08/01/17 00:22:47 uBussX0h0
「菊地君といったね」
「はい」
「明日、アイドル候補生オーディションの面接を受ける予定は無いかね?」
「ええっ?! どうして、おじさんがそんなこと知ってるんですか? ……まさか、ストーカーとか?」
「いやいや。申し遅れたが、私はこういうものだ」
そう言って、菊地君に名刺を差し出す。
「765プロダクションの高木社長……って、ボクが受けるオーディションの?!」
「その通り。いや、どこかで見た顔だと思ったら、我が社のオーディションに応募してくれていた子
だったとは。世間というのは狭いもんだねぇ」
私の言葉に驚いたのは、菊地君よりも、むしろ天海君と萩原君の方だったようだ。
「それじゃ、この菊地さんが―」
「真、でいいよ」
「じゃあ、その、真も私たちと同じアイドル候補生になるんですか?」
「へ?」
目をぱちくりさせる菊地君に、私から説明する。
「ここにいる天海君と萩原君は、我が社に所属するアイドル候補生でね。君が二次選考を通過すれば、
同期生ということになる」
「そうなんですか……」
「で、本来の二次選考は明日なんだが、せっかくだから、ここで面接をやってしまおう」
「ここで、ですか?」
「どこでやっても同じだよ。では、菊地君。準備はいいかね?」
「き、緊張するなぁ……。ど、どうぞ」
「うむ。それでは、アイドル候補生に応募した動機を聞かせてもらえるかな」
「はい。えっと、あの、ボク、男の子みたいだって言われることが多くて。それで、アイドルになって、
もっと女の子らしくなりたいというか……」
もっともらしい理由ではある。確かにそれも本心なのだろうが、言いたいことの全てだとは思えなかった。
「それだけが理由かね?」
「……いえ」
「動機はひとつだけでなくていい。沢山あってもいいんだ。君がアイドルを目指そうと思ったきっかけ。
原点のようなもの。それを教えて欲しいのだよ」
私がそう言うと、菊地君はしばらく逡巡してから、ゆっくりと口を開いた。
「中学生の頃のことなんですけど、公園の野外ステージでダンスの練習をしている女の人たちがいたんです。
毎日、汗をかきながら、一生懸命練習していて。その姿がすごく眩しくて。ボクも何か打ち込めるものが
欲しいって思ったんです。ダンスは上手くないけど、大好きだし、いつか大きなステージで踊りたい。
女の子らしくもなりたい。真剣に取り組めるものも欲しい。そう考えたら、もうこれはアイドルを目指す
しかないって」
訥々と語る菊地君の眼差しは、私にとって十分に眩しいものだった。
女の子らしくありたいという菊地君にとっては不本意かもしれないが、彼女の中性的な魅力は、
男の子だけでなく、女の子にも通用するだろう。それはアイドルとして売り出す上で強力な武器になる。
「……とまぁ、そんな感じなんですけど。これで、いいのかな」
「十分な動機だよ。君の強い思いが、ひしひしと伝わってきた。我が765プロダクションは、
君を『アイドル候補生』として迎えたいと思う」
「ホントですか?! よろしくお願いします! ボク、バリバリ頑張りますから!」
「うむ。それなら、もし時間が許せばだが、天海君と萩原君が受けるレッスンに君も参加してみては
どうかね。この後―何時からだったかな」
「四時半からですよ、社長」
と、天海君が助け船を出してくれた。
「そうだったな。休憩込みで、一時間半のダンスレッスンなんだが、どうかな?」
「うわぁ、本当にいいんですか?」
「勿論だとも」
「やーりぃ! ぜひ参加させてください!」
その菊地君の言葉を聞いて、天海君と萩原君が嬉しそうに顔を見合わせる。
この様子だと、仲良くやるように、と言う必要はなさそうだな。
喫茶店を出る頃には、三人はすっかり打ち解けていた。
アイドルを目指す彼女たちが心から笑顔でいられるよう、しっかりとバックアップをしていこう。
そう固く決意して、私は抜けるような青空を仰いだのだった。