08/01/14 20:44:49 kSBQlXDy0
「意外と応募があったな」
「よかったですね、社長」
「まったくだよ。予算をかけた甲斐があったというものだ」
私は会議室で、山のような封筒を目の前にしていた。
我が765プロダクションのアイドル候補生募集に対し、これだけのリアクションがあったことに
ひとまず安堵する。それなりの予算を掛けて広告を打って、何の反応も無かったら、寂しいどころの
話ではないからな。
事務員の音無くんに手伝ってもらいながら、応募書類を仕分けていく。
「ふむ……」
やはりめぼしいものは少ない、か。
予想していたといえ、なかなか有望なアイドル候補生を見つけ出すことは難しいと、改めて実感する。
だが、必ず原石はある。未だ発掘されず、眠っている才能を見出せる筈だ。そう信じて、応募書類の
ひとつひとつを念入りにチェックしていく。
と、ひとつの書類に目がとまった。
「どうしたんですか、社長」
そう訊ねてきた音無くんに、書類一式を見せる。
「この子は、どうかね?」
名前は、荻原雪歩。
どこにでもいるようなボブヘアの少女。見た目に派手さはない。だが……。
「例の、ピンと来た、ですか?」
音無くんが、どこか揶揄するような口調で言う。
「うむ。音無くんは、どう思うかね?」
「どれどれ……。なかなか可愛い子ですね。ちょっと地味かなとは思いますけど。……履歴書の文字と
写真から受ける印象がちぐはぐですね。友達が勝手に応募したのかしら」
「そう言われてみると、写真のアングルがちと不自然ではあるな……」
「で、どうされるんです?」
「うむ……。一度、直接会って話がしてみたいな。音無くん、書類選考通過の通知を、この……荻原くんに
送っておいてくれたまえ」
「わかりました、社長。それと、その子の名字は荻原じゃなくて、萩原ですよ」
「なんと!?」
「本人の前で間違えちゃダメですよ。その子、気弱そうだから、自分から訂正できないかもしれませんし」
「うむ、気を付けよう……」
それから、私は「はぎわら」と口の中で三度繰り返した。
人の名前を間違えることほど、失礼なことは無いからな。
***
それから、二週間後。
指定した時刻から十五分ほど遅れて、萩原雪歩くんが事務所を訪れた。
「社長。萩原さんを会議室にお通ししておきました」
「ありがとう。では、行ってくるよ」
会議室に入ると、大人しそうな印象の少女が椅子に座っていた。
「765プロダクションの社長をしている高木です。今日はよろしく」
そう声を掛けると、少女は椅子から立ち上がってお辞儀をした。
「はじめまして、萩原雪歩です。よろしくお願いします」
「少し遅刻したようだが、体の具合でも悪かったのかな」
「いえ。その、散歩中の犬と出会って、体がすくんじゃって……」
「犬が苦手なのかね?」
「はい。……ダメダメですよね、こんな犬が苦手な女の子なんて」
むむ。随分と自己評価が辛いのだな。
「そんなことはないと思うがね。では、面接を始めようか」
「はい」