアイドルをやってみる気はないかね」
「あ、アイドル?私がですか?」
当然のように彼女は驚く。
「うむ。私は芸能事務所の社長をやっていてね。高木という」
「ええ!?しゃ、社長さんですかあ?」
社長といったらさっきより驚かれた。
「社長さんだなんてすごいですぅ!きっと毎日もやし食べ放題なんでしょうね!」
この娘は普段何を食べているんだろう…。とはいえここまで驚かれると少し気も良くなってくる。
「いやいや、我が事務所はまだ小さくてね。そんなにすごいものではないよ。
しかしいつかは世界中にその名を知らしめるような会社にしたいと思っているがね」
「世界中だなんて本当にすごいです!ウランバートルですね~!」
ひょっとして『グローバル』と言いたいのだろうか?
どうやら横文字は苦手のようだ。モンゴルの都市名のほうがよほど難しい気もするが。
オッといかんいかん。私は彼女をスカウトしているのだった。
「どうかね高槻君。アイドルをやってみないかね。素質は十分にある。私が保証するよ」
「でも私弟や妹がいて、それにお父さんの仕事が良く変わっちゃうから、お母さんがいないときとか家のことも手伝わないと…」
む…やはり家の問題が出てきたか。
彼女のような娘では責任感も強そうだから、家のことを考えないわけにもいかないのだろう。
だが、ならば家の問題を解決するか、より良い状況へ進むような提案をすればいい。
「うむ…しかしだね高槻君、家の事務所で働いてくれれば当然君への給料もでる。
そうすれば君の家のほうもだいぶ楽になると思うんだが…」
「え?お給料出るんですか?」
ただでやると思っていたのか。どこまでいい娘なんだこの娘は。
「勿論だよ。金額は君次第だがね。」
「本当ですか!?いいんですか?」
「やってくれるかね?
「ハイ!私、アイドルやっちゃいます!!よろしくお願いしまーす!」
彼女の太陽のような最高の笑顔をで答えた彼女を連れ、
新たなアイドル候補生を迎え、太陽に照らされた青空のように澄み切った心で私は事務所への帰路についた。
無論事務所に帰ってから予想通りの説教&無言笑顔コースとなったのは言うまでもない。