07/12/26 18:44:03 S1xgqmJ50
とある大学の学園祭。今日は千早と伊織がミニコンサートを行なうことになっているのだ……が。
「なあきみ、きみだよ、そこのきみ!」
「社長……出合った当初みたいな呼び方はやめてください。けっこう怖いんですからそれ」
「おおすまんすまん、わたしも現場に出るのは久しぶりでね、なんというかこう、初心に返るとでも言うか」
なぜか俺は今日、社長と組んで二人のプロデュースをやっている。
理由は簡単、人手不足だ。千早を担当している先輩プロデューサーがインフルエンザを食らってしまい出勤停止になり、新米の俺は伊織の世話で手一杯。他に手の空いているプロデューサーがいないため、わが社長のご出陣と相成ったのだ。
「それでどうしたんですか社長」
「そうそうプロデューサー、ちょっとこっちに来たまえ」
「え、ちょっと、伊織たちほったらかしにしたらまずいんじゃないスか?」
「まだリハーサル前だ、平気だよ。それよりわが母校の探検と行こうじゃないか。どうしても義理を欠かせん場所があってね」
社長がやたら気を吐いている理由の一つがこれ。この大学は社長の出身校なのだそうだ。いかにも叩き上げといった感じの社長がこんな一流大学の出だというのも驚きだが、現在の学長が同級生だったとかで今日の仕事はかなり融通が利いている。
「社長の思い出の場所ねえ」
年に不相応な急ぎ足で進む社長の背中を追ってしばし行くと、旧校舎群のそのまた外れまで来た。前を見ると、古ぼけたプレハブ小屋が建っている。
「おお!まだあったぞプロデューサー!見てみたまえ、あの時のままだ」
「いや知りませんし。なんの建物なんですか?」
「わたしの時代は体育倉庫だった。今は……この様子だと物置になっているようだな。入るぞプロデューサー」
「え、わ、ちょっ、引っ張らないでくださいよっ!」
扉には鍵がかかっていたようだが、社長が錠前の下を不思議な角度で殴りつけるとロックが外れた。そういうクセがあるんだ、と独り言のようにつぶやきながら、ゆっくり中に足を踏み入れる。
旧体育倉庫は今でも相応に使用されているようで、古いなりに手入れがされていた。どうやら学園祭などのイベント設備の倉庫らしく、ヤグラや大看板などを運び出したあとと思しき空間がそこここにある。
「あの頃のわたしは学生とは名ばかりで、体力にしか能がなくてね。あちこちの運動部の助っ人をしていたんだよ。だからここには思い出がたくさん眠っているんだ」
室内に入ったところで立ち尽くしていた社長が、感慨深げに言った。
「ラグビー、野球、駅伝のピンチランナーもやったな。体が空いている時は応援団まで手伝った」
「はあ。社長って万能だったんですね」
「そんなことはないさ。たくさん挫折もしたよ。ただ、そのときの充実感が……必要な時に、必要な場所で、自分を必要としている人に、彼らの見たい夢を見せてやるという達成感が、今のわたしを作ったとも言えるのかも知れないがね。なあきみ」
興奮して火照ってきたのか、上着を脱ぎ捨てながら社長が笑う。
「わたしが作り上げた765プロダクションは、この体育倉庫のようなものだ。大事なアイドルたちを道具呼ばわりするつもりは毛頭ないが、この中にあらゆるものが詰まっている、さながら夢のおもちゃ箱なのだ」
ネクタイを取り去り、ワイシャツのボタンを外す。
「諸君らプロデューサーは、このおもちゃ箱の中から、その場その時に合ったアイドルを連れ出し、ファンが見たがっている夢を見せてやるのが最大の使命なのだ。解るかね?プロデューサー、きみも脱ぎたまえ」
「はあっ?」
社長はすでにワイシャツも脱ぎ、上半身はTシャツだけだ。俺はなにやら言い知れない不安を感じ始め、どう声をかけていいものやら悩んでしまう。
「力仕事だぞ?スーツやワイシャツが汚れてしまう。いや、学長に話をつけてあってな、ここに……おお、あったあった」
社長は奥の壁の方から巨大な段ボール箱を引っ張ってきた。側面に『キャベツ太郎』という文字と、蛙だか河童だかのイラストが印刷されている。